INTERVIEW


第10回
人生はテストマーケティングの連続
~試し、対話し、育んでいく人間観~

Interviewee

山本 裕介 
MARKETING HORIZON 編集委員 
エンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長

Interviewer

蛭子 彩華 
MARKETING HORIZON 編集委員 
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事 
クリエイティブデザイナー



 「コミュニケーション」を仕事の軸に据えた働き方、そして生き方をされてきた山本裕介さん。そんな山本さんの足跡を追いながら、地道で緻密なマーケティング活動の裏側や、人間味あふれる広い視野から生まれる「人」への想いをうかがいました。

10代の頃、不得意だった「コミュニケーション」が仕事、そして人生の中心に

蛭子 山本さんは、圧倒的な情報処理の速さ、人とすぐに打ち解けられる笑顔が印象的で、軽やかに変化しながら周囲をリードするパワフルな方だなと常々思っていました。まずは、そんな山本さんの生い立ちをお聞かせいただけますか。

山本 そう言っていただきありがとうございます。私は、1980年に広島の宮島の近くで生まれ、両親とも地方公務員の家庭で育ちました。小中学校時代は、祖父母が広島の目抜き通りで営んでいた靴屋を手伝いながら、週末は母方の家があった瀬戸内海の島で釣りをするという生活でしたね。中高は男子一貫校だったのですが、この6年間が人生の暗黒時代だったなと感じています。

蛭子 暗黒時代とは、とても意外でセンシティブなワードですね。具体的なお話をお聞きしてもよろしいでしょうか。

山本 実は、当時の私は人とコミュニケーションを取るのが得意ではなかったのです。その頃、人の輪の中に入っていったり、まして集団をリードしたりするようなことはほとんどできていなかったですね。そんな暗い時代を経て大学進学のために上京し、それからはずいぶん人とコミュニケーションが取れるようになりましたが、4年生になってからの就職活動では内定をいただけずとても苦労しました。卒業論文を書く際に、自分が苦手としていた「コミュニケーション」に向き合ったことで広告に興味関心が高まり、5年生にしてやっと広告代理店から内定をいただきました。

蛭子 ご自身でもコミュニケーションの課題を抱え、しかしそこから目を背けずに見つめ直したのですね。

山本 そうですね。例えば「人は10代のときに苦しんだことに一生こだわり続ける」と言われたりしますよね。お金で苦労したら、その後もずっとお金にこだわる人になるなど。私の場合はコミュニケーションにつまずいたので、逆にコミュニケーションにものすごくこだわることを仕事にしたのでしょうね。
 広告代理店に就職し、営業担当をしていた頃も、コミュニケーションに強みがあるタイプではありませんでしたが、得意先に可愛がっていただける環境に恵まれました。その頃、SNS系に特化した新会社をデジタルガレージなどと合弁でつくる立ち上げメンバーとして出向し、当時の食べログの事業化を担当しました。その後、2009年には Twitter(現:X)を日本展開するプロジェクトに参画し、Twitter日本版の立ち上げに携わるようになりました。
 Twitterは日本で当初、マンスリー・アクティブユーザーが約30万人程度でしたが、2009年から2011年で約1,500万人まで拡大しました。わずか2年で50倍も拡大するサービスはそれまでなかったと思います。その凄まじい成長を間近で見届けられて本当に仕事が楽しかったですし、何よりそこで初めてマーケティングに触れることができました。
 例えば、バリュープロポジションやユーザーにとってのサービス価値をチームで考えたり、ユーザーをセグメントしながら、コンテンツパートナーシップを通じて新しいユーザーとの接点づくりに取り組んだりしました。そうした試行錯誤の中で、マーケティングの基礎的な考え方について実感を持って学べたように思っています。
 また、自身のアイデアから「ツイナビ」というTwitter公式の日本向けガイドサイトを立ち上げ、企画から運用までを数人で担当しました。アカウントのフォロワー数をゼロから約50万人規模まで育てることができたのは、非常に貴重な経験でした。
 しかし、2011年3月に起きた東日本大震災をきっかけに、物事の捉え方が大きく変わりました。リアルタイムでローカルな情報を届けるツールの重要性を改めて感じる一方で、自分自身の仕事へのモチベーションは、より長期的でもっと多面的なかたちで社会に関われることへと少しずつシフトしていきました。

蛭子 そういった経緯から、Googleへの転職につながったのですね。

山本 そうですね。英語はあまりできませんでしたが、YouTubeやGoogleマップをはじめとする多彩なサービスが、人々の生活や社会を確実に変えていく姿に強く惹かれていました。「ここで働くことで、世界とつながる仕事ができるかもしれない」──そんな想いから、自分の可能性を信じて応募しました。英語での面接では、言葉だけでは伝えきれない気持ちや考えをパワーポイントにまとめ、プレゼンテーションというかたちで表現しました。その姿勢や覚悟を評価していただけたのだと感じています。
 入社後は、まずプロダクトマーケティングを担当し、その後、コーポレートブランディングへと役割を移しました。日々の業務の中で常に意識していたのは、日本社会が抱える課題と、Googleの技術や思想をどう結びつけられるのか、という問いでした。単なるブランド発信ではなく、社会と誠実につながるあり方を模索し続けていました。
 2014年からは、「Women Will」というプロジェクトを立ち上げ、女性も男性も誰もが働き続けやすい社会をつくるため、延べ1,000社以上のパートナー企業・団体と社会に対しての提言を行いました。2017年からはデジタル人材育成を担当し、デジタルスキル支援プログラム「Grow with Google」を通じて、延べ1,000万人に無料トレーニングを届けることができました。2020年頃からは、リスキリングやAIといった新しいテーマにも向き合い、コロナ禍といった大きな変化の渦中にいる人たちにどう伴走できるかを考え続けるようになりました。
 こうした仕事の流れとは別に、入社直後から私自身の価値観を大きく揺さぶった東日本大震災に関するプロジェクトにも取り組んでいました。「未来へのキオクプロジェクト」は、今でも深く心に残っています。被災地で撮影された写真や動画、一人ひとりの体験談といった“記憶”を残し、見えるかたちにすることで、それらを復興の力や学びにし、そして未来へと手渡していきたい──そんな切実な思いから生まれた取り組みでした。

「人間観」を大切にした、自分で選び抜く働き方と生き方

蛭子 山本さんが大切にされていることを、会社という組織を通じて、社内そして社会へと着実に実装されていかれたのだなと強く感じました。

山本 Googleのミッションは、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスして使えるようにすることです。正確で多様な情報が手に入れば、人はより良い判断ができるようになり、結果として世の中は良くなっていく。私は今もその考えを信じています。一方で、Googleでのキャリアが10数年経った頃、次第に「自分が人生をかけて本当に大切にしたいものは何なのか」を考えるようになりました。その答えは、情報や仕組み以上に、「人そのもの」だったのだと思います。自分の中にある「人間観」を見つめ直すために、まずは自分自身と向き合い、同時に、さまざまな人生を歩んできた諸先輩方との対話を重ね、最終的に今の人材業界の会社へ転職する決断をしました。
 これまでのキャリアでも事業開発や経営企画という仕事は行っていましたが、CEOという立場は初めてやらせていただくかたちになります。ただ、これまでのキャリアを振り返ると、常に同じ状況からのスタートでした。マーケティングの経験がなかったときも、英語が話せなかったときも、不確実さの中で一歩踏み出し、前に進んできました。そうした経験があるからこそ、今回もまた学びながら進んでいけると考えています。
 私がこれから最もやりたいことは、何かを変えたいと思っている志ある方々をお繋ぎすることです。特定のカテゴリーの企業様や候補者様に閉じるのではなく、より広い視点で多様な企業と人を支え、挑戦する人を一人でも増やし、その積分として、社会をより良くしていきたい。そんなふうに考えています。

蛭子 ご自身が本当に納得できるまで対話を大切にし、そのプロセス自体を仕事に重ねながら、自然なかたちで社会へ価値を返してこられていると感じます。

山本 ありがとうございます。AIによって物事を行うコストが劇的に下がった先にある世界では、「何がやりたいか」ということがとても重要になると思っています。「何ができるか」ではなく「何がやりたいか」「どのような社会や世界を望むのか」という「人の意志」ですね。人材業界の仕事は、まず「あなたは何がやりたいのですか」と問いかけるところから始まります。だからこそ、人と人の対話、つまりコミュニケーションを根幹に据えた、非常に重要な仕事だと感じたのです。

マーケティングとは経営そのもの

蛭子 AI時代だからこそ、人とのコミュニケーションがさらに重要になってくるのですね。話は変わりますが、山本さんにとってマーケティングとはどのような存在なのでしょうか。また、『マーケティングホライズン』に編集委員として関わる中で、どのような学びや気づきを得られましたか。

山本 マーケティングとは「人の心を動かすこと」そのものである、ずっとそう思ってやってきました。日々、手に取るコーヒーも、それこそ転職もそうですが、結局、人の心が動かないと何も起こりません。人の心を動かすために、どのようなタイミングで、どのようなメッセージを、どの媒体チャンネルで出すのかを考えること、つまり、プロフェッショナルが行うすべてがマーケティングだと捉えています。
 編集委員の経験はとても楽しかったですし、マーケティングとは私が思っているよりもかなり広い概念なのだと感じましたね。「そもそも今はどういう時代で、何が求められているのか」といったような抽象度の高い話も、多様なバックグラウンドをお持ちの皆さんと議論できたことが非常に面白かったです。
 実際、自分が経営をやってみるとよくわかるのですが、狭義のマーケティングは、日々のセールス活動に近い立ち位置にあると思います。一方で、より広い意味でのマーケティングは、「今はどんな時代なのか」「人は何を求めているのか」「これから社会はどうなっていくのか」といった問いに向き合うことです。そう考えると、それは経営そのものだと言えるのではないでしょうか。狭義と広義、どちらのマーケティングにもそれぞれの価値があるのだと思います。
 もう一つ、マーケティングについて感じていることがあります。現在働いている会社は、約26年の歴史を持ち、規模もそれなりに大きいです。その分、多くの変遷を経てきましたし、社内には本当に良いものがたくさんあります。ただ、それらの価値をきちんと見つけ出し、「価値」として社員や社外に十分に伝えきれていないと感じる場面もあります。
 改めて考えてみると、良いものを見つけ、その中にある魅力や要素を言語化し、わかりやすく伝えること自体がマーケティングなのだと思います。そうした視点を持つ存在だからこそ、マーケターは経営者になるべきなのではないかと。最近は、そんなふうにも考えていますね。

「ホップ、ホップ、ホップ」の、テストマーケティング精神

蛭子 山本さんが『マーケティングホライズン』を通じて読者に最も伝えたかったことはどのようなことでしょうか。

山本 一言で表すのは難しいですが、自分のキャリアを振り返ってみると、常に「テストマーケティング」を繰り返してきたように思います。結局やってみなければわからないわけで、言わばお試し的な考え方ですね。たくさんの小さなテストマーケティングを何度もやってみて、どこに合うかを見定めていく。広い意味でのマーケティングとは、物事を実行するハードルを低くして、仕事そして自分の人生をより面白くできるような方向を考えていく思考法なのかもしれません。
 そうした考えから、読者の方にも「最初から正解を求めなくていい。まずは小さく試してみてほしい」ということを伝えたかったのではないかと思います。テストマーケティングを重ねる中でこそ、自分なりの道や納得できる選択が見えてくるのではないでしょうか。

蛭子 確かにテストマーケティングだと考えると、何だか肩の荷が下りて動きが軽くなるような気持ちがしますね。「ホップ、ステップ、ジャンプ」の流れではなく、「ホップ、ホップ、ホップ」の連続があり、気づいたらもうジャンプしていましたといった感じでしょうか。

山本 まさに「ホップ、ホップ、ホップ」という考え方は、人生のあらゆる場面に当てはまるのかもしれません。振り返ってみると、プライベートでも数えきれないほどのホップがありました。国内に限らず、さまざまな国へ何度も引っ越してきたため、子どもたちもそのたびに転校を経験しています。けれども、子どもたちの様子を見ていると、「ホップ」に対する心理的なハードルが驚くほど下がっていることに気づかされます。「次はどこに行きたい?」と聞いても、「別にどこでも大丈夫だよ」と返ってくる。その柔軟さに学びを得ることも多いですね。
 ちょうど2026年1月から、Business Insider Japan様で、親子で国内15ヶ所の子連れリモートワークを体験したあと軽井沢に家族で移住し、さらに子どもたちがマレーシアに留学したという我が家の冒険を寄稿させていただく連載を始めました。

記事/東京→軽井沢→マレーシア。「移動型家族」を続けて感じた国内・海外教育移住のリアル

知床半島を見ながら船の上でリモートワーク。
(写真は全てBusiness Insider Japan記事より。撮影:山本裕介)
オホーツクエリアは子連れで何度も訪れました。
マレーシアに引っ越した翌日の朝陽。

 英語には「There is no silver bullet(銀の弾丸のように、物事を一気に解決する方法はない)」や、「Test the waters(とりあえず足を水に入れて確かめてみる)」という表現があります。プライベートでも仕事でも、まさにそんな感覚でテストマーケティングを続けていく中で、少しずつ自分なりのキャリアがかたちづくられ、それに伴ってマインドも変化し、成長してきたのだと思います。これまでそうして歩んできましたし、きっとこれからも変わらず、その姿勢で進んでいくのだろうと改めて感じました。

蛭子 本日は、とても軽やかでありながら力強い示唆をいただき本当にありがとうございました。これからも山本さんの数々の「ホップ」のお話を伺えることを、今からとても楽しみにしています。私自身も、テストマーケティングの視点を持ちながら、どこにいても前向きに歩んでいきたいなと思いました。今後ともよろしくお願いいたします。

〈インタビュー後記〉

 山本さんのお話から感じたのは、人は試しながら学び、他者との対話を通じて仕事、そして人生をより豊かな方向へ成長させていける存在だという強い信念でした。テストマーケティングを続ける姿勢は、失敗や遠回りさえも、自分をかたちづくる大切でかけがえのない「ホップ」と、前向きな視点を与えてくれます。試し、対話し、また試す。その積み重ねの先にこそ、自分なりの心地よい人生が立ち上がってくるのだと気づかされました。

山本 裕介やまもと ゆうすけ
MARKETING HORIZON 編集委員 
エンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長

大手広告代理店で経験を積んだ後、Twitter日本上陸時のマーケティング・広報を担当。その後、Googleにて日本市場でのコーポレートブランディングや、テクノロジーを活用した社会課題解決プロジェクトに従事。現在はエンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長を務める。

蛭子 彩華えびす あやか
MARKETING HORIZON 編集委員 
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事 
クリエイティブデザイナー

1988年群馬県前橋市生まれ。2012年、立教大学社会学部を卒業し、IT企業に勤務。

結婚を機に退職し、夫の南米チリ駐在へ帯同。帰国後の2016年、第一子出産と同時にTEKITO DESIGN Labを設立。現在は3児の母として、さまざまな社会課題に、デザインとビジネスの循環の仕組みでアプローチしている。2025年11月からは再びチリ駐在に帯同し、日本の裏側から距離や境界を越えて人と社会をつなぐ働き方と表現の可能性を探っている。