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寺地 祐太 氏
楽天グループ株式会社 マーケティングディビジョン
グループマーケティング統括部 ディレクター
少し前に高校生や大学生といった若い世代の方々と直接話す機会に恵まれました。その会話の中で、私たちは学生を含めた若年層に向けた広告やコミュニケーションがまったく届いていないという実感を持ちました。どれだけ丁寧にサービスをつくっても、どれだけ魅力的な広告を出稿しても、企業としての存在や思想が伝わっていない。この“届かなさ”こそが、今あらためて企業と人、特に学生を含む若年層との関係性を問い直すきっかけになっています。
楽天グループは、モバイル、EC、Fintech、エンタメなど70以上のサービスを提供しており、これらの多様なサービスを楽天会員を中心としたメンバーシップで有機的に結び付けることにより、「楽天エコシステム(経済圏)」という独自のビジネスモデルを構築しています。しかし、学生にヒアリングしてみると「楽天って何をしている会社なんですか?」という問いが返ってきます。楽天という言葉は知っている、個別のサービスは知っていても、それらのつながりや背後にある“企業の存在”はほとんど意識されていません。
これは楽天に限った話ではなく、今の若年層に共通する“認知の構造変化”だと感じています。特にZ世代・α世代にとっては、企業情報に自らアクセスしようとする機会はほとんどなく、偶然出会う“レコメンドされた文脈”にしか存在できないのが現状です。(偶然と言ってもフィルターバブルの中の計算された偶然ですが)。
こうした状況に対する危機感から、私たちは社内で “若年層チーム(YouthEcoチーム)”のあり方を見直しました。従来「楽天学割」として若年層向けプログラムを提供していたチームの名称を今年の4月に「若年層エコシステムアクティベーションチーム」へと改め、そのミッションを抜本的に再定義しました。
今までは「楽天学割」というプログラムを成長させることをミッションにしてきましたが、これからは「楽天エコシステム」全体における若年層を増やし活性化していく必要があると考えたからです。出発点にあったのは、「今のままでは何も届いていないのではないか?」という問いでした。
その活動の一環として、昭和女子大学現代教養学科の学生の皆さんと共にZ世代の行動様式や購買行動等を深く掘り下げながら、Z世代に向けた新たなサービスデザインの構想に取り組むプロジェクトの過程そのものが、私たちにとって非常に貴重な経験となっています。広告を出稿する側の視点では見えなかったリアルな声や感覚に触れ、現状の“認知のズレ”をより立体的に捉えるきっかけとなっています。
現在のYouthEcoチームは、比較的若いメンバーを中心に構成されています。若年層をターゲットにした取り組みを進めていくうえで、近い感性や生活者視点を持つメンバー同士で議論することが重要だと考えているからです。同時に、新卒・中途の両方の出身者がおり、これまでのキャリアも営業、広告、ソーシャルメディア、Webディレクターなど多様な分野にまたがっていて、異なる視点が混ざり合うことでチームの厚みを支えています。
このチームが今、学生との対話や調査を通じて、“共感されうる企業の像”や“共鳴しうる問いの在りか”を明らかにしていこうとしています。 まだ道半ばではありますが、今回の昭和女子大学の皆さんとの取り組みを通じてすでにこの世代のリアルな声を直接聞くことができ始めています。ここから「なぜ楽天である必要があるのか?」といった“問い”を軸にしたストーリーテリングを考えていけると良いと思っています。企業が一方的に答えを発信するのではなく、どんな問いを持ち、どんな姿勢で社会と向き合っているのかを開示することが、今後ますます重要になっていくと感じています。
ここで言う “企業の問い” とは、 単なるスローガンや理念ではありません。 たとえば楽天には 「イノベーションを通じて人々と社会をエンパワーメントする」というミッションがありますが、これはあくまで“答え”の部分だと考えています。
その背後には、
といった、企業が自らに投げかける“問い”が存在しています。 つまり、ミッション・ビジョン・戦略の根底には、企業なりの視座や問題意識=“問い”があるはずなのです。
若者たちは、“企業の答え”よりも“企業の問い”に共感するのではないか──。「なぜそれをやっているのか?」、「その問いは、自分の関心や違和感とつながっているか?」。そうした“問い”が交差したとき、はじめて企業は「発見される存在」になりうると考えています。
AIが生活に深く浸透し、情報のレコメンドがますます高度に最適化されていく時代において、企業と人との出会い方にも大きな変化が生まれています。ユーザーは、自分に合う情報しか届かない世界を生きており、“偶然の出会い”や“想定外の発見”は減少の一途をたどっています。そんな中で、企業としてどう「見つけてもらうか」ではなく、どう「自然に現れるか」という問いが、今ますます重要になっています。
今の若者は、企業を“探して”くれません。検索もしないし、広告にも構えてしまう。だからこそ、企業がどんな場面で、どんな文脈で“出会われる存在”になるかをデザインすることが、私たちの大きな課題となっています。しかもそのとき問われるのは、企業の語る「言葉」よりも「ふるまい」です。 「言っていることと、やっていることが一致しているか?」、「日々の活動に、一貫した想いが宿っているか?」。こうした視点で見たとき、企業の“らしさ”とは、広告コピーではなく、行動の積み重ねの中ににじみ出てくるものだと思うのです。
だからこそ、広告だけでなく、プロダクト、サービス、社内文化、発信の仕方にいたるまで、私たちは「気づかれ方」と「ふるまいの一貫性」を整え続けなければなりません。それが若年層に限らず、これからのあらゆる世代との出会い方を決定づけていくのだと感じています。
“認知距離”とは、単なる情報の量や広告接触頻度の差ではありません。それは「共有している問いの有無」の距離です。
企業がどんな問いを持っているか。なぜその問いに取り組んでいるのか。どんな未来を描こうとしているのか。 それらが、学生自身の興味や不安と交差したとき、企業は“発見”され、“共感”され、“選ばれる”。
広告だけでは、もう伝わらない。だからこそ、これからは“感じてもらう企業”になるための調整を、一歩ずつ始めていこうとしています。
寺地 祐太(てらち ゆうた)氏
楽天グループ株式会社 マーケティングディビジョン
グループマーケティング統括部 ディレクター
1997年、学習院大学卒業。同年、日本電信電話株式会社に入社。2006年、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社に転じ、デジタルサービスやリテールセールス等を経て、商品部門のマーケティング責任者およびEC事業責任者を歴任。2020年、楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)に入社し、グループ全体のマーケティング戦略・施策を推進。2023年からは部門人事も担当。
昭和女子大学人間社会学部現代教養学科の3年見山ゼミでは、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会さんと連携し、Z世代の広告の捉え方に関する研究を行っています。昨年度は、Z世代の広告に対する接し方や感情を分析し、Z世代は「広告」を「好きか嫌いか」ではなく、「好きか不快か」で情報処理をしていることが考察されました。ここから得られた示唆は、「嫌い」は対象に対する評価的な感情であるのに対し、「不快」は感覚的、生理的な拒否反応であるということです。広告に対する不快感は、広告の内容のみならず、視聴中のコンテンツのストーリーを遮るようなタイミングの悪さなどにも向けられます。このような不快な広告への対処法は、広告自体を見ないよう別のことをしたり、課金して広告が流れないようにしたりするなど、広告の存在そのものを消すことです。実際に、学生に印象に残る企業や商品の広告を尋ねても、不快と感じる広告の方が多く挙げられます。広告の役割や存在自体が問われる、厳しい状況を示す一例だと思います。
そして今年度は、昨年度の研究を一歩進める形で、Z世代の学生自身に、自らの購買行動を観察してもらい、意識的な行動のみならず、無意識下での行動からもたらされる感情や情報処理を客観的に考察するとともに、企業が発信する広告が購買行動にどのような影響を与えているのかについての研究を進めています。本稿では、7月に日本アドバタイザーズ協会さんで行った2025年度前期の研究発表の内容を紹介したいと思います。
なお、本研究はあくまでも研究の起点となる仮説をつくる目的で行われたものであること。そして女子大学の学生の購買行動観察で、男子学生は現時点では研究対象としていない点にはご留意いただければと思います。女子大学生の、女子大学生による、女子大学生の購買行動に普段接する機会がないマーケターの皆さんにとっては、普段とは少しだけ違う視点に触れられる機会になるのではないかと思います。
<研究について>
<研究プロセス>
今回の研究では、メイクアップ商品だけでなく、美容液、パックなど顔に使われるスキンケア商品を含めて化粧品と定義しました。その理由は、SNSの投稿では、スキンケア商品もメイクアップ商品と同じように扱われ、紹介されていることが挙げられます。
実際の購買行動の①認知から興味・関心を持つに至った経緯では、SNSの投稿を含む口コミ、ランキングなどのネット情報が真っ先にあがりました。ただし、ここでの留意点は、学生が求める情報は企業関係者以外の第三者からの客観的な情報であり、企業色がにじみ出ている情報は排除されるということです。そして、②検討ポイントでは、そもそも「良い情報(加点方式)と、悪い情報(減点方式)のどちらを重視するのか?」ということが議論されました。
加点方式で見る場合は、「興味があり、好きなブランドであればあるほど良い情報を優先したい」、「買いたい気持ちがあるので、自分を納得させられる情報が欲しい」との意見が出されました。逆に減点方式で見る場合は、 「買うか買わないかのギリギリのラインにあるケース」 や 「迷っている時にマイナス情報を見てあきらめる」などの意見があがりました。そして、どちらのケースが多いかについては、減点方式で見る学生が大半を占めました。フィルターバブルの中にあって、同じSNS上でテーマやコミュニティごとに分けて複数アカウントを持つ今の学生は、購買行動において、マイナス情報にも意識的に触れていることが考察されました。
学生が自分自身の購買行動を振り返る中で、 自分自身が商品の提供価値を認め、 受け入れる 「認知」には、2つのタイプがあることが明らかになりました。
1つ目は、商品そのものの提供価値を受け入れ、納得する認知タイプで、これを見山ゼミでは「信用認知」と定義しました。2つ目は、人に由来するもので、商品に対する他者の価値観や評価を受け入れ、納得する認知タイプで、これを「信頼認知」と定義しました。
実際に、学生の購買行動を観察、分析したところ、化粧品のケースでは、その商品が自分の肌や自身が持つイメージに合っているのか、という商品そのものに対する「信用認知」のプロセスを経た後に、購買の仮検討プロセスに入ります。その後、インフルエンサーの情報など企業以外の信頼できる第三者の商品に対する価値観や評価に触れ、その情報に納得し、受け入れる「信頼認知」を経て本検討のプロセスへと進みます。なお、この「信頼認知」は、人から得られるものであることから、ビューティコンサルタントやドラッグストアの店員などからも得ることが可能です。その後、店舗購買のケースでは、試用を経て確信し、③実際の購買行動へと繋がることが観察されました(図1)。
前提条件の整理の中で、化粧品は自分の肌の質や自分の思い描くイメージに合っているかという「自分軸」が商品選択の前提にある一方で、ファッション(服)は、「人からどう見られるか」という見え方重視の「他者軸」が前提にあるということが相違点として挙げられました。この点から、ファッション(服)の購買行動分析においては、トップスやボトムスなど、他者から見えるものを中心に学生自身の購買行動の観察を進めていきました。
その結果、①認知から興味・関心を持つに至った経緯は、化粧品と同様にSNSの投稿を含む口コミ、ランキングなどのネット情報が真っ先にあがりました。一方、化粧品と異なる②検討ポイントとしては、身近な人からの口コミ情報や、インフルエンサーが実際に着用している写真を自分自身が客観的な視点から評価し、化粧品よりも早い段階で仮検討の段階に進むことが観察されました。そして、他者の評価視点と自分自身の評価視点の掛け合わせにより、納得、信頼できる情報として処理されれば、そのまま「信頼認知」へと繋がります。
つまり、化粧品の購買行動が、商品そのものに対する「信用認知」から、他者の評価、価値観を受け入れる「信頼認知」を経て購買行動に繋がったのに対し、ファッション(服)の場合は、自分や企業以外の第三者が発信する客観的な情報の価値観に納得し、 それを受け入れるという 「信頼認知」が、商品そのものの価値を受け入れる「信用認知」よりも先に訪れるのではないか、という違いが観察されました。
そして、ファッション(服)の購買行動において「信頼認知」の後に訪れる「信用認知」が何か、を考えていく中で挙げられたのが、様々な角度からの商品の写真、サイズや原材料、素材感が細かく明記されていることなど、商品そのものに関する情報の他、返品や交換などの保証、サービス展開なども対象になることが挙げられました。このようにファッション(服)の購買行動分析においては、仮検討の後、第三者の価値観や評価を受け入れ、納得する「信頼認知」⇒商品情報やサービス展開など、企業からの提供価値を受け入れる「信用認知」⇒購買の本検討による確信を経て⇒③実際の購買行動へと繋がることが観察されました。
また、服のケースでは、オンライン購入のケースでも返品や交換が比較的容易であることから、購入後の試着プロセスを経て、最終的な購買が確定するということが興味深い特徴として挙げられました。学生からは、返品や交換の容易さが、服の購買においてオンラインが多いことに繋がっているとの意見が多く出されました。そして、実際に購入した服に対する満足感を得たときに、服そのものだけでなく、服のオンラインサイトや、ブランドに対する「信頼認知」が芽生え、次の購買へと繋がる好循環が生まれることが考察されました(図2)。
女子大学生の化粧品とファッション(服)の購買行動分析から明らかになったことは、商品そのものの提供価値を受け入れ、納得する「信用認知」と、人由来で、企業以外の第三者が発信する商品に対する客観的な価値観や評価に納得し、それを受け入れる「信頼認知」という2つのタイプの認知が合わさって購買行動に影響を与える、ということです。
では、この2つのタイプの認知に企業はどのように関与できるのか、そのことについても学生に話し合ってもらいました。
商品そのものの価値観の中で、企業の主観を排除した情報、具体的には原材料や素材、価格などの情報は、企業が発信する情報の中でも客観性がしっかり担保されていれば、学生の「信用認知」を得ることが可能です。しかし、そもそも企業以外の第三者の価値観や評価を受け入れることで芽生える「信頼認知」に、当事者である企業が影響を与えることはかなり難易度が高そうです。
ここにおいて、ファッション(服)のケースで示された、商品に対する「信用認知」の前にあらわれる、インフルエンサーが実際に着用している写真を自分自身が客観的な視点から評価すること、つまり第三者の評価視点と自分自身の評価視点の掛け合わせにより、納得、信頼できる情報として処理されれば「信頼認知」へと繋がるという観察ポイントには何らかのヒントがありそうです。
この意味において、ストーリー展開で利用シーン(コト)を強調し、商品(モノ)をストーリーの途中であまり意識させない企業広告や商品広告は、企業が「信頼認知」に影響を与えることができるアプローチかも知れません。なお、学生視点から、企業が学生の「信頼認知」に働きかける広告として提案されたのが、手書きPOPでした。これは、企業のキャッチコピーは主観的で嘘っぽく聞こえるが、実際に使用経験がある店員さんや購入者のレビューの方がより客観的で信頼できること。そして、手書きの方が書いた人の人柄や思いを直接的に感じることができ、親しみが生まれるという自分たちの体験から導き出されたものです。
Z世代の女子大学生の、女子大学生による、女子大学生の購買行動の観察、分析結果を踏まえ、今後、企業が学生との主観的な距離感である 「認知距離」 を縮めていくためには、学生の 「信頼認知」にどのように働きかけていくことができるか、ということが重要であることが考察されました(図3)。
広告は、情報の出し手である企業が、情報の受け手である消費者(本稿においてはZ世代の女子大学生)に届けたい意図と、情報の受け手の影響(購買行動に繋がる行動変容)の相互作用によって意味を持ちます。私が学生だったバブル経済期は、テレビや新聞、ラジオなど限定的なメディアから発信される情報を一方向で無意識に受け取っていました。そのため、企業の意図は反映しやすく、情報の受け手も無意識に情報を「信用」していたと思います。
しかし、今の時代はインターネットやSNS等の発展により、情報の伝送路であるメディアが、従来の情報の受け手にも解放され、学生を含めた個人が情報を自由に発信できるようになりました。このことにより、広告情報は従来の発信者である企業から、受け手側の消費者が主導権を持つようになったとも言えます。企業が従来の手法で情報を送ったところで、学生が関心を持たない限り、情報は認知されることなく、スルーされてしまいます。
ここまで記した通り、認知には、商品そのものの提供価値を受け入れ、納得する「信用認知」と、人に由来する、他者の価値観や評価を受け入れ、納得する「信頼認知」があり、購買行動を促すためには、これら2つのタイプの認知を満たす必要があります。
この2つの認知タイプのうち、特に学生に寄り添うような形で興味、関心を促し、購買行動に繋がるものが、人由来の「信頼認知」です。「信頼認知」を得るためには、化粧品のケースでは、ビューティコンサルタントや店舗スタッフの接客による共感や実体験というアナログ価値の再認識が、またファッション(服)のケースでは、利用シーンなどコト消費の志向が「信頼認知」を促進させることが考察されました(図4、図5)。
冒頭でも記した通り、本研究はあくまでも研究の起点となる仮説をつくる目的で行われたものに過ぎません。今後の研究では、より多くの学生の意見や視点を取り入れるとともに、企業との対話を重ねることで、更に研究の解像度を高めていきたいと思います。学生に寄り添い、行動観察をすることから見えてくるものは、本当に興味深いものばかりです。本研究に興味、関心のある企業関係者の方はぜひ、ご連絡ください。
以 上
社会全体をフィールドに「影響領域」の情報である様々な社会課題や、「関心領域」の情報である世の中の様々な事象の背景や、両者の繋がり、関係性を探求するゼミ。研究に際しては、学生自身の興味・関心を誘発する様々な経験、体験という一次情報の蓄積がより重要であると考え、3年次には主に企業等と連携したプロジェクトを中心にした活動を実施し、4年次には3年次に蓄積された各人の一次情報をベースに先行研究の分析と客観的な考察を加え、卒業論文を執筆する。なお、本稿は、今年度(2025年度)前期に行った3年見山ゼミの研究成果をまとめたもの。
─2025年度3年見山ゼミメンバー(12名)─
(ゼミ長)富所遥香、(副ゼミ長)水澤紀佳、宮城梨花、玉川葵泉
酒井響、石井碧、粟井仁香、石田茉紘、大川玲奈、関根優那、田邊奈津、長友理咲
人口減少時代に受験生集めや経営難に悩む大学が地方の私立大学の中小規模校に多数出現しているというニュースが最近よく目に付く。かなりの規模の伝統のある女子大の中にも共学化や募集停止などいろいろな動きがあり対応策も注目されている。
将来の人口減→入学志願者減で其の存在が問われているのはなにも大学だけではない。地方の中小企業の多くもその存在を根本から問われ苦闘している。人口減少→人手不足と健康寿命→高齢化は今やあらゆる組織活動に革新と変革を余儀なくさせる神の手となりつつある。
私立大学は学校法人が評議会、理事会組織を構成し大学を運営、単純に言えば学校法人は所得税、固定資産税は原則免除、利益配分→配当の義務がない。顧客としての学生はテストのうえ受け入れる。授業料→代金は先取り、掛け値なし。学位授与権が無言の影響力となり教育現場で作用する。各種の補助金が受けられる。大学経営をビジネスモデルとしてとらえると誠にうらやましいモデルで今どきこんなビジネスモデルがあったのかという人もいるのではないか。
人口減少の視点から見ると確かに地方の中小規模大学の先行きは誠に厳しい。しかしどうか。先述の通り地方の中小企業の中にも人口減少、顧客の変化に苦しみ生存が危ぶまれているところはたくさんある。
大学をビジネスモデルとしてとらえれば大学のほうが遥かに恵まれた環境下にあるといってよい。大学は大きな脳集団、シンクタンクで、経営学、マーケティング、会計学の学者も抱えているところが多く,最高の知見、情報で変化に対応できる組織だ。
企業では生き残りをかけた戦略論、マーケティングのアプローチが経営の場にすぐに登場する。革新、イノベーション、創造、チャレンジを口にする大学人は自分たちの大学の今後をどう考えているのだろうか。
地方の大学は地域の頭脳労働者の組織でもあり、地域社会に情報・知識とともに地域発展に不可欠な人材を育成、供給する一大源泉。地域社会に教職員が支払う住民税、消費税や多くの経済的支出活動も馬鹿にならない影響力を持つ。
地域再生には産業の高付加価値化が必要だが、それに貢献する大学卒の人材は不可欠。多くの地方の中小大学の誕生には地域に必要な人材育成、地域の活性化を願った地域人の思いが働いていた。中小大学はなくなれば地域社会の人材育成、供給が弱体化し地域産業社会は目に見えて弱体化する。
地方の小規模大学を取り巻く環境変化には地域発展に必要な知識、情報に加えて、地域社会で叫ばれているリカレント、リスキル教育、IT、AIの活用教育、専門的職業資格教育や教育の国際化の必要性が叫ばれ、新しい教育需要の芽生えが多々見いだされる。高齢者層の教養教育熱に応えた市民大学の誕生、インターナショナルスクールやフリースクール、日本語学校の新設、外国大学との進出や連携、外国キャンパスの設置など新しい教育事業計画をいろいろと耳にする。
AIの出現は大学教育自体をどう変化させるか。AI時代に価値ある人材を大学はどのように育てるのか。
地方の中小規模大学が今直面する問題は生存が問われる難局ではなく新しい発展の好機に面しているととらえ、大学経営者は大学そのものの役割、存在にもメスを入れるなど発想の根本的な転換を行い、新発展戦略の構築、展開が求められていると考えるべきではないか。
会社経営者はどうするか。顧客の減少、市場の変化で売り上げ収入が減少すればこれを補うべく、新製品、新技術、新事業、新マーケットの開発で新たな発展に組織全体が腕を振るう。
学校法人の経営者は、大学を地域発展に資する公器としてとらえ大学の経営革新、新型教育事業に積極的に乗り出し入学者減による収入を補う。新しい教育哲学、革新的な教育法の開発を行い、全国あるいは諸外国からの入学者を魅了する。偏差値、ランク付け文化から脱却し、未来志向で地域社会の発展に貢献する革新的な人材育成教育を実現する新しい大学づくりのチャンスが到来したのだ。
マーケティング学者、経営学者、社会学者、教育学者の出番ですよとも言いたい。革新的な教育の需要創造の提案がマーケティング学者から出てこないものか。新しい中小大学を創造し、知名度、イメージ革新、その大学に行きたくなるような広報活動に知恵とノウハウを経営者に提供し学生募集に成果を上げたなどの報道も聞きたいもの。
大学は紺屋の白袴のそしりを受けかねない。大学経営にもいまや起業家精神が求められている。マーケターの知恵も不可欠だ。
Text 大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 特別教授