Interviewee
德田 治子
MARKETING HORIZON 編集委員
コーン・フェリー・ジャパン プリンシパル
Interviewer
中島 聡
MARKETING HORIZON 編集委員
元 公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事
これまで複数のキャリアを積み重ねられ、「人と社会をつなぐ」仕事をされている德田治子さん。現在、日本とタイの二拠点生活をされているグローバルな視点から、マーケティングに欠かせない感性や態度とはどのようなものか、これからのマーケティングのあるべき姿などを幅広くうかがいました。
マーケティングとは、市場を読み顧客を理解する感性力
中島 德田さんに初めてお会いしたのは、もう15年以上前のことかと思います。以前から德田さんには助けてもらってばかりで、その上、数年前にはホライズンの編集委員になっていただき、本当にありがとうございます。
德田 素敵なご縁をつないでいただき、中島さんには感謝しております。
中島 現在はどのようなお仕事をされているのですか。以前からのヘッドハンティングのお仕事ですか。
德田 日系のエグゼクティブ・サーチファームで、ヘッドハンティングの仕事をしていましたが、今年の4月、ニューヨーク証券取引所に上場しているコーン・フェリーという外資系企業のジャパンオフィスに転職したところです。
コーン・フェリー社は2015年にヘイグループ(最大手の人材コンサルティングファーム)を買収しており、私はヘッドハンティングに加えてアドバイザリーという仕事をやっています。簡単に言うと、サクセッション(後継者育成、事業継承)、アセスメント、リーダーシップ、コーチングといった領域に広がっています。
中島 素晴らしいですね。本日は、德田さんのキャリアに関するお話や、マーケティングとの出会い、その過程でどのような考え方の変化があったのかお伺いしていきたいと思います。
德田 キャリアともつながるのですが、私にとってマーケティングとは、「市場を読む力、人や顧客を理解する力」だと思っています。それが、実は自分のキャリアを築いてきた感性そのものだと感じています。
なぜなら、特に顧客と同じ目線で考えるためには、生活の中で感じることに気づくということが非常に重要だからです。消費者の行動や社会の変化を敏感に感じ取って積み重ねてきたことが、結果的に私のキャリアを大きく広げてくれたと感じています。
「変化を読み、新しいビジネスを生み出す」──原点の言葉
德田 私は、社会人1年目で大手化粧品会社に入社し、3年目にマーケティング戦略部という部署に異動になりました。3年目の若手がいきなり会社の戦略に関わって果たして役に立つのかと不安ばかりだったのですが、そのときの部長に言われた言葉を今も鮮明に覚えています。
部長は、「君の仕事は与えられたことをやるのではない。世の中の変化を理解して、会社に必要な新しいビジネスを生み出すことだ」というお話をしてくださったんです。私がここまで来られたのは、彼の一言が、非常に大きな一歩を踏み出す勇気を与えてくれたからだと思っています。そこから市場を見る、そして未来を読むということを意識し始め、それが私のキャリアのスタートになりました。
中島 具体的にはどのようなお仕事をされていたのですか。
德田 当時はビジネスモデル特許というものが流行しており、何もないところからアイデアを出して特許の形にするという作業をやっていました。本当に右も左もわからない社会人だったので、非常に苦しい作業ではありましたが、当時、普及し始めたドコモのiモードを利用して、「歩数と食事を記録してカロリー計算をした上で、夕食に最適なメニューを提案するサービス」という企画を考え、特許用に文字で起こして、それが実際に認められたというのが社会人3年目の大きな仕事でした。また同時に、何もないところからの発想が実際に市場を動かす力になる喜びを得た最初の経験でもあります。
中島 今はさまざまなヘルスケアアプリがありますが、その第一歩ですよね。非常に先進的です。
德田 そうですね。食事を記録するサービスというアイデアの卵を自分がつくったことはとても良い経験になりました。そのような経験を積み重ねていくことによって、マーケティングの感性が磨かれていくのだなと今、振り返っています。
感性とは、違和感に気づく力
中島 今、感性という言葉が出てきましたが、私自身もマーケターは努めて感性を磨かなければならないと思っていますし、感性が鋭くなければ、マーケターとして限界が来るのではという感覚があるのですが、どうお考えですか。
德田 まったく同感です。例えば、新しい職場に移ったときに、今までの環境との違いに気づく。人も違いますし、仕事のやり方も違いますから、そのあたりの違和感を、何かちょっと違うと気づいて、それを言葉に出して、しっかりと周りに伝える。あるいは、その感性の違いとは何なのかを考えていく。そこがマーケターの源泉だと思っています。それを続けてきた結果、何度かの転職を経て、自身のキャリアが形成されたと感じています。
中島 マーケティングの感性といえば、今は女性特有の非常に細やかな感性が必要不可欠となっていますね。
德田 おっしゃるとおりです。毎日の生活行動については、男性も関わる方が増えてきましたが、やはりまだまだ女性が中心となっている部分が多いです。実際、生活行動に根ざした感性を仕事に生かして活躍している女性も多いですよね。
人と社会をつなぐマーケティング
中島 感性や女性のお話が出てきましたが、ブランド戦略やマーケティング戦略などは、企業にとって、実は「人事戦略」だとよく言われますが、その点についてはいかがでしょう。
德田 私が社会人になってすぐに感じたのは、まさに「組織は人なり」ということでした。これまで多くの戦略を策定してきましたが、それに関わる人が誰か、あるいは、その人が意志を持ってやるかによって戦略が実際に動き、結果が出る。それがもっとも大切だと思っています。
以前いた会社で、自身の中長期的なプランを模索していたとき、当時の社長から「君のマーケティング感性は“人と社会をつなぐところ”に生かせるから、ヘッドハンティングに向いているのでは」と言われました。その方がおっしゃった「人と社会をつなぐマーケティング」は、私の人生後半のマーケティング・テーマにぴったりだなと直観的に思ったんです。それで、以前のマーケティング領域とはまったく違う、いわゆる人材のエグゼクティブ・サーチの世界に転職することに決めたのです。
「人と社会をつなぐマーケティング」は、実は日系企業のもっとも弱い部分なのです。事業基盤をもっと強く、太くしていくためには、人事戦略が非常に重要です。
日系企業の多くで事業がうまくいかなくなる理由の一つが、社内のサクセッションです。すなわち次の社長を誰に託すかによって衰退していくことにもなるわけです。会社の社長または社長を支える人事のトップは、会社にとってまさに命のような存在ですから、そこに会社のサステナビリティを実現できる人材をしっかりとつなぐのが、ヘッドハンティングの役割なのです。
中島 素晴らしいですね。日本企業も、もっと注力してほしい点ですね強化。
日本とタイの二拠点生活から、次のステップへ
中島 さて、少し話題を変えたいのですが、德田さんは今、タイにお住まいなのですか。
德田 はい、タイのパタヤに第2の拠点を持っていて、年に4回ほど東京と行き来をしながら生活しています。長く滞在するときは2週間ほど、短い場合は1週間程度です。現在の会社はリモートで仕事ができるので、タイにいる間もリモートワークをしながら日本のお客さんや社内メンバーと会議をするというスタイルです。
私自身の一つのテーマである「市場を知る、生活者を知る」マーケティングの感性を磨き続けるためにも、いろいろな国、場所、人と、新しい出会いを経験することが大事だと思っています。

中島 パタヤにもう一つの拠点を設けられた理由は何なのでしょう。
德田 私は中学生のときに、父親の仕事の都合でインドネシアのジャカルタに3年ほど住んでいました。中学生で海外に住むということは私にとって衝撃的な出来事で、人生の大きな経験となりました。そのとき私は、いつかグローバル、特にアジアと日本をつなぐ仕事に携わりたいと思ったのです。加えて、以前在籍していたマーケティング・リサーチ会社のアジア総支社がタイのバンコクにあり、当時は生活者調査や日系企業のマーケティング支援に携わっていましたので、バンコクにはかなり馴染みがありました。
実は、バンコクと日本とは類似点が大きく三つほどあります。一つは仏教国で宗教が同じです。二つ目はどちらもアジアの中では植民地になっていない国であること。よってその国独特のカルチャーが多く残されています。三つ目はお米の国であること。どちらも主食が米で、食生活が非常に似ています。このような点も含めて、タイと日本はきっと一緒に何かを生み出せるのではないかと、私のマーケティングの感性が直感したわけです。
それともう一つ、タイはウェルビーイングが非常に進んでいる国として注目されています。笑顔の国と呼ばれるほど、若い人もお年寄りも笑顔が多い。タイ独特のカルチャーや、ゆるりとした柔らかい生活のリズム、あるいは熱帯モンスーン気候のせいもあるのかもしれません。そのようなことを学びながら、日本企業にも生かしていけるお手伝いもできたらなと考えつつ、タイでの生活を楽しんでいるところです。
中島 なんだか理想の働き方をされていますね。二拠点生活によって、視野も人間関係も多様に広がっていくのではないですか。
德田 私は、タイと日本のマーケティングのかけ橋になっていきたいと考えています。国境も言葉も越えて皆が集まれる特別な交流の場もつくってみたいと思っています。そこでは、日本とタイの文化、ビジネス、スポーツ、食事など、あらゆるテーマがきっかけとなって、気がつけば誰もが家族のように打ち解けているような国際交流の場をつくりたい。もちろん、タイだけではなく、海外と日本をつないでいく中で、自分が感じた違和感にきちんと気づいていけるマーケティングの感性を磨き続け、社会に貢献していきたいと考えています。
最近始めたばかりなのですが、YouTubeを通じた情報発信を行っています。タイに行ったときに現地の人向けに発信したり、逆にタイの情報を日本人向けに発信したりということもやっていきたいです。

グローバルな舞台で経験を積む
中島 今後、日本の若いビジネスパーソンが海外でビザを取得して多様な国で働くという場面も増えてくると思うのですが、グローバルな視点をお持ちの德田さんから何かアドバイスはありますか。
德田 私が若い人たちに伝えたいと思っているのは、「すべて経験」ということです。生きていることの価値を何に置き換えられるかというと、それは経験だと思っています。いろいろな経験をすることによって、マーケティングの感性もどんどん磨かれていく。市場を読む力や顧客を知る力も、もっともっと磨かれていくと思います。
今の時代、若い人たちの中には新しい仕事を始めることに対して保守的ではなく、それがチャンスだと思って動いている方も多いですよね。できれば、その場を国内だけではなくグローバルにも広げていただき、自分が仕事をしてみたいという好奇心を抱いた国や場所に思い切って飛び込んでいくチャレンジを続けていただきたい。言い換えますと、マーケティングを通じて自分自身をどう成長させたいか問い続けてほしいと思っています。
中島 マーケターも世界に飛び立っていってほしいですね。
德田 本当にそうですね。日本では人口も減っていきますから、その分、タイやその他の国の人たちに日本に来ていただいたり、日本で働いてもらったりという交流ももっと広げていく必要があるでしょう。私も、そのような面でかけ橋になれるマーケティング活動ができたらと思いますし、わくわくしながら今後のキャリア、未来の働き方を追求していきたいと思っています。
これからのマーケティングは「人を輝かせる力」
中島 日本の若いマーケターに感じられていることはありますか。
德田 データやAIが進化する時代ですから、それらと対話することに夢中になっていますね。しかし、若い人たちのキャリア形成には、市場を読む力や人を理解する目など人間らしい感性が非常に大事になってくると思います。
また、若い人たちには、マーケティングを通じて自分自身をどう成長させたいかを問い続けてほしいです。マーケティングは仕事だけではなく、例えば私がタイにも拠点を持っているように、自身の人生を豊かにしてくれるものと捉えてほしいですね。AIだけでなく実世界での経験を積み、感性を高めていく活動にチャレンジしてほしいと思います。
中島 本日は貴重なお話をありがとうございました。
〈インタビュー後記〉
徳田様との出会いは徳田様がインテージ社で明治乳業のご担当に就任された時でした。当時、私は明治で様々なデータから流通、生活者の方々にソリューションプランをご提案する部門の責任者でしたが、データという事実と企業、生活者の思いを融合される手腕に、深い分析力と温かな人間愛、企業愛を受けました。まさに本来のマーケティングが持つ使命そのものです。今、タイという場所にも新たな拠点を設けられ、日本の若い方々の幅広い視野の醸成にも取組まれておられる事、マーケティング、人間への深い愛情を感じます。心から最大限のエールを贈りたいと思います。フレーフレー徳田さん!

德田治子(とくだはるこ)
MARKETING HORIZON 編集委員
コーン・フェリー・ジャパン プリンシパル
INTAGE、KPMGコンサルティングを経て、エグゼクティブ・サーチ業界へ。マーケティングと人材戦略のかけ橋となるアドバイザーとして、日系大手企業のサクセッション支援やリーダー育成に携わる。株式会社HAL代表取締役として、日本とタイをつなぐウェルビーイング事業も展開中。

中島聡(なかじまさとし)
MARKETING HORIZON 編集委員
元 公益社団法人日本アドバタイザーズ協会
専務理事
一般社団法人デジタル広告品質認証機構代表理事、日本広告審査機構理事、ACC理事の他、マーケティング広告関係の複数団体の委員を務め、マーケティング及び広告活動の健全な発展のための活動を行っている。同時に明治大学大学院及び高千穂大学大学院にて教鞭をとり、若い世代の人財育成活動を行っている。