寄稿


欲があることは、良くないことなのか。

吉田 けえな
コミュニケーター/コネクター

PR 会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。NYを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、情報収集能力を活かし、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、ブランドプロデュース、内装プランニング、パーソナルスタイリングなど多岐にわたり、活動中。

マーケティングと欲

 マーケティングは人々の様々な欲望を理解し、それに応じた商品やサービスを提供したり、時には欲望を刺激したり喚起させたりすることで、消費を加速させる一端を担っていて、欲とは切っても切り離せない存在である。欲は一般的に良くないとされがちだが、本当にそうなのか考えてみた。

子どもと欲

 幼い子どもと触れ合うと、食べたい、眠い、欲しいといった自分の欲求に正直で驚くことがある。子どもだから当たり前のことなのだが、長年、ほぼ大人だけのコミュニティにいるといつしか自分の欲求を人前で表現しなくなるので、その素直さを微笑ましく思う。大人へと成長し社会生活を営むようになる過程で、欲求を我慢することを学んだり、欲があることは良くないことだと家庭や学校などで教えられたりするため、欲求を隠すことを覚えるからだろう。

種の存続のために必要な欲

 人間の、いわゆる三大欲求と呼ばれるものは、食欲、睡眠欲、性欲と言われているが、これは人間のみが持つものではなく、動物も本能的に持っているものである。これらの欲求が満たされることで、個体は生存し、種の継続が保たれていると考えられている。そう考えると、欲とは生きるために必要不可欠なものではないだろうか。

社会秩序を保つための禁欲

 欲があることは、なぜ良くないとされてきたのか。仏教やキリスト教をはじめとする多くの宗教では禁欲や清貧であることがあるべき姿であり、善であるとされる。これは人間各々の欲が過剰になった場合、社会秩序が乱れることへの危惧から生まれるものだろう。確かに、欲を持つことは良くないと言われる現在でも世界中で様々な事件は起こり、戦争も起こっている状況である。誰も彼もが自らの欲望のままに、倫理観を無視し、社会的責任を果たさず、他者を顧みずに行動する無秩序な状況になると、多くの問題や事件がそこら中で勃発することは容易に想像できる。

社会や経済、科学の発展と欲

 一方で、欲があるからこそ、社会や経済、科学の発展に繋がっていることは紛れもない事実である。これはキリスト教の一派で、アメリカやカナダに居住し、現代社会の生活様式や技術から意図的に距離を置くアーミッシュの生活様式と、今の日本の生活を比較してみると明らかだろう。どちらがあるべき姿として正しいかという判断はここでは一旦置いておくが、日本の不便が少ない生活様式は様々な欲の結果でもあると言えるだろう。現状より快適な暮らしを望むのはそれぞれの欲があるからこそで、その解決手段として科学的な研究や応用が行われてきた例も多い。これは欲が上手に活用されてきた結果だろう。

欲のコントロールと適切な使い方

 欲=良くないこととこれまで考えられ、教えられてきたが、欲=悪ではなく、いかにコントロールするか、自分自身の欲求の実現だけに走らないことが重要なのではないだろうか。何事もバランスや使い方次第なのである。現代の日本では欲を持つことは良くないと教えこまれてきた期間が長く、欲から生まれるエネルギーが足りないように感じる。夢を持てと言われる一方で、叶いそうにない夢を追いかける時に原動力となるエネルギー、その源となる欲求を持たないように努める、もしくは蓋をしようとしているのではないだろうか。だが、欲とは適切に扱えば、大きなエネルギーになるのではないだろうか。これはコンプレックスや逆境にも同様のことが言える。

バランス感覚を身につける

 禁欲したり、正しさを求められる社会だからこそ、時に逆の側面に振りきれてしまうこともあるように思う。例えば、迷惑系YouTuberと呼ばれる配信者や炎上する動画のように、人に迷惑をかけることを面白いと感じる人がある一定数いることなどもそういった反動のように感じる。人間が持つ様々な欲求自体を制限することよりも、バランスの取り方を身につけるよう教えることや自分の利益だけではなく、利他の心を持つことや他者への想像力を養うことこそが大事だと感じる。
 バランス感覚や想像力、創造力を身につける、養うということは、欲のコントロールに限らず、多様化した現代で生き残っていく術でもあるだろう。中にはアーティストのように、あえてバランスを取らずに振り切る道もあると思うが、それは一般的には多くはないと思うので、今回は割愛する。
 アート思考がもてはやされており、アート感覚を身につけることが経営者の嗜みのように言われているが、アート思考から得られる重要な点は、想像力と創造力を養うことにあるのではないだろうか。欲をエネルギーに変換し、バランス感覚とソウゾウ力をいかして、日本の魅力を世界に発信していきたい。