
『組織は倫理をないがしろにする
戦略的に「誠実性」をデザインする』
ロバート・チェスナット 著
並木将仁 監訳 松山宗彦 訳 日経BP
先日、「障碍者」という言葉の使用にかかる議論をストリーミングで耳にした。その言葉を聞いた当事者の気持ちを考えろ、という主張と、差別意識はまさにそのような主張の中にある、という主張の対立である。
思考実験として二つの思想が論戦するだけであれば問題はないが、議論がヒートアップし、前者の立場が唯一の正解であるかのように扱われ、その結果として言葉狩りへと転化しそうな局面を目にすると、これは黙ってはいられない。
社会の進化とともに育まれてきた概念が一つ、世の中から消失し、その結果として、障碍がある者とそうでない者の差異が語りにくくなってしまえば、すべての人にとって住みやすい社会の実現から、むしろ遠ざかる危険がある。
当事者の気持ちを考えろ、という動機自体は尊重されるべきものだが、それが制度や規制の強化として一方向に積み重なっていくと、いわゆるオーバーコンプライアンスの状態に陥りやすい。
不快の克服という目的を否定するものではもちろんないが、一方でその空気は筆者を風紀委員に囲まれているかのような、息が詰まるような、鷹揚さに欠けた環境に身を置いているかのような感覚に陥らせる。
本書を通じて筆者は、インテグリティとは、不快の克服を、ひいては幸福の増大を、息が詰まるような感覚を構成員に与えることなく実装していく考え方であり、技術である、という理解を得た。
「誰が見ておらずとも正しいことをなす」「Do what you say」を規範とし、一人ひとりが規制実感を持たずとも、自発的に佳きことをなす方向に組織を進めるため、トップは率先垂範する。それが円滑・健全になされるよう、公平性と透明性を担保するための仕組みを作り、組織と構成員の相互信頼を育む。
このやり方は性悪説に基づき、ルールによる管理により不快の種に蓋をするのとは全く異なるアプローチであり、一人ひとりの幸福の源泉であるオートノミーを阻害することなく、利他的な行動を誘発し、経済が中心に回りがちな企業活動において、本来それよりも重要である「幸福総量の増大」への回路となり得るように思われる。
このような気づきが得られるコンテキストが、本書には豊富な具体とともに紡がれている。マネジメントの手引きとして、また、より佳く人生を過ごすための指南書として、お勧めする次第である。
Recommended by 富永 朋信
株式会社Preferred Networks
エグゼクティブアドバイザー
合同会社OFFICEしもふり代表