寄稿


欲とハピネス

本荘 修二
本荘事務所 代表

新事業を中心に、経営コンサルティングを手掛ける。日米アジアの大企業、スタートアップ、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Global、Endeavor、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、エコシステムづくりに取り組む。厚生労働省・医療系ベンチャー振興推進会議座長、日本スタートアップ大賞審査委員。著書に『大企業のwebはなぜつまらないのか?』『エコシステム・マーケティング』他、訳書に『ザッポス伝説』他、連載に「垣根を越える力」等がある。

 ほとんどの人が幸福になりたいと思っているのに、それとは反対の方向に行動していることがまま見られます。これはどういうことなのでしょう?
 一つには、ハピネスと一致しない欲があげられます。
 欲に負けてアル中・ギャンブル中など健康や経済的に自らを痛めることもあります。快楽と幸福は異なるという指摘もありますが、意外とこの二つを取り違えてしまうことも珍しくありません。
 上記は分かりやすい例でしょうが、快楽とは異なる難しい欲があります。価値観やべき論、他と比べる相対界に囚われたこだわりなど、良い悪いとは言えませんが、ハピネスから外れてしまう厄介なものもあります。
 筆者のかつてのボス、CSK/セガ・グループを率いた大川功さんが、お兄さんの会計事務所を手伝っていた時に兄弟など身内の骨肉の争いを見た経験もあって、起業家は一代限りと肉親に継がせないポリシーを語っていました。家族仲良くやればハッピーなのにと思いますが、そういう不幸な例はあまた見受けられます。
 欲とハピネスの不一致について、さらに考えてみましょう。

成功・達成

 筆者がハピネスのワークショップを開いた時、ある広告業界で活躍した方に「ハピネス至上主義もいいが、達成主義もある」と指摘されたことがあります。言われた通り、成功・達成の追求、そのためには個人、そして家族も頑張り我慢するべしという空気が今の世には色濃くあります。食うに困れば稼ぐために仕方ないかもしれませんが、自分自身、そして家族とのつながりを犠牲にするのは、避けたいのではないでしょうか(もちろん達成に邁進された方のこれまでの人生をリスペクトしますが)。
 お金があるほど幸せという空気も濃厚ですが、(ノーベル経済学賞のアンガス・ディートン教授による米国での研究では)年収7.5万ドルで幸福度の上昇はほぼ頭打ちになり、それ以上稼いでも横ばいです(日本での別の研究では1,100万円でほぼ横ばいに)。お金の出現により人の行動が激変したという研究もありますが、ハピネスに向かってでなく、お金を得るという達成がその目的となっていることがしばしばです。

見栄・承認

 また、見栄を張る欲にはしばしば閉口しますが、いい格好したい人が多いのが実情です。そして承認の欲求はより根源的であり、個人の心の問題にも関係します。
 ある女性は親に「ブス」と言われたことが心に残り、幾度も整形手術を受けたといいます。また、子どものころ、父親が認めてくれなかった人は、ビジネスで成功して周りから認められているのに、承認欲求を止めずにいられないようです。
 このように、欲は空気に左右される一方で、実に個人的なものでもあります。そして、ハピネスに向かうものではないことが少なくなく、それどころかハピネスの反対の行動となることもあります。英国の人気バンド Dead or Aliveの故ピート・バーンズ氏は300回以上整形手術をしましたが、かつての美貌が崩れ去った顔は衝撃的でした。

ウェルビーイング騒ぎの前に

 「企業の目的はウェルビーイングだ」とか言われても空虚に聞こえることもあります。特に日本企業は社員エンゲージメントで主要国中最下位であり、心は会社と共にないでしょう。男性育休の制度は世界最高、取得率は最低レベルと、厳しい現実があり、改善の余地が大きいと言えます。
 そもそも、自分自身を大切にせずして何も始まりません。しかし、承認・見栄が先に立ち、そのために達成・成功に邁進するのがよくあるパターンかと。
 筆者がよく使うモデル(下図)は、I love me → I love you → You love meのサイクルです。まず自分、そして家族はじめ人とのつながり。これを置き去りにしがちなのが今の日本社会ではないでしょうか。自分を認めてくれ(You love me)から始めても、サイクルは回りません。

幸福論を超えて、欲とつき合う

 しかし、あまた言われる幸福論だけではうまくいきません。家庭について考えてみましょう。夫婦は異なる2人の営みであり、小さな達成の繰り返しからつながりが醸成されます。また、ジェットコースターのように揺れて進む子育てでは幸福度も下がったり揺れたりしながらで上昇するわけではありません。苦労と乗り越え、努力と泣き笑いの後に、家族としてのつながりが作られ、ハピネスが得られます。
 また、おいしいものを食べたり、生活の質の要素としての快楽も必要であり、否定せず大事にしたいものです。難しい問題は、気づかぬうちに欲に支配されることです。植え付けられているものや縛られている(過去に囚われ等)ものから自由になった、自律した欲へと自分を導くことができればもっとハピネスに近づくのではないでしょうか。
 筆者もお金があり過ぎるとかえって不幸になる例を目にして、直感的にお金に縛られ過ぎるなと自戒していましたが、科学的な研究結果などを知って、さらに心おだやかにお金と付き合うことができるようになりました。
 本モデルのような基本的なものの捉え方を身に付けた上で、このような知と触れることで、生きるための知恵としたいものです。そして、生き方は自分で選べると気づくことです。もちろん、自分の勝手には行きませんが、何かに囚われる必要はありません。そうすれば、少しは欲との付き合い方が上手になるかもしれません。もっとも、本当にハッピーな人は、自分がハッピーなのかと考えないし、こんな理屈は不要なのでしょうね。