寄稿


「欲」こそが社会を前進させる希望

山本 裕介
グーグル合同会社 ブランドマーケティング 統括部長

大手広告代理店で経験を積んだ後、Twitter日本上陸時のマーケティング・広報を担当。現在はグーグルの日本市場でのコーポレートブランディングと、テクノロジーを活用してより良い社会を実現するための各種プロジェクトを担当。

 「欲」という言葉は不思議なニュアンスを含む言葉です。「欲望」「欲求」は、あくまで個人的なもので、可能な限り隠したり謹んだりすることを子供の時から奨励されてきた感覚があります。
 何かを「欲しい」と思っても、それをそのままストレートに出すのは良くない。子どもの時におもちゃやお菓子をねだっても、親から「そんなに欲しがるのははしたない、欲深い」などとたしなめられた経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
 しかし、低欲望社会とも呼ばれる現代を生きる大人の一人として思うのは、むしろ「欲」こそが社会の前進をドライブしているものではないかということです。もっと便利に、もっと簡単に、もっと安全に、もっと多く、もっと美しく、もっと美味しく、というふうに、様々な領域で欲があったからこそ生まれたことがたくさんあるはずです。いかに欲を個人的なものから家族、共同体、組織、コミュニティ、社会というふうに広い範囲での欲に変えていけるか。

 最近読んで興味深かった記事で、組織における「リーダーとマネージャーの違い」についての記事がありました。マネージャーというのは文字通り「管理する人」で、すでに決まっているタスクをメンバーの数や能力に応じて適切に割り振り、その進捗を管理する人のことを指します。部下やメンバーがその管理のもとにつつがなく進行することで、期待した通りの結果を出すことがマネージャーの役割。一方、リーダーというのは文字通り「進むべき方向にリードする人」で、まずは「どこに向かうのか」という方向性やビジョンを指し示し、そこに行くことに意味を与え、組織のメンバーを鼓舞する必要があります。
 この2つは全く違う役割があるにも関わらず、混同されがちである、というのが私が理解した記事の主旨でした。

*「リーダー」と「マネージャー」を混同してはならない|Daisuke Inoue @pianonoki #日経COMEMO https://comemo.nikkei.com/n/n34fde6daab72

 まさにここに「欲」の有無が関係していると思いました。マネージャーは、究極的には適切に仕事を差配し進捗を管理するのが仕事のため、マネージャー個人の欲は必要ありません。むしろ個人の欲をおさえて、全体の管理に徹底する方がうまくいくことが多いでしょう。一方で、リーダーはそうはいきません。「なぜそうすることが良いことなのか」という理由を示す必要があり、そのためには「なぜ自分はそうしたいのか」という個人的な欲が必要になります。「自分では特に必要性は感じてないけれど、社会でこういうのが求められていそうだからこれをやろう」という自分ごと化されてないリーダーの示すビジョンに共感する人は少ないでしょう。
 「こうしたい」というビジョンを持ち、他の人を引っ張ることができる優れたリーダーが増えることが、社会をより良くすることにつながるとしたならば、我々の社会にはもっと多種多様な、しかも大きな欲が必要になります。
 しかし、自己主張を控える、他人に合わせる、なるべく目立たないように、なるべく傷つかないように、という風潮の社会では、自分の欲がどんどん小さくなり、いずれは何が自分がやりたいことなのかわからなくなるのではという不安があります。そういう事態を避けるためには、子どもの時から「自分の中の欲を探す行為を後押しすること」「その欲を周囲や社会が肯定すること」「欲を元にリーダーとして行動する経験をたくさんさせること」が必要だと思います。

 著名なマーケターである森岡毅さんは、著書『誰もが人を動かせる!あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』の中で、「リーダーシップを成功させる3WANTSモデル」というものを提示しています。
 人を動かす力、すなわちリーダーシップを発揮しやすい目的=欲には3つの条件がある。

1.それを人が欲するか?(みんながやりたくなる!巻き込まれる一人ひとりにとって魅力的か?)
2.それが人を欲するか?(達成のために共同体を構成する個々人の奮闘が不可欠か?)
3.それを己が欲するか?(あなた自身がその目的に本気になれるのか?) 

 通常は「欲する」という言葉を使う時は、3の話題が多い印象ですが、実は1と2の「欲する」ということも重要であるという指摘は、欲に関するイメージを大幅に広げる力があると思います。欲を肯定する、というのは、何も個々人が自分の好き放題に欲望のままに生きていこう、という話ではなく、むしろ自分の個人的な欲をどのように社会や周囲の人にとって意味のあるものに「デザイン」していくか、という点が重要だと考えます。
 周りを見回してみても、高度に発展した現在の社会では見えにくくなってはいるものの、元々は個人の欲、「もっと自分と自分の周囲と社会をこうしていきたい」という欲から始まり、規模が大きくなる中で志というものに昇華していった事業やビジネスがたくさんあります。
 欲を持つことは、それが叶わないという結果と常に表裏一体であり、怖いことでもあります。また、特に若く物質的に満たされてきた世代では、欲を持つこと自体やそれを表明することはカッコ悪いという風潮もあります。ですが、改めてよくよく欲を考えてみた結果、むしろ欲を持てない社会は前進していく力が弱まっていく社会であるとも思います。

 欲、持ってますか?今年は折に触れて自分自身と周囲に聞いていきたいと思います。それが社会を前進していく力だと信じて。