巻頭言
私たちは毎日「言葉」を話し、読む。そして書いたり、打ったりする。言葉は使われることで人との間をつないでいく。そのような中、生活者が使うことで、新たなイメージを獲得した言葉がある。その一つが「推し」「推し活」であり、「オタク」「追っかけ」という言葉で表現された時と比べて、よいイメージの言葉となった。推しの存在意義や、推し活の実態は 「オタク」 「追っかけ」と呼ばれていた頃と実際は大きくは変わらないだろう。言葉によってポジショニングが変化したのだ。これまで冷ややかな視線で見られることが嫌で、「推し」の存在はヒミツだった人たちが救われた。
最近、「推し」と並び、よく聞かれる言葉として「界隈」がある。「自然界隈」「伊能忠敬界隈」・・・と「界隈」がつく言葉はどんどん発展・拡大している。思わず「どういう意味だろう」と調べてしまう人も多いのではないか。
なかでも「風呂キャンセル界隈」はよく話題になっている。これまで「お風呂が嫌い、面倒くさい」「(特別な理由もなく)お風呂にはいらなかった」というと、「汚い」「不潔」と思われそうで、自ら言う人は少なかっただろう。「風呂キャンセル界隈」 という言葉で表現すれば、 「え、何、なに?」となる。きっとその言葉を使う人たちは、「笑顔」であり、そうであれば言われたほうも、悪い印象を持つことができなくなくなる。界隈という言葉で表現されたことで、気楽に発言できるようにもなっている。
本号では生活者から発生し、多くの人に受け容れられ、発展する言葉について、「界隈」という言葉を1つの切り口として考えてみたい。
背景には何があるのだろうか。単に「界隈」という言葉は面白いよね、で終わることがないように、本号に関わる方々には、「なぜ」にこだわっていただいた。
生活者発で使われる言葉の背景を深堀することで、生活者の価値観や時代が求める雰囲気を探っていきたい。
本誌編集委員 中塚 千恵