INTERVIEW


#9 【株式会社Mizkan 槇亮次】「マーケティングは経営?」未来の顧客を見据える価値創造とは|価値創造のマーケティング

マーケティングの本質を多彩なゲストとの対話から紐解く対談企画『マーケティングホライズン』。今回のゲストは、株式会社Mizkan 代表取締役社長兼CEOの槇亮次さん。ネスレで約23年間、チョコレート事業を中心に国内外の営業・マーケティングや戦略に携わった後、ミツカンへ転職。マーケティング本部長を経て、現在は経営を担っています。今回は、槇さんが考える「マーケティングと経営」の関係、未来のお客さまへの価値創造、そして食生活や社会の変化を映す調味料について伺いました。

プロフィール:槇 亮次(まき・りょうじ)

株式会社Mizkan 代表取締役社長兼CEO。大学卒業後、ネスレに入社し約23年間勤務。チョコレート事業を中心に、国内の営業・マーケティング、海外でのマーケティングや戦略などを経験。その後ミツカンへ転職し、マーケティング本部長を経て現職。

槇さんがミツカンを選んだ理由

ネスレで約23年間、チョコレートを中心とした仕事に携わってきた槇さん。ミツカンへの転職を決めた背景には、同社が大切にしてきた「2つの原点」への共感がありました。

槇さん ミツカンには2つの原点があります。1つが「買う身になって まごころこめて よい品を」という言葉で、大きく捉えると、いわゆる顧客視点や顧客志向ということです。もう1つが「脚下照顧に基づく現状否認の実行」で、こちらはPDCAのような考え方です。お客さまにコミットし、現状に満足せず、さらに改善していく。そうした考え方や活動にとても魅力を感じ、ミツカンで働きたいと思いました。

「買う身になって まごころこめて よい品を」と「脚下照顧に基づく現状否認の実行」。お客さまを起点に考えながら、現状に満足せず改善を続けていくという2つの原点への共感が、槇さんの新たなキャリアにつながりました。

「マーケティングは経営?」と問い続ける

マーケティングという言葉は、人によって捉え方もさまざまです。鈴木先生がマーケティングの定義について尋ねると、槇さんは「マーケティングは経営?」という考え方について語りました。

槇さん マーケティングは顧客価値創造で、経営も同じように顧客価値創造だと考えると、この2つはイコールだと思います。ただ、経営のすべてがきちんと顧客価値創造につながっているかというと、どこかで無駄なことをしていたり、自社の利益を優先してしまったりすることもあると思っています。私はお客さま目線でマーケティングや経営をしたいのですが、少し油断すると自社の都合を優先してしまいかねません。そこで、自分で未然に防ぐために「?」をつけて、「きちんと経営をやっていますか」と自分自身に問いかけられるように、「マーケティングは経営?」と考えています。

マーケティングと経営を同じものとして断定するのではなく、経営が本当にお客さまの価値につながっているかを問い続ける。その疑問符には、顧客視点を失わないための槇さん自身への問いかけが込められています。

利益を未来のお客さまのために再投資する

ブランド担当者から経営を担う立場へと変わる中で、マーケティングの見え方も変化したと槇さんは語ります。

槇さん 最初に担当したブランドでは、目標をどれだけ達成できるかということに取り組んでいました。ただ今は、例えば「利益をこれだけ出しましょう」となったとき、その利益はお客さまからお金を預かっているような感覚なんです。それを将来のお客さまのために再投資していく。今行っている活動は、10年後、20年後、数十年後のお客さまのために再投資するお金を預かっている、という感覚です。

為末さん 未来のお客さまに向けて取り組むというのは、新しいものを作ったり、新しい価値を提供する準備をしたりするということでしょうか。

槇さん 自分が担当しているブランドは、ずっと社会の中に生かされていると思っていました。社会環境は大きく変わっていきます。時代に合わせて商品の伝え方や使い方を変えていくことが、未来のお客さまにつながっていくと考えています。逆に、過去と同じことを言い続けていると、いつの間にか今の時代に合わない存在になってしまうと思います。

現在の利益を目の前の成果だけで捉えず、未来のお客さまへ価値を届けるための原資として考える。経営者となった槇さんならではの時間軸の広がりがうかがえます。

ブランドの根本的な価値を未来へつなぐ

未来に合わせてブランドを変えていく一方で、新しいことを追い続ければ一貫性を失う可能性もあります。為末さんは、ブランドらしさをどのようにつないでいくのかを尋ねます。

為末さん 未来に向けて新しいことを言葉にしていくと、「一貫してこのブランドにあるものは何だろう」と考えることもあると思います。そのあたりは、どのように捉えていますか。

槇さん 今使ってくださっているお客さまが「こういうところが良い」と言ってくださる声はもちろん聞きますが、少数の声にもきちんと耳を傾けるようにしています。根本的な価値はどこにあるのか。支持する人が少なくても、「これは将来につながる価値だ」と思ったら、そこからつなげていく。そうすることで、分断せずにどこかでうまくつなげることができると思っています。

現在の多数の声だけではなく、小さな兆しにも目を向けながら、ブランドの根本的な価値を見極める。変化と一貫性を両立するための重要な視点です。

まだいない「未来のお客さま」をどう描くのか

槇さんの視点は、現在のお客さまだけでなく、まだ存在していない「未来のお客さま」にも向けられています。

鈴木先生 未来のお客さまは、今はまだ存在していません。その未来のお客さまの声を、どのように捉えていくのでしょうか。

槇さん 予測をベースに考えます。世の中はこう変わっていくのではないか、そのときにこういう困りごとが生まれるのではないか、と考えていきます。例えば食生活が変わることで、新しい健康上の悩みが出てくるかもしれない。少しづつ、とある病気の領域だったり健康の懸念が増えきたりしています。ということは、将来はそれが社会課題になるかもしれない。家族構成が変わったらどうなるか、これからヒューマノイドが出てきたらどうなるか。そうした大きな変化の予測から、未来のお客さま像を描いています。

現在起きている変化や過去の変化を手がかりに、これから生まれるかもしれない困りごとを考える。未来の顧客像は、社会の変化を観察しながら描かれています。

ミツカンが届ける「おいしさと健康」

では、ミツカンを通じて届けたい価値を、槇さんはどのように捉えているのでしょうか。

槇さん よく「おいしさと健康」と言います。それだけでも2つの大きな価値の軸があり、これも時代によって変わっていきます。おいしさも健康も変わります。健康であれば、ライフスタイルが変わることで健康上の悩みも変わるかもしれませんし、どのような栄養が足りないのか、多すぎるのかということも変わってきます。ここもやはり時代を先読みしながらやっていかないといけません。おいしさも同じように、生活や家族構成が変わると作る料理も変わります。この2つをいかに未来志向でつくっていくかが、ミツカンで今取り組まなければならないことだと思っています。

さらに話題は、ミツカンの商品からイメージされる「お鍋」へ。みんなで囲むお鍋には、食事そのもののおいしさだけではない価値もあると槇さんは語ります。

槇さん お鍋には「つながり」や「温かさ」があると考えているので、そうした場面をつくりたいと思っています。

鈴木先生 なるほど。単にお腹を満たすだけではなくて。

槇さん 心を満たす。

鈴木先生 心を満たす。いい表現ですね。

「おいしさ」を考えるとき、そこにあるのは味そのものだけではありません。人との「つながり」や「温かさ」を生み、お腹だけでなく心まで満たす場面をつくることも、ミツカンが届けようとしている価値の一つだといえます。

食生活の変化を映す「カンタン酢」

生活や家族のあり方が変われば、調味料に求められる役割も変わります。槇さんは、お酢を例に食生活の変化を振り返ります。

槇さん 以前は世帯の人数が多く、おかずもたくさん作り、お酢も使うという暮らし方でした。今は忙しい方が増えたり、家族の人数も減ったりしています。より手早く作りたい、いわゆるタイパを重視する方も増えているので、「カンタン酢」のように、ある程度味が調合されていて、それ1本で味付けできる商品もあります。調味料お酢1つをとっても、手間を減らしながらおいしくささっと作る方法が増えています。

鈴木先生 今はサイズのバリエーションもいろいろありますよね。それも、家族構成の変化などが反映されているのでしょうか。

槇さん そうですね。家族構成や作る料理も時代とともに変わっていくので、調味料の場合はサイズのバリエーションも多いと思います。

家族構成や時間の使い方が変わる中で、調味料もまた暮らしに合わせて変化しています。商品を見つめることで、その時代の食生活や社会の変化も見えてきます。

未来思考で価値をつくり続ける

今回の対談では、槇さんのマーケティング観と、調味料が食生活や社会の変化を映すものであることを伺いました。現在のお客さまだけではなく、未来のお客さままで見据えて価値をつくる。利益を未来の顧客への再投資と捉え、社会環境や家族構成、食生活の変化を読みながら、ブランドの根本的な価値を次の時代へつないでいく。そして「おいしさと健康」という価値そのものも、未来志向で捉え直し続ける。槇さんの話から、そうしたマーケティングの考え方が見えてきました。また、お酢やカンタン酢の例からは、家族構成や時間の使い方が変わる中で、調味料も暮らしに合わせて役割や形を変えてきたことが分かります。調味料を見つめることは、その時代の食生活や社会の変化を見つめることにもつながります。次回は「味ぽん」の価値提案をどのように捉え直し、再成長につなげたのかについて、さらに詳しく伺います。