Interviewee
本荘 修二
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
多摩大学 客員教授
Interviewer
中塚 千恵
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
長年にわたり編集委員を務められた本荘さんは新事業、アントレプレナーシップ分野を専門とされています。今回は、これまでの編集委員の経験からホライズンへの想いを伺うとともに、現在のマーケティングをとりまく課題やマーケターの現状、さらに今後のあるべき姿についてお話しいただきました。
自らの問題意識をテーマ化していた
中塚 本荘さんとは長い間、『マーケティング ホライズン』の編集委員をご一緒させていただきました。
本荘 片平秀貴先生が編集委員長を務めていた時代に声をかけられて、2010年から参加しました。気づけば15年ほどお世話になったことになります。就任した頃は、ちょうどザッポスの翻訳本を出版した時期で、その内容をテーマにした特集を何度か組みました。片平先生からは「とにかく好きなことをやれ」と言われていましたが、実際は特集企画から取材、記事作成を担当する形でしたので、当初はかなり大変でした。数年続けるうちに慣れてきて、会いたい人に会おう、自分の興味をテーマにまとめるなど、自分なりに工夫して進められるようになりました。
中塚 確かに負荷は大きかったですね。今の自分の問題意識をうまくテーマに落とし込んでいくところが特徴でしたね。
ご自身の手掛けられた中で、これはやって良かったというテーマはありますか。
本荘 一番記憶に残っているのは、自動運転などを取り上げた『交通革命、その先』(2018年第8号)や、子育てを取り上げた『子どもドリブン』(2021年第9号)などは、内容として手ごたえを感じています。また、読者の方々はもちろん、知り合いなどさまざまな方から評価が高かった『感動業から見える未来』(2023年第9号)も印象に残っています。
中塚 私は広告業務を担当したことがありますが、「よいCM=企業と生活者の間に共感があること」だと感じていたので、感動業の号は非常に印象に残っています。子育て特集号については、本荘さんのライフステージ(結婚→お子さんを持つ)の変化がもたらしたテーマだとも思っています。

視野の広さと自由さがホライズンらしさ
中塚 ホライズンの編集会議では、“ホライズンらしさ”という言葉がよく使われていました。議論が発散したとき、議論が深まらないときなどさまざまでした。
本荘 出版媒体は編集長個人のカラーがそのまま媒体の色になることがあります。ホライズンも、片平先生やツノダさんの個性が強く反映されていたと思います。
明確な編集方針が厳密に定まっていたわけではなく、良い意味で幅を持たせた作り方をしていました。その意味では、私自身は“ホライズンらしさ”とは「自由」だと理解していました。
中塚 確かに自由度は高かったですね。だからこそ毎号のテーマを並べてみると、多様性にあふれていると思います。
本荘 自由度が徹底されていたからこそ、今振り返ると、成果物としてはとても意義のあるものになっているのかもしれません。
私の子育て号にしても、子育てテーマは子育て専門メディアが扱う領域です。しかし、実はマーケティング・メディアこそ向き合うテーマでもある。大企業が見落としがちな視点を掬い上げられたことは、ホライズンならではの功績ともいえます。
その意味で、広いスタンスで編集されたホライズンは、マーケティングそのものを直接扱うというより、マーケティングの前提として世の中を広く捉えようとする、いわばリベラルアーツに近い性格を持つ媒体だったと考えています。
現在のマーケティングの行き詰まり感と了見の狭さ
中塚 本荘さんとマーケティングとの出会いはどのようなものですか。
本荘 私は理科系出身ですが、大学卒業後、ボストンコンサルティングの東京オフィスに入りマーケティングを実地で仕込まれました。その頃もクライアントから「マーケティングって何ですか」といった質問をされることが多かったですね。その後、アメリカに留学して、ウォートンスクール(MBA)でマーケティングの授業も取り、ボストンコンサルティングとは違うアングルで、より広い意味でのマーケティングを体系的に学びました。ただ、私は新事業、アントレプレナーシップが専門でしたから、マーケティングは一つのピースとして捉えていました。
ところが、インターネットの台頭によって、私が関わっていた新事業の分野にマーケティングが強く融合し、価値創造の主力として入り込むようになりました。その頃から、大企業のマーケターの視点が狭いと感じる場面が増えました。組織で与えられた範囲だけで業務を進めているため、切り口が限られてしまっているのだと思います。
中塚 今までのご経験から、現在のマーケティングの課題をどう考えますか。
本荘 先ほどのホライズンの良さは、言い換えると、マーケティングに関わる視点を広く持ち、物事を多面的に考える姿勢にありました。それはまさに今の大企業の多くのマーケターに欠けている部分だと思います。実務の現場でマーケターと接していると、上から与えられた範囲だけで動いているのではないかと思う場面が多く、限られた定義の中で業務を進めていることを残念に思います。視点の広がりが十分でなく、扱う切り口が乏しいことが問題だと感じています。
中塚 それはすごく感じますね。先ほど、大企業のマーケティングの視野が狭いという話がありましたが、さらに視野を広げると、今の日本のマーケティングにはどのような問題があるとお考えですか。
本荘 大学でマーケティングを教えている専門家の知見には大きな価値があります。ただ、より広い意味でのマーケティングを考えると、その核心となる部分には十分触れられていないように感じます。実際、さまざまな場で話をしても、マーケティングの本質的な議論が出てこないことがあります。出てきても、内容が薄く、「それでは不十分だ」という話で終わってしまう。日本では、マーケティングそのものの実体が弱くなっているのではないか、それが一因で日本経済そのものが厳しい状況にあるのではないかと不安になります。

実際、日本の大企業の多くで、マーケティングは存在していないケースが少なくありません。営業目標数値を上げましょうという業績最優先の姿勢が大前提で、そのような狭い数字づくりのための専門家=マーケターが何人かいるといった組織イメージです。片平先生がよく言われるブランドや企業とお客さまとのトラスト、ロイヤリティ、リレーションシップなどが、狭い目標、数値達成というところからは乖離します。
中塚 日本マーケティング協会が昨年「マーケティングの定義」を発表しましたが、その背景の一つに、マーケティングがとても便利な言葉になりつつある反面、実態が曖昧になっている状況があったと聞いています。その定義には“社会”という難しい言葉も入っています。かつての同僚の中には、「わかったようでわからない言葉は使いたくない」という人もいて、定義されたものをどう解釈するかもマーケティングでは大切だと思います。
本荘 残念ながら、上位概念のマーケティングという部分が抜け落ち、下位レイヤーのマーケティングしか実行されていないという状況ですね。
例えば、AIが発達してきたから今後は英語を勉強しなくていい、という短絡的な話が出てきました。その一方で、企業はより積極的に海外へ向かって動いています。教育での動きと雇う側のニーズとの逆行が始まっているのです。マーケティングもそれと似ていて、狭くてコントロールしやすい領域だけに取り組み、その外にある重要な領域を実は見逃しているように感じます。本来であれば、すぐに成果が見えない場所にこそ長期的な機会があるはずなのに、その視点が抜け落ちている。20年後どうするのかという危機感はありますね。
さらに言えば、海外に比べて日本の経営者や管理職は、新事業の分野はあまり勉強しない傾向があると感じています。マーケティングでも同様で、自分たちが理解し得る範囲、扱いやすい範囲だけでマーケティングの実務を行っている印象です。つまり、アップデートが十分されていない。今のマーケティングには、やはり、ある種の行き詰まり感が強いように思います。
中塚 そのような上位と下位の階層での乖離はよく聞きますね。

本荘 加えて、AIエージェントがあと10年ほどすればすごく達者になるので、マーケターの業務の半分ほどはAIが担えるようになるのかもしれません。だからこそ、人が担うべき役割は、広い視点で物事を捉え、多様な角度からブランドや会社の未来をつくるというところを強く意識しなければ、これからの企業は将来厳しい状況に置かれるのではないかと考えています。
マーケティングとは統合的なアプローチ
中塚 本荘さんの問題意識はとても共感できます。改めて、マーケティングとは何かと問われたら、どうお答えになりますか。
本荘 シリコンバレーでも著名な技術系マーケターのレジス・マッケンナさんが「Marketing Is Everything」と述べています。これは、マーケティングは特定の部署の仕事として捉えるのではなく、企業活動そのものを支える考え方だという意味です。企業はお客さまの存在によって成り立ち、対価を得て発展していきます。ところが日本では、自社にはマーケティングはありません、マーケティングとは何ですかと言う人もいまだに多い。だからこそ改めて基本に立ち返ることが重要です。私たちの会社は何のために存在し、どのように存続していくのか。その根本を考えることが、マーケティングの出発点だと思います。
中塚 マーケティングでは、生活者志向、顧客志向という言葉が頻繁に使われますが、生活者志向とは一体何だとお考えですか。
本荘 本当の顧客志向とは、自分たちが何をしようとしているかを明確にした上でお客さまを理解することです。それが曖昧なまま進めると、お客さまを意図せず不利な方向に導いてしまうリスクもありますし長期的にはブランドを弱くします。
いまだに日本の大企業のトップには“顧客の囲い込み”という言葉を使う人が結構います。私が書いた本では顧客の囲い込みなどはもうやめろと言っているのですが、そこには顧客志向と言ったときの哲学が抜け落ちていると感じます。
顧客志向、顧客視点と言ったときに、自分がお客さまだったらどう思うかという発想が恐ろしいほど忘れられている。自分がお客さまだとしたら、“囲われている”などと言われたら、だれでも反発を感じるはずです。
中塚 先ほどの話ではないですが、AI時代のマーケティングは大きく変化しますか。
本荘 新しい形のウェブマーケティングが出てきた時点で世の中の断絶が起こっています。それは大企業の組織論が問題なのです。
つまり、ネットメディアが新しく出てきましたから、マーケティングもそれをやらねばと新しい手法を取り入れようとしても、大企業では従来のやり方を変えにくいという慣性が働きます。理屈では必要だとわかっていても、実際には導入が進まないのです。
さらに、例えば、ブランドごとにホームページを運用していた企業がありました。個別のブランドが良かれと思って自分たちのベストの戦略でウェブマーケティングをやります。結果、全体として統一感がなくなりますよね。お客さまから見れば、会社は一つなのにバラバラに映ります。他社でも同様で、事業部やブランドごとにデータや仕組みが分かれており統合されていません。お客さまには「好き勝手に動いている」と見えてしまうのです。
中塚 なので今度は統合しようとしますよね。
本荘 はい。それで本社が統合的にマーケティングを担おうとしますが、その部署の扱える範囲は限られています。実際に担えるのはIRやCSRなど、主に会社全体の情報発信に関わる部分です。また、大企業の情報システム部門は、各部門の要望に振り回されがちで、カスタマイズが増えてしまう。ウェブマーケティング部門もまだ歴史が浅く、立場が弱い。知識も視野も十分あるのに思うように動けずに忸怩たる思いを抱えながらやっていますね。
中塚 カスタマイズをいかにやめるかというのがITにとっては永遠の課題ですね。
これからのマーケティング:生命力あふれるマーケティングを
中塚 本荘さんは元々、新事業・起業がビジネステーマでしたよね。その視点から、今後のマーケティングの在り方をどうお考えですか。
本荘 新事業で最も難しいのは、内容そのものもさることながら、結局はチームメンバーや応援団をいかにつくるかというところです。起業のタイミングなどもありますが、根本的にはそこが要になります。
中塚 そうなんですね。チームメンバーや応援団をどのようにつくっていくのですか。
本荘 最初からインパクトのある強い企画を思いつける人は滅多にいません。多くの場合は、既にある要素の組み合わせをいろいろと変えながら、新しいコンビネーションを模索していくわけです。この試行錯誤はなかなか大変で、やはりAIでは担えません。新しい事業を動かすには、やはり人間が大事なんです。やる気があり、喧嘩にならず一緒に進められ、途中で離れない人材をチームにどんどん増強していかねばならない、それが一番大変ですよね。同様に、最初は関心が薄いお客さまやパートナーを、頼もしい応援団、支えてくれる存在に変えていくというところもなかなかに大変です。
中塚 その人の持っているパワーや人間力がカギになりますね。
本荘 おっしゃる通りです。結局、生命エネルギーなんですよね。そういう意味で言えば、生命エネルギーのあるマーケターも減っているように感じます。
中塚 とんでもないことを言っているものの、生命エネルギーが強い。人を引きつける人がいますよね。
本荘 辛気臭い飲食店にはお客さまは来ませんが、熱気がある店は繁盛するわけです。そのような、生命力があふれ、明日を担うマーケティングのリーダーや人材を育成するという視点も大切だと思います。
中塚 マーケティングに向いているのは、どのような人材だと思われますか。
本荘 問題点を指摘するだけの人ではなく、未来をつくるという志向のある人は、自分の会社の未来像はこうだ、だからこのように目指そうなど、何らかの提案を出せる人だと思います。
『フォーブス・ジャパン』の連載で、「感じる力」について書いていたのですが、理屈ばかりの人は批判型になってしまって、新しいこと、未来をつくることの提案はできない。やはり、新しいことを捉え感じる力と未来をつくる姿勢が必要だと思いますね。
中塚 感じる力は大いに重要だと思います。生命力あふれるマーケティングとその人材がベースとなって、まずは世の中を丁寧に読み解くところから始めると、今の了見の狭さは解消できるのではとも思いました。人材の育成もなかなか難しいテーマですが、チャレンジしていかねばならない未来へのテーマだと思います。
本日はたいへん興味深いお話をありがとうございました。
〈インタビュー後記〉
「生命力」は人を惹きつける大きなパワーです。マーケティングに活かすためには、世の中、生活者を感じていく力がいる。ホライズンの締めくくりに尊敬する本荘さんとこうした総括ができたことを幸せに思います。

本荘 修二(ほんじょう しゅうじ)
MARKETING HORIZON 編集委員
本荘事務所 代表
多摩大学 客員教授
新事業を中心に、経営コンサルティングを手掛ける。日米アジアの大企業、スタートアップ、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。Techstars、Endeavor、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、エコシステムづくりに取り組む。厚生労働省・医療系ベンチャー振興推進会議座長、日本スタートアップ大賞審査委員。著書に『大企業のウェブはなぜつまらないのか?』『エコシステム・マーケティング』他、訳書に『ザッポス伝説』他、連載に「垣根を越える力」等がある。

中塚 千恵(なかつか ちえ)
MARKETING HORIZON 編集委員
東京ガス株式会社 リビング戦略部
リビング戦略部ブランディング推進グループに所属。現在は、BtoC向けのブランディングに取り組む。広報部広告グループの際に、制作・出稿したCMには、社会課題の解決に向けて、東京ガスの想いを込めた「子育てのプレイボール」「母の推し活」がある。その他、同社ではCSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)での業務がある。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJ-POP などを追いかけてきたことを生かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。