INTERVIEW


第6回
観察と予測から生まれる“生活者視点のマーケティング”

Interviewee

中塚 千恵 
MARKETING HORIZON 編集委員 
東京ガス株式会社 リビング戦略部

Interviewer

吉田 けえな 
MARKETING HORIZON 編集委員 
コミュニケーター、コネクター

 東京ガス株式会社において、長年生活者意識やライフスタイル動向をウォッチされてきた中塚千恵さんに、生活者研究の難しさや抑えるべきポイント、さらにマーケティングとは何かについてもお話をうかがいました。

インフラ企業とマーケティング

吉田 中塚さんは東京ガスにお勤めですが、他の営利目的の企業とは違うインフラ企業ですから、マーケティング自体の捉え方も異なる部分があるのでしょうか。

中塚 異なる部分はないと思っています。すでにガス・電気も、業務用、家庭用ともに自由化されています。また現在、重点化して取り組んでいるサービスは競合も多く(例えばハウスクリーニングなど)、マーケティング自体の捉え方が違うという世の中のイメージがあるとしたら、東京ガスはそれとは異なると思います。

吉田 他の会社に比べて、信頼性をとても大事にされていると感じます。信頼していただくために意識してされていることはありますでしょうか。

中塚 そうですね。「東京ガス=信頼できる会社」の原点とは何かを考えることがあります。「大きな会社だから」「点検などでご自宅にあがることがあり、信頼性を持ち合わせていないといけない」など、その理由はさまざまです。
 また、基本的にお客さまが求めているのは、いつでもエネルギーを安全に使えることだと思いますし、その実現こそが個人的には信頼の源泉かと思います。

吉田 2017年のガス小売全面自由化以降、競合他社が増えていますが、意識はどのように変わっていると思いますか。

中塚 自由化以前にも、家庭用については例えば、オール電化住宅が増えたときから競合との戦いがあったと思います。電気だけでも生活ができるというのですから、お客さまのことを考えなければ選ばれない、という意識が強く芽生えたと思います。また、ガス・電気の小売全面自由化では、電気需要については市場を奪う側となりました。

吉田 需要を奪う側、獲得する側になったときに、社内的に、あるいは中塚さんの意識で変わられたことはありましたか。

中塚 私自身は、もともと生活者研究を長くやっていました。お客さまにとって東京ガスの位置づけは、無色透明な存在だと思います。無色透明なところに色を付けて選ばれるのは大変であると考えると、生活者が求めるニーズや価値を明らかにすることはさらに重要になると思うようになりました。

生活者を捉えづらい時代

吉田 常に生活者のことだけを考えてこられたというのは社内でも稀有な存在ですよね。長い目で見たときに、会社にとって重要なポジションだと思います。

中塚 何よりも生活者について考える部門である都市生活研究所が長く続いてきたことがOGとして嬉しく、誇らしいことだと思っています。これは業務においても役立つことも考え続けた結果でもあると思っています。

https://www.toshiken.com/

吉田 特に最近は会社にとってすぐに役立つことが求められる時代ですよね。だからこそ一方で、生活者を定点観測している人たちが重要だと思います。インターネットが普及し、SNSが登場したことで急激に生活者の環境が変化していますが、その辺りをどのように把握するとよいと思いますか。

中塚 SNSは私や皆さんがそうであるように、生活を変えていると思っています。それはなぜか。暮らしの中でどう位置付けられているかについては、直接、生活者に聞くだけではなく、観察して解釈する必要があるのではと思います。行動変化だけでなく、その背景にある価値観はどうなっているかを丁寧に捉える必要があると思っています。

吉田 例えばZ世代以降は、昔と異なり、さまざまなジャンルの情報を簡単に手に入れられるようになったので、興味・関心が個々人で違うことも多く、皆世代として括られるのを嫌がる傾向にあります。これは友人の子どもたちと話していても感じることですね。一方で、インターネットやSNSが登場し、生活者調査はしやすくなったのではないでしょうか。

中塚 そうですね。デジタル化の進展によって、これまでより簡単に調査もできるようになっています。生活者の意識や行動を簡単に切り取れる状態ともいえるでしょう。しかし、それですべて分かったといってよいかは疑問です。
 周りの20代を見ると、おとなしいように感じることがあります。もしかしたら、自分が何者かを捉えられないようにしているのではと思うと、調査だけではなく、先ほども申し上げたように観察が必要になってきます。

吉田 確かに、アンケートやインタビュー調査で100%の本音は書かないですね。調査している側に対して多少なりとも配慮していますし。若い世代になるほどその傾向が強くなっているのは、皆が良い子である中で変に目立ちたくない、自己主張はしないという意識があるようにも思います。

マーケティングとは予測と観察

吉田 生活者の本音がどんどん拾いづらくなっていく時代に、マーケティングのあり方も少し変わってくるのではと感じます。

中塚 以前、本誌編集委員長のツノダさんに「現在のマーケティングでは、生活者視点をどのように活かすことが多いか」と聞いたところ、「予測に利用する場合が多い」と答えられました。簡単に調査できるようになったからこそ、過去や現在を含めて未来を予測すること、つまり考えることが非常に重要だと思います。変わることと変わらないことをどう見極めるか、それをコツコツと考えていかなければ、良いマーケターにはなれないとも思います。

吉田 予測をするとき、中塚さんが最も大事にされていることは何ですか。

中塚 私が常に心がけているのは「知識」と「センス」です。大学生に教える機会をいただいていたときにも常にその話をしていました。知識は身に付けられる一方、センスは難しい。センスを良くするには、いろいろな引き出しを持たなければなりません。そのためには「観察」をベースとした解釈を積み重ねるしかないのです。インタビュー調査をした人たちからは「実際に話を聞くのは勉強になる」、「楽しかったです」という感想は多く聞かれるのですが、何がわかったのかを話す人は案外少ないと思います。また、疑問、怒り、不思議に思う感覚が持てないと、モノゴトを深堀りできず、結果、センスにはつながらないようにも思います。

吉田 中塚さんにとって、マーケティングとはどのような存在ですか。

中塚 生活者の気持ちや行動をベースに考えることがマーケティングの第一歩だと思っています。それを商品開発などに活かしていく。加えて重要なのは伝え方です。生活者のインサイトや今後のライフスタイルを予測できたとしても、それを伝わる言葉にしないと意味がない。伝わるように伝えることが重要です。
 私は広告業務も行っていましたが、伝わる言葉をつむぎだすために重要なのは、生活者のリアルと、企業として言いたいことを結びつけることかと思います。そうじゃないと伝わらない。
 私の強みの一つは、どうやら生活者のデータを取り扱えるということのようなのですが、年を重ねても、生活者をどう捉えるか、それをどう伝えるかを今後もマーケティングのテーマとしていきたいです。

吉田 そうですよね。やはり最後に伝わるところまで到達しないと、もどかしいですよね。

中塚 先日、親しい友人から「東京ガスは良いCMをつくるというイメージがある」と言われました。しかし、それでは当然のことながら、不十分だと思います。なぜなら、私たちは良いCMをつくることを念頭に置いているわけではなく、企業としてこういうことを考えています、と伝えたいからです。

吉田 良いCMをつくっていると感じる裏側には、きちんと伝えたいことがあるから良いCMになっているということではないですか。

中塚 何を伝えるかはとても重要です。それに加えて、どう伝えるかをおろそかにしないことが共感につながると思っています。

仕事の軸は「手を抜かない」「データの悪用をしない」

吉田 生活者視点であること、細かく観察することを重視しているという点は、ホライズンで中塚さんが担当された企画でいつも感じていたことです。中塚さんがホライズンを通して読者に一番伝えたかったことを教えてください。

中塚 私は、生活者のことしか扱わないと決めていましたので、読者が顧客像を捉えるための何か気づきになる記事にしたいというのが最大の目標でした。長年、私が面白いと思った事象を共有させていただけたことに大変感謝しています。「こういうことを見つけたがどう思いますか?」と発信できた、とても良い場だったと思っています。

吉田 生活者研究をベースに、予測や観察が重要になってくるとのお話でしたが、他に変わらない軸はありますか。

中塚 「手を抜かない」と「データの悪用をしない」ですね。
 「手を抜かない」とは、きちんと意味づけをするということです。先ほどから申し上げているように、いろいろなことをショートカットできるようになった分、手を抜かずにさまざまな観察と解釈を積み重ねたほうが良いですし、データは自分からは語ってくれないので、こちらから意味を付けてこそ意味があります。
 「悪用をしない」というのは、抽象的に言うと、自分の都合のよいようにだけデータを解釈しないということです。調査データを危ういものとして活用したくないと思います。

吉田 最後に、長年ホライズンのお仕事をされてきましたが、ホライズンに対する想いをお聞かせいただけますか。

中塚 ホライズンは、自分が考えたことを文字にしていただける場、発信できる場として非常にありがたく思っています。あるテーマについて何か月もの間、考える場を持たせていただき改めて感謝しています。

吉田 本日はありがとうございました。

〈インタビュー後記〉

 反響が可視化されやすく、即座に結果に繋がることが求められる時代になり、定点観測を続けることが難しくなっている、そのような時代にこそ、続けることは確実に、未来の財産だと感じる。中塚さんの生活者視点であり続ける強さを改めて感じました。

中塚 千恵なかつか ちえ
MARKETING HORIZON 編集委員 
東京ガス株式会社 リビング戦略部

リビング戦略部ブランディング推進グループに所属。現在は、IGNITUREという東京ガスの事業ブランドをはじめとしたBtoC向けのブランディングに取り組む。広報部広告グループの際に、制作・出稿したCMには、社会課題の解決に向けて、東京ガスの想いを込めた「子育てのプレイボール」「母の推し活」がある。その他、同社ではCSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)での業務を歴任。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJ-POP などを追いかけてきたことを活かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。

吉田 けえなよしだ けえな
MARKETING HORIZON 編集委員 
コミュニケーター、コネクター

PR 会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。NYを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、情報収集能力を活かし、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、ブランドプロデュース、内装プランニング、パーソナルスタイリングなど多岐にわたり活動中。