第19回(最終回) 
生成AIと新しさ②
-Something Newを感じる時- 

Something New

 私たちがふとした機会に経験する「Something New(新しい何か)」とは、閃きやアイデアであり、新しい考えや新しい見方と出会うことです。じつはこの「新しい何か」は、現代では日常的にさまざまなシーンで出現しています。

受動的新しさ

 私たちの周りには今までなかった「新しさ」にあふれています。例えばスマホとリンクするスマートウォッチのコンセプトは今ではスマートリング(指輪型のウェアラブルデバイス)へと進化して、あらゆる身体のバイタルチェックができるようになりました。初めて手にした時は、こんな小さいもので歩数、脈拍、血圧、睡眠時間やその質まで測定できることに驚いた方も多いかと思います。
 このような技術面のイノベーションもさることながら、ネット上のデジタル空間ではさらに私たちの想像を超えるスピードで新たなコンテンツやサービスが出現しています。その多くが生成AIをもとに発展してきたものです。これら技術革新によるハード面の進化や、ChatGPTなど生成AIによるデジタル空間での進化といった有形無形の「新しさ」が日常的に登場しており、いつのまにか私たちもその新しさにすっかり慣れてしまっています。自身の頭で新しさを創り出す、見つけ出す機会が今ではすっかり少なくなってきました。すなわち受身的、受動的新しさに日常的に慣れてしまって、能動的な新しさを生みだす機会が相対的に減少してきていると言えます。

代理脳の拡がり

 日常生活あるいはビジネスで何か不明なことがあったら、まずスマホやPCで検索するというのが今では当たり前となっています。確かに辞書や電子辞書など比べて、情報が常にup-to-dateされていて新鮮であるメリットや、そのユビキタス的*1な特性は身体の延長線上にあると言われるほど一体化して便利なものです。
 しかしここで注目したい点は、自ら考えて問題点を探し出す、解答を導き出すという機会がめっきり減少してきていることです。学生にレポート課題を出すと、まるで同じ内容のレポートがいくつも出てきたということがよく聞かれます。プロンプト(入力する指示や質問)が同じであれば、解答もほぼ同じ内容が瞬時に作成されます。またその解答の文体や構成にも共通した特徴があります。質問者の能力に関わらず問われた課題に対して型にはまった模範解答を提示するために、よく生成AIの解答には感動がないと言われます。
 今では生成AIが無ければ、レポート作成もままならない学生やビジネスマンが出現しているのが現実です。いわゆる自分の頭で思考する代わりに、生成AIに委ねるという「代理脳」が急速に広がっていることに注目して頂きたいと思います。

生成AIの拡がりと思考力の低下

 ビジネス界で盛んに用いられている生成AIは、今では義務教育段階の子どもたちから高等教育の大学生に至るまで積極的に使われるようになっています。さまざまな問いかけに対する解答を求めたり必要な情報を探したりする検索において、最近はAIによる解答という形式が一般的になってきました。その利便性や高速性などのメリットに慣れてくると、ユーザーは課題や新たな問いかけに面した時に反射的に利用するようになります。
 このような反射的に手元にある端末に頼る行動は、考える前に依存することにつながります。つまり考える前に頼ることで本来の思考力や創造力が低下する危惧が生じます。現に高校、大学の現場では、教員側から生徒・学生の生成AI利用による「思考力の低下」への懸念が指摘されています*2。同様の指摘はビジネス界でも見られます。AIを使う人の批判的思考能力の低下*3や、生成AIの台頭により「考える力」のない人材が増える*4といった指摘です。
 ユーザーにとっては便益が高いものの、このような本質的な問題-思考力の低下-といった損失の問題もあり、便益を最大限生かしながら損失を可能なかぎり小さくするあり方や方向性が今後求められることは言うまでもありません。特に閃きや新しいアイデアを生みだす創造的思考も、その土台となる思考力と共に低下している懸念があり、今後その対策も必要になってくるでしょう。

4段階説と生成AIのシミュレーション①(第1段階~第2段階) 

  人の固有の能力である「閃き」を生みだす力は、これから生成AIの進化によって果たして置きかえられるものとなるのでしょうか?あるいは生成AIが人に代わって「閃き」を生みだす創造性を得ることができるのでしょうか?ここでは閃きやアイデアのメカニズムを代表する「創造的思考の4段階説」を軸として、生成AIが4段階説のそれぞれの段階でどのようにシミュレーションが可能か否かを考えてみたいと思います。
 第1段階の「収集/試行段階」については、4段階説の中で最も生成AIの活躍が期待される段階と言えます。人知による膨大な知識、情報の収集には当然ながら限界があります。特定の課題に対する関連データを高速に瞬時に集めるのは生成AIの得意とするところです。むしろ、集めた無数のデータに適切な重み付けを行い、取捨選択することが重要となってきます。無駄で意味のないデータを多く集めるよりも、テーマに沿った高品質のデータの収集が求められます。ユーザーの求めに応じて、高品質データの「トップ10」などのフィルタリングの設定が有効になってくるでしょう。
 第2段階の「あたため段階(孵化期・培養期)」は、創造的試行の中で閃きを生みだす最も重要な土壌となる段階です。課題に対して可能な限り関連する知識や資料を集め(第1段階)、何度も何度も反芻はんすうしながら考え抜いて行き詰まってしまうインパス状態に陥って、一旦課題から離れる(タブララサ)。この離れている時間的経過の中で、あたかも卵をあたためるように素材となる知識やデータがあたためられる。すると思いもよらなかった新たな発想や閃きを得るチャンスが生まれるというものです。いわゆる本人が意識していない意識下のデフォルトモード・ネットワーク(本連載第12回、第13回)が働き、あたかも化学変化のようなあるいは醗酵作用のような反応が生じて、全く新しい何かが生み出される可能性を示したものです。
 ここで言う化学変化や発酵作用とは、収集した情報・知識と、個人にもともと内在する知識・体験などが相互作用して生じる新たな反応を指します。
 人のタブララサの状態とは、一旦頭を白紙にするように課題から離れ、その間にデフォルトモードネットワークを中心として行われる意識下のさまざまな化学反応のような作用が起きていることを指します。これは思考する主体である個人が本来持っている知的資産-これまで吸収した知識、情報、生活史、さまざまな体験、価値観、モノの見方など-と、課題に対して収集した知識、情報とがさまざまなインタラクションにより作用し反応し、思いもよらなかったものが突然出現することを指します。問題は生成AIでこの数値化しがたいインタラクションのところをどのように創り出すことができるか、あるいはどのようにシミュレーションできるかということです。

4段階説と生成AIのシミュレーション②(第3段階~第4段階)

 第3段階の「閃き」は、その前の第2段階の「あたため期」からある日ある時に求めていた解が突然頭に浮かぶ段階で、創造的思考の4段階説の中核を成すものです。閃きとは既に見てきたように、数値化、データ化しがたい個人に付随する記憶、情報、知識を土台としており、極めてパーソナルな意味合いを持っているものです。
 閃きやアイデアの誕生という創造的思考を生成AIのシミュレーションで実現するためには、個人の知的資産と生成AIとが共働、インタラクションできる環境作りが必要となります。そのためには閃きを生みだす主体となる個人が、可能な限りブライベートな知的資産を生成AIに学習させて、いわば自分の分身となる「アバター的生成AI」の環境を構築できるかどうかにかかってきます。ユーザーと一体化する位のパーソナライズ化された生成AIが果たして誕生できるかどうかは、これからの発展次第でしょう。
 第4番目の「検証/評価」は第3段階の「閃き」よりも、生成AIにとって実現性はかなり高くなります。個人の創造的思考から生まれた閃きやアイデアが、具体的に実現可能なものかどうかは、社会の評価基準や会社などの組織の基準などにより検証/評価が可能であり、すでにその基準や規範が文言として表されていることも多く、比較的容易に生成AIのシミュレーションは実現可能でしょう。

新しいことの好きな“脳”-オドボール効果ー

 わたしたちが課題や長年求めていた問いかけに対してある日突然閃いた時に、何かしら嬉しいプラスの感情やエネルギーが生まれることは既に述べてきました(本連載第8回)。脳科学で「アハ!体験(Aha! Experience)」と呼ばれるものですが、何かの問いに対して頭の中で閃いて一瞬明るくなるような「快」が生まれることを指します。閃きが生じるとドーパミン神経系が活性化されることによるものです。
 このアハ体験と関連性があると思われるものが「オドボール効果」と呼ばれるものです。オドボール効果のもととなるオドボール課題とは、脳科学や神経心理学の実験において、一定の刺激の連続の中に低い確率で別の予期しない刺激(新奇性)を与え、その反応を測定するものです。ブンゼックとデュゼルは、脳が新奇性に対してどのような反応を示すかについて、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて興味深い実験を行っています*5
 実験の結果、新奇性に対しては「絶対的な新しさ」が、脳の黒質/腹側被蓋野(ふくそくひがいや:SN/VTA)を活性化させドーパミン経路も活発になることが報告されています。つまり今まで見たことがないような目新しいものに強く反応することが明らかになりました。ただしこの実験では2つの重要な点も報告されています。1つは、マイナス感情を引き起こすような内容には、たとえ見たことがないような新しい画像でも黒質/腹側被蓋野(SN/VTA)は活性化しなかったということです。もう1つは他の画像と少しだけ、あるいは部分的に異なっている「相対的新しさ」には反応せず活性化されなかったということです。

絶対的新しさとプラスの感情

 生成AIが創り出す新しさには、どこか今まで見たことがあるような経験したことがあるような要素が感じられることを皆さんも経験されていることでしょう。これはネット上に出現している既に知られているデータをもとに学習している特性によるものと思われます。ここで作成される新しさは、全く未知の要素から成り立つ「絶対的新しさ」というよりは、既知の情報を元にして生まれた「相対的新しさ」に相当するものであり、脳はほとんど反応しない「新しさ」であるという点が注目されます。
 オドボール課題の実験から確認されたオドボール効果で重要なことは、脳の黒質/腹側被蓋野を活性化させドーパミン経路も活発になる「絶対的新しさ」を見たり認知したりした時に、人は“嬉しい・楽しい”といったプラスの感情が生みだされるということです。脳における閃きの研究は現在盛んに進められていますが、皮質下領域の活動は未だ十分に解明されていない未知の領域です。
 それでもオドボール効果で示された「絶対的新しさ」に脳が反応してドーパミン経路が活発になる、その結果プラスの感情のエネルギーが生まれるという現象は、人が閃きに対して本来持っている重要な能力であることを改めて認識させるものと言えます。

ニューロテックにみる新たな世界

 最新の脳科学におけるテクノロジーの進化は著しく、脳や身体を駆け巡る電気信号から-脳波や筋肉の動きなど-人の思考そのものを外部にアウトプットできるようになってきました。神経技術(ニューロテクノロジー、略してニューロテック)と呼ばれるもので、例えば頭の中で考えたことを文字としてモニターに打ち出すことも一部できるようになりました*6。それまでは不可能と考えられていた脳内の思考やイメージを読みとることが部分的に可能となりつつある研究の途についたばかりの新しい研究領域です。
 このようなニューロテックがさらに進化すれば、本論のテーマである「閃き」に至る脳内の動きも、あるいは近い将来読みとることが可能となるかもしれません。創造的思考の4段階説のような閃きに至る一連の動きも、それぞれの段階の思考内容やイメージなどが、文字やグラフィックなどの形で外部にアウトプットされて、より実際の脳内の活動をリアルに知ることができるでしょう。

生成AIのパーソナライズ化とSomething New

 2022年に登場したChatGPTから急速に発展してきた生成AIは、その優れた利便性やスピーディな反応が人気を呼び、今ではビジネス界のみならず広く個人ユーザーにまで利用されています。今までになかったほどの便利で身近なモノに人々は魅了されて、すっかり生成AIに慣れて依存し、あたかも「代理脳」のように活用されているのが特徴です。
 しかしながらこの代理脳としての利用は、やがて人々に“飽き”をもたらす可能性があります。なぜなら生成AIによる解答は、誰が問いかけても模範解答のような同じようなテイストになりやすく、画一的で個性を感じられないからです。いつかある日そのことに気づく人は多いでしょう。
 他に無いような画期的な企画書やアイデアが求められる時、競合他社との差別化をはかる商品づくりをする時、必然的に個性的でワクワクするような企画書やアイデアが求められます。生成AIの黎明期とも言うべき現状では、問いかけに対する模範解答という1対1の収束思考的な解答がメインであり、予測される一般的な解答から大きくかけ離れた斬新な企画書やアイデアを求めるのは難しいかもしれません。
 創造的思考の4段階説のところで見てきたように、人が生みだすアイデアや閃きは、課題について集めた知識・情報に(第1段階)、その人独特の価値観、嗜好性、体験、それまで学んできた知識といった知的資産とが相互に作用・反応しあって(第2段階)、その結果思いもよらない新しい考えや閃きが生まれてきます(第3段階)。
 課題に関して可能な限りの知識・情報・データを収集したり、掛け合わせたりすることは生成AIの得意とするところです。この第1段階の収集期から第2段階のあたため期にかけて、個人の知的資産をある程度読み込ませたパーソナライズ化された生成AIが働くことにより、人の閃き誕生プロセスに近似したものが今後可能となってくるでしょう。

Something Newを感じる時

 キーワード検索型からRAG(検索拡張生成)へと進み、関連する文章を要約し解答するなど生成AIの進化は目覚ましく、あらゆるシーンで日常的に使われています。このような利便性、効用性、時短性等を追求する生成AIのメインストリームの勢いが強まるほど、生成AIが現状では達することが難しい「人の思考」、「人の閃き」といった能力の重要さ、貴重さが、改めて注目を浴びるようになってきています。
 どんな大きな発明、発見、改革も、もとは人の小さな閃きである新しい何か(Something New)から生まれています。それらは個人の素朴な思考過程から生まれたものです。歴史的には偉人や優れた哲学者、思想家、企業家などによるものが多く見られます。現在では、機械手段による生成AIという優れた代理脳を手にして、私たちは高速で効率的な知的活動が行えるようになり、閃きが生まれる環境も大きく変わってきました。
 生成AIによる擬似的な創造性、創作性を生み出すことは今でも可能ですが、それらの多くは残念ながら感動や喜び、楽しさといった情緒的な影響を与えるまでのレベルには至っていません。やはり人の生みだす閃きやアイデアといった「絶対的新しさ」に優るものは、現状では生成AIなど機械手段によっては容易に創造できません。
 とはいえ、生成AIのもつ利便性、高速性、情報の網羅性といった魅力も、今では手放すことは難しいでしょう。これからの時代は人の脳に限りなく近づく生成AIの進化を取り入れながら、個々のユーザーに応じてパーソナライズ化された生成AIと人とのコラボやインタラクションによって、新たな時代の「閃き」や「Something New」が生まれてくることになるでしょう。
 みなさんもある日探し求めていたものが突然閃いたあの一瞬のことを、喜びが生まれたあの一瞬のことを、きっと記憶していることでしょう。誰しも経験ある“閃き”あるいは“Something New”は突然私たちの前に現れて、いつも前向きな喜びや嬉しさ、楽しさを生みだすエネルギーとなる貴重な能力であることを、改めて念頭において頂きたいと思います。

<参照文献>

*1.ユビキタス(ubiquitous) 語意は「遍在する」の意味。IT業界においては、コンピューターやネットワークが至る所にあり(遍在し)、いつでもどこでも利用できる環境を指す。

*2.「高校・大学の先生、チャットGPT等生成AIの利用に「思考力低下」への懸念」河合塾グループ ニュースリリース 2023年6月16日

*3.「AIを使う人の批判的思考が低下している マイクロソフトが調査論文を発表」 東洋経済オンライン 2025年2月18日

*4.「生成AIは思考力を奪う」は本当か? 上手に活用すれば「自分で考える」人材を生み出せる! 月刊総務オンライン 2024年3月27日

*5.「Absolute Coding of Stimulus Novelty in the Human Substantia Nigra/VTA」 Nico Bunzeck, Emrah Düzel Neuron 2006 Aug 3;51(3)

*6.以下を参照
「脳波で文章が書ける時代へ――最新AIが「思考」をテキストに変換-」 Neurotech Magazine by VIE Inc 2025.4.15
「(インタビュー)読み取られる脳内 法倫理学者、ニタ・ファラハニーさん」 朝日新聞 2024年10月16日 

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員