第8回
閃くシーンとは②
─着想からの視点─

Something New

 前回に続いて閃くシーンについて考えてみます。前回は自らの内側から生まれる「発想」について考えてみましたが、今回は「着想を得る」シーンについてみてみましょう。私たちが日常で閃きを得る代表的なものに、外部からの刺激があります。

トリガーとなる刺激

 誰かと話をしていて、ふと相手の話から閃きのヒントを得るということは皆さんも経験あることでしょう。気になっていた課題に対して、自分とは異なる発想や視点をもつ人との会話は、新鮮な刺激を与えてくれます。
 また、周りの何かを見てヒントを得るというのもよく知られています。例えばニュートンが木から落ちるリンゴを見て、万有引力の法則の閃きを得たことはよく知られているエピソードでしょう。リンゴが落ちるという視覚からの刺激が、長年重力の研究をしていたニュートンに閃きのヒントを与えたわけです。同様に、まだ学生だったガリレオ・ガリレイが寺院の揺れるランプを見て、振幅の大きさに関わらず往復する時間は同じであるという等時性に気づき、後に正確な時間を刻む振り子時計の発明に繋がりました。このように、「何かを見て」「何かを聞いて」といった五感を通してのさまざまな刺激が、アイデアのヒントとなる閃きを引き起こすトリガー(引き金)になることが考えられます。
 落ちるものを見て「落ちる」ことの法則性を見いだす、空を飛ぶ鳥を見て「人工的に飛ぶもの」のイメージが閃くといったように、刺激そのもののアナロジー(相似形の比喩)が浮かぶ場合と、刺激がトリガーとなって全く別のものが閃く場合とが考えられます。例えば、わが国で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士は六甲山にあった別荘で台風に見舞われた時、その激しい雨風や叩きつける音に寝付かれないまま寝床であれこれ考えているうちに、ノーベル賞の中核となる中間子理論の輪郭が浮かんできたと語っています。

頭の片隅に

 何かが閃くためには、頭の片隅に課題に対する情報や関連する知識のアーカイブがある程度できている必要があると考えられます。当然ながら無から閃きを生みだすことはできません。一度はそのことについて思考し、学習した経験やこだわりを持つことが前提になります。タブララサのように頭を空白にすると言っても、実際にはどこか課題に対する意識的あるいは無意識的なこだわりが必要になってきます。
 課題から離れて異なることを思考している時でも、本来の課題に対する何か小さな引っ掛かりやこだわりが常に作動しながら頭の片隅に存在し、これが閃きの原動力になっていると言えます。

何に対して閃くのか

 アイデアの種となる閃きが内側から湧き出る「発想」、あるいは外部の刺激から閃く「着想」と大きく2つに分けられることを見てきましたが、次に「何に対して閃くのか」という根本的なことを考えておく必要があります。なぜなら閃きが何に対する閃きなのかという基準をきちんと理解しておかないと、それが実際に閃きかどうかも定かではなくなってしまうからです。
 「何に対して閃くのか」という根本的な問いかけに対しては、現実には課題に対するさまざまな意識的、無意識的な欲求があり複雑で多種多様です。この問いかけに対する有益なフレームワークとして、外山滋比古が『アイデアのレッスン』で述べている︽WANT説”を紹介してみたいと思います。
 英語のWANTという単語で私たちがまず浮かぶ意味は「欲求」です。つまり閃く対象となるものは、欲求そのものであるといいます。こうしたいとかああなりたいといったように、現状にはないものを求めることになります。願望という意味合いも含んでいます。次いでWANTの持つ2つ目の意味は「欠乏」です。まさに現状で欠乏、不足しているものに対する何かを満たすための閃きです。そして3番目が「必要性」という意味です。「必要は発明の母(Necessity is the mother of Invention.)」ということわざで用いられているNecessityと同じ意味合いです。これら欲求、欠乏、必要性のいずれかもしくは複合的要求を満たすものが、閃く対象の基準と考えられます。

閃きは「快」を伴うプラスのエネルギー

 現状に対して不足しているモノ、必要性のあるモノに対する閃きは、それらを補い望ましい現状に向かうプラスのエネルギーであると言えます。また、現状から理想的なモノをめざす願望についても、現状からより望ましい水準に向かうプラスのエネルギーと言えます
 そして大切な点は、これらプラスのエネルギーを生みだす閃く瞬間には、「快」を伴う喜びの感情が湧き出ることです。ふとある時に閃いて頭が明るくなるような「快」が生まれることを、脳科学では「アハ!体験(Aha! Experience)」と呼んでいます。
 みなさんも日常でふと閃いた「アハ!体験」により、何か新鮮で前向きになれた経験をきっとお持ちでしょう。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員