特集


2025年新春鼎談
AI時代の未来を拓くマーケティングの力

藤重 貞慶 
公益社団法人日本マーケティング協会
会長
ライオン株式会社 特別顧問(写真中央)

恩藏 直人 
公益社団法人日本マーケティング協会
理事長(写真左)

高石 一朝 
公益社団法人日本マーケティング協会
専務理事(写真右)

 AIをはじめとする急速な技術革新が、私たちの社会や生活に大きな変化をもたらしつつあります。このような時代状況の中、マーケティングの進化、持続可能な社会のためにマーケティングが果たす役割についてお話しいただきました。

高石 この11月にリニューアルした当協会のHPで、日本マーケティング協会のパーパスを公開いたしました。「マーケティングの力でより豊かで持続可能な社会の実現に貢献する」というものです。また、恩藏先生と慶応大の坂下玄哲先生が監修された『マーケティングの力』(有斐閣)は、日本マーケティング学会のマーケティング本大賞の準大賞を受賞されました。2025年の新春鼎談は「マーケティングの力」をテーマにお話しいただきたくお願いします。
恩藏 『マーケティングの力』という本は、単なるテキストや用語集でもなく、専門の研究書でもありません。入門レベルから先に進みたい人たちに向けたつくりになっています。内容としては「戦略枠組みの力」、「顧客理解の力」、「ブランドの力」、「コミュニケーションの力」、「マーケティング・チャネルの力」そして「データ分析の力」という6章構成としました。坂下先生と手分けして、アカデミック・ワードを95個ピックアップしました。これらを、准教授までの気鋭のマーケティング学者の方々にお願いしながら進めていったわけです。
 他のマーケティング本と異なる特徴として、それぞれの項目に関連する研究、論文などの参考文献を多数入れてあります。項目の基本を理解した上で、さらに発展させていくためのステップを案内する役割を持たせています。そのため、参考文献一覧が約70ページにわたって掲載されています。
藤重 さらに深堀して学びたい場合の指針として役立つ内容ですね。この本を読めば、最新のマーケティングがどういうことに関心があって、どういうことが内容としてあるんだろうということがよくわかりますね。
恩藏 そうですね。実務ではまず出ないような難しい用語も入っていますから、研究をする上でこれは欠かせないと思います。
藤重 確かにこうした本はありそうでなかったですね。単なる用語解説集ではなく、重要なコンセプトについて考え方をしっかりまとめて、なおかつ先につながるような内容です。

恩藏理事長

AI時代のマーケティング

高石 ところで、現在のアメリカのマーケティングの研究はどういう方向に進みつつあるのですか。
恩藏 ほとんどがAI関連ですよ。いろいろテーマはあると思うのですが、一番わかりやすいのは、例えば配膳ロボットにはかなりAIが入っているのですが、同じメニューを持ってきたときに、配膳ロボットと人で評価がどう違うか。対応してくれるホテルの受付が人なのかAIロボットなのかによって何が違うかといった研究が非常に多いですね。
藤重 人間がいて、ロボットが配膳をしたり、注文を取りに来たり応接をしてくれるのは非常に心地がいいと聞きます。ヒューマンタッチは重要だという側面もあるわけですよね。それをどのように考えたらよいか。難しいですね。
高石 全部ロボットだと悲しい気もしますね。
藤重 介護ロボットの場合も、気楽に普通の会話をしながら優しくしてくれてとてもいいのだけれど、対話をしつつ理解を進めながら、その人のためを思ってやるというのは人間同士のコミュニケーションでしょう。なので、あるところまではロボットの対応が非常に心地いいのですが、だんだん物足りなくなってくる。やはり人間同士の会話が次の段階で非常に必要になってくるでしょう。今はその最初の段階だと思いますね。
恩藏 最近おもしろいと思ったのは、病院の画像診断でもAIが使われていますよね。人間とAI(ロボット)で、どちらの精度が高いかというとロボットであることは皆わかっているのですが、患者さんに、「あなたはどちらにしますか」と聞くと、結構な割合で人間を選ぶそうです。なぜそういうことが生じるかと言うと、確かにロボットのほうが精度は高いが、自分の個別条件まで見てくれないかもしれないと思うからです。
高石 ロボットには親身になってくれる感じはないんでしょうね。
藤重 私はいつも思うのですが、AIを通じて人間が目指していることは何なのか。AIは精緻な計算ができるので、今まではわからなかった自然現象を膨大なデータによって読み解くというのがAIの位置づけですよね。自然のモデルを分析することで、人間が生きていく上で重要なことを発見したり、改良したりして文明が発達してきたわけです。AIはまさにそういうレベルのものであって、人間はそれを利用して次の段階なり、次の商品なりサービスにつなげるといった構造ではないかと思うんですね。
 間違えがちなのは、AIがこう言っているからこうなんだ、AIの緻密な分析の結果、それは絶対に正しいんだという姿勢です。だからAIの言うことを聞くんだといった方向に行ってしまったら、とても大変なことだと感じています。

 

藤重会長

幸福を実現するためのマーケティング

藤重 例えば今後、ロボットは人間が感じるような感情を擬似的に再現できるようになるかもしれません。ただ、それがアナログで生身の人間にとって本当に幸せかどうか、ウェルビーイングかどうかという問題だと思うんですね。
高石 たしかに人間関係というのは幸福感のやりとりのようなものですから、ロボットに幸福感といった感情がないとすると少し心配になりますね。
藤重 やはり人間にとっての幸福感とは、人に頼られる、それをやってあげて喜ばれる、逆にまたそれをやってもらうというふうに、社会のお役に立っているという話になると思います。相手が幸福だと自分も幸福になる。それを追求する、実現するためにあるのがマーケティングであり、それを実現するのが「マーケティングの力」でしょう。
高石 マーケティングというのは、相手の幸福を考えるのが大事ですからね。
恩藏 おそらく何十年も先になると、今話したようなことが本格化すると思うんです。現在でも、広告に出てくるタレントがAIで作られているバーチャルだったり、パッケージデザインがAIでデザインされていたりします。最終的にはAIとどう向き合うかといった根本を考えなければいけないと思うのですが、差し当たっては、いろいろな局面でAIをめぐるマーケティング課題がかなり出てきていると感じています。

持続可能性に貢献するマーケティング

藤重 もう一つの大きなマーケティング課題でもありますが、日本マーケティング協会のパーパスにも、「持続可能な社会」と書いてありますね。
 持続可能な社会で一番大事なのは「信用」だと思います。人が人を信じ、人が社会を信じ、社会が人を信じる。信じるということが最も重要で、そこで頼り合える社会をつくるのは、マーケティングであり、中でも大事なのはブランドだと思います。ブランドの保証、世界観というものが、今までは個別の商品のブランドであったのが、企業全体が何を目指しているのか、まさにパーパスということが大事になってきています。企業がどういう結果を出しているかが総体的に評価される時代になってくるように思いますね。
高石 実際、そういう企業に対して消費者は好感を抱きますし、逆に、社会貢献にキチンとコミットしていない企業の製品は買わないといった傾向があります。
藤重 二つ目に大事なのが「循環型社会の形成」です。このような面においてもマーケティングは大事になってきていますね。いわゆる価値の連鎖という視点で見ると、商品の優秀さだけでなく、その商品ができている原材料、作り方、使われた後の廃棄のされ方など全体を通じて循環型社会に適応しているかが問われます。
 いわゆるバリューチェーンは、どちらかと言うと価値を創造する連鎖という意味合いですが、むしろベネフィットチェーンと言うべきか、自然環境の保護にとってベネフィットの連鎖がどのように組まれているか、それを実現している企業や商品、サービスは何かといった点が重要になってきています。個別ではなく、常に全体を強化していく。その中ではトレーサビリティの仕組みを取り入れたマーケティングが非常に大事になってくるように感じています。
恩藏 若者もそういう点を意識しているようですね。例えば就職活動でもサステナビリティや環境配慮を重視している会社のほうがいいと。商品選びでもそのような傾向は非常に強くなっています。
藤重 三つ目に大事なのが「生物多様性」の世界を重視するということです。今までは人間が中心で人間のためにあるという位置づけでマーケティングが行われきましたが、これからは、人間も地球構成員の一員であるという考え方にシフトしている。ほかの生き物が生きづらいやり方は、やがて人間も生きづらくなっていくという哲学、価値観に基づいたマーケティングが非常に重要になってくるでしょうね。
 結局、持続可能であるためには、信用がいかに不可欠かということです。そのことをもう一度見直して、この会社、商品、サービスは信用できるという世界をいかに築くかということが最大のテーマではないでしょうか。

AIとともに進化するマーケティング

恩藏 そう考えると、マーケティングは本当に進化していますね。私たちが学んだころのマーケティングとは全く別物です。サステナビリティや循環社会、社会貢献といった要素がすべて盛り込まれるようになってきていますからね。
高石 そうですね、マーケティングはどんどん進化していると思います。その中で「マーケティングの力」があらためて注目されているのではないかと思います。
 例えば電通ですが、今年からストラテジー領域の部署を、第1マーケティング局から第8マーケティング局に再編したとのことです。マーケティング担当の深田役員にお聞きしたところ、「各クライアントのマーケティングROI改善への貢献」こそがこれからの電通が目指すところであり、この思いを込めて関連するすべての部署をマーケティングという呼び名に変更したそうです。マーケティングROIの領域では、ますます技術革新が期待されるのではないでしょうか。

高石専務理事

藤重 今はAIをはじめ新しい技術革新やそれを学ぶことがメインになっています。しかしAIはあくまでも道具ですから、その本質や危うさもわかった上で活用していくということでしょう。
 イギリスの産業革命以来、技術革新が格差の根本的な原因なのです。技術革新を手に入れた人と手に入れられない人は強烈な格差が出てくる。今、まさにAIという大きな技術革新が起ころうとしていて、それが一般化しようとしているときに、AIをうまく活用して、なおかつ格差を最小化する面で、マーケティングが力を発揮するといいなと思いますね。
恩藏 それに関連しますが、「BOP(Bottom of the Pyramid:途上国における経済的貧困層)」という問題があります。低開発国では本当にその日暮らしのような人たちがいますが、彼らの生活を少しでも良くしようということで、例えば通常の商品よりも少し安いものを提供したり、パッケージを小さくしたりといった取り組みも増えています。このような動きも、経済格差を埋めるため下のほうを少しでも底上げしようという発想かもしれませんね。
藤重 まさにそれがマーケティングの役割ですね。技術革新はこれからも次々と生まれるでしょう。それをいかに効果的に活用し、すべての人々が幸せを享受できる仕組みを作ることこそ「マーケティングの力」の本質であり、その役割でなくてはいけないと思います。
高石 本日はありがとうございました。

撮影協力:東京 芝 とうふ屋うかい