INTERVIEW


第12回
傍観者というコンプレックスが強みになる。
マーケティングは「人を幸せにするための最適解」

Interviewee

ツノダ フミコ 
MARKETING HORIZON 編集委員長 
株式会社ウエーブプラネット 代表取締役

Interviewer

帆刈 吾郎 
MARKETING HORIZON 編集委員 
博報堂生活総合研究所 所長

 長年、編集委員を務め、2022年より編集委員長に就かれたツノダさん。インサイトの導き出しやコンセプト開発を手掛けるキャリアの原点は、意外にもご自身の「コンプレックス」にあったと語ります。データやAIが進化する現代において、マーケターが提供すべき本質的な価値とは何か、そして政治家として活動された経験が現在の視座にどう繋がっているのかをうかがいました。

原点は「傍観者」のコンプレックス

帆刈 まずは、ツノダさんがこの道に進まれたきっかけを教えてください。

ツノダ もともと私は、自分のことを「傍観者」だと感じていました。物事の輪の中になかなか入れず、どこか一歩引いて見ている。それが長らくコンプレックスであり、自分の弱みだと思っていました。
 ところがある時、傍観者であるがゆえに頭の中に溜め込んでいた様々な景色や情報が、初めて役に立った瞬間というのがあったのです。クライアントや上司が口頭で話す「これこれ、こういうことなんだよ」という言葉や、世の中の事象、人々の価値観、時代のニーズといった、一見バラバラな要素を、頭の中で整理して一枚の図に表してみたのです。
 自分にとっては苦でもない作業だったのですが、それを見た上司やクライアントから「すごくわかりやすい」「そうそう、こういうこと!」とても喜んでもらえたのです。その時、「ああ、こういうことをありがたがってくれる人たちがいるんだ」と初めて知りました。私のライフワークというのはこれなのか、と気づかされる経験でした。

帆刈 では、この仕事を長く続けられた原動力は何だったのでしょうか。

ツノダ もちろん、褒められると嬉しいですし、人の困りごとを解決できた感覚もありました。ですが、私にとって一番大きかったのは「繰り返しが一つもない」ことでした。私はめちゃくちゃ飽き性で、繰り返しが苦手なんです。その点、この仕事は毎回違う課題に向き合える。それがありがたかったですね。

AI時代、人の「腹落ち」が価値になる

帆刈 30年以上続けられる中で、求められる役割に変化はありましたか。

ツノダ 面白いことに、本質は大きく変わっていないと思います。一見、複雑に絡まっているように見えるものを一つ一つほぐし、もう一度わかりやすく組み立て直す。その部分が求められていることに変わりはありません。
 ただ、最近はテクノロジーが進化し、データをパパッと整理したり、一瞬で構造化したりすることはAIでもできるようになりました。その分、より「根源的な部分」へのニーズが高まっていると感じます。

帆刈 根源的な部分、と言いますと?

ツノダ 例えば、ビッグデータのように表面的なデータは誰もが手にできるようになりました。だからこそ、その奥にある「本当の人間の気持ち」や「インサイト」への深掘りが求められています。
 AIを使うことはもはや前提というか当たり前になっています。クライアントもAIを触っていて、表面的な理解はできている。AIは一聞いたら百ぐらい返してくるので、情報はいくらでも手に入ります。しかし、「それはわかったけど、要するに?」という部分においてAIが出してきた答えではもう一つしっくりこない、どうも「腹落ちしない」のです。
 AIは責任を取りませんし、唯一絶対の答えも出してくれない。だからこそ、AIが提示した答えを解釈し、読み解き、「要するにこういうことです」と提示する。そして、「これで決断してもいいんだ」という安心感や、「覚悟を決める言葉」を提供する。これこそ人に求められる役割であり、このニーズはますます強くなっていると感じます。

帆刈 それは、ロジックを超えた価値ですね。

ツノダ そう思います。多分、その言葉以上に「この人が言ってくれたから」という、信頼関係の部分も大きいのではないでしょうか。お互いに信頼しあって議論できる関係があってこそ、提供できる価値なのかもしれません。

手法は「自分ごと化」――クライアントが持てない多視点を持つ

帆刈 その「根源的な部分」や「腹落ち」に迫るために、独自のアプローチや手法をお持ちですか。

ツノダ もし確立された手法があれば、私もそれを水平展開してもっと儲けられているのではないかと思いますが、ないんですよね(笑)。ただ、無意識に、癖としてやっているのは「自分ごと化する」ということです。それはすごくあります。「自分だったら」とか、「うちだったら」とか、自分のこととして考える。

帆刈 具体的には、どのように「自分ごと化」されるのですか。

ツノダ 例えば、「もし自分がお客さんだったら」というのはもちろんありますし、「もし自分がこのプロジェクトを任されたら」とか、「こういうことを上司に頼まれたら」などクライアントさんの立場に立って考えることは当然あります。生活者インサイトも大事ですが、クライアント・インサイトについてもかなり考えます。
 ただそれだけでなく、世の中のありとあらゆること、例えば、お買い物に行った先の販売員の方の立場だったらどう考えるか、あるいは、「ここのオーナーだったらどう考えるかな」など。常に多視点を自分のこととして捉えるようにしていますが、これは無意識の癖のようなものですね。自分ごと化して傍観しているのかもしれません。

帆刈 なぜ多視点を得るためにツノダさんのような外部の役割が必要なのでしょうか。

ツノダ クライアントの方というのは、それこそ数字を背負っていたりして、ご自身の責任や役割、求められていることがガチっとあるわけじゃないですか。胃が痛くなるようなそういう環境にいらっしゃると、目の前の課題や事業に集中しすぎて多角的な目線は持ちにくくなってしまうんだろうな、と感じます。
 だからこそ、外部にいる私たちがそうした目線を提供することに価値を感じていただけている。期待されている部分としては、そういうところがあるように感じますね。

政治家への転身と、そこで得た「包摂的な視点」

帆刈 キャリアの途中で、一度政治家(市議会議員)も経験されています。これはどのような思いからだったのですか。

ツノダ 実は、中学生の頃の夢が政治家になることだったんです。当時はまだ、学校の家庭科が男女別々でした。私はそれが「おかしい」と強く感じて。なぜ国が、男の子は日曜大工やはんだ付けで、女の子はお裁縫や料理をやることを強いるのだと。それを義務教育としてやるのはおかしい、と。
 それで私は家庭科の授業をボイコットしたり、校内の弁論大会でそれを訴えたり、新聞に投書したりしていました。その時、私は絶対政治家になるな、と思っていたんです。まあ、典型的な中二病のようなものでしたが。

帆刈 その夢が、47歳で実現したわけですね。

ツノダ 高校、大学と遊び呆けて、そんなことはすっかり忘れていたのですが(笑)。 47歳の時、 ちょうど政権交代があり、 「世の中が変わるかもしれない」「もしかしたら私にもチャンスがあるかもしれない」とかつての夢を思いました。ちょうど政治家の「公募」が始まった頃で、応募したのがきっかけです。

帆刈 理想と現実のギャップは、ありましたか。

ツノダ もう、大いにありました。とにかく痛感したのは、お役所も議員も、どちらも「前例主義」だということです。
 例えば行政だったら、予算をどう使うか。その使った予算配分が正しかったのかどうかに基づいて、次の年の予算を考えなければいけないのに、そこでのPDCAが、P(計画)もC(評価)もほぼ機能していなかったのです。毎年D(実行)で完結し、その繰り返し。前年と同じことが重視され、根拠も検証もなされていないことに驚きました。

帆刈 まさにマーケティング的な視点が欠けていたのですね。

ツノダ そうなんです。もう一つ感じたのが、生活者の声の扱いです。各政党・会派は当然のことながら自分たちの支援者の声に応えようとします。しかしそれだけではなく、いわゆる「サイレントマジョリティ」の声、あるいは本当に困っているけれど声を上げられない人たちの声をどうやってちゃんとすくい上げて、市政に反映していくか。その仕組みをきちんと作らなくてはいけない、という提案をしました。これはもう100%マーケティングですよね。
 その他にも、市のブランディングへの取り組みや、「シビックプライド」という概念を提唱して、それを中長期計画に盛り込んでもらうといった活動も行いました。

帆刈 政治家としての経験は、マーケティングの仕事にどう影響していますか。

ツノダ それは非常に大きな影響がありました。一つは、議員になる前には見えていなかった世界、「格差が拡大する世界」を目の当たりにしたことです。議員活動として、養護施設のような施設に行ったり、そういう方々のお話を聞きに行ったり、住宅街の本当に隅々まで歩いて直接対話をする機会を数多く持ちました。

帆刈 それまでとは違う現実が見えたのでしょうか。

ツノダ はい。日頃プロジェクトをご一緒しているナショナルブランドの大手企業のマーケティング担当者の方々は、一流企業にお勤めで、それなりの生活水準の方たちですよね。 しかしながら、大手企業の商品はどこのスーパーでもコンビニでも売っていますし、議員活動で出会ったようなごく普通の人たちも買っているわけです。
 戦略的にどのような人たちをターゲットにするか、どのようなペルソナを設定するかは別問題として、少なくともごく普通の人たちの存在を「無視して」企画してはいけないと強く思うようになりました。

帆刈 それが、現在のツノダさんの視座に繋がっているのですね。

ツノダ 企業が掲げる「社会課題の解決」といった綺麗なマーケティングのストーリーには乗りにくいかもしれませんが、こういう人たちもいるよね、という事実を知った上でどのような価値を届けていくかを考える。そうした「包摂的な視点」や、うわついた綺麗ごとですまさないための「戒め」を、この経験から得たと思っていますし、近年増えている富裕層向けの企画においても価値創造の視点として意味があるように感じています。

「ホライズン」編集委員長として大切にした「人」と「セレンディピティ」

帆刈 ツノダさんの会社のホームページを見ると「わたしたちの提供価値は『踏み出す勇気を賭けにしない』」と掲げられていますが、どういった意味でしょうか。

ツノダ これも政治の世界と通じるところがありますが、企業においても、データや生活者の声という根拠があるのに、社内事情や前例主義が最優先になってしまい、曲解された方向に進んでしまう場面というのを多く見てきました。
 リサーチ結果はあくまで「過去」のもので、そこから「未来をどう読むか」が重要です。未来のことは誰にもわかりませんが、私たちの経験から「こういうことが言える」とお伝えし、未来に対する「賭けの勝率を上げていく」ことを提供したいと考えています。根拠があるのに、それを無視して賭けにしちゃダメだろう、という思いが強くあるのです。

帆刈 その背景にある問題意識は、どのようなものでしょうか。

ツノダ 突き詰めると、「もったいない」という感覚が常にあるのだと思います。せっかく御社にこれだけの資産(リソース)があるのに、それを活かせていない、伝えきれていない。新しい投資をしなくても、今あるものをちょっと組み替えたり、表現を変えたりするだけでもっと良くなるのに、それをしないのはなんてもったいないのか、と。否定するのではなく、「もっとこうすれば良くなるのに」というスタンスです。

帆刈 「ホライズン」の編集委員も長らく務められました。振り返られて、印象に残っている記事はありますか。

ツノダ 今日、実物を持ってきたんです。自分が担当して印象に残っている特集の中では、中年以降の女性を対象とした「インビジブル・マチュリエンヌ」(2019年10月)や「Z世代ホントのところ」(2022年5号)など、ある属性を見つめたものが多いのですが他の編集委員の方の記事で印象に残っているものを振り返ると「人」なのですよね、意識せずして。
 例えば、中塚さんがご担当の「男性消費図鑑」(2020年4号)や、本荘さんご担当の「子どもドリブン」(2021年9号)。この「男性消費図鑑」では、まさにその人のリアルな可処分所得や、買ったものなどを見せる企画としたのですが、こういう生々しさの中に垣間見える価値観や世相が、本当に面白いなと感じます。「子どもドリブン」も、人を大事にした経営や人事が、結局、経営を伸ばしていくんだということを「子ども」を起点に丁寧に取材された上での提言となっていてとても気に入っている特集です。

ある属性に注目した特集号。見ているようで見ていない側面をていねいに見ていくのが醍醐味
当たり前に潜む時代変化をデータから洞察していく特集は手応えがあった

帆刈 ご自身が編集委員長として、心がけていたことは何ですか。

ツノダ まずは、本当に基本的なことですが、毎月の編集会議には必ず出席する──その積み重ねを大切にしていました。
 また、せっかくの限られた貴重な時間、編集委員のみなさまの視点や意見を活かせるような場づくりを心がけていました。編集委員は、みなさまオンリーワンの並外れた経験と知見をお持ちの素晴らしい方々なので。
 もう一つは、紙媒体からWeb媒体へと移行の推進と、その際のコンセプト設定です。「ホライズン」の役割として「マーケティングに携わる人たちに、ゆたかなセレンディピティを。」を掲げました。いわゆるデジタルマーケティング的な手法論やノウハウ、スキルに走るのではなく、もう少し手前の発想のきっかけや企画視点として役立つものでありたい、ということです。
 そのような意図もあり「ライフ」「グローバル」「ソーシャル」「アート」など、通常のマーケティングとは異なるある種「ふんわりした」フレームを設け、マーケティングを広義に捉えられるような仕掛けを決めたりはしました。

マーケティングは人を幸せにするためのもの

帆刈 最後に、ツノダさんにとって、「マーケティング」とは何でしょうか。

ツノダ とても大げさな言い方をすると、「恩人」であり、「私を救ってくれた存在」です。別の言葉で言うと、「自分の居場所」でもあります。

帆刈 「救われた」というのは?

ツノダ 冒頭に傍観者だったと話しましたが、私はもともと内向的で、協調性がまるでない飽き性の人間でした。間違いなく普通の企業の中では非常に生きづらかったと思います。マーケティングに出会ったことで、本当に救われました。

帆刈 その「マーケティング」という言葉の定義について、どのようにお考えですか。

ツノダ 世の中では、マーケティングというと「人心を操って売るためのもの」という、どこかあくどいイメージがまだあるかもしれません。しかし、本来マーケティングとは「人を幸せにするためのもの」だと思っています。

帆刈 人を幸せにするためのもの。

ツノダ はい。さまざまな人たちのそれぞれの幸せなくらしのために、何をどう組み合わせるべきか。その“最適解”を見つけていくことだと思っています。届ける側にとっても、受けとる側にとっても、双方にとっての最適解です。
 最近では、小中学生がプロフを気にするように、セルフブランディングが当たり前になりました。マーケティングは企業だけのものではなく、もっと身近で、誰もが持つと「生きやすくなる」スキルでもあるはずです。モノやサービスを売るためだけではなく、より良いくらしや関係性を築くためにこそ、マーケティングはあるのだと思います。

帆刈 本日は、貴重なお話、どうもありがとうございました。

〈インタビュー後記〉

 「どこか一歩引いて見ていると感じていた」とお聞きして、とても驚きました。自分と同じように感じていた方がここにいらっしゃった、という驚きです。自分も、どこか一歩引いてみている子どもだったと思いますし、今でもそう言われることがあります。一歩引いて見ている、が実はマーケティングの世界で強みになる、というお話を聞いて、なぜ自分がマーケティングの道に進んだのかに気づかされるとともに、マーケティングに関わるあらゆる人にとっても役立つ考え方ではないかと感じました。

ツノダ フミコつのだ ふみこ
MARKETING HORIZON 編集委員長 
株式会社ウエーブプラネット 代表取締役

社会動向や生活者の分析を通して、価値観変化や生活者インサイトを導き出し、コンセプト開発を行う。問いを重視したきめ細かい伴走型コンサルティングにて新しい価値づくりを支援し、企画力と気づき力を強化する研修も展開。近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業』では、書くことで考える力を磨く「具体→抽象→発見」の手法を紹介している。

帆刈 吾郎ほかり ごろう
MARKETING HORIZON 編集委員 
博報堂生活総合研究所 所長

1995年に博報堂入社、以来マーケティング職に従事。2013年タイ・バンコクに駐在、博報堂生活総合研究所アセアンを設立。2020年日本に帰任し現職。