寄稿


終わりのはじまりに生まれる願い

ツノダ フミコ
株式会社ウエーブプラネット 代表取締役

社会動向の兆しや生活者調査を通して、世の中と生活者のインサイトを導き出し、再定義を行いながらコンセプトを開発。問いを重視したきめ細かい伴走型コンサルティングにて新しい価値づくりを支援。マーケティング思考を養うインサイト&コンセプトの実践型研修も展開。提供価値は「踏み出す勇気を賭けにしない」。

 今まで頑なまでに変化しなかったことが、あるきっかけにより次々と連鎖を伴い、変化の勢いが増していくとき、わたしたちはしばしばそれを「終わりのはじまり」と表現します。年号が変わるような境界ではなく、過去を振り返ったときに「あの時のあれが契機だった」と思い至る事象です。

それはエンタメだけの問題ではない

 例えば2023年に話題となった「JKT(ジャニーズ、歌舞伎、宝塚)」の動向は、単なる芸能ニュース以上の意味を持ちました。これらの話題は、表面的には特定の業界や団体、個人の問題として扱われがちですが、そこには性被害、人権問題、高齢社会、介護問題、過重労働、パワハラといった、社会のさまざまな問題を内包しています。実際の個々の問題には各組織の特殊性に因るもののようにも見えますが、俯瞰すればコンプライアンスやガバナンス不全のムラ的社会慣習の横行であり、それはエンタメ業界に限らず、プロ・アマのスポーツ界や大学、そして企業においても露見された2023年でした。長年にわたり受け容れられてきたように見えた慣習が次々と問題視されたこの現象、これらはわたしたちの社会に根付く前時代的な構造がいよいよ限界を迎えたことを示しています。

欲望ピラミッド、足元の瓦解

 これらの問題は、いずれも今に始まったものではありません。予てより既にそこにあり、当事者や周辺関係者、そして組織の運営管理側も、気付いていながら「そういうものだ」としてきたことでした。それらが、このタイミングで崩れだしたのです。
 マズローの欲求五段階説で考えると次のように言えるのではないでしょうか。
 当事者にとってもその周辺関係者にとっても、まずはその集団に有形無形に何らかの関わりをもって属することが喜びや満足の獲得になります。帰属欲求が満たされると、次いで同志のつながりや帰属集団における承認を求め、自身の持てるリソース(時間、お金、体力、気持ち)を投じることで、自身が満たされていきます。
 しかし、この五段階説がピラミッド状で表現されることが多いように、生存欲求(第一段階)と安全欲求(第二段階)が強固であってこその帰属欲求(第三段階)や承認欲求(第四段階)であり、それでこそ自己実現(第五段階)を目指していけるわけです。
 中位以上の欲求を優先し過ぎるあまり、人間らしく生きていく上で決して傷つけてはならない生命・身体・尊厳などの基本的要件が結果として疎かにされたことで、いびつに肥大化した上位欲求を支えきれず、まさに足元からバランスを失っていきました。

世の中インサイトの変化

 瓦解の直接的な契機はさまざまですが、底流にあるのは人々や社会における価値観の変化、つまり常識や暗黙知の変化です。世の中インサイトの変化、とも言えます。問題は今までもあった。従来からそれらに抗いたい人たちもいた。同時に、維持していきたい、維持していかなければならないと考える人たちもいた。そこにはさまざま欲や義務感の綱引きがあったはずです。

 しかし、そのバランスが崩れるときが訪れました。崩壊という変化を赦す環境が整ってしまったのです。ニーズや欲望だけでは行動や変化は起きません。ニーズや欲望を赦す大義や環境条件が整ってこそ変化が実体化します(図1)。
 国外からの圧力やZ世代プレイヤーとその親世代たちの台頭、と安直に語るのは憚られますが、これまでとは異なる新たな行動規範が時代の空気を動かしたことは、2023年の夏の高校野球優勝校にも表れています。
 SDGsやESGで謳われている社会的な正しさがキレイゴトとしてではなく、浸透してきたことも一因です。もはや旧態を取り繕おうとすればするほど、築き上げた要塞を自ら壊している状態であることは、当事者以外の誰の目にも明らかです。

お題目ではないキレイゴトの再構築

 いまや元に戻る道は閉ざされました。進み方は数多あれど、そこには前に進んでいく道しかありません。多くの企業や組織が、自ら掲げている理念やパーパスに対する本気度がますます問われる時代です。単なるお題目としてのキレイゴトではなく、また流行りに乗った絵に描いた餅のウェルビーイングではなく、生命や尊厳に根差した真のウェルビーイング(幸福感)の実現にどこまで現実的に取り組んでいるのか否か、これからの社会を担っていく人たちはいっそう強く注視していきます。
 6カ国の18歳の意識を継続的に調査している日本財団のデータ*1(図2)によれば、自身の将来や目標に関する質問において、日本はずっと最下位です。これから社会に旅立とうとする若者が未来に希望を見出せない社会が健全であるとは言えません。希望とは、未来に望みをかけること*2。日々の暮らしに、そして未来に希望を見出せる社会へ向けて、ひとりの大人として、そして新しい価値を創造していくマーケティングに携わる者として、新次元の確かな足元を固めながら、希望をカタチにしていきたいと願いを新たにします。
 終わりのはじまりのその先を歩んでいく人たちの未来。暁の空に瞬く星を目指して漕ぎいずる海原が、希望のひかりで永久に輝いていきますように。

*1日本財団「18歳意識調査」調べ(2022年)    調査対象:17〜19歳男女 各国1,000名
*2 Oxford Languages