マーケティングの本質を多彩なゲストとの対話から紐解く対談企画『マーケティングホライズン』。今回も、株式会社Mizkan 代表取締役社長兼CEOの槇亮次さんをゲストに迎えます。前回は、槇さんが考える「マーケティングと経営」の関係や、未来のお客さまに向けた価値創造について伺いました。今回は、長く愛されてきた「味ぽん」のブランド再成長に焦点を当てます。人口減少が進み、すでに広く普及している調味料をどのように再び成長させたのか。商品の中身を大きく変えるのではなく、顧客価値を捉え直し、生活の変化に合わせて価値を広げていった取り組みについて伺いました。
プロフィール:槇 亮次(まき・りょうじ)
株式会社Mizkan 代表取締役社長兼CEO。大学卒業後、ネスレに入社し約23年間勤務。チョコレート事業を中心に、国内の営業・マーケティング、海外でのマーケティングや戦略などを経験。その後ミツカンへ転職し、マーケティング本部長を経て現職。

人口減少の中でも「味ぽん」は成長できる
日本の人口が減少する中、すでに広く知られている調味料をさらに成長させることは簡単ではないようにも思えます。しかし、槇さんはミツカンに入社した当初から「味ぽんには成長の可能性がある」と考えていました。
槇さん 私がミツカンに入社したのが3年と少し前です。その頃、マーケティング本部のメンバー1人ひとり、100人くらいに話を聞いていったんですが、「味ぽんの将来は大丈夫ですか」という社員も結構いました。でも、私はあまり心配していませんでした。シェアも100%ではないので、シェアを増やすだけでも成長できます。また、味ぽんのように長く愛されているブランドの場合、顧客価値を広げることができれば、すでにあるベースが大きい分、さらに成長できるのではないかと思っていました。
鈴木先生 成長の可能性はあると。
槇さん あると思っていましたね、最初から。
既存市場が成熟しているから成長できないと考えるのではなく、まだ届けられていない顧客や、まだ広げられていない価値に目を向けることが再成長の出発点となりました。
マーケティングの最初と最後は「お客さま」
味ぽんの再成長に向けて最初に取り組んだのは、目新しいプロモーションではなく、マーケティングの仕組みやプロセスを見直すことでした。
槇さん 最初にいろいろなメンバーから話を聞いて、そこで課題が見えてきました。次にやったのは、マーケティングの仕組みというか、プロセスを変えていくことです。ある程度、みんなで手順をきちんと追いながらやろうと整理しました。最初と終わりは、どちらにしてもお客さまです。お客さまを誰に設定するか、そのお客さまの困りごとは何か、だから自分たちが持っているブランドの価値をどちら側に広げるのか。そこをまず最初に明確にして、それに沿った手順で進めていくやり方に見直しました。
為末さん それがなぜ必要だと思われたんですか。
槇さん あるあるだと思いますが、ここがしっかりしていないと、「こんなプロモーションが面白そう」と。
鈴木先生 思いつきで進めてしまうということですね。
槇さん その時間を使っていること自体がお客さまに対して無駄になってしまう。そうではなく、お客さまが主語で、お客さまにとってどういう意味があるのかを突き詰める作業を、買っていただく直前までフルスロットルでやるには、ある程度手順も揃えないといけないと思いました。
施策から考えるのではなく、まず顧客とその困りごと、届ける価値を明確にする。その原点に立ち返ることが、味ぽんのブランド再成長を支える土台になりました。

「鍋の調味料」から「味変の最高のパートナー」へ
味ぽんの再成長で大きく変わったのは、商品の中身ではなく、お客さまに届ける価値の捉え方でした。
為末さん 味ぽんが成長していく過程で、具体的にはどのようなマーケティング活動に力を入れられたのでしょうか。
槇さん 最初に取り組んだのは、お客さまへの価値をどう定義するかということです。実は、商品自体は変わっていないんですよね。いわゆるオリジナルの味ぽんは変わっていないです。派生品のような商品は戦略的に作っているので商品は増えていますが、コミュニケーションやプロモーションも、目立って新しいこととかではなく、改めて定義したお客さまへの価値を、すべての場面で一貫して伝えていきました。
鈴木先生 どのような新しい価値として再定義されたのでしょうか。
槇さん 今の味ぽんは、「味変するのに最高のパートナー」という位置づけです。「味をぽんぽん変えられる」という価値を打ち出しています。もともとは、お鍋のときに使っていただくものというイメージでした。
これまでの「鍋に使うもの」という具体的な用途から、日々の料理の味を手軽に変えられる存在へ。商品そのものではなく、生活者にとっての意味を広げることで、新しい成長の余地を生み出しました。
ブランドイメージを「ずらす」のではなく「拡大する」
長く愛されてきたブランドには、すでにお客さまの中に強いイメージがあります。鈴木先生は、そのイメージを変えていく難しさについて尋ねます。

鈴木先生 よく「ブランドは誰のものか」というときに、お客さまのものだという話もありますが、味ぽんには「こういうものだよね」というイメージがすでにあります。そのイメージをずらしていくのは、かなり難しいのではないでしょうか。
槇さん ずらすというよりも、拡大する、包含するイメージですね。以前は味ぽんを、例えばお鍋や焼き魚に使ってくださいと、個々のメニューで提案していました。ただ、改めて考えてみると、味ぽんの味のバランスは本当にいろいろな料理に合うことが分かりました。そこで、「皆さんの好きなものにかけてください」という提案へ広げていきました。背景には、忙しい生活の中で食事のメニューがパターン化している。本当はあれを作りたいけど今日もいつもの通りにしようとなります。忙しい時代ほど定型化するので、味ぽんで手軽に「味変」しませんか?と。しかも、すでに実践しているお客さまがいらっしゃったんです。
槇さん あまり大きく変えすぎると、ロイヤルユーザーやヘビーユーザーの方まで置いてきぼりにしてしまいがちです。ただ、そうした方々が、お気に入りの料理を少し味変したいときに味ぽんを使っていることが分かれば、すでに認められている価値をほかの方にも伝えていくことができます。
既存のブランド価値を否定するのではなく、すでにある使われ方から価値の範囲を広げていく。長寿ブランドだからこそ可能な再定義の方法です。
SNSでファンの使い方を広げていく
「いろいろな料理に合う」という価値を伝える上で活用したのが、以前から育ててきたSNSのコミュニティでした。
鈴木先生 「いろいろな料理に合います」となると、どのように伝えていくのかが気になります。鍋に使う、焼き魚にかけるといった提案ならイメージしやすいですが、新しい使い方はどのように伝えていかれたのでしょうか。
槇さん コミュニケーションでは、ソーシャルメディアをより積極的に活用しました。味ぽんは以前からファンを作る活動を続けていたので、SNSの登録者数も多く、すでにコミュニティがありました。そこへ、より有益な情報をきちんと届けていきました。いろいろな使い方や、味変にもよく使われているということは、味ぽん愛が強い方々から出てきた声だったんです。SNSを中心に、「あれにも合う」「これにも合う」「こういう使い方がいい」といった情報を広げていきました。
鈴木先生 調味料のようなベーシックなものと、SNSのようなデジタルツールは相性が良いのでしょうか。
槇さん 良いと思います。調味料はすでに家にあるという方も多いので、SNSで見て「これ、いいね」と思ったら、すぐに試すことができます。そうした体験が重なっていくと、次にお店へ行ったときにも選んでいただけると思います。
SNSを広告の発信場所としてだけではなく、ファンの実際の使い方を発見し、その価値をさらに多くの人へ広げる場所として活用しています。
「半自炊」の時代にも広がる味ぽんの使い方
味ぽんの再成長は、使用量だけではなく、使う人の広がりにもつながりました。槇さんは、現在の料理のあり方そのものが変化していると語ります。
為末さん 売上が上がっているということは、使用量も増えたということですよね。
槇さん そうですね。使用量だけでなく、使ってくださる方も増えています。少し面白いのが、「自炊」という言葉がありますが、最近は「半自炊」という言葉もあります。混ぜるだけでも料理ですし、何かを買ってきて温め、そこに少しアレンジを加えるのも料理です。そうしたときに、少し味付けをしたいという場面で、味ぽんを選んでいただくことも増えています。
すべてを一から調理することだけを「料理」と捉えず、現代の生活に合った調理行動まで視野を広げることで、味ぽんが提供できる価値も広がっています。

ファンのアイデアを、誰でも試せる価値にする
SNSには、味ぽんを愛用する人たちからさまざまな使い方が投稿されています。ただし、すべてのアイデアをそのまま発信するわけではありません。
為末さん いろいろな方が投稿されて、さまざまな使い方が出てきたということですが、すべてをそのまま「これがいいですよ」と紹介するわけではないですよね。何か基準はあるのでしょうか。
槇さん 長く使っていただいている方がとても多いので、さまざまなアイデアがあり、まずは「ありがとうございます」という気持ちです。それを、ライトユーザーの方や、まだそうした使い方を試されていない方にも広げたいと考えたときには、新しくて面白いレシピについても、自分たちできちんと「どうすれば一番おいしくなるか」を考えます。分量も細かく試しながら、これがベストだというところまで見極めてから紹介しています。
顧客から生まれたアイデアをそのまま広げるのではなく、より多くの人が試せる形まで磨き込む。そのひと手間が、ファン発の価値を広い顧客層へ届けることにつながっています。
失敗を恐れるより、顧客に不誠実であることを恐れる
SNSで積極的に発信を続ければ、すべてが狙い通りに進むとは限りません。表現によって誤解を招いたり、外部から指摘を受けたりすることもあったと槇さんは振り返ります。
槇さん 起きてしまったことは仕方がありません。お客さまに悪意を持って行ったことでなければ、きちんと直していけばいいと考えています。
鈴木先生 そうしたことも、必要以上に恐れなくていいということでしょうか。
槇さん むしろ恐れるべきなのは、お客さまのことを思った活動ではなく、自社のためだけに何かをしようとしたり、不誠実なことをしたりすることです。長い目で見ると、やはり会社にとって良くないと思います。
為末さん 発信することを恐れず、さまざまなことに取り組んでいくことが大切ということですね。
槇さん ミツカンでは、SNSの運用もかなり社員に任せています。チームがきちんと訓練を受け、先輩から教わりながら進めていますが、かなりの部分を任せて取り組んでもらうようにしています。
失敗そのものを避けることよりも、顧客を起点に誠実な活動を続けること。その姿勢が、挑戦を続けられる組織づくりにもつながっています。
社外の視点と担当チームの主体性を組み合わせる
長く続いてきたブランドの価値を捉え直す際には、社内だけで議論すると、立場やこれまでの考え方に影響されることもあります。そこで味ぽんの新しい価値を探す際には、社外の視点も取り入れました。
槇さん 新しい価値を探すこと自体は、外部でマーケティングを支援してくださっている方と一緒に進めようと決めました。社内の誰かが「変えよう」と言うと、「上の人が言っているから」という忖度が入る可能性があります。そうではなく、中立的な社外の方にナビゲーター役をお願いし、さまざまな客観的な事実やデータを並べながら、お客さまにとっての価値を突き詰めて考えていきました。
外部の視点を取り入れながらも、価値を考え、進めていく主体となるのは味ぽんの担当チームです。
槇さん 味ぽんのことを一番考えているのは、やはり担当チームです。チーム自身が進められるようにしないと、自分ごと化しにくいと思うので、主導してもらうようにしました。ときには外部の方から気づきをいただきながら、客観的にお客さまのことを考え、どのような価値が良いのかを考えられるようにしました。
外部の中立的な視点と、ブランドを最もよく知る担当者の主体性。その両方を組み合わせることで、組織の都合ではなく顧客に向き合った価値の再定義を進めています。
味ぽんの強みを、今の生活に合う価値へ
今回の対談では、長く愛されてきた味ぽんが持つ「何にでも合う」という強みを、今の生活に合う価値へと捉え直していることが見えてきました。「鍋に使う調味料」という従来のイメージを残しながら、「味変の最高のパートナー」へと価値を広げていく。そこには、味ぽんがもともと持つ強みと、食生活の変化やお客さまの使い方を重ね合わせながら、価値を捉え直していく視点がありました。次回は、王道のマーケティングについてさらに掘り下げていきます。