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Interviewee
吉田 けえな
MARKETING HORIZON 編集委員
コミュニケーター
Interviewer
見山 謙一郎
MARKETING HORIZON 編集委員
昭和女子大学 人間社会学部現代教養学科 教授
世界を股にかけ、ファッションやアートの世界で活躍されている吉田けえなさん。世相やトレンドを見抜く視座や、ファッションの持つ可能性、さらには将来的なコミュニティづくりへの構想について伺いました。
見山 私が『マーケティング ホライズン』の編集委員になったときには、すでに吉田さんは編集委員を務められていました。どのような経緯だったのでしょうか。
吉田 片平秀貴先生(初代編集委員長)が、私が長年お仕事をしている会社の代表に相談されたのがきっかけです。それなら若い人を入れたほうが面白いのではと私を推薦してくださいました。海のものとも山のものともつかない人間をよく受け入れてくれたなと思います。
見山 ホライズンの編集会議はおおらかで居心地が良くて、専門性も多種多様な人たちが集まってとても面白かったですね。編集委員になった当時、吉田さんには、自分自身がマーケティングの専門家であるという意識はありましたか。
吉田 いえ、あまりありませんでした。当時から、月2~4回ほど定点観測として街を見て回っていました。個人的にも仕事としても7~8年続けていましたね。見て、歩いて、食べて、体感することがマーケティングの基本であり、世の中の流れを見極めるための基本だと代表から教えられていました。商業施設の開発やアドバイスに長く携わる中で、リアルから学ぶことが最も強いという信念を叩きこまれました。とはいえ、マーケティングを体系的に学んできたわけではありませんし、自分がマーケティングの専門家だと捉えたこともあまりなかったですね。ただ、私にできることは、自分の一次情報で勝負することしかないという意識はあったと思います。
見山 編集会議で長年ご一緒して、吉田さんの行動力と観察力にいつも刺激を受けていました。特に印象的だったのは、「アメリカに行こうと思う」と話されていて、本当に数年間渡米してしまったことです。
吉田 2014年から2016年にかけてニューヨークに滞在しました。私は生まれてから日本にしか住んだことがなかったのですが、気が合う友人に帰国子女が多く、日本だけで育ったという人は少なかったのです。そのことが何かしら影響していたのかもしれません。
実は、ニューヨークには全く興味がありませんでした。日本とヨーロッパは建築などが全く違いますし、ヨーロッパは古い建物も多く、日本とは異なるカルチャーがあります。一方、アメリカ、特にニューヨークは大都市で、建築や人の多さなど、東京に似ていると感じる部分がありました。ところが、仕事でニューヨークに行くようになって、人々の発するエネルギーの強さに驚き、興味が湧いたのです。おそらく世界中からエネルギッシュな人たちが集まっているからだと思います。東京も同じように新しいものがある街なのに、なぜこれほど空気が違うのか。その違いを住んで体感してみたいと思ったのがきっかけでした。
今でも覚えているのは、当時の東京では、地下鉄の長いエスカレーターを上から下りてくる人たちが死んだ魚のような目をしていて、手塚治虫の描く人造人間がベルトコンベアで流れてくるように見えたことです。ニューヨークも同じような街なのに、東京のような雰囲気が全くなく、人が人らしく生きている、個性を放って生きているという印象を受けました。
見山 なるほど、日本には閉塞感があり、吉田さんにとっては生きづらさのようなものを感じていたということでしょうか。
吉田 すごく生きづらいと感じていたわけではありません。ただ、自分の行動が変だと思われているのではと感じることはありました。少し不思議そうな顔をされることもありましたね。私はあまり他人に興味がないので、どう思われようが気にはならないのですが。
見山 ホライズンでの吉田さんは、ファッションの専門家としての役割もありましたよね。実際に私もファッションのイベントで一緒に登壇させていただいたこともありました。吉田さんはファッションの定義というか、ファッションをどのように捉えていますか。
吉田 私の捉え方は二つあります。
一つは、ファッションは人の思想や、そのとき感じていることを色濃く映す鏡だということです。コロナ禍では特に顕著でした。人の目を気にしなくなったことで、皆が好きなものを着るようになりました。ジェンダーフリーのようなファッションも含めて、自分が着たいから着る、着ていて心地よいものを選ぶ、自分らしいものを着るというスタイルが注目されました。無意識に選ぶものほど世相を反映していると強く感じました。海外は日本より人目を気にしていないと思われがちですが、実はそうではない、と分かったのも印象的でした。
もう一つは、「ファッション=装う」ということは、それが自分自身をかたちづくる行為だということです。例えばパンツなのかスカートなのか、暗い色なのか明るい色なのかで気持ちも変わりますよね。ファッションではTPOが大事だとよく言われますが、形式が大切というより、装いによって相手への敬意を表したり、自分自身の気持ちが整ったりする面があるのだと思います。無意識に選んでいる服がその人に作用し、その選択がその人をかたちづくる可能性すらある。その点がとても興味深いです。
見山 ファッションは、自分の内面に影響を及ぼす側面と、時代を映す鏡としての側面がある。世相や社会全体のトレンドともつながってくるわけですね。
吉田 そうです。例えば日本の高度経済成長期のサラリーマンは、スーツにネクタイというスタイルでしたが、今はずいぶんカジュアルになりました。ただ、あの時代にあの服装であったことが、日本経済の成長を後押しした面もあるのではないかと思います。多少の個性は許容されつつも、皆が同じユニフォームを着ていたからこそ、同じ方向を目指しやすかった、という側面もあったのではないでしょうか。
見山 今では堅い印象のある銀行もカジュアル化が進んでいて、同じ方向に向かっていくという感覚は確かに薄いですね。方向がばらばらだから経済も伸びにくいという見方もできるかもしれません。
吉田 当時のような一丸となる雰囲気は生まれにくいと思います。
見山 お話を伺っていると、日本社会では、自分が着たい服よりも、許容範囲に収めて個性を出しすぎない価値観が強いように感じます。そういう意味では、ファッションは内面に作用しにくい面もあるのかもしれませんね。
見山 今、吉田さんの関心領域はどこにありますか。
吉田 相変わらず時代の先を読むことに最大の興味があります。時代の先を読みつつ、より良い未来になっていくために何をするか。もう一つは、いいものをいかにより良く見せるか、ということですね。
日本には「いいものをきちんとつくっていれば価値が認められる」という文化が根づいていますが、いいものほど主張しないと埋もれてしまう場合もありますよね。例えば韓国の友人とよく話すのですが、韓国の強みはプロデュース力、プロモーション力にあると言います。実際、世界的なアートフェアは韓国で開催されていますし、2026年6月にはパリのポンピドゥー・センターの分館が韓国にできる予定です。それだけ韓国はアート市場で存在感が大きい。つまり、いいものを認めてもらうのを待っているだけでは駄目だということを学べますね。
私はこれまで多くのものを見てきた分、何が良くて、何がそうでないのかの判断はつきますし、いいものをどうすればより良く見せられるかを考えるのは得意です。そのような専門家になりたいと最近よく考えています。



見山 韓国がアートだとしたら、日本は何でしょう。アナログ的な技術力ということになるのでしょうか。
吉田 そう思います。ただ日本は、良い技術を捨ててきた、あるいは他国にその技術を売り渡してきた歴史もあると感じています。もちろん、これまで日本が培ってきた技術は、世界の未来をつくる技術につながっていますし、日本人の細やかな技術は、この先も必要とされるはずです。
優れた技術を捨てずにつくり続けている会社に、もう一度光が当たる。そのために、例えば製造業でも、ブランディングが大切だと考える人たちと一緒に、素晴らしい技術を世界に発信できる仕組みづくりに関わっていけたらと思っています。
見山 日本から海外を見つめると同時に、海外から日本を見つめる中で、吉田さんの軸はやはり日本にあるのでしょうか。
吉田 海外にも住んだことで、改めて日本の良さを強く感じました。日本人は努力を厭わない気質があり、独特の世界観を持っていると思います。世界のどこかにもう一つ活動拠点を持ちたい気持ちはありますが、軸足の一つは日本に置きたい、という想いがあります。
見山 今後の日本の可能性についてどうお考えでしょうか。
吉田 ファッションもそうですが、漫画、アニメ、ゲームの世界には可能性があると感じています。そこから派生してファッションが好きになる人もいます。私自身、雑誌だけでなく漫画からも、ファッションへの関心が広がった部分があります。
特にゲームでは世界中の人々を同時につなげられる時代です。例えば自分の肌の色を紫にすることもピンクにすることもできます。男性でも女性でも猫でも、自由に自分の装いを決められます。これまでは現実の服で表現していたものが、バーチャルでの表現に変わることで、さらに自由になりますよね。体型も服装も何もかも好きに選べるし、ゲームの中で出会った人同士が価値観や考え方だけでつながれる。それが広がれば世の中は平和になると思っています。
見山 吉田さんの関心は、新たなプラットフォームをつくることと、古いものと新しいものを融合させる価値観の両方にあるのですね。
吉田 人々が欲しいと思っているものは爆発的にはヒットしない。iPhoneはマーケティングからは絶対に生まれなかった、とよく言われるように、想像を超えるものでしか人の感覚を揺さぶることはできないと思います。有名だから、トレンドだからという概念をぶち壊す何かが出てきたら面白いですよね。
見山 なるほど。今のトレンドを壊す視点も必要ですね。そこから、新たなクリエイティビティやオリジナリティが生まれてくるということですね。
見山 吉田さんはこれからどのような方向に進んでいくのでしょう。
吉田 2025年にマダガスカルに行ったのですが、日本はすでに多くのものを持っている国だと気づかされました。一方で、日本が置いてきた、捨ててきたものも多いと実感しました。マダガスカルには牛車もあればスマホもある。日本でいえば江戸時代と現代がミックスされていた世界観で、とても興味深かったです。多くの国が様々に進化していく中で、次第に二極化していくのではないかと思います。同じように、トレンドに乗る人と新しいトレンドをつくる人とが明確に分かれ、同じ世界に生きていても交わらず、関わることがなくなるのではとも感じています。

見山 例えば10年後に何をしていたいですか。
吉田 先ほども触れましたが、私は集団としての人に関心があります。皆が安心できるコミュニティをつくることに関わりたいと思います。日本は何でもある国なのに、貧困やシングルマザーの問題などを抱えています。小学生の自殺率も非常に高い。こんなに豊かな国でなぜ未来ある子どもたちが死を選ぶのかと考えると悲しいですよね。安心できる社会やコミュニティ、逃げ込める場所があれば、もう少し生きやすくなるのではと思います。
見山 一つにまとまるというよりは、一人一人が自分らしくあって、その積み重ねが社会やコミュニティをつくるようなイメージですよね。
吉田 そうですね。まさにそれが理想です。極論で言えば、世界平和を実現することです。人間として生まれ、この地球に、この時代に生きて、皆が幸せな社会であればいいと思います。
実は夏に怪我をして右手が使えず、ペットボトルのフタを開けるのにも難儀する状態でした。そんなとき、周りにいる見ず知らずの人が「開けましょうか」と声をかけてくれるなど、都会の中にある優しさに触れる機会が何度もありました。普段は皆、そのありがたさや大切さに気づきにくいのだと思います。最近のSNSには、自分より何かを持っている人を妬むなど、劣等感を増長させるような動きが多いと感じます。私は欠点ばかりに目を向ける社会が好きではありません。そうではなく、むしろコンプレックスをどう良く見せるか、と考えるようにしています。それがチャームポイントになるかもしれないわけですから。自分の特性を伸ばして専門性を発揮し、他人とは異なる分野を深める。そうしたポジティブな結果を生む可能性は十分にあるのです。
見山 リスクや課題を目の当たりにすると一瞬立ち止まってしまいがちですが、そこにチャンスや可能性があると思えば俄然面白くなる。日本人はリスクや課題から逃げ腰になりやすいけれど、事実に向き合い可能性を見いだせたら、良い方向に向かうのでしょうね。
吉田 そうですね。人は自分らしくあれば他人のことが気にならなくなるのではないかと思います。逆にそれができていないから、自分らしく生きている人が妬ましく見えるのかもしれないですね。ニューヨークの良さは、皆が自分らしく生きていて、人のことは気にしないところだと感じます。やりたくないことはやらないし、多少のトラブルがあっても許容する余裕があるように思いますね。
そう考えると、自分らしく生きることでそれぞれの強みが際立ち、結果として国や社会が強くなるのではないでしょうか。その人らしくいられれば生きやすいと分かってさえいれば、他人をうらやましく思ったり、蹴落とそうとしたりもしないでしょう。そして、お互いの良さを伸ばし合える。皆が安心して自分らしくいられる社会のためのコミュニティづくり、社会づくりにはとても興味があります。ただ、壮大すぎて、どこから手をつけるべきか分からないとも思いますね。
見山 とても共感できます。本日はありがとうございました。
吉田さんの鋭い観察眼の背景には、一歩引いた視点から社会を見つめる客観性と、とどまることのない好奇心と探求心があることを改めて感じました。吉田さんは他人に興味がないと話していましたが、客観性を担保するために、あえてそのような立場をとっている、そんな気がしました。

吉田 けえな(よしだ けえな)
MARKETING HORIZON 編集委員
コミュニケーター
PR 会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。NYを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、情報収集能力を活かし、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、ブランドプロデュース、内装プランニング、パーソナルスタイリングなど多岐にわたり、活動中。

見山 謙一郎(みやま けんいちろう)
MARKETING HORIZON 編集委員
昭和女子大学 人間社会学部現代教養学科 教授
1990年住友銀行(現三井住友銀行)入行。銀行時代は、本店営業部等で企業の経営戦略支援に従事。2005年同行を退職し、アーティストが設立した非営利の金融組織ap bankに合流し、理事をつとめた後、株式会社フィールド・デザイン・ネットワークスを設立し、代表取締役に就任。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任准教授、専修大学経営学部特任教授等を経て、2024年より昭和女子大学現代教養学科教授。環境省、総務省、林野庁など中央省庁の委員をつとめるほか、(公財)三井住友銀行国際協力財団の評議員など非営利の活動にも従事し、Human-Centered Designのアプローチから様々な社会課題に取り組んでいる。
Interviewee
中塚 千恵
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
Interviewer
吉田 けえな
MARKETING HORIZON 編集委員
コミュニケーター、コネクター
東京ガス株式会社において、長年生活者意識やライフスタイル動向をウォッチされてきた中塚千恵さんに、生活者研究の難しさや抑えるべきポイント、さらにマーケティングとは何かについてもお話をうかがいました。
吉田 中塚さんは東京ガスにお勤めですが、他の営利目的の企業とは違うインフラ企業ですから、マーケティング自体の捉え方も異なる部分があるのでしょうか。
中塚 異なる部分はないと思っています。すでにガス・電気も、業務用、家庭用ともに自由化されています。また現在、重点化して取り組んでいるサービスは競合も多く(例えばハウスクリーニングなど)、マーケティング自体の捉え方が違うという世の中のイメージがあるとしたら、東京ガスはそれとは異なると思います。
吉田 他の会社に比べて、信頼性をとても大事にされていると感じます。信頼していただくために意識してされていることはありますでしょうか。
中塚 そうですね。「東京ガス=信頼できる会社」の原点とは何かを考えることがあります。「大きな会社だから」「点検などでご自宅にあがることがあり、信頼性を持ち合わせていないといけない」など、その理由はさまざまです。
また、基本的にお客さまが求めているのは、いつでもエネルギーを安全に使えることだと思いますし、その実現こそが信頼の源泉かと思います。
吉田 2017年のガス小売全面自由化以降、競合他社が増えていますが、意識はどのように変わっていると思いますか。
中塚 自由化以前にも、家庭用については例えば、オール電化住宅が増えたときから競合との戦いがあったと思います。もうガスはいらないというのですから、お客さまのことを考えなければ選ばれない、という意識が強く芽生えたと思います。また、ガス・電気の小売全面自由化では、電気需要については市場を奪う側となりました。
吉田 需要を奪う側、獲得する側になったときに、社内的に、あるいは中塚さんの意識で変わられたことはありましたか。
中塚 私自身は、もともと生活者研究を長くやっていました。お客さまにとって東京ガスの位置づけは、無色透明な存在だと思います。無色透明なところに色を付けて選ばれるのは大変であると考えると、生活者が求めるニーズや価値を明らかにすることはさらに重要になると思うようになりました。
吉田 常に生活者のことだけを考えてこられたというのは社内でも稀有な存在ですよね。長い目で見たときに、会社にとって重要なポジションだと思います。
中塚 何よりも生活者について考える部門である都市生活研究所が長く続いてきたことがOGとして嬉しく、誇らしいことだと思っています。これは業務においても役立つことも考え続けた結果でもあると思っています。

吉田 特に最近は会社にとってすぐに役立つことが求められる時代ですよね。だからこそ一方で、生活者を定点観測している人たちが重要だと思います。インターネットが普及し、SNSが登場したことで急激に生活者の環境が変化していますが、その辺りをどのように把握するとよいと思いますか。
中塚 SNSは私や皆さんがそうであるように、生活を変えていると思っています。それはなぜか。暮らしの中でどう位置付けられているかについては、直接、生活者に聞くだけではなく、観察して解釈する必要があるのではと思います。行動変化だけでなく、その背景にある価値観はどうなっているかを丁寧に捉える必要があると思っています。
吉田 例えばZ世代以降は、昔と異なり、さまざまなジャンルの情報を簡単に手に入れられるようになったので、興味・関心が個々人で違うことも多く、皆世代として括られるのを嫌がる傾向にあります。これは友人の子どもたちと話していても感じることですね。一方で、インターネットやSNSが登場し、生活者調査はしやすくなったのではないでしょうか。
中塚 そうですね。デジタル化の進展によって、これまでより簡単に調査もできるようになっています。生活者の意識や行動を簡単に切り取れる状態ともいえるでしょう。しかし、それですべて分かったといってよいかは疑問です。
周りの20代を見ると、おとなしいように感じることがあります。もしかしたら、自分が何者かを捉えられないようにしているのではと思うと、調査だけではなく、先ほども申し上げたように観察が必要になってきます。
吉田 確かに、アンケートやインタビュー調査で100%の本音は書かないですね。調査している側に対して多少なりとも配慮していますし。若い世代になるほどその傾向が強くなっているのは、皆が良い子である中で変に目立ちたくない、自己主張はしないという意識があるようにも思います。
吉田 生活者の本音がどんどん拾いづらくなっていく時代に、マーケティングのあり方も少し変わってくるのではと感じます。
中塚 以前、本誌編集委員長のツノダさんに「現在のマーケティングでは、生活者視点をどのように活かすことが多いか」と聞いたところ、「予測に利用する場合が多い」と答えられました。簡単に調査できるようになったからこそ、過去や現在を含めて未来を予測すること、つまり考えることが非常に重要だと思います。変わることと変わらないことをどう見極めるか、それをコツコツと考えていかなければ、良いマーケターにはなれないとも思います。
吉田 予測をするとき、中塚さんが最も大事にされていることは何ですか。
中塚 私が常に心がけているのは「知識」と「センス」です。大学生に教える機会をいただいていたときにも常にその話をしていました。知識は身に付けられる一方、センスは難しい。センスを良くするには、いろいろな引き出しを持たなければなりません。そのためには「観察」をベースとした解釈を積み重ねるしかないのです。インタビュー調査をした人たちからは「実際に話を聞くのは勉強になる」、「楽しかったです」という感想は多く聞かれるのですが、何がわかったのかを話す人は案外少ないと思います。また、疑問、怒り、不思議に思う感覚が持てないと、モノゴトを深堀りできず、結果、センスにはつながらないようにも思います。
吉田 中塚さんにとって、マーケティングとはどのような存在ですか。
中塚 生活者の気持ちや行動をベースに考えることがマーケティングの第一歩だと思っています。それを商品開発などに活かしていく。加えて重要なのは伝え方です。生活者のインサイトや今後のライフスタイルを予測できたとしても、それを伝わる言葉にしないと意味がない。伝わるように伝えることが重要です。
私は広告業務も行っていましたが、伝わる言葉をつむぎだすために重要なのは、生活者のリアルと、企業として言いたいことを結びつけることかと思います。そうじゃないと伝わらない。
私の強みの一つは、どうやら生活者のデータを取り扱えるということのようなのですが、年を重ねても、生活者をどう捉えるか、それをどう伝えるかを今後もマーケティングのテーマとしていきたいです。
吉田 そうですよね。やはり最後に伝わるところまで到達しないと、もどかしいですよね。
中塚 先日、親しい友人から「東京ガスは良いCMをつくるというイメージがある」と言われました。しかし、それでは当然のことながら、不十分だと思います。なぜなら、私たちは良いCMをつくることを念頭に置いているわけではなく、企業としてこういうことを考えています、と伝えたいからです。
吉田 良いCMをつくっていると感じる裏側には、きちんと伝えたいことがあるから良いCMになっているということではないですか。
中塚 何を伝えるかはとても重要です。それに加えて、どう伝えるかをおろそかにしないことが共感につながると思っています。
吉田 生活者視点であること、細かく観察することを重視しているという点は、ホライズンで中塚さんが担当された企画でいつも感じていたことです。中塚さんがホライズンを通して読者に一番伝えたかったことを教えてください。
中塚 私は、生活者のことしか扱わないと決めていましたので、読者が顧客像を捉えるための何か気づきになる記事にしたいというのが最大の目標でした。長年、私が面白いと思った事象を共有させていただけたことに大変感謝しています。「こういうことを見つけたがどう思いますか?」と発信できた、とても良い場だったと思っています。
吉田 生活者研究をベースに、予測や観察が重要になってくるとのお話でしたが、他に変わらない軸はありますか。
中塚 「手を抜かない」と「データの悪用をしない」ですね。
「手を抜かない」とは、きちんと意味づけをするということです。先ほどから申し上げているように、いろいろなことをショートカットできるようになった分、手を抜かずにさまざまな観察と解釈を積み重ねたほうが良いですし、データは自分からは語ってくれないので、こちらから意味を付けてこそ意味があります。
「悪用をしない」というのは、抽象的に言うと、自分の都合のよいようにだけデータを解釈しないということです。調査データを危ういものとして活用したくないと思います。
吉田 最後に、長年ホライズンのお仕事をされてきましたが、ホライズンに対する想いをお聞かせいただけますか。
中塚 ホライズンは、自分が考えたことを文字にしていただける場、発信できる場として非常にありがたく思っています。あるテーマについて何か月もの間、考える場を持たせていただき改めて感謝しています。
吉田 本日はありがとうございました。
反響が可視化されやすく、即座に結果に繋がることが求められる時代になり、定点観測を続けることが難しくなっている、そのような時代にこそ、続けることは確実に、未来の財産だと感じる。中塚さんの生活者視点であり続ける強さを改めて感じました。

中塚 千恵(なかつか ちえ)
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
リビング戦略部ブランディング推進グループに所属。現在は、IGNITUREという東京ガスの事業ブランドをはじめとしたBtoC向けのブランディングに取り組む。広報部広告グループの際に、制作・出稿したCMには、社会課題の解決に向けて、東京ガスの想いを込めた「子育てのプレイボール」「母の推し活」がある。その他、同社ではCSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)での業務を歴任。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJ-POP などを追いかけてきたことを活かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。

吉田 けえな(よしだ けえな)
MARKETING HORIZON 編集委員
コミュニケーター、コネクター
PR 会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。NYを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、情報収集能力を活かし、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、ブランドプロデュース、内装プランニング、パーソナルスタイリングなど多岐にわたり活動中。
Interviewee
本荘 修二
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
Interviewer
中塚 千恵
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
長く編集委員を務められた本荘さんは新事業、アントレプレナーシップ分野を専門とされています。今回は、これまでの編集委員の経験からホライズンへの想いを伺うとともに、現在のマーケティングをとりまく課題やマーケターの現状、さらに今後のあるべき姿についてお話しいただきました。
中塚 本荘さんとは長い間、『マーケティング ホライズン』の編集委員をご一緒させていただきました。
本荘 片平秀貴先生が編集委員長を務めていた時代に声をかけられて、2010年から参加しました。気づけば15年ほどお世話になったことになります。就任した頃は、ちょうどザッポスの翻訳本を出版した時期で、その内容をテーマにした特集を何度か組みました。片平先生からは「とにかく好きなことをやれ」と言われていましたが、実際は特集企画から取材、記事作成を担当する形でしたので、当初はかなり大変でした。数年続けるうちに慣れてきて、会いたい人に会おう、自分の興味をテーマにまとめるなど、自分なりに工夫して進められるようになりました。
中塚 確かに負荷は大きかったですね。今の自分の問題意識をうまくテーマに落とし込んでいくところが特徴でしたね。
ご自身の手掛けられた中で、これはやって良かったというテーマはありますか。
本荘 一番記憶に残っているのは、自動運転などを取り上げた『交通革命、その先』(2018年第8号)や、子育てを取り上げた『子どもドリブン』(2021年第9号)などは、内容として手ごたえを感じています。また、読者の方々はもちろん、知り合いなどさまざまな方から評価が高かった『感動業から見える未来』(2023年第9号)も印象に残っています。
中塚 私は広告業務を担当したことがありますが、「よいCM=企業と生活者の間に共感があること」だと感じていたので、感動業の号は非常に印象に残っています。子育て特集号については、本荘さんのライフステージ(結婚→お子さんを持つ)の変化がもたらしたテーマだとも思っています。

中塚 ホライズンの編集会議では、“ホライズンらしさ”という言葉がよく使われていました。議論が発散したとき、議論が深まらないときなどさまざまでした。
本荘 出版媒体は編集長個人のカラーがそのまま媒体の色になることがあります。ホライズンも、片平先生やツノダさんの個性が強く反映されていたと思います。
明確な編集方針が厳密に定まっていたわけではなく、良い意味で幅を持たせた作り方をしていました。その意味では、私自身は“ホライズンらしさ”とは「自由」だと理解していました。
中塚 確かに自由度は高かったですね。だからこそ毎号のテーマを並べてみると、多様性にあふれていると思います。
本荘 自由度が徹底されていたからこそ、今振り返ると、成果物としてはとても意義のあるものになっているのかもしれません。
私の子育て号にしても、子育てテーマは子育て専門メディアが扱う領域です。しかし、実はマーケティング・メディアこそ向き合うテーマでもある。大企業が見落としがちな視点を掬い上げられたことは、ホライズンならではの功績ともいえます。
その意味で、広いスタンスで編集されたホライズンは、マーケティングそのものを直接扱うというより、マーケティングの前提として世の中を広く捉えようとする、いわばリベラルアーツに近い性格を持つ媒体だったと考えています。
中塚 本荘さんとマーケティングとの出会いはどのようなものですか。
本荘 私は理科系出身ですが、大学卒業後、ボストンコンサルティングの東京オフィスに入りマーケティングを実地で仕込まれました。その頃もクライアントから「マーケティングって何ですか」といった質問をされることが多かったですね。その後、アメリカに留学して、ウォートンスクール(MBA)でマーケティングの授業も取り、ボストンコンサルティングとは違うアングルで、より広い意味でのマーケティングを体系的に学びました。ただ、私は新事業、アントレプレナーシップが専門でしたから、マーケティングは一つのピースとして捉えていました。
ところが、インターネットの台頭によって、私が関わっていた新事業の分野にマーケティングが強く融合し、価値創造の主力として入り込むようになりました。その頃から、大企業のマーケターの視点が狭いと感じる場面が増えました。組織で与えられた範囲だけで業務を進めているため、切り口が限られてしまっているのだと思います。
中塚 今までのご経験から、現在のマーケティングの課題をどう考えますか。
本荘 先ほどのホライズンの良さは、言い換えると、マーケティングに関わる視点を広く持ち、物事を多面的に考える姿勢にありました。それはまさに今の大企業の多くのマーケターに欠けている部分だと思います。実務の現場でマーケターと接していると、上から与えられた範囲だけで動いているのではないかと思う場面が多く、限られた定義の中で業務を進めていることを残念に思います。視点の広がりが十分でなく、扱う切り口が乏しいことが問題だと感じています。
中塚 それはすごく感じますね。先ほど、大企業のマーケティングの視野が狭いという話がありましたが、さらに視野を広げると、今の日本のマーケティングにはどのような問題があるとお考えですか。
本荘 大学でマーケティングを教えている専門家の知見には大きな価値があります。ただ、より広い意味でのマーケティングを考えると、その核心となる部分には十分触れられていないように感じます。実際、さまざまな場で話をしても、マーケティングの本質的な議論が出てこないことがあります。出てきても、内容が薄く、「それでは不十分だ」という話で終わってしまう。日本では、マーケティングそのものの実体が弱くなっているのではないか、それが一因で日本経済そのものが厳しい状況にあるのではないかと不安になります。

実際、日本の大企業の多くで、マーケティングは存在していないケースが少なくありません。営業目標数値を上げましょうという業績最優先の姿勢が大前提で、そのような狭い数字づくりのための専門家=マーケターが何人かいるといった組織イメージです。片平先生がよく言われるブランドや企業とお客さまとのトラスト、ロイヤリティ、リレーションシップなどが、狭い目標、数値達成というところからは乖離します。
中塚 日本マーケティング協会が昨年「マーケティングの定義」を発表しましたが、その背景の一つに、マーケティングがとても便利な言葉になりつつある反面、実態が曖昧になっている状況があったと聞いています。その定義には“社会”という難しい言葉も入っています。かつての同僚の中には、「わかったようでわからない言葉は使いたくない」という人もいて、定義されたものをどう解釈するかもマーケティングでは大切だと思います。
本荘 残念ながら、上位概念のマーケティングという部分が抜け落ち、下位レイヤーのマーケティングしか実行されていないという状況ですね。
例えば、AIが発達してきたから今後は英語を勉強しなくていい、という短絡的な話が出てきました。その一方で、企業はより積極的に海外へ向かって動いています。教育での動きと雇う側のニーズとの逆行が始まっているのです。マーケティングもそれと似ていて、狭くてコントロールしやすい領域だけに取り組み、その外にある重要な領域を実は見逃しているように感じます。本来であれば、すぐに成果が見えない場所にこそ長期的な機会があるはずなのに、その視点が抜け落ちている。20年後どうするのかという危機感はありますね。
さらに言えば、海外に比べて日本の経営者や管理職は、新事業の分野はあまり勉強しない傾向があると感じています。マーケティングでも同様で、自分たちが理解し得る範囲、扱いやすい範囲だけでマーケティングの実務を行っている印象です。つまり、アップデートが十分されていない。今のマーケティングには、やはり、ある種の行き詰まり感が強いように思います。
中塚 そのような上位と下位の階層での乖離はよく聞きますね。

本荘 加えて、AIエージェントがあと10年ほどすればすごく達者になるので、マーケターの業務の半分ほどはAIが担えるようになるのかもしれません。だからこそ、人が担うべき役割は、広い視点で物事を捉え、多様な角度からブランドや会社の未来をつくるというところを強く意識しなければ、これからの企業は将来厳しい状況に置かれるのではないかと考えています。
中塚 本荘さんの問題意識はとても共感できます。改めて、マーケティングとは何かと問われたら、どうお答えになりますか。
本荘 シリコンバレーでも著名な技術系マーケターのレジス・マッケンナさんが「Marketing Is Everything」と述べています。これは、マーケティングは特定の部署の仕事として捉えるのではなく、企業活動そのものを支える考え方だという意味です。企業はお客さまの存在によって成り立ち、対価を得て発展していきます。ところが日本では、自社にはマーケティングはありません、マーケティングとは何ですかと言う人もいまだに多い。だからこそ改めて基本に立ち返ることが重要です。私たちの会社は何のために存在し、どのように存続していくのか。その根本を考えることが、マーケティングの出発点だと思います。
中塚 マーケティングでは、生活者志向、顧客志向という言葉が頻繁に使われますが、生活者志向とは一体何だとお考えですか。
本荘 本当の顧客志向とは、自分たちが何をしようとしているかを明確にした上でお客さまを理解することです。それが曖昧なまま進めると、お客さまを意図せず不利な方向に導いてしまうリスクもありますし長期的にはブランドを弱くします。
いまだに日本の大企業のトップには“顧客の囲い込み”という言葉を使う人が結構います。私が書いた本では顧客の囲い込みなどはもうやめろと言っているのですが、そこには顧客志向と言ったときの哲学が抜け落ちていると感じます。
顧客志向、顧客視点と言ったときに、自分がお客さまだったらどう思うかという発想が恐ろしいほど忘れられている。自分がお客さまだとしたら、“囲われている”などと言われたら、だれでも反発を感じるはずです。
中塚 先ほどの話ではないですが、AI時代のマーケティングは大きく変化しますか。
本荘 新しい形のウェブマーケティングが出てきた時点で世の中の断絶が起こっています。それは大企業の組織論が問題なのです。
つまり、ネットメディアが新しく出てきましたから、マーケティングもそれをやらねばと新しい手法を取り入れようとしても、大企業では従来のやり方を変えにくいという慣性が働きます。理屈では必要だとわかっていても、実際には導入が進まないのです。
さらに、例えば、ブランドごとにホームページを運用していた企業がありました。個別のブランドが良かれと思って自分たちのベストの戦略でウェブマーケティングをやります。結果、全体として統一感がなくなりますよね。お客さまから見れば、会社は一つなのにバラバラに映ります。他社でも同様で、事業部やブランドごとにデータや仕組みが分かれており統合されていません。お客さまには「好き勝手に動いている」と見えてしまうのです。
中塚 なので今度は統合しようとしますよね。
本荘 はい。それで本社が統合的にマーケティングを担おうとしますが、その部署の扱える範囲は限られています。実際に担えるのはIRやCSRなど、主に会社全体の情報発信に関わる部分です。また、大企業の情報システム部門は、各部門の要望に振り回されがちで、カスタマイズが増えてしまう。ウェブマーケティング部門もまだ歴史が浅く、立場が弱い。知識も視野も十分あるのに思うように動けずに忸怩たる思いを抱えながらやっていますね。
中塚 カスタマイズをいかにやめるかというのがITにとっては永遠の課題ですね。
中塚 本荘さんは元々、新事業・起業がビジネステーマでしたよね。その視点から、今後のマーケティングの在り方をどうお考えですか。
本荘 新事業で最も難しいのは、内容そのものもさることながら、結局はチームメンバーや応援団をいかにつくるかというところです。起業のタイミングなどもありますが、根本的にはそこが要になります。
中塚 そうなんですね。チームメンバーや応援団をどのようにつくっていくのですか。
本荘 最初からインパクトのある強い企画を思いつける人は滅多にいません。多くの場合は、既にある要素の組み合わせをいろいろと変えながら、新しいコンビネーションを模索していくわけです。この試行錯誤はなかなか大変で、やはりAIでは担えません。新しい事業を動かすには、やはり人間が大事なんです。やる気があり、喧嘩にならず一緒に進められ、途中で離れない人材をチームにどんどん増強していかねばならない、それが一番大変ですよね。同様に、最初は関心が薄いお客さまやパートナーを、頼もしい応援団、支えてくれる存在に変えていくというところもなかなかに大変です。
中塚 その人の持っているパワーや人間力がカギになりますね。
本荘 おっしゃる通りです。結局、生命エネルギーなんですよね。そういう意味で言えば、生命エネルギーのあるマーケターも減っているように感じます。
中塚 とんでもないことを言っているものの、生命エネルギーが強い。人を引きつける人がいますよね。
本荘 辛気臭い飲食店にはお客さまは来ませんが、熱気がある店は繁盛するわけです。そのような、生命力があふれ、明日を担うマーケティングのリーダーや人材を育成するという視点も大切だと思います。
中塚 マーケティングに向いているのは、どのような人材だと思われますか。
本荘 問題点を指摘するだけの人ではなく、未来をつくるという志向のある人は、自分の会社の未来像はこうだ、だからこのように目指そうなど、何らかの提案を出せる人だと思います。
『フォーブス・ジャパン』の連載で、「感じる力」について書いていたのですが、理屈ばかりの人は批判型になってしまって、新しいこと、未来をつくることの提案はできない。やはり、新しいことを捉え感じる力と未来をつくる姿勢が必要だと思いますね。
中塚 感じる力は大いに重要だと思います。生命力あふれるマーケティングとその人材がベースとなって、まずは世の中を丁寧に読み解くところから始めると、今の了見の狭さは解消できるのではとも思いました。人材の育成もなかなか難しいテーマですが、チャレンジしていかねばならない未来へのテーマだと思います。
本日はたいへん興味深いお話をありがとうございました。
「生命力」は人を惹きつける大きなパワーです。マーケティングに活かすためには、世の中、生活者を感じていく力がいる。ホライズンの締めくくりに尊敬する本荘さんとこうした総括ができたことを幸せに思います。

本荘 修二(ほんじょう しゅうじ)
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
新事業を中心に、経営コンサルティングを手掛ける。日米アジアの大企業、スタートアップ、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。Techstars、Endeavor、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、エコシステムづくりに取り組む。厚生労働省・医療系ベンチャー振興推進会議座長、日本スタートアップ大賞審査委員。著書に『大企業のウェブはなぜつまらないのか?』『エコシステム・マーケティング』他、訳書に『ザッポス伝説』他、連載に「垣根を越える力」等がある。

中塚 千恵(なかつか ちえ)
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
リビング戦略部ブランディング推進グループに所属。現在は、BtoC向けのブランディングに取り組む。広報部広告グループの際に、制作・出稿したCMには、社会課題の解決に向けて、東京ガスの想いを込めた「子育てのプレイボール」「母の推し活」がある。その他、同社ではCSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)での業務がある。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJ-POP などを追いかけてきたことを生かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。
Interviewee
福島 常浩
MARKETING HORIZON 編集委員
株式会社AEOS 取締役
Interviewer
本荘 修二
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
“市場創造”をライフワークとされ、熱いマーケティングへの想いを語る福島常浩さん。今の日本に欠けているのはアントレプレナーシップだと訴える氏に、マーケティングとは何か、何を目標とすべきかなどについてうかがいました。
本荘 福島さんにとって、マーケティングとはどのようなものですか。
福島 マーケティングとは、僕は昔からよく言っているのですが、「三方よし」の概念だと思っています。これは近江商人の考え方をまとめて表現した言葉で、買い手、売り手、世間、この3つを同時に満足させるという意味です。これがマーケティングだと思いますね。
現在では少し解釈も変わってきていますけれども、芯の部分は変わらないでしょう。2024年に、新しいマーケティングの定義ができるまでは、マーケティングとは価値を創造してお客さまと交換すること、経済学で言えば、モノやサービスと財(お金)を交換するという考え方でした。今度は価値の交換を通じて顧客との関係を醸成することとなり、見る視点が時系列的にも長くなった、拡張された概念になったわけです。すなわち、その核にあるのは、買った人が喜んで、売った人にも適正な利潤があって、そして世の中のためになるということが続くことです。これが新しいマーケティングだと思います。
本荘 福島さんとマーケティングとの出会いについて教えてください。また、業務の中でどのようにマーケティングに携わってきたのでしょう。
福島 『マーケティング ホライズン』の編集委員業務も含め一貫して伝えたかったことは、マーケティングをもっと誇れる仕事にしたいということです。
私は最初、味の素に入社したのですが、メーカーに入ったからには何か自分の手でモノを世の中に送り出したいと思っていました。ですから、私にとってマーケティングは、やりたくて仕方なかった憧れの職場でしたね。しかし、入社当時は技術系採用でしたから、最初の配属が研究所でシステム開発などをするのが仕事となり、一生マーケティング部署にいけない運命だと思っていました。しかしいろいろな人のご尽力によりご縁をいただき本社に異動し、マーケティングという仕事にたどり着いたわけです。自分としては、マーケティングの仕事に就いて、自分で何か形を残す、お客さまのためになることをすることが非常に誇らしかったと思ったことを覚えています。マーケティングは今でも本当に素晴らしい仕事と感じており、お客さまを直接喜ばせることもできるし、ひいては世の中に貢献していくこともできます。
価値を新しく創りだすということは、マーケティングだけでできるわけではないですが、マーケティングがなければ効率的にはできません。もちろん新しい技術が新しい価値を生み出すわけですが、それをどのような形でお客さまに届けていくのかは、これはマーケティングの仕事になりますからとても大事なことです。
ただ最近、必ずしもマーケティングを志望する人が多くないとも聞いていて、少し悲しいなと感じています。もっとマーケティングの仕事に対する認識を高めていきたい、価値ある仕事だと思っていただきたいと思っています。
本荘 福島さんは『マーケティング ホライズン』でも、“市場創造”をテーマにした特集をやられていますね。
福島 “市場創造”というテーマは私のライフワークだと思っています。いくら既存市場での競争だけをやって勝ち抜いたところで、実は全く世の中のためになっていないわけです。それでは世の中全体の価値を向上させたことにはならない。今までできなかったことをできるようにするから初めて世の中の価値が大きくなる。ひいてはそれが結果としてGDPにもつながってくるのだと思っています。こういうことはマーケティングでなければできない業務なのです。
本荘 ただ、最近の日本では市場創造という点ではあまりぱっとしませんね。
福島 故・梅澤伸嘉博士(現・市場創造学会設立発起人)の研究によりますと、市場創造型商品の比率と日本のGDPの成長率が非常に相関していることが明らかになりました。データ数が少なく言い切ることはできないようですが、両者は同じようなトレンドを描く。おそらくこれは事実だと思います。

梅澤伸嘉(うめさわ のぶよし 1940-2021)
企業の成功率向上のために市場創造について生涯をかけて実践と研究を続けた。
基本概念から実務ツールまでを総合的に論じ開発した人物は世界でも唯一。
今後の再評価が必要。
1970~80年代の日本が絶好調の時期、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と騒がれた1980年代前半には、日本の1人当たりGDPは米国に次ぐ世界第2位でした。その頃の日本では、市場創造型の新商品の比率が非常に高かったのです。私が社会人になった頃は、誰もやってなかったことをやろう、難しいことをやろうという機運が、社会全般に高かったように感じます。
それが、1990年代頃から次第に日本の景気が悪くなっていき元気をなくしていくと、国内市場はもう伸びないので海外市場に目を向けようとなりました。国内市場においては、手堅く既存領域でシェアを上げていくという方向に日本全体が変わります。全部の企業が既存市場で戦うことを選んだら、全体の市場は拡大しません。その結果、日本の経済全体が大きくならないわけです。
そういう機運もあって、次第に市場創造が日本では不活発になってきたと思います。ですから、“失われた30年”は政治のせいだとも言われますが、私は主にマーケティングの問題ではないかと思っています。つまり日本マーケティング協会にも、一定の責任があると、半分本音で思っています。これからは、市場創造を通じてのお客さまとの関係がゴールにあるマーケティングの重要性、価値を広く認識して実行に移していく必要があると思います。
本荘 市場創造へ向かうマーケティングのパワーが弱体化している原因は何でしょう。
福島 マーケティングという言葉の意味が人によってばらばらに解釈されているという点でしょうか。これは日本の固有の事情だと思います。日本ではマーケティングの概念が、ときには広告会社さん、ときには調査会社さん的な解釈になってしまう。アメリカやアジア、ヨーロッパでの自分の経験では、マーケティングは日本のように狭い意味では使われていませんね。きちんと概念を捉えていることが多いように思います。
本荘 マーケティングとしての統合された主体がない状況はもったいないですよね。あまり先を見ることなく、単年度の計画や直近のキャンペーンばかりに気を取られています。
福島 おっしゃる通りです。日本でマーケティングのナレッジをフラグメンテーション(断片化)してしまったのは、それほど昔からではないと思います。1960年代あたりからマーケティングという言葉が使われ始めるわけですが、その頃はすごく熱心に、包括的に取り組んでいたような気がします。
本荘 日本におけるマーケティングをどうすればよいとお考えですか。
福島 今の日本のマーケティングが変わらないといけないと思うのは、例えばBtoBのマーケティングです。日本のマーケティングはどうしてもBtoCを中心に語られることが多いですし、BtoBに関わる人たちは逆に、マーケティングは自分たちには関係ないと思っている節もある。これはとんでもない話です。マーケティングという意識が希薄だと、そこにノウハウの蓄積が起きないので、とてももったいないと思った記憶があります。
実は、BtoBやBtoCという言葉が使われるようになったのは1990年代後半に入ってからのことです。これらは元々eコマース用語です。eコマースの中で、買い手が一般のコンシューマー(C)なのか、そうではなくて会社(B)なのかというところで使い分けています。
本荘 少しややこしい話で、誤解されやすいですね。
福島 そうですね。なので世の中ではすごく勘違いが起きるわけです。例えば味の素や花王は、厳密にいえば完全にBtoBの会社です。消費者の方とは直接の取引がないからです。ほぼ売っている先は問屋さんです。トヨタ自動車もコカ・コーラも実はBtoBのビジネスをやっているわけです。
ちなみに、日本のBtoB市場は、eコマースの大きさで言うと514兆円、これに対してBtoC市場はわずか26兆円しかないのです。その意味でも、日本はもっとBtoBマーケティングに焦点を当てて研究していくべきだと思いますね。
本荘 最近ではBtoBtoCという言い方もしますね。
福島 BtoBtoCとは、ある商材が別の商材の原料となって最終顧客に届くような流れです。例えば味の素ですと、甘味料をコカ・コーラさんに売って、コカ・コーラさんが一般の生活者の方向けにダイエットコークをつくる、といった市場です。
このようなビジネスについては、フィリップ・コトラー教授が2010年に論文を出しています。「イングリディエンツ・マーケティング(製品の原材料や部品自体に焦点を当てたマーケティング手法)」と言っています。私もこれからBtoB(生産財)マーケティングやイングリディエンツ(原材料や部品)・マーケティングを積極的に勉強していこうと思っています。
本荘 コトラー氏といえば『アントレプレニアル・マーケティング』という書籍も出されていますが、私の専門もアントレプレナーシップや新事業なので、福島さんが同様のテーマに興味をお持ちになったきっかけをうかがいたいです。
福島 コトラー教授が同書を著した動機は、実はコロナ禍だったそうです。コロナ禍で世の中全体がダウンしてしまった中で、そこからのリカバリーをどうするというときに、アントレプレニアル=起業家精神をもう一度取り戻さなくてはいけないと考えたということです。もう一度世の中を元気にさせるぞという勢いだったのでしょう。
日本では早稲田大学の柳孝一先生は、イントレプレナー(企業内起業家)とアントレプレナーを使い分けておられたのですが、私はそれがすごく大事だなと感じました。自分も味の素という大企業の中のイントレプレナーを経験しているわけですが、本当の起業家に近い意識をもって新事業に関わっていました。もちろん、サラリーマンでは一つ失敗したらすべてを失うといったような、大きなリスクはなかったわけですが、気概としては同じだったと思います。
最近の日本企業は、アントレプレナーシップを失くしすぎているような気がします。今の就職希望者に何がやりたいかと聞くと、なんとか受かりたい一心で、枠の多そうな営業と答えたりするそうです。この会社に入って自分の足跡を残したい、世の中のためになることをやりたいという想いは、若い人にもあってしかるべきではないかとは思うのですが。
本荘 アントレプレナーシップが市場創造を後押しするのでしょうね。
福島 そうです。アントレプレナーのその先には市場創造があるわけです。私の頭の中では、市場創造の対立概念は「戦略的マーケティング」です。戦略的マーケティングとは、戦略ですから戦いを前提とするマーケティングです。競争のマーケティングですね。基本的にはすでに目の前にいる相手とどうやって戦うのか、というマーケティングでしかない。競合動向を注視しながら差別化を図る。これは全部戦略的マーケティングの発想となり、市場創造には必ずしもつながりません。市場創造は競合商品との差別化を図るのではなく、顧客の未充足のニーズに注目することが必要で、見る対象が違います。
1970~80年代にかけて、アメリカでPIMS(Profit Impact of Market Strategy:市場戦略の利益効果)研究が盛んに行われました。ちょうどアメリカが日本に負けそうになっている時分で、国を挙げてどうやればアメリカ企業が儲かるのかという研究でした。対日本戦略研究でもあったのでしょう。ここで出た結論は非常にシンプルなことで高いシェアを維持することで、これを最も効率的に実現するのが市場創造なのです。
本荘 既存市場での競争ではなく、新市場をつくることが最大の成果を生み出すということですね。
福島 そういう意味でも市場創造することは大事です。もちろん今ある既存市場での戦いも必要ですが、新しく出すブランドや新規事業については、既存市場への参入は絶対にしないと誓えます。必ず市場創造型の商品を開発し、世の中に出していくと戒めているつもりです。
本荘 これからの日本経済の成長を考えると、マーケティングの役割はますます重要になってきますね。
福島 私はマーケティングだけではないと思いますが、やはり謙虚さをなくすと成長は止まるんだと思います。日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代に、少し奢りがあったのではないか。例えば1980年代頃までは、アメリカなどの海外に学ぼうという姿勢が強かったですが、近年は視察旅行すらもあまり見かけなくなりましたね。日本の経済成長が止まっている理由も、そのような学ぶ姿勢の変化にあるのではないかと感じています。
その意味でも、成長の源泉としてマーケティングの重要性がおのずと明らかになってきます。マーケティング部門がいかに大切かも自明となる。マーケターは、ある意味で経営者にも通じる道としてエリートの矜持を持つべきです。そうすると当然のことながら、そこにノウハウや概念などが集中してくるわけです。
例えばインドネシアには、観光クリエイティブエコノミー省の中にマーケティング担当副大臣が設置されていました。インドネシアの観光をどうやって促進するか総合的な政策を立案・実行しているそうです。正直驚きましたが、そういう部署があってもいいと思いましたね。インドネシアはマーケティングを非常に重要視する国で、ASEANの中のマーケティングの中核ですから。
また味の素は、私が入社した頃から変わりないと思いますが、マーケティングが会社のど真ん中で活躍している会社です。ど真ん中にいるという価値を認めてもらえればうれしいと思います。
本荘 フラグメンテーションを乗り越える意味でも、人材育成や教育の面も重要になる気がします。
福島 最近、若い人たちがスキル、スキルと盛んに言いますが、私はマーケティングにおいてスキルは後からの話だと思っています。テクニックの前にマーケターとしての心意気や倫理観が非常に重要です。私はマーケティングの講義をやる場合は、いつも最後に二宮尊徳の報徳精神について話をします。「経済なき道徳は戯言(たわごと)であり 道徳なき経済は犯罪である」という言葉でいつも締めくくるようにしています。それはまさに冒頭に申し上げた「三方よし」ともつながってくるわけです。
本荘 そういう意味では、AI時代のマーケターはどうなるのかと心配ですね。事務職がやっていたマーケティングはAIに代替されやすいですから。
福島 おっしゃる通りですね。有名なマーケターが手掛けたマーケティングプランを200~300もAIに学ばせると、同じようなことは誰でもできる、皆同じものが書けるでしょうね。ただやはり、何をしたいのかというところが重要だという思いはありますよね。
たとえばぐるなびという会社の創業者の志はとても高いものでした。当時効率的なオペレーションで拡大を図っていたファミレスやファストフードが大変な勢いで拡大し、日本が昔から営んできた外食産業が侵食されていくことを何とかできないかと考えていたそうです。つまり、立地や資本の大小にかかわらず、善良な店舗が長く存続できることを願い、インターネットのビジネスモデルを開発しました。つまり「我が国の食文化を守る」という想いで立ち上げたのがぐるなびなのです。
また、味の素でも「Cook Do」の発売初期には青椒肉絲(チンジャオロウスー)や干焼蝦仁(カンシャオシャーレン)など漢字のメニュー名がお客様に読みにくく、営業方面から、誰も知らないし読めないからメニュー名の表記をカタカナに変えろと強く言われたことがあったと聞きますが、開発担当者は頑として変えなかった。彼は、中国の長い歴史で、こんなにおいしい家庭料理がある、これを何とか日本に広めたいという一心でやったわけです。これもやはり“想い”ですよね。
このように私はマーケターというのはこの“想い”が最重要だと思います。それを達成するために何が必要かとなって、いろいろなスキルが出てくるのです。これはおそらくAIに負けない部分です。
本荘 AIは既にあるものを組み合わせて再現するだけなので、新しいものをつくることは苦手ですよね。
福島 もっとも大事なのは、そういう想いを抱いて、世の中をもう一段豊かにするにはどうすればいいだろう、今かわいそうとか不便な目に遭っている人をハッピーにさせてあげるには何をしてあげられるだろう、と考えるところがマーケティングです。あとは大体AIがやってくれますよね。優秀なマーケターだと思う人に話を聞きに行くと、いつもその想いが激しく伝わってくるものです。
本荘 やはり次は人のマーケティングでしょうか。
福島 そうかもしれないですね。国も企業も人の集まりですからね、国や企業の力は人の力なのです。近年の日本では、教育というものをずいぶん疎かにしてきて、勉強することが悪いことだなどとさえ言われている風潮もあるくらいです。たとえばおかしなことに、合コンでは東大生であることを言いづらいそうですね。高い教育を受けた人は尊敬されるべきだと思いますし、昔イギリス人から「本を読まない友達とは縁を切れ」という言葉を聞いたことがあります。それがやはり民主主義の先輩の国の伝統なんだろうと思います。現在成功している国を見れば全部そうですね。シンガポールも非常に教育熱心ですし、明治維新を先導した薩長もそうでした。江戸時代の末期であれだけ教育に力を入れた藩は他になかったほど教育熱心だと感じます。
そういう意味で、マーケティングも含めて教育が本当に重要だと思います。

基本の多くは古典の学習が役に立ちます。
1~2年で色あせていく知識ではなく、何十年も不変の概念を学ぶことが早道です。
本荘 そのような本質的なマーケティングのことを理解・実践している人が一定数広がると、日本の中でもマーケティングが次のフェーズに行けるという気がしますね。
福島 そうですね。もう一度マーケティングの再構築をやりたいと思いますし、そういう動きの力になれたら一番幸せかなと感じます。
本荘 本日は貴重なお話をありがとうございました。
レジス・マッケンナが「マーケティング・イズ・エブリシング」とハーバードビジネスレビューで唱えたことを思い出します。マーケティングの本質を捉え、アントレプレナーシップを持てば、日本の経営は進化すること請け合いと、再認識しました。

福島 常浩(ふくしま つねひろ)
MARKETING HORIZON 編集委員
株式会社AEOS 取締役
味の素で20年近くマーケティング関連業務とIT関連業務を担当、その後GEにて生保のネット販売事業の立ち上げ、三菱商事にてID-POSビッグデータ事業の立ち上げ、ぐるなびにて事業拡大と東証1部上場、メディカル・データ・ビジョン株式会社にて医療情報の活用事業の立 ち上げに参加し東証1部上場。その後トランス・コスモス株式会社を経て現職。
新規事業・新商品の立ち上げを多く経験。
日本マーケティング協会理事およびマーケティングマイスター
一般社団法人市場創造学会 代表理事・副会長
アルゴマーケティング研究所合同会社 代表社員

本荘 修二(ほんじょう しゅうじ)
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
新事業を中心に、経営コンサルティングを手掛ける。日米アジアの大企業、スタートアップ、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。Techstars、Endeavor、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、エコシステムづくりに取り組む。厚生労働省・医療系ベンチャー振興推進会議座長、日本スタートアップ大賞審査委員。著書に『大企業のwebはなぜつまらないのか?』『エコシステム・マーケティング』他、訳書に『ザッポス伝説』他、連載にForbes「垣根を越える力」等がある。
Interviewee
山本 裕介
MARKETING HORIZON 編集委員
エンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長
Interviewer
蛭子 彩華
MARKETING HORIZON 編集委員
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事
クリエイティブデザイナー
「コミュニケーション」を仕事の軸に据えた働き方、そして生き方をされてきた山本裕介さん。そんな山本さんの足跡を追いながら、地道で緻密なマーケティング活動の裏側や、人間味あふれる広い視野から生まれる「人」への想いをうかがいました。
蛭子 山本さんは、圧倒的な情報処理の速さ、人とすぐに打ち解けられる笑顔が印象的で、軽やかに変化しながら周囲をリードするパワフルな方だなと常々思っていました。まずは、そんな山本さんの生い立ちをお聞かせいただけますか。
山本 そう言っていただきありがとうございます。私は、1980年に広島の宮島の近くで生まれ、両親とも地方公務員の家庭で育ちました。小中学校時代は、祖父母が広島の目抜き通りで営んでいた靴屋を手伝いながら、週末は母方の家があった瀬戸内海の島で釣りをするという生活でしたね。中高は男子一貫校だったのですが、この6年間が人生の暗黒時代だったなと感じています。
蛭子 暗黒時代とは、とても意外でセンシティブなワードですね。具体的なお話をお聞きしてもよろしいでしょうか。
山本 実は、当時の私は人とコミュニケーションを取るのが得意ではなかったのです。その頃、人の輪の中に入っていったり、まして集団をリードしたりするようなことはほとんどできていなかったですね。そんな暗い時代を経て大学進学のために上京し、それからはずいぶん人とコミュニケーションが取れるようになりましたが、4年生になってからの就職活動では内定をいただけずとても苦労しました。卒業論文を書く際に、自分が苦手としていた「コミュニケーション」に向き合ったことで広告に興味関心が高まり、5年生にしてやっと広告代理店から内定をいただきました。
蛭子 ご自身でもコミュニケーションの課題を抱え、しかしそこから目を背けずに見つめ直したのですね。
山本 そうですね。例えば「人は10代のときに苦しんだことに一生こだわり続ける」と言われたりしますよね。お金で苦労したら、その後もずっとお金にこだわる人になるなど。私の場合はコミュニケーションにつまずいたので、逆にコミュニケーションにものすごくこだわることを仕事にしたのでしょうね。
広告代理店に就職し、営業担当をしていた頃も、コミュニケーションに強みがあるタイプではありませんでしたが、得意先に可愛がっていただける環境に恵まれました。その頃、SNS系に特化した新会社をデジタルガレージなどと合弁でつくる立ち上げメンバーとして出向し、当時の食べログの事業化を担当しました。その後、2009年には Twitter(現:X)を日本展開するプロジェクトに参画し、Twitter日本版の立ち上げに携わるようになりました。
Twitterは日本で当初、マンスリー・アクティブユーザーが約30万人程度でしたが、2009年から2011年で約1,500万人まで拡大しました。わずか2年で50倍も拡大するサービスはそれまでなかったと思います。その凄まじい成長を間近で見届けられて本当に仕事が楽しかったですし、何よりそこで初めてマーケティングに触れることができました。
例えば、バリュープロポジションやユーザーにとってのサービス価値をチームで考えたり、ユーザーをセグメントしながら、コンテンツパートナーシップを通じて新しいユーザーとの接点づくりに取り組んだりしました。そうした試行錯誤の中で、マーケティングの基礎的な考え方について実感を持って学べたように思っています。
また、自身のアイデアから「ツイナビ」というTwitter公式の日本向けガイドサイトを立ち上げ、企画から運用までを数人で担当しました。アカウントのフォロワー数をゼロから約50万人規模まで育てることができたのは、非常に貴重な経験でした。
しかし、2011年3月に起きた東日本大震災をきっかけに、物事の捉え方が大きく変わりました。リアルタイムでローカルな情報を届けるツールの重要性を改めて感じる一方で、自分自身の仕事へのモチベーションは、より長期的でもっと多面的なかたちで社会に関われることへと少しずつシフトしていきました。
蛭子 そういった経緯から、Googleへの転職につながったのですね。
山本 そうですね。英語はあまりできませんでしたが、YouTubeやGoogleマップをはじめとする多彩なサービスが、人々の生活や社会を確実に変えていく姿に強く惹かれていました。「ここで働くことで、世界とつながる仕事ができるかもしれない」──そんな想いから、自分の可能性を信じて応募しました。英語での面接では、言葉だけでは伝えきれない気持ちや考えをパワーポイントにまとめ、プレゼンテーションというかたちで表現しました。その姿勢や覚悟を評価していただけたのだと感じています。
入社後は、まずプロダクトマーケティングを担当し、その後、コーポレートブランディングへと役割を移しました。日々の業務の中で常に意識していたのは、日本社会が抱える課題と、Googleの技術や思想をどう結びつけられるのか、という問いでした。単なるブランド発信ではなく、社会と誠実につながるあり方を模索し続けていました。
2014年からは、「Women Will」というプロジェクトを立ち上げ、女性も男性も誰もが働き続けやすい社会をつくるため、延べ1,000社以上のパートナー企業・団体と社会に対しての提言を行いました。2017年からはデジタル人材育成を担当し、デジタルスキル支援プログラム「Grow with Google」を通じて、延べ1,000万人に無料トレーニングを届けることができました。2020年頃からは、リスキリングやAIといった新しいテーマにも向き合い、コロナ禍といった大きな変化の渦中にいる人たちにどう伴走できるかを考え続けるようになりました。
こうした仕事の流れとは別に、入社直後から私自身の価値観を大きく揺さぶった東日本大震災に関するプロジェクトにも取り組んでいました。「未来へのキオクプロジェクト」は、今でも深く心に残っています。被災地で撮影された写真や動画、一人ひとりの体験談といった“記憶”を残し、見えるかたちにすることで、それらを復興の力や学びにし、そして未来へと手渡していきたい──そんな切実な思いから生まれた取り組みでした。
蛭子 山本さんが大切にされていることを、会社という組織を通じて、社内そして社会へと着実に実装されていかれたのだなと強く感じました。
山本 Googleのミッションは、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスして使えるようにすることです。正確で多様な情報が手に入れば、人はより良い判断ができるようになり、結果として世の中は良くなっていく。私は今もその考えを信じています。一方で、Googleでのキャリアが10数年経った頃、次第に「自分が人生をかけて本当に大切にしたいものは何なのか」を考えるようになりました。その答えは、情報や仕組み以上に、「人そのもの」だったのだと思います。自分の中にある「人間観」を見つめ直すために、まずは自分自身と向き合い、同時に、さまざまな人生を歩んできた諸先輩方との対話を重ね、最終的に今の人材業界の会社へ転職する決断をしました。
これまでのキャリアでも事業開発や経営企画という仕事は行っていましたが、CEOという立場は初めてやらせていただくかたちになります。ただ、これまでのキャリアを振り返ると、常に同じ状況からのスタートでした。マーケティングの経験がなかったときも、英語が話せなかったときも、不確実さの中で一歩踏み出し、前に進んできました。そうした経験があるからこそ、今回もまた学びながら進んでいけると考えています。
私がこれから最もやりたいことは、何かを変えたいと思っている志ある方々をお繋ぎすることです。特定のカテゴリーの企業様や候補者様に閉じるのではなく、より広い視点で多様な企業と人を支え、挑戦する人を一人でも増やし、その積分として、社会をより良くしていきたい。そんなふうに考えています。
蛭子 ご自身が本当に納得できるまで対話を大切にし、そのプロセス自体を仕事に重ねながら、自然なかたちで社会へ価値を返してこられていると感じます。
山本 ありがとうございます。AIによって物事を行うコストが劇的に下がった先にある世界では、「何がやりたいか」ということがとても重要になると思っています。「何ができるか」ではなく「何がやりたいか」「どのような社会や世界を望むのか」という「人の意志」ですね。人材業界の仕事は、まず「あなたは何がやりたいのですか」と問いかけるところから始まります。だからこそ、人と人の対話、つまりコミュニケーションを根幹に据えた、非常に重要な仕事だと感じたのです。
蛭子 AI時代だからこそ、人とのコミュニケーションがさらに重要になってくるのですね。話は変わりますが、山本さんにとってマーケティングとはどのような存在なのでしょうか。また、『マーケティングホライズン』に編集委員として関わる中で、どのような学びや気づきを得られましたか。
山本 マーケティングとは「人の心を動かすこと」そのものである、ずっとそう思ってやってきました。日々、手に取るコーヒーも、それこそ転職もそうですが、結局、人の心が動かないと何も起こりません。人の心を動かすために、どのようなタイミングで、どのようなメッセージを、どの媒体チャンネルで出すのかを考えること、つまり、プロフェッショナルが行うすべてがマーケティングだと捉えています。
編集委員の経験はとても楽しかったですし、マーケティングとは私が思っているよりもかなり広い概念なのだと感じましたね。「そもそも今はどういう時代で、何が求められているのか」といったような抽象度の高い話も、多様なバックグラウンドをお持ちの皆さんと議論できたことが非常に面白かったです。
実際、自分が経営をやってみるとよくわかるのですが、狭義のマーケティングは、日々のセールス活動に近い立ち位置にあると思います。一方で、より広い意味でのマーケティングは、「今はどんな時代なのか」「人は何を求めているのか」「これから社会はどうなっていくのか」といった問いに向き合うことです。そう考えると、それは経営そのものだと言えるのではないでしょうか。狭義と広義、どちらのマーケティングにもそれぞれの価値があるのだと思います。
もう一つ、マーケティングについて感じていることがあります。現在働いている会社は、約26年の歴史を持ち、規模もそれなりに大きいです。その分、多くの変遷を経てきましたし、社内には本当に良いものがたくさんあります。ただ、それらの価値をきちんと見つけ出し、「価値」として社員や社外に十分に伝えきれていないと感じる場面もあります。
改めて考えてみると、良いものを見つけ、その中にある魅力や要素を言語化し、わかりやすく伝えること自体がマーケティングなのだと思います。そうした視点を持つ存在だからこそ、マーケターは経営者になるべきなのではないかと。最近は、そんなふうにも考えていますね。
蛭子 山本さんが『マーケティングホライズン』を通じて読者に最も伝えたかったことはどのようなことでしょうか。
山本 一言で表すのは難しいですが、自分のキャリアを振り返ってみると、常に「テストマーケティング」を繰り返してきたように思います。結局やってみなければわからないわけで、言わばお試し的な考え方ですね。たくさんの小さなテストマーケティングを何度もやってみて、どこに合うかを見定めていく。広い意味でのマーケティングとは、物事を実行するハードルを低くして、仕事そして自分の人生をより面白くできるような方向を考えていく思考法なのかもしれません。
そうした考えから、読者の方にも「最初から正解を求めなくていい。まずは小さく試してみてほしい」ということを伝えたかったのではないかと思います。テストマーケティングを重ねる中でこそ、自分なりの道や納得できる選択が見えてくるのではないでしょうか。
蛭子 確かにテストマーケティングだと考えると、何だか肩の荷が下りて動きが軽くなるような気持ちがしますね。「ホップ、ステップ、ジャンプ」の流れではなく、「ホップ、ホップ、ホップ」の連続があり、気づいたらもうジャンプしていましたといった感じでしょうか。
山本 まさに「ホップ、ホップ、ホップ」という考え方は、人生のあらゆる場面に当てはまるのかもしれません。振り返ってみると、プライベートでも数えきれないほどのホップがありました。国内に限らず、さまざまな国へ何度も引っ越してきたため、子どもたちもそのたびに転校を経験しています。けれども、子どもたちの様子を見ていると、「ホップ」に対する心理的なハードルが驚くほど下がっていることに気づかされます。「次はどこに行きたい?」と聞いても、「別にどこでも大丈夫だよ」と返ってくる。その柔軟さに学びを得ることも多いですね。
ちょうど2026年1月から、Business Insider Japan様で、親子で国内15ヶ所の子連れリモートワークを体験したあと軽井沢に家族で移住し、さらに子どもたちがマレーシアに留学したという我が家の冒険を寄稿させていただく連載を始めました。
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英語には「There is no silver bullet(銀の弾丸のように、物事を一気に解決する方法はない)」や、「Test the waters(とりあえず足を水に入れて確かめてみる)」という表現があります。プライベートでも仕事でも、まさにそんな感覚でテストマーケティングを続けていく中で、少しずつ自分なりのキャリアがかたちづくられ、それに伴ってマインドも変化し、成長してきたのだと思います。これまでそうして歩んできましたし、きっとこれからも変わらず、その姿勢で進んでいくのだろうと改めて感じました。
蛭子 本日は、とても軽やかでありながら力強い示唆をいただき本当にありがとうございました。これからも山本さんの数々の「ホップ」のお話を伺えることを、今からとても楽しみにしています。私自身も、テストマーケティングの視点を持ちながら、どこにいても前向きに歩んでいきたいなと思いました。今後ともよろしくお願いいたします。
山本さんのお話から感じたのは、人は試しながら学び、他者との対話を通じて仕事、そして人生をより豊かな方向へ成長させていける存在だという強い信念でした。テストマーケティングを続ける姿勢は、失敗や遠回りさえも、自分をかたちづくる大切でかけがえのない「ホップ」と、前向きな視点を与えてくれます。試し、対話し、また試す。その積み重ねの先にこそ、自分なりの心地よい人生が立ち上がってくるのだと気づかされました。

山本 裕介(やまもと ゆうすけ)
MARKETING HORIZON 編集委員
エンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長
大手広告代理店で経験を積んだ後、Twitter日本上陸時のマーケティング・広報を担当。その後、Googleにて日本市場でのコーポレートブランディングや、テクノロジーを活用した社会課題解決プロジェクトに従事。現在はエンワールド・ジャパン株式会社 代表取締役社長を務める。

蛭子 彩華(えびす あやか)
MARKETING HORIZON 編集委員
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事
クリエイティブデザイナー
1988年群馬県前橋市生まれ。2012年、立教大学社会学部を卒業し、IT企業に勤務。
結婚を機に退職し、夫の南米チリ駐在へ帯同。帰国後の2016年、第一子出産と同時にTEKITO DESIGN Labを設立。現在は3児の母として、さまざまな社会課題に、デザインとビジネスの循環の仕組みでアプローチしている。2025年11月からは再びチリ駐在に帯同し、日本の裏側から距離や境界を越えて人と社会をつなぐ働き方と表現の可能性を探っている。