マーケティングの本質を多彩なゲストとの対話から紐解く対談企画『マーケティングホライズン』。今回のゲストは、株式会社ビーケー・ジャパン 代表取締役社長の野村一裕さん。キリンビールで約15年間、営業を中心に経験を重ねた後、バーガーキングのマーケティングと経営に携わってきました。異なる営業の現場で学んだことは、顧客の捉え方にどうつながっているのでしょうか。今回は、野村さんのマーケティング観を育てた営業経験、バーガーキングへの入社を決めた理由、そして日本市場での成長に向けた考え方について伺いました。
プロフィール:野村一裕(のむら・かずひろ)
株式会社ビーケー・ジャパン 代表取締役社長。2002年にキリンビールへ入社し、約15年間、営業を中心に経験を積む。その後2社を経て、ビーケー・ジャパンにマーケティングディレクター・CMOとして入社。現在は同社の経営を担う。

営業からマーケティング、そして経営へ
キャリアの出発点は、キリンビールでの営業でした。約15年間の経験を重ねた後、自分のやり方が社会で通じるかを試したいという思いから、転職を決めたといいます。
為末さん まず、簡単に自己紹介をお願いします。
野村さん 株式会社ビーケー・ジャパンの「BK」は、バーガーキングのBKです。私は2002年に社会人になり、キリンビールへ入りました。ほとんどが営業の仕事で、15年ぐらいやり尽くしました。37、38歳になった頃、自分のやり方が社会で通じるかを考え始め、まずは会社を出ようと思ったんです。その後、2社を経て、今のビーケー・ジャパンに来ました。不時着したのか分からないんですけど、当時は赤字の会社で、ここには大きなチャレンジがあるのかなと思い、入社を決めました。
為末さん なるほど。
野村さん 入社した時は、マーケティングディレクター、CMOという立場でした。本社の社員は40人ほどで、そこからどう進めていくかを考えていったという流れです。
それまでの経験を新しい環境で生かしながら、事業の成長に取り組む。その転機となったのが、ビーケー・ジャパンへの入社でした。

新しい環境へ踏み出す姿勢
新しい環境へ飛び込む決断の背景には、リスクに対する野村さん自身の向き合い方もありました。
為末さん もともと、リスクを取ることに抵抗のない性格なのでしょうか。
野村さん そうですね。2002年の就職氷河期に、大手企業の面接で「君を一言で言うと、どんな人ですか」と聞かれたことがありました。そこで「私は命綱をつけないバンジージャンパーです」と答えたんです。その会社には採用されませんでしたが、「死ぬじゃん」と突っ込まれました。もしかしたらリスクというものに、あまり抵抗感のない人生を送ってきたのかもしれません。
面接でのエピソードにも、新たな挑戦に向かう野村さんの姿勢が表れています。
異なる営業の現場が、顧客を見る幅を広げた
顧客を一つの型に当てはめず、幅を持って捉える。その考え方の土台となったのは、性質の異なる2つの営業経験でした。
鈴木先生 ご著書で「キリンビールに育ててもらったと思っている」と書かれていたと思います。それは、どういうことでしょうか。
野村さん 入社してすぐに営業を担当しました。ビール業界の営業は、大きく2つに分かれています。一方は、イオンさんやセブンさんのような量販店の本部や個店を担当する仕事です。もう一方は、街場の飲食店を訪ねて「キリンビールを扱ってください」とお願いしたり、酒屋さんと瓶の在庫などを調整したりする仕事です。
野村さん その両方を5年間ずつくらい経験できたんです。非常にビジネスライクな仕事もあれば、町の焼き鳥屋の親父と面白い話をしながら、「俺はお前を気に入ったから、じゃあキリンビールに変えるわ」と言っていただく仕事もある。この両極端のビジネスを学ばせてもらえたことが、今のマーケティングの考え方につながっていると思います。お客さんを見た時に、ステレオタイプで捉えず、「こういう人ってこういう人だよね」ではなく、「こういう幅を持っているよね」と見ることに、なんとなく使えているのかなと思います。
取引の仕組みを捉える視点と、人との関係を築く経験。その両方を持つことが、顧客を幅広く理解する姿勢につながっています。

商品の価値を届ける営業も、マーケティングの一部
商品に価値があっても、それだけで売れるとは限りません。競合や新しい商品がある中で、その価値をどう伝えるかも重要になります。
鈴木先生 そうした営業経験は、野村さんのマーケティング観にどのような影響を与えていると思いますか。
野村さん 商品だけが一人歩きして売れるのであれば、どの商品も売れているはずです。でも、競合があったり、新しいものが入ってきたり、自分らで自分らを殺している場合もあります。その価値を伝達する役割を持っているのが営業です。営業は、マーケティングのBTL、Below the Line(店頭・営業・販促など、より顧客接点に近い活動)の部分を担っているのだと思っていました。そこは今でも大事にしています。
商品の強みを見つけるだけでなく、お客さまとの接点で価値を届けていく。営業の経験から培われた視点は、現在のマーケティングにも生かされています。
100店舗の先に見えた、バーガーキングの可能性
入社を決める際に目を向けたのは、すでにある店舗と商品の魅力、そしてそれがまだ十分に伝わっていない状況でした。
鈴木先生 いろいろな会社を経て、ビーケー・ジャパンにたどり着いたのですね。なぜ入社を決められたのでしょうか。
野村さん ヘッドハンターの方から、世界中に展開し、日本に100店ほどある飲食チェーンの話をいただきました。受けに行くと、それがバーガーキングだったんです。1次試験の後に家に帰り、「バーガーキングってそんなにあるの?」と思って調べたら、当時は確かに100店舗ほどありました。これはもったいないな、と。飲食業では3店舗をつくるのも大変で、10店舗あれば大手といわれるような世界もあります。その中で100店舗まで展開できているのは、グローバルブランドの力だと思いました。
野村さん 100店舗まで行っているのに、僕自身ターゲットのど真ん中(ドコア)の人間として、バーガーキングがどこにあるか分からないっていう状況、劣等感というか、その負けてる感がすっごい楽しそうだったんですよね。というのは、海外に行った時にワッパーをめちゃくちゃ食べていて、おいしいんですよね。大きくて、噛みついている感覚もあり、野菜も入っている。そのバランスの良さもあります。モスとか、マクドナルドほどではないかもしれませんが、今の赤字の状態をどうにか黒字転換できたら、力になれたらと思い、入社を決めました。
すでにある商品と店舗の可能性を、どう事業の成長につなげるか。その問いが、バーガーキングでの挑戦の出発点になりました。

日本市場の「硬い殻」をどう開くか
マーケティングの担当者から社長へ。経営を担う立場になってからの変化を、野村さんは日本市場への取り組みとともに振り返ります。
為末さん 入社した時はマーケティングの担当者で、今、名刺を見たらCEOと書かれていました。社長になられて、何が一番変わりましたか。
野村さん 私の前の社長、私が仕えていた社長は、ファイナンス畑だったんですね。私はマーケティングや営業畑だったので、そこで意見をぶつけ合っていました。両輪ではないですけど、「ボトム(利益水準)はこうしたい。だから少なくとも、何%は確保したい」という考えに対して、私はもっとぶっ放していきたい。「じゃあ、ここはぶっ放していいけど、ここはぶっ放さないで」という対話を、ずっとその社長としてきた時代が3、4年間ありました。
野村さん 社長になってみたら、やっぱりもっとぶっ放した方がいいなと思ったんです。2023年から実はぶっ放し始めて、そこから本当の成長が始まったんですね。「既存店前年比」と企業ではよく言うと思いますが、実は2023年から常に2桁成長しているんです、既存店が。それは世界のバーガーキングでも実はないというところで。全世界大会のような場によく呼ばれるのですが、成長率が「日本が一番トップだ」と言ってくださいます。
野村さん 日本の市場はウォールナット、くるみのような感じですごく硬いんですよ。ただ、それを割れば中からすごくいいものが出てくる、おいしいものが出てくる、と我々は例えていました。ウォールナットをどうやって割っていくかを、いろいろ考えてやってきた結果が、2023年に本当の実績として開いていった。今も成長しているというところなんです。
市場の難しさを見据えながら、その中にある可能性を探る。野村さんは、日本市場を「くるみ」に例え、成長への取り組みを語りました。

営業経験を、価値を届ける力につなげる
今回の対談から見えてきたのは、異なる営業の現場で培った顧客理解と、すでにある商品の価値を届ける視点でした。顧客を一つの型に当てはめず、幅を持って捉える。商品の魅力だけでなく、それを伝える営業やコミュニケーションも大切にする。その考え方が、バーガーキングの可能性を見いだし、日本市場で成長に取り組む姿勢につながっています。
次回は、バーガーキングを代表するワッパーに焦点を当て、その価値の届け方についてさらに詳しく伺います。