寄稿


家庭からトランスフォーム

福島 常浩
トランスコスモス株式会社 顧問

味の素で20年近くマーケティング関連業務とIT関連業務を担当、その後GEにて生保のネット販売事業の立上げ、三菱商事にてID-POSビッグデータ事業の立上げ、ぐるなびにて事業拡大と東証1部上場、メディカル・データ・ビジョン株式会社にて医療情報の活用事業の立上げに参加し東証1部上場。その後現職。
新規事業・新商品の立上げを多く経験。
日本マーケティング協会理事およびマーケティングマイスター。
一般社団法人市場創造学会 副会長
アルゴマーケティング研究所LLC 代表社員

 意外ですが、人はあまり歩きながら自分の足もとを見つめることはありません。でも足もとを確認しないと、無事に歩くことさえ覚束ないものです。仕事においても足もとを忘れて未来を語っていることが多いとしたら、年の初めに一度立ち止まって考えてみる価値があるかもしれません。
 自分の足もとと言えば、家庭、友人や職場ということになりそうですが、正直に言って、今まであまり気にする機会がありませんでした。いつも未来展望を語るときは、世の中のトレンドに思いを巡らせ、デジタル化やAI活用などの未来をフィクションのように想像していました。家庭のDXとか、友人のDXとか、足もとを起点とした未来像は、実はあまり考えたことはなかったのです。
 しかし、未来を考えるにはこのような身近な部分こそ一番重要なのかもしれません。なぜなら足もとこそが自分が最も実感をもって感じられる“現場“だからです。たとえば、すでに家庭内のコミュニケーションでも、かなりの部分はデジタル経由に置き換わっていますし、これからはもっとその比率が進むでしょう。先日学生時代の友人から、SNSを通じて突然心温まる連絡をもらいました。アカウント名で探し出したようですが、デジタル化以前だとこのようなご縁もつながらなかったはずです。
 このように身近な足もとでも、デジタルは時間と空間の壁を取り払ってしまいますが、一方で旅行や飲み会など、リアルなコミュニケーションの価値が縮小する訳でもない事も興味深い事実です。わが国デジタルマーケティングの黎明期からその発展を支えてきた友人は、N氏やU氏をはじめとしてなぜか皆リアル飲み会が大好きです。
 フィリップ・コトラーは“Marketing5.0”1のサブタイトルに、“Technology for Humanity”を掲げています。デジタルやAIがフル稼働に向けてものすごい勢いで進行する現在、我々は自分たち人間が主役であることを忘れてはいけないという警告です。技術に人間が振り回されるのではなく、人間が技術を使いこなしたらどんな社会が来るのでしょうか。ここで家庭、友人、職場といった自分の身近な足もとを起点としてみましょう。もしもデジタルのおかげで家族愛や友情、職場の仲間意識などが促進されるとしたら、本当に素晴らしい未来となりますね。
 旧来型の豊かさが物質的な所有を前提としているとしたら、我々の未来はこのような経済的な呪縛から解放される時代になるかもしれません。情報によって人が幸せを感じることはいくらでもある一方、デジタル社会では情報の取得や提供に概ね費用がかからないからです。たとえば自分の家族や友人からもらう手紙は、多くの場合本当にうれしく心震わせるものですが、このような気持ちを伝えるためのハードルは、すでにDXによって劇的に低いものになっています。人間が主体者となりデジタルを使いこなすと考えたとき、不十分なのは人間の方ではないでしょうか。
 たとえば家族間のコミュニケーションでも、お互いの本心がいつも自動的に伝わるような仕組みがあれば、不要な誤解や疎外感を味わう事は避けられるかもしれません。国際関係においても双方の国民同士が直接本心で思いを交わせるプラットフォームができれば、時間は少しかかるかもしれませんが妙なナショナリズムは氷解するのではないかと思います。
 このようにデジタル技術やAIによって、もっともっと人間の幸福と愛情に満ちた社会が実現できるような未来の予感がしてきました。そこから大きな世界の平和にもつながっていければ素晴らしいですね。我々の志すマーケティングの目的は「より豊かで持続可能な社会を実現する」2という事ですから。

1 P. Kotler et all, “Marketing5.0”, Wiley, 2021
2 日本マーケティング協会は、2024年1月25日にマーケティングの定義を34年ぶりに刷新した。
「(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」