第18回 
生成AIと新しさ①   

Something New

 私たちの日々のオフィスワークにおいて、AIは欠かせないものになっています。業務の効率化や品質の向上、顧客の購買履歴や行動データの分析・洞察、会議の効率化と情報共有、顧客対応の自動化など、今ではさまざまなビジネスシーンにおいてAIが日常的に使用されています。『情報通信白書』(令和6年版)によると、わが国のAIの市場規模は、2023年度6,858億7,300万円で、2028年度には2兆5,433億6,200万円規模に達すると予測される急成長を遂げています*1。このようなAIの急速な拡がりは、社会のあらゆる面のDX化*2の波と相まってビジネス社会のみならずさまざまな世界に拡がっています。

ノーベル賞を動かしたAI研究

 2024年度のノーベル賞受賞は、多くの驚きをもって迎えられました。ノーベル賞の中でも伝統ある物理学賞に、今日のAI発展に大きく寄与した「人工ニューラルネットワーク(人間の脳内にある神経回路網を模した数理モデル)」研究のジョン・ホップフィールド氏、「ディープラーニング(深層学習)」の技術を開発したジェフリー・ヒントン氏が受賞しました。またノーベル賞の化学賞にも、同様にAI研究者が受賞しています。
 それまで単にツールとして見られていたAI研究分野での受賞に世界は驚く一方で、短期間で伝統的な学問分野と肩を並べるまでに発展したことに対し感慨をもって迎えられました。世界の眼は、現代社会のあらゆる面で大きく貢献するAI開発、特にその道を切り開いた先駆者たちへの高い評価と賞賛に向けられたのです。 
 ジョン・マッカーシーにより1956年に初めて「AI」という言葉が誕生して現在までに、3回のAIブームが起きています。当初は限定されたルールの中でしか動作できませんでしたが、現在の第3次AIブームでは大量のデータをコンピューター自ら学習するアプローチとなり飛躍的に進化しています。特に現在主流となった生成AIの登場により、専門的知識がなくても新たなコンテンツを創り出せるようになったことも画期的なことです。生成AIは人の脳の活動をモデルとしながらそれに近づき、再現が難しいとされてきた脳内の「閃きやアイデア」といった創造性のシミュレーションも現実味を帯びてきています。

DXジェネレーションとAIの未来

 急速なAIの拡がりとDX化の波の中で注目すべき分野の一つが、次なるデジタル世代を育てる「教育」分野のDX化です。2019年に「GIGAスクール構想」として文部科学省により開始されたこの取り組みは、全国の児童・生徒に一人1台のデジタル端末と高速ネットワークを整備する取り組みです。小学生段階からタブレットやPCを使いこなすICTスキルを身につけた児童たちは、既に第2期に入った「NEXT GIGA構想」の現在においては、デジタル教科書や生成AIを自在に活用して、アナログ時代とは比べものにならないほどの多角的な情報の吸収、より深みのある理解力の獲得、自ら創作したコンテンツの表現など多くの成果が出ています。
 児童たちは知識・教養面といった社会的枠組みから世代的に自由な発達段階にあり、その素質や才能もとても柔軟なものです。児童たちのこの自由な発想、空想力、創造力、好奇心といった内面のイメージや情報も、現在ではAIを使って外部に可視化しアウトプットすることが可能となってきました。例えばAIと対話しながら塗り絵を一緒に創りあげる*3、児童の空想したものをAIによってビジュアル化する*4といったようなさまざまなチャレンジがすでに行われています。
 DX教育の下で小学生段階からAIを使いこなす児童たちは、かつてのどの世代よりも新たな創造的コンテンツや「新しい何か(Something New)」を主体的に生み出す能力とスキルを身につけた世代として、今後大いに期待されます。いわば新たなDXジェネレーションの登場です。

生成AIが生みだす“新しさ”

 DX教育では対話型AIをはじめとして、さまざまなタイプの生成AIが用いられています。それらは多くの場合に単に「AI」という表現で括られる場合もありますが、厳密には両者は異なります。従来のAIが前もって学習したデータの範囲内で判断、判定、決定し、データ分析やパターン認識などの“分析”を主体としているのに対して、生成AIではこれら分析に加えて新たにテキスト、画像、動画、音声などのコンテンツを「創造」できる点が大きく異なります。つまり新たなコンテンツをゼロから創り出す魅力があり、これが多くのユーザーに支持されている大きな理由ともなっています。
 「新しい何か(Something New)」「新しい見方・考え方」という本稿のテーマから見た場合に、人間の指示一つで見たことも経験したこともないような画像、動画、音声などを自在に生み出す生成AIには期待が膨らみます。みなさんもアイデア出しや企画案づくりなどで、関連資料の収集、読み込み、分類、そこからのサジェスションなど、日常的に生成AIを活用されていることでしょう。
 人の脳の神経細胞(ニューロン)を模したモデルのニューラルネットワークは、コンピューターの進化により可能となった膨大なデータ(ビッグデータ)の中から、AI自らがそれらの特徴や関係性を抽出し学習する「ディープラーニング(深層学習)」の機能によりかつて例を見ないほど高機能になっています。その結果AIは、ますます人間の脳に近づきSomething New的な閃きや新しい何かを生みだす可能性をも期待できるようになりました。

生成AIとソクラテス問答法

 第1次、第2次ブームのAIが集計、計算、分析といった「ツール」として使用されていたのに対して、現在の第3次ブームの主役である生成AIは、ユーザーにとって「相談相手」ともいうべき存在へと関係性が変わってきています。特に2022年のChatGPTの登場以来、この傾向は顕著になっています。従来のAIがユーザーの指示に答えるという一方通行的で上下関係の縦のコミュニケーションであったのに対して、対話型は双方向的で横のコミュニケーションとなり、一段と人と人の対面の会話に近いものになっています。
 対話型AIでは、ユーザーが漠然と考えていることをAIとやり取りを通してより具体的なイメージを構築したり、求めている解が閃いたりということも起こりえます。これは誰かと話をしている時にふと閃くといった、外部からトリガーとなる刺激として着想を得る(第8回 閃くシーンとは②-着想からの視点-)シーンと共通するものです。
 誰かと話をしていると自分の考えがより洗練された方向に導かれたり、あるいは思いもよらなかった新しい考え方や閃きが生まれたりするコミュニケーションを、コミュニケーション論ではソクラテス問答法あるいは「産婆術(マイエウティケー)」と呼ばれています。古くはソクラテスによって発展された対話技法とされています。
 ChatGPTの登場以来、対話型AIが急速に進化してきたとは言え、リアルな人の対話に達するレベルにはまだ完全には至っていません。閃きやアイデア創出にも繋がるソクラテス問答法のようなコミュニケーション技法には、論理的な質疑応答のやり取りのみならず、リアルな人の会話のように「無駄話」や「雑談」といった迂回コミュニケーションも必要となってきます。
 人は話をしている時にテーマとは異なるお喋りや話題などを通して、話相手の温かみや人柄などを感じるという感情的・情緒的側面も持ちあわせています。それらの側面を通して場が和み、リラックスした雰囲気の中でコミュニケーションが促進され、閃きやアイデアのヒントや気づきが生まれることが多々あります。
 人と話していると見まがうほどリアルにAIと議論しながら、たまたま趣味の雑談も飛び出し盛り上がった時に突然アイデアが閃く、といったことも決して夢物語ではありません。リアルな人との会話のような質疑応答のコミュニケーションができ、さらに無駄話や雑談までできる対話型AIの登場もそう遠くないかもしれません。

<参照文献>
*1.『令和6年版 情報通信白書』 総務省 2024年
*2.経済産業省はDX(Digital Transformation)を以下のように定義しています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとIT技術を活用して、顧客のニーズをもとに、製品、サービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を改革し、競争上の優位性を確立すること」 経済産業省「DX推進ガイドライン Ver.1.0」 2018年

*3.「塗り絵をAIと作る新サービス 子どもに創造力と好奇心を」 電波新聞Denpa Digital 2025年4月22日
*4.「生成AIで子どもの空想をビジュアル化!?
   「AI LOVE YOU展」で子どもたちの無限の
    空想力を引き出してみた」
    2025/6/4 ウェッブ電通報 9289
    https://dentsu-ho.com/articles/9289

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員