寄稿


企業コミュニケーションのこれから

中塚 千恵
東京ガス株式会社

現在は、同社が2023年11月に立ちあげたソリューション事業ブランドIGNITUREの業務に携わる、それ以前は、企業広告(母の推し活篇、育休パパ篇、子育てのプレイボール篇)CSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)を行ってきた。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJPOP などを追いかけてきたことを生かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。
きれいすぎる言葉や作文が苦手で、怖くなることも。

 若者はなぜYouTube、TikTokを見るのか。それはよく言われているとおり、視聴時間が短くて済むこと、つまらなければ途中でやめることができること、また、面白さや発見があるからだろう。
 「普段は、YouTubeとTikTokで好きなものしか見ていないですね。推しでも出ていない限り、テレビを見ることは少ないです。朝とか天気予報をみるためにテレビをつけたりしますが、特にドラマは1時間もかかるのでつまらないと辛い。そのため、評判がよいといわれているものをTVerで見ています。Netflixはお金がかかるのでよっぽど見たいものがあったら」。
 「毎週見ているテレビは相葉マナブ。30分だし、ほっこりするから。日曜日にふさわしい。それ以外は、ネットで十分、テレビは無駄が多い」。

 テレビが嫌われていくなかで、企業のコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしてきたテレビCMはどうなっているのだろうか。リーチの広いテレビと併用してデジタルでの広告を行う企業も増えているが、手段を変えればその想いは届きやすくなるのか。
 私が勤務する東京ガスが2008年より手掛けきた企業CM「家族の絆シリーズ」も感動したい、泣きたいという目的のもと、YouTubeなどで視聴してくださる方も若者も含めて多いという。このCMは提供番組のなかで、原則1年間見ていただくことを念頭に制作をしている。私もその制作を手掛けた一人であるが、広告制作業務を始めた当初、一部の社員からの「お涙頂戴のCMを作る意味ある?」という声が辛かった。
 「その人はきっと共感も感動もしていないのだ」という、ある意味当たり前の結論に至り、それからは、視聴者に寄り添うべく、生活者の気持ちや行動の抑揚を本人たちや有識者ヒアリング、観察などを通じて細かに分析し、企業として伝えたい想いを明確化することとした。電通のみなさまの多大なお力をもって制作されたCMは、1年を通じて毎週新たな感想をいただけるものとなった。その感想がテレビを見ないだろう若者たちの視聴動機にもつながっている。
 また、近年の主な広告賞の常連であるカロリーメイトの「受験生応援シリーズ」は、受験生、そして受験生だった人、受験生の親も含めて、その時間を経験した人の気持ちに寄り添うものになっている。おそらく徹底的な調査を行っているからこそ、多くの共感を生み、第11弾のCMに至っているのだろう。高校生の青春を描く同社のポカリスエットも同様だ。娘の成長とともに変化する父親との関係を描いた相鉄ホールディングスの相鉄・東急直通線開業記念ムービー「父と娘の風景」は、2人の姿に想いを寄せられるからこそ共感を生んだ。
 見る人の想いや気持ちを動かすことが必要で、手段はそれを助けるものにしかならない。

 「見たいものしか見ない」という生活者の足元の状況のなか、企業が行うコミュニケーションはどうなるのか。「デジタルの活用」に重点化することも一つの正解だ。いずれにせよ、伝わるコミュニケーションのためには、生活者に「丁寧」に寄り添い、伝える内容を「丁寧」に、言葉と映像などに凝縮してまとめ、それを便利な手段で、社外はもちろん、社内にも伝えることが必要なのではないか。「丁寧な暮らし」とは、日々の生活に手間や時間をかけることだといわれる。伝えたい人のために手間や時間をかけ、生活者の行動やその背景にあるに想いを馳せることが、伝えるためには必須だろう。今以上により「丁寧」であることが、伝わるコミュニケーションへと企業を導くのではないか。「丁寧」を心掛け、実現することで、デジタルという手段が相乗効果を発揮、よい循環となっていくに違いない。