2025年7・8月号 編集スタート!

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巻頭言

今月のテーマ

コミュニケーションの光と影 New

巻頭言

 昨今の国際情勢や世相を鑑みると、一言では語り切れないような感があります。様々な組織体が中期計画や次年度計画、また本年度下期計画を策定されている時期かと思いますが、PEST分析等をされる中で複数の幹部の方々から「本当に先が見通せない」、「何か明るい話や兆候がないかな」といったお言葉を異口同音にお聴きします。「先が見通せない」といったことからはコーゼイションからイフェクチュエイションといった戦略策定手法の大きな変化、また、共役不可能性といった観点では本当の意味でのパラダイムシフトが始まった感があります。
 分断、部分最適(国家的モンロー主義含む)、格差の拡大、フィルターバブル・エコーチェンバー等による偏った認識、排他性(誹謗中傷を含む)、フェイクニュース、人権を棄損するような情報拡散、問題・課題は枚挙がありません。
 マーケティングやマネジメントに関する不朽の名著であるカール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』の中の一節をふと思いだします。「戦争とは究極の外交手段である」、「戦争とは自らの意志を相手に理解させる事である」(筆者のオックスフォード版の『戦争論』からの意訳です)。外交は自らの主張(利益を含む)と相手先の主張(利益を含む)のぶつかり合い、そして、相互納得の上で成立するものであるかと思います。まさにコミュニケーションの本来の意義である認識を共有するということかと思います。
 翻って、昨今のコミュニケーションに光をあてた世相を鑑みれば、多くの課題があるように思います。技術革新(特にDX)は本来、人をより一層幸福にするために多くの方々が知恵と労力を振り絞って生まれた貴重なものかと思います。情報の瞬時性、広く広がる広範性、また、多くの個人、組織が様々な繋がりを持つことによって生まれる絆やイノベーション、効率性の向上など素晴らしい光の部分があります。
 しかしながら一方では、光の部分がたくさんあることと相反する形で影の部分もクローズアップされてきています。影の部分は前述した問題・課題とほぼ同一のものであると考えられます。
 その一例として6月9日に総務省が公表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」があります。一部のデジタル広告におけるアドフラウド、ブランド棄損、生活者の視点ではアドエクスペリエンス劣化(望まない中での倫理的教育的観点で問題のある広告に接さざるを得ないことなど)を防ぐためのガイドラインです。このガイドラインは大きな光を更に光り輝くものとするための、ある意味では「大人の責任」を言語化したものとも捉えられます。
 今回の号では本来コミュニケーションが持つ素晴らしさという光の部分を更に光り輝くものとするための補助線として、影の部分を理解しコニュニケーションのあるべき姿、また情報発信者の責任、そして情報が伝わるメディアが多様化する中で特に伸長著しいデジタルとリテールメディア、情報の中でも大きな部分を占める広告の世界の新たな潮流等を取り上げてみました。コミュニケーションは人が生きていく上では必須です。そしてマズローの5段階欲求説の全てを包含する、人が夢を持ち幸せになれるための一丁目一番地です。
 コミュニケーションは世相を創り出すともいわれています。様々な課題解決の先には明るい未来が必ずあると信じています。「大人の問題」としてこの機会に皆様と一緒に考えていければと思います。

本誌編集委員 中島 聡

INTERVIEW

デジタル・コミュニケーションの光と影 New

デジタル広告の健全化をめざすJICDAQ

小出 誠 氏
一般社団法人デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)事務局長、
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 客員研究員

 昨今の飛躍的な技術革新の中で、今一度コミュニケーションの本質とは何かを問わねばならない時代になってきています。とりわけ、SNSなどのネットコミュニケーション全盛の現在、デジタル広告の抱える課題や官民の対策、今後の展望などについて、デジタル広告品質認証機構の事務局長・小出誠さんにお話を伺いました。

成長を続けるデジタル広告の特長と課題

───2024年における日本の総広告費は7兆6,700億円、前年比4.9%増ということで、3年連続で過去最高値を記録しました。そのうちの47.6%がデジタル、いわゆるインターネット広告で、近年どんどん伸びています。まず、この伸長の理由は何だと捉えておられますか。

小出 ご指摘のように、デジタル広告は急速に伸長してきたわけですが、その成長を支えてきた特長がいくつかあります。
 まずは、ターゲティングが他のマス広告をはじめとする旧来型の広告よりも細かにできるという点です。それから従量課金という点も大きい。課金の方法が、見られた分、クリックされた分といった何らかのアクションを通じて課金がされるため、見られたか見られていないかわからないけれどあらかじめ金額が決まっているマス広告とは違う合理性が感じられる点ですね。さらに、数字で結果が把握できるので広告効果が把握しやすい点もあります。マス広告ではどれだけ効いたかわからなかったわけです。また細かな点ですが、他の広告手段よりも小回りが利いて、少ない金額から出稿できますし、素材などの入替えも簡単な上、フォーマットも多様なものが利用できます。これらのさまざまなメリットがデジタル広告を伸ばしてきたと言えるでしょう。

───その一方で、デジタル広告には例えば詐欺広告や大変に不快な広告も多いです。成長を続ける中で、デジタル広告が抱える課題も浮上してきていますね。

小出 デジタル広告には、その仕組みの有り様から、結果的に今までのマス広告ではあまり見られなかったような課題があります。
 その1つが、「アドフラウド(ad fraud)=広告詐欺」です。先ほどお話ししたように、デジタル広告の課金方法は何らかの成果に基づいて計算されているわけですが、その成果の部分が、実は本当ではなく何らかの手段によって水増しされる詐欺です。メディアや広告会社ではない他のプレーヤーが何らかの手段を用いてクリック数や閲覧数を偽装して、結果的に広告主が払わなくてもいい分まで払わされているということになります。
 もう1つは、「ブランドセーフティ」です。これは過去のマス広告にもありましたが、広告主として、“出てしまっては困るところに出てしまう”という問題があります。これには2つの側面があります。1つは、アダルトやヘイトスピーチなど品位がないところに出てしまって、「こんなところになぜ出ているんだ、おたくのような高級ブランドが」と問題視される点。もう1つは、違法アップロードや著作権侵害など、そもそも違法サイトに広告が出てしまうことで、広告主が違法サイトの資金源になってしまう、結果的に違法サイトの運営に広告主も加担していることになるという点です。
 この2つが、デジタル広告では大きな問題だと言われています。

───お話しいただいたデジタル広告のマイナス面は、最近かなりクローズアップされているのですか。

小出 そうですね。マイナスを被る主体は、企業や自治体など法人格を持つBtoBの部分と、個人が被害を受けているBtoCの部分とに大別されると思います。
 前者は、先ほど話した「アドフラウド」や「ブランドセーフティ」が典型です。他にも、ニセ広告でニセ商品が販売されるという事象も起こっており、大きなマイナスの影響が出てきています。後者では、なりすまし広告やニセ広告からの偽情報に騙されて、何らかの間違った判断をしてしまう事態が起きているのだと思います。

───例えば、有名ブランドのニセロゴなどもそうですよね。それによって、かなりブランドイメージは傷つけられますよね。

小出 そうですね。イメージの棄損もそうですが、実害としては、本来、本物を買ってくれる可能性が高かった方がニセ物にお金を払ってしまったことです。買った方も被害に遭いますし、自分たちに入ってくるはずの収益がかすめ取られているということで、企業側も被害を受けているわけです。

デジタル広告ならではの仕組みにも原因

───インタビューの冒頭で、デジタル広告を巡る問題は「仕組みの有り様」に起因しているというお話がありました。もう少し詳しくお聞かせいただけますか。

小出 大きくは2つあると考えています。1つは、デジタル広告の仕組みが今までのマス広告と違っていて、コンテンツを送り出すサーバーと、広告を送り出すサーバー(アドサーバー)が違う事業者で、当然ですが立ち位置が異なる。コンテンツを管理しているサーバー関係者(ウェブサイトの運営メディアなど)には、アドサーバーからどういう広告が送られてくるかがわからないのです。マス広告の場合には、メディアサイドで幾重にもチェックが入るわけですが、デジタル広告では、広告がいつ、どこに、どう入るかがコントロールできないということが仕組み上、1つの問題発生の要因だと思います。
 もう1つは、デジタル広告の商流が非常に複雑なことです。マス広告は広告主、広告会社、メディアという構造が非常にシンプルです。デジタル広告の場合は、メディア数も多いですし、入札方式で取引されていたり、データを活用してターゲティングの精度を高めたりと、さまざまな要素があって、さらにその要素ごとにさまざまな多くのプレーヤーがいます。ですので、結果的に商流が非常に複雑になり、広告主には自社の広告がどの商流を通って出たかが把握できない状況になっています。この商流環境の複雑さが2つ目の背景です。

デジタル広告を正常化する「JICDAQ認証」の意義

───ところで、小出さんが事務局長をされている一般社団法人デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)とはどのような組織なのでしょう。どのような経緯や目的があるのでしょう。

小出 先ほどお話ししたアドフラウドやブランドセーフティの問題には、2010年代のはじめには多くの人が気づいていたり、それらの存在がささやかれていたりしたようです。それが、2017年にP&Gの最高ブランド責任者であるマーク・プリチャード氏がIAB(Internet Architecture Board)の年次総会で、「広告主が気をつけないとアドフランドやブランドセーフティの被害に遭う」という警鐘のスピーチを行ったことをきっかけとして、日本の業界全体で何らかの手を打つべきだという動きになりました。それ以前に米国や英国ではJICDAQのような組織が既に立ち上がっていたのですが、マーク・プリチャード氏の発信とつなぎ合わされ、日本でもそのような体制をつくるべきだということになりました。結果、広告3団体(JAA、JAAA、JIAA)が中心となって2021年3月にJICDAQが設立されたという経緯です。

───JICDAQが行っている品質認証「JICDAQ認証」についてご説明いただけますか。

小出 アドフラウドやブランドセーフティに対して何らかの対策を打つことで、被害の状況をかなり改善することができるのは間違いないですね。それは広告主の100%が望んでいることです。しかし、広告会社やメディア、介在するさまざまな事業者がきちんと手を打ってくださればいいのですが、そのためには人もコストも掛かりますから、改善への取り組みにはどうしてもばらつきが出ます。
 広告主としては、ちゃんとやっているところを選んで広告発注すれば被害に遭う確率が低くなるので、そういうところを選びたいわけですが、どこがちゃんとやっているかわからない。そこで、JICDAQが“ちゃんとやっている”ことを一定の基準として設け、第三者機関である日本ABC協会に検証してもらい、JICDAQが認証します。すなわち、広告主がその認証事業者を選べば、何らかの被害に遭う確率が減るという仕組みになっているわけです。

───なるほど。JICDAQは、広告主が広告をどこに、どんな形で出していこうかというときに、広告会社やメディア選定の基準をつくられているということですね。

小出 そうです。広告会社もそうですし、アドネットワークやプラットフォーム、DSP・SSP、メディアなど幅広いデジタル広告に関わる事業者のさまざまな立ち位置ごとに、デジタル広告の出稿システムや業務フローなど細かく品質認証基準を設けており、その基準を満たしているかどうかをABC協会に検証してもらうという流れです。デジタル広告に関しては、「JICDAQ認証」が日本で唯一のものです。

───JICDAQは具体的にどのように運営されているのですか。

小出 現在、JICDAQの運営を支えていただく費用は、広告主以外の広告会社からメディアまでの商流に介在するさまざまな事業者からの登録料と、JICDAQ認証事業者からのアドフラウド分野とブランドセーフティ分野における認証料の2種類となっています。
 このような広告関連事業者の他に、広告主サイドにおける「登録アドバタイザー」という領域があります。広告主としてこれらの課題を知った上で認証事業者選んで発注いただける「登録アドバタイザー」と、その官公庁版である「サポート官公庁」という方々によってJICDAQは支えられています。

───広告主の認識が高まってきている実感はありますか。

小出 そうですね。ここのところ日本アドバタイザーズ協会の多大なご協力によって、登録アドバタイザー数は、2025年1月あたりで150社足らずだったものが、現在、180~190社ほどに増えています。確実に広告主からの賛同の輪が広がっていると実感しています。

総務省ガイダンスのポイント

───今回、総務省が「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を出しています。こちらのポイントと併せ、関係者の方々が留意すべき事項などを教えていただけますか。

小出 今回のガイダンスの対象は、アドフラウドやブランドセーフティなど、広告主が考慮すべきリスクや課題と言われているものになります。このガイダンスでは「広告主等」となっていますが、「等」の部分には広告会社も含まれています。特に広告主が、デジタル広告にこのような課題があること自体をあまり認識されていない現状がありますので、まずはそういう状況を改善することがこのガイダンスの大きな目的の1つです。先ほど申し上げたマーク・プリチャード氏のメッセージからすでに8年ほどが経過しましたので、一定数の広告主は既にキャッチアップして対策を進めていらっしゃいますが、未だにリスク認識がなく対応もしていないという広告主も多いです。また、広告主としては地方自治体や省庁なども含まれていますが、この方々の認識は一般企業よりも低いのではないかと感じます。詳しいデータはありませんが肌感覚でそう感じますね。ですので、まず「これらの課題を知る」ということから始めなければなりません。
 まず認知していただいた上で対策を打つという場合に、大きなポイントとなる点は「経営層が対策に関与する」ことです。ガイダンスでも高らかに謳われており、その必要性・重要性に関してかなりのページを割いています。その上で、自社の事業規模や広告費規模、対応スタッフ数、掛けられるコストなどに鑑み、どういう対策を打つべきかを検討するわけですが、それにも相応の知見と権限が必要です。ですので、やはりこれら課題についての対応には、より経営層に近い人たちの判断が必要になります。

───広告主には、サービスや製品への責任以外にもっと広い意味での責任がありますよね。その点は今回のガイダンスでも触れられていますか。

小出 そうですね。ガイダンスではミクロの視点とマクロの視点とに分解されて触れられています。ミクロの視点では、広告主自身がアドフラウドやブランドセーフティによって被害を受けているので、事業経営の中で回避するように動くべきだと書かれています。また、マクロの視点としては、社会的責任の重要性という観点から述べられています。デジタル情報空間を健全なものにしておくため、広告主サイドも問題のある組織や違法なサイトへの資金注入などを防止しよう、自社が被害を受けるだけではなく、社会的な損失にもなっているから、大所高所から対応してほしいと。広告主は、この両方の視点で取り組むべきだとされていますし、そうあるべきだと私も思います。

───デジタルは、ある意味ではコミュニケーションの壁を低くしたという非常に良い面もありますが、一方では、闇の部分もあるということですよね。本来のデジタルの持っている良さをより一層活用して、より良いコミュニケーション行動ができるようにしていくのがJICDAQの使命の1つですね。

小出 おっしゃる通りだと思います。ガイダンス=国としてもそういう方向を望んでいるということです。

生活者も情報のファクトチェックを

───広告主や広告会社の対策と同時に、実際の受け手となる生活者のデジタルリテラシー、コミュニケーションリテラシーという面に関してはどのようにお考えですか。

小出 その点で申しますと、生活者にはデジタル広告だけの話にとどまらず、SNS空間における情報について、正しいのか正しくないのかというファクトチェックを行う視点が重要になっているんじゃないでしょうか。マスメディア中心の時代に比べると、ものすごく高いレベルでリテラシーといわれるものが求められていると思います。

───ファクトチェックというと具体的には、複数の情報源をチェックする中でファクトかどうかを自己責任で判断しなさいとうことですか。

小出 そうですね。なかなかひとりの力ではできないかもしれませんが、まずはインターネットやSNSに出ている情報は玉石混交だという意識を持つことが必要だと思います。特に注意を払わねばならないのは「フィルターバブル」と称される最適化のアルゴリズムによって、閲覧・検索履歴を元に同じような動画、言説、スタンスを持った情報が、あえて集中して浴びせられるという現象です。自分と同じ意見ばかりを見て本人が心地よくなって、これが正しいんだ、みんなもそう言っているし、となる。それがどんどん増長されて、それぞれがどんどん響き合って、正しいことがわからなくなっていく、いわゆる「エコーチェンバー現象」を生んでしまうんですね。そのようなリスクを個々人が認識して情報を判断することがスタートラインだと思います。

───本日のお話を聞きして、JICDAQがデジタル広告のマイナス面を回避するための貴重な防波堤の1つだと感じました。今後のご発展をお祈りいたします。ありがとうございました。

(Interviewer:中島 聡 本誌編集委員)

小出 誠(こいで まこと)氏
一般社団法人デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)事務局長
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 客員研究員

1984年資生堂入社。1987年宣伝部にてプリントメディアを中心にメディアプラン策定・バイイングを担当。その後、経営企画部、業務用品の事業部門等を経て、2014年コミュニケーション統括部長として、マスメディア、デジタルメディアの広告出稿、オウンドメディアのSNS、コーポレートサイトの運営を担当。
2019年日本アドバタイザーズ協会常務理事、2021年デジタル広告品質認証機構事務局長(現職)。

Coming Soon
次回の更新は 07月15日 07月29日 

座談会

変革期のコミュニケーション課題

デジタル、若者意識、店頭から見えるこれからの対話作法

新津 重幸 氏
高千穂大学 名誉教授
内田 剛 氏
一般社団法人日本プロモーショナル・マーケティング協会 専務理事
北村 裕一 氏
日経広告研究所 フェロー
進行:中島 聡 氏
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事

 デジタル広告やSNSの拡大、それらに伴う生活者の価値観変化に伴い、現在、さまざまなコミュニケーション上の問題が浮上している。本座談会では、日本のコミュニケーション構造の問題から店頭コミュニケーションの動向にいたるさまざまな領域での課題について、その現状と解決の方向性などを含め、学術・経営・実務に深い知見をお持ちのご三方にお話をうかがいました。

失われる情報の信頼性

中島 現在、さまざまな分野でコミュニケーションという点が大きな問題になっています。一例として、ポストトゥルース、フィルターバブル、エコーチェンバーなどで指摘されていますが、情報の発信元と情報の受け手との間に一定のバグが生じていて正しい情報がなかなか伝わらないといったことです。
 まずは新津先生から、日本のコミュニケーション構造の課題についてお考えをお聞かせください。

新津 一番大きな問題は、デジタル広告のウエイト、伸び率が非常に高いということでしょう。ということは、一方通行の媒体を使って一方通行構造のコミュニケーションになっているという点です。
 デジタル広告やSNSからの発信コンテンツは、実際に真実を見ていくということではなく、ずっと閉じられた中で伝播していくフィルターバブル的な構造ですから、何が真実かどうかもわかりにくいわけです。おまけに、コンテンツを受ける側の消費者、生活者側は「あなた方が自分でうそかどうかを判断しなさい」と言われる。そんな馬鹿な話はないと思うのですが、今のところ現状はそのような状況です。
 それから、実際にコミュニケーション構造の中で言いますと、購買自体のコミュニケーションのあり方というのも問題を抱えています。店頭における“選択”も大変多様化してきています。店頭だけでなく、SNSからの購買やダイレクト購入といった手段もありますから、消費者自身がコミュニケーションの流れの中で何を信じていいのかわからなくなっています。店頭では実際に自分で目にして、手に取って購入できますが、デジタル内でモノを購入する際には真実がわかりにくいのです。ですから、そこのところでいろいろな犯罪的な問題が起きているわけです。このように、購買自体の構造についても大きなギャップが出てきていることが問題だと思います。

中島 北村フェローはいかがでしょう。

北村 今までの広告とインターネット広告の何が一番違ってきたのかを考えますと、みんなで同じものを見る広告から、どんどん個別化が進んでいる点です。つまり、広告ではなく、“個告”になっているわけです。個告をどう捉えるかを社会全体で認識を深めていく必要があると思っています。さらにそこでは、情報が発信元から受信者に行く間に“パブリック”というプロセスが欠落するのです。先日、日本アドバタイザーズ協会で発表された「広告の定義」でも、「広告は公共性の一端を担うものである」と宣言されています。やはり、情報が伝わるプロセスの中で“公”という意識がないと公共性、公益性は担えないということだと思います。

中島 次に、特にプロモーション分野に造詣の深い内田専務理事から、日本のコミュニケーションの課題についてお話しいただけますか。

内田 コミュニケーションという点で捉えますと、2020年のコロナ禍が大きな転換点になったと考えています。当時、ワクチンに対して反対、賛成の人たちが極端に分かれてしまって、反対する人には反対するのに都合の良い情報ばかり目に入るようになっていってしまいました。
 今のデジタル広告にしても、自分が信じるところ、正しいと思うことに対して、それを助長する情報ばかりが集まってくる状況です。そうすると、その情報が間違っていることを疑わないという事態も起きてしまいます。それもコロナ禍のときだったと思いますが、その傾向はさらに進んできていると感じます。ですから、デジタルが進化していく中で、その問題をどうしていくかが重要になっていくと思います。

分断か、全体最適か

中島 例えば、LINEなどを見ますと、1人の人間がいろいろなグループに所属していて、そのグループごとに違った個性を演じるといった動きを感じますが、そのような点はどう思われますか。

北村 これも一種の個告の問題だと思います。人によって情報が伝わってくるルートが違うわけです。広告で言えばまさにターゲティング広告です。一人一人に最適な情報を届けるというのは素晴らしいことだと思いますが、一方で、LINEグループなど似通った人たちだけが集まる小さな社会集団の中では、どんどん考え方や受け取る情報が似かよってきてしまいます。これがフィルターバブルやエコーチェンバーと言われる問題です。
 しかも、グループ同士の交流もないわけですから、次第に分断を生んでくることになります。広告・マーケティングも個別最適化という方向に進んできたわけですが、やはり“全体最適”という視点をもう一度思い出す必要があるのではないかと思っています。

中島 分断という点では、今の国際経済や政治の部分でも分断がより一層進んでいるように感じます。コミュニケーションにおける分断について、新津先生はいかがお考えですか。

新津 結局、全体最適という概念がある面ではなくなってきているのでしょう。しかも、人間の属性として、フィルターバブル、エコーチェンバーの言葉のように、自分の好みや感性に合った仲間や情報だけを心地よいコミュニケーションツールにしたがります。SNSですと、クリックすれば全部自分の都合のいいものだけを見ていけます。
 分断がなぜ起こるかと言うと、個々の心地いい内容がそれぞれ多様化して違ってくることに起因します。また、大きなトレンドの方向に行く人間と行かない人間とで分断をします。それは世代階層的に出てきますし、ライフスタイル的にも出てきますから、さまざまな場面で分断は当然起こり得ます。
 政治の面でも、韓国やアメリカも完璧な分断状態になっていると思います。ただし、日本ではまだ多様性が維持し得るところにあるとは思います。

若者のタイパ的コミュニケーション

中島 最近の若者の間では“タイパ”という言葉がよく使われているようです。内田専務理事、プロモーション、店頭といった点からタイパについて、どのようにお考えですか。

内田 今の若者たちはタイパを非常に重視しているのは間違いないでしょう。例えば、SNSのお付き合いで済むものは、取りあえずの顔をしておけばいいやとどんどん参加していきます。しかしそれは、本音の付き合いをしているわけではないわけです。そうしているほうがタイパ的にいいということで、本当に自分が大事なところだけはリアルな付き合いをするというふうに変わってきています。一つ一つでリアルな付き合いをしていると非常に大変な労力と時間を使うことになりますから、デジタル上の付き合いはタイパ重視で済ませておこう、本音の付き合いだけはリアルにしようといった使い分けが見受けられます。

中島 タイパ志向のほうが自分にとって摩擦が生じにくい、そちらのほうが楽だということなのでしょうね。そのあたりを経営者の立場で見た場合に、どのように考えられますか。

内田 タイパには良い面と悪い面と両方あるかもしれません。例えば、経営という立場で言いますと、2つの意味で残業はしてほしくないのです。1つは人件費を上げたくない、もう1つは、効率よく仕事をして空いた時間でいろいろなものをインプットしてほしいという面があります。タイパ重視でもそこに質が伴えば問題ないと思う反面、深いコミュニケーションがタイパ志向で取れるかという点では、まだ非常に難しいのではないかと感じています。
 やはりリアルなコミュニケーション、対面でのコミュニケーションが深まっていくことで、組織に属する共感線や組織に対する愛着が育つわけで、タイパ重視だけではなかなか深まっていかないところもあると思いますので、良い面、悪い面、両方あるように感じています。

中島 タイパを考えたとき、組織の運営はどうあるべきなのか、また、組織のリーダーとしてはどうあるべきなのでしょう。

北村 1つ言えることは、タイパはある種の価値観で物事を判断していることは間違いないと思います。ただ単に右のものを左に持っていくということでやり過ごしているわけではないでしょう。組織のリーダーは、そこをいかに見抜くか、逆に若い人たちから学び取るか、この姿勢がないとコミュニケーションは成立し得ないと思います。
 もう1点は、我々昭和世代の価値観をいかにうまく令和型に変えられるかということです。どうしても我々と若者たちとは価値観が違いますから、そこを我々側が社会環境をもう少ししっかり認識し直すことが必要だと思います。
 あともう1つ、最後には言いたいことをはっきり言うことです。一方的に言うのではなくて、リーズン・ホワイで言う必要があると思います。私たちはなぜこういう価値観を持ったのかという背景を説明してあげることは、結構大変ですが必要なことだと思います。

中島 最近の学生さんのありようはどうなのでしょう。

新津 私は1980年からずっと教員をやってきましたが、少なくとも90年代はある1つの方向性を示唆するということは若者には通じたと思います。2000年になると、1つの方向性に向けて指示をしづらい時代になってきました。なぜかと言うと、全体最適はほとんど通用しなくなってきて、この方向でやるぞと言ったところで、「はい」と返事はするけれど、どの程度浸透しているかは不明です。
 組織で言えば、経営者がそう言えば「はい」とは答えます。結局、自分の生活感と人生観とを比較して、どちらが重要かという問題の価値意識がまったく変わってきています。つまり、今現在、滅私奉公的なふるまいを期待してもまったく無理というわけです。

中島 コミュニケーションの面からも組織マネジメントが非常に難しいということなのですが、最近は非常に転職される方も増えているようです。例えば、雇用とコミュニケーションという点ではいかがでしょう。

北村 海外企業では、企業理念を大事にしたり、何のために仕事をしているのかというパーパスを大事にしたりするのは、基本的には流動化した雇用環境の中で何のために働くのかということを経営側が指し示すという機能が大きいように思います。例えば、消費財企業であれば、そこで働いているということとその会社の商品の消費者であるという側面も全部含めて、どういう会社であるかということを説明するコミュニケーションがパーパスだと思えることが非常に多いですね。
 日本の企業はそこのところは今まで暗黙知で済んできたのでしょうが、例えば、人的資本の重要性は資本市場からも指摘されていますし、常にアップデートしていかなくてはいけないものになっています。そのパーパス的なものに共鳴したからこそその会社に入るということですから、そのパーパスに共鳴したという共通点の下で語り合えるような環境をつくっていくことが大切だと思います。

買い場を超える店頭コミュニケーションを

中島 具体的にコミュニケーションが最終的に購買に直結するのは店頭です。特に最近ではさまざまなプロモーションメディアも登場しています。皆さんは、店頭コミュニケーションについてはどのように捉えられていますか。

内田 店頭だけでなく購買時点の広告=リテールメディアがたいへん注目されてきています。先日発行された『情報メディア白書2025』では、リテールメディアは2027年に9,000億規模に達するということです。購買するときにどのようなメッセージを伝えるかによってモノを買う、買わないという行動が大きく影響を受けるわけですから、店頭を含めた購買時点のメディアでのメッセージの伝え方、コミュニケーションのあり方というのはますます重要になってくると思います。

新津 モノを購買するという行為は“交換する”ということです。ですから、交換に影響を与えるためにはそのモノの価値をより効果的に伝えなければなりません。そのためには、そのモノへの信頼を得る必要があります。それはモノを一度経験してもらって信頼を得るのか、広告の効果で信頼を得るのか、いろいろでしょう。
 製品と商品は違うという考え方があります。買われないものは商品と言わない、陳列されているものは製品そのものだということです。英語では、プロダクトとコモディティと言い換えています。その意味で言えば、販促というのは、プロダクトをコモディティに変える作用です。
 最近では、店頭での販促技術はほとんど希薄になりつつあります。90年代から以降は低成長が続きましたから、とにかく店頭でモノの価値をどう伝えるかに必死でした。生活者目線で作成されるPOPも盛んに使われていました。
 ところが今はどうでしょう。すべて価格主体に変わってきつつあります。店頭技術は停滞したままでまったく進化していません。改善の工夫にすらメーカーも広告代理店も取り組まない時代です。今後は、店頭でどう製品を商品にするのかという価値の伝達をもっと工夫して、画像なのか、文字なのか、SNSなのか、さまざまな複合な形で価値を伝えていく動きを強化していかないといけないと思います。

北村 私はスーパーに行くのが趣味なので、3軒ほどははしごをするのですが、やはり好きな店とは、ほかにないものを置いてある場所です。要するに、店頭は買い場であると同時に、手にとって実際の商品を見たり、知識を得たりできる場でもあります。一方で、生活者は24時間デジタルにつながっていますから、常時接続をしている生活者を前提とした店舗とはどういうものなのかと考えるわけです。デジタルと店頭がシームレスにつながることによって、もっとワクワクできないだろうかといつも考えています。
 デジタルという点では、スマホの利用時間はますます伸び続けています。これは、ニュースメディアとして使っているわけではなくて、生活そのものがスマホの上で行われていると言ってもいいでしょう。そこにどうやって店頭の情報を伝えるか、それ以前にまず来店をしてもらい、ここに来れば何か新しいことが知れるという発見をしてもらう形に持っていき、生活者とのつながりを強められればいいと思います。

中島 この点について、内田専務理事はいかがでしょうか。

内田 メーカーも広告代理店も、もっと頑張らなければいけないでしょう。最近は環境保護の問題もありますから少し及び腰になっているのかもしれません。POPについても環境配慮のことを考えるとなかなか簡単には店頭には付けてくれないようです。とはいえ、コミュニケーションを取るために店頭をどう作るか、どう情報を流していくのかを、もっとメーカーも広告会社も流通も議論していかなければならないと思います。

新津 90年代以降、売り場、買い場という原則でずっと店頭販売技術や販促スキルを向上させようとしてきたわけですが、どうもそれが限界点に来ていると感じます。店はお客さんが来るのを待っているだけでいいのか、ならば店が外に打って出るとはどういうことなのかという問題にもなります。
 現在は、地域の中にコミュニティがしっかりとできあがっていない部分が多いと思います。例えば、高齢者の介護の問題や育児など働くお母さんのソリューションのために、店舗という空間を望んでいる人たちをコミュニティ化していく、サポートしていくことも考えられます。スーパーが子ども食堂をやっても構わないわけです。むしろ小売業そのものがそちらの方向に構造的に転換をしていくべきだと思います。さらに今回の米の問題では、コンビニに備蓄米が並んだということが一番大きなインパクトになりました。つまり、コンビニは生活と非常に近い括りの中に存在しているので、すぐそばのコミュニティに直結しやすい空間です。
 小売業が単に売り場、買い場という概念から抜け出し、地域のコミュニティの形成に参画していくという構造的な考え方をしなくてはいけない時代が来ていると思います。

「人」という要素への回帰

中島 デジタルと店頭のシームレスという視点と同時に、店舗のみが人を介在させうるという点も重要かと思います。デジタルには介在できません。最終的にはやはりヒューマンパワーなのではと思えて仕方ないのですが、今一度、人のコミュニケーション力、人の温かみこそが大事なのではないかと思っています。

北村 人という意味では、昨年あたりから、いろいろな消費財メーカーが全体のクリエイティブの方向を、機能訴求は前提としながら情緒訴求のほうへ舵を切り始めました。カンヌライオンズでも昨年から、パーパスといった大きな善的なものの追求から、ユーモアという概念や人と人とのコミュニケーションの温かみを広告がもう一度思い出そうという動きが出て、世界的な潮流として進んでいます。
 人間にとって脳の報酬系がもっとも動かすのは“利他”らしいです。利他が一番人間にとって本来的に喜びを感じ得ると言うのです。利他の精神を呼び起こすコミュニケーションを広告としても考えていくという方向性も考えるべきでしょう。

中島 本日は貴重なお話をいただきました。ありがとうございました。

*お顔写真とプロフィールはWebからの仮置きです

新津 重幸(にいつ しげゆき)氏
高千穂大学 名誉教授

1970年早稲田大学商学部卒業。1972年同大学大学院商学研究科修士課程修了。同年株式会社読売広告社マーケティング部を経て、1980年高千穂商科大学(現高千穂大学)専任講師に着任。1990年より同大学教授。現在、高千穂大学理事・同大学院教授。(広告論・マーケティング論)。社団法人新日本スーパーマーケット協会・客員教授。

*お名前ふりがな、お顔写真とプロフィールをお願いします

内田 剛(うちだ ●)氏
一般社団法人日本プロモーショナル・マーケティング協会 専務理事

プロフィール

*お顔写真はWebからの仮置きです

北村 裕一(きたむら ゆういち)氏
日経広告研究所 フェロー

1985年日本経済新聞社入社。広告営業としてIT、食品・医薬等幅広い業種を担当。 日経ヨーロッパ社フランクフルト支社駐在、経営企画室、デジタルビジネス局を経て、 広告審査協会、プレミアムプラットフォームジャパンへ出向。2020年4月より現職。

中島 聡(なかじま さとし)氏
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事

座談会

変わる広告、問われる責任

「広告の定義」から始まる価値の再構築

飯島 直己 氏
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 事務局
松風 里栄子 氏
サッポロホールディングス株式会社 常務取締役、
株式会社センシングアジア 代表取締役
見山 謙一郎 氏
昭和女子大学 人間社会学部現代教養学科 教授、
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス 代表取締役 CEO
中塚 千恵 氏
東京ガス株式会社 広報部
進行:中島 聡聡 氏
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 専務理事
*皆さんの表示順をご指示ください。末尾プロフィールも同様

 このたび、日本アドバタイザーズ協会では「広告の定義」を策定しました。本座談会では、策定プロジェクトにかかわっていただいた3氏にお集まりいただき、定義に盛り込みたかった点や定義の今日的意義について、また、広告が直面する課題や今後のあるべき姿などについてもうかがいたいと思います。

日本アドバタイザーズ協会「広告の定義」

2025年4月23日

(前段略)

われわれ日本アドバタイザーズ協会は、広告企画・制作・流通の起点に位置し、公益性の一端を担うアドバタイザーの団体として、ここに広告を定義し、さらに今後の広告の望ましい姿とわれわれが果たすべき役割について宣言いたします。

第一文:【広告の定義】

日本アドバタイザーズ協会は広告および広告活動を次のように定義する。
アドバタイザーは企画・制作・表示などの役割を担う事業者と協力しながら、必要な費用を投じて、有形無形の要素から成るメッセージを作り上げるとともに、生活者に向けてメディア上で発信し、その意識や行動に働きかける。(内容)

そして、広告活動はアドバタイザーの経営戦略・事業戦略の一環として、自らの価値提案をすることで生活者に便益をもたらすために行われる。(目的)

すなわち広告とは、以上のような内容と目的を特徴とする、情報の送り手と受け手の双方にとって有益なコミュニケーション活動およびその成果物のことである。

第二文:【アドバタイザーの宣言】

われわれアドバタイザーは、広告が公益性の一端を担うものであることをここに確認する。

それゆえ、広告は、表現においては創造的でありながら健全かつ信頼に足るものであり、制作・発信においては生産的でありながら適正かつ透明なものであるべきと考える。

そして、この理念のもと、すべての人々の人権を尊重し、広告を取り巻く環境がより良く、より豊かになっていくよう努める。

以上のことに鑑み、われわれアドバタイザーは、広告によって生じる影響や効果を通じて生活者との間に好ましい循環を生み出し、社会と文化の持続的発展に貢献するものとする。

詳しくはこちらから https://www.jaa.or.jp/guideline/definition/

広告の定義に期待すること

中島 今回、日本アドバタイザーズ協会は「広告の定義」を新たに定めました。まず、定義の策定に至った背景に関して中心的な役割を果たした同協会の飯島さんからお話をいただけますか。

飯島 この「広告の定義」プロジェクトのそもそもの背景として、昨今の広告をめぐる状況からして、広告のイメージが悪くなってきていることがあります。また、広告の存在感がかなり無くなってしまっていることもそうです。そのような状況下で、あらためて広告主の団体として、広告とはどのようなものであるか、その輪郭をはっきりさせるとともに、今後、さまざまな社会やテクノロジーの変化の中で広告とはどのようなものであるべきなのか、この二段構えで一旦定義をしておきたかったというのが今回の趣旨です。

中島 飯島さんのお話は大きな意味での背景だと思います。若干私から補足させていただきます。
 一般的に広告とは、マーケティングのコミュニケーション戦略の中核だと思いますが、どちらかと言いますと、事業戦略の一環として捉えられている部分が多々あります。もちろん当然、事業戦略の一環ではありますが、広告は企業のブランド戦略の根幹、企業の経営戦略の根幹といった面もありますので、今一度、広告というもの位置づけをもう一段高いステージに上げていきたいと思いました。
 また、本来は夢を与えるもの、人を幸せにするものが広告ですが、現時点では広告は嫌われ者、厄介なもの、信用できないものといったイメージで捉えられています。そのような状況を冷静に捉え、客観的な形で新たな広告像をつくっていきたいと考えたわけです。
 それでは、今回のプロジェクトに関わっていただきました皆さんから、広告の定義にどのようなことを盛り込みたかったのか、また、現在の広告に対する課題やあるべき姿などをおうかがいしたいと思います。
 まず、松風さんからお願いできますか。

松風 今回は、非常におもしろい機会を頂戴したと思っています。広告の定義の過程の中で、まず、どういう目線で発信するのかを皆さんで話し合いました。マーケティング・コミュニケーションの切り口も誰目線で定義をするのかによって変わってきます。ここはやはり、アドバタイザーズ協会ですから広告主が主体の目線で考えるという点を初期の段階でクリアにできたのはとても良かったと思っています。
 定義に盛り込みたかったこととしては、従来型の広告からいろいろな手段が生まれるなど激変していく環境の中で、広告の存在意義とは何なのかという点を見直していくことでした。また、広告のクレディビリティ(信頼、信憑性)やフェイク・コミュニケーションが多い中での広告主の責任などもクローズアップされるといいなと思って参加させていただきました。

中島 見山先生はいかがですか。

見山 飯島さんや中島さんのお話しのように、学生にとっても広告はどうしても邪魔になるので、広告を飛ばしてしまう、消す、別のことをやるなど、ほぼほぼ広告に触れたがらないという傾向が見られます。私どもの時代では、広告が社会のブームや雰囲気、文化などをつくってきたという印象が強いですから、単なる商品やサービスのアピールということではなく、何となく社会全体をつくるという重要な役割を果たしていたと思います。ですので、もう1回、広告とは何だったのだろうという原点に立ち返る必要があると感じました。
 また、テクノロジーの進化は人間の生活を豊かにしていく一方で、それを悪用する人たちもいるという面での課題とも向き合いながら、定義の中に今後の可能性についてもしっかり触れていきたいと考えていました。

中島 では、中塚さんからもお願いします。

中塚 今回のプロジェクトの大きな意義は、アドバタイザー自身がつくっている点だと思っています。SNS時代であっても大きな影響力を持つ広告主自身が広告の定義をどうしようかときちんと考える機会になっているという点がすごく大切だと感じています。ですので、さまざまな視点から多くの方々と細かな議論ができたことをうれしく感じています。

中島 今回、見山先生には学術と実業の双方の視点からご参加いただいたのですが、特に学術関係の方々との活発な議論があったのではないですか。

見山 そうですね。とても参考になる意見をたくさんいただきました。先行研究の分析や他の広告の定義などいろいろとお伝えいただきましたし、視点の違いをすごく意識をすることができました。
 今回は立ち位置という点が重要でした。定義を策定するときも、主語を何に置くかを慎重に考えました。アドバタイザーズ協会と広告主という2つの主語を変えることによって視点が変わるわけです。さらに、アドバタイザーズ協会がつくるということの意義をよく考えるきっかけをいただけたと思います。

中島 その点、中塚さんはいかがです。。

中塚 マーケティングの研究者の方々は、社会の状況をすごく反映したことをやっておられ、時には先を行くことすらあると感じていましたので、貴重かつさまざまな立場での意見が交錯したところが非常に良かったと思っています。また、広告の意義を考えるにあたって、きちんと歴史を踏まえたものになっている点は重要だったと思っています。

写真左より、飯島氏 見山氏 中塚氏 松風氏 中島氏

ブランド戦略における広告の役割変化

中島 巷間よく言われていますが、ブランド戦略の1丁目1番地は実は人事、人なんだと。最近はBtoB企業の広告もどんどん増えてきていますが、その狙いは会社の認知と同時に優秀な人材リクルーティングの意味合いも大きいと聞きます。まさに、ブランド戦略の1丁目1番地は人事、人ということであれば、広告はブランド戦略の1丁目1番地と言えるわけです。
 この点、現業の立場から中塚さん、いかがですか。

中塚 ブランド戦略については、ブランドの如何によって人が集まってくるかどうかも決まってきますので、リクルートの季節にはすごく多くなることを見ても、BtoB企業が非常に力を入れていることはわかります。ブランドというものをどう考えるか、どう見せるかによって、人事だけではなく、いろいろなことが決まると思いますので、経営課題の1つに置くべきものだと思っています。

中島 見山先生はどのように思われますか。

見山 以前は企業のイメージは、その商品からすぐに想起できました。商品から企業をイメージすることができましたから、結果として商品のイメージが企業ブランドをつくっていくという流れがあったと思います。しかし今、そもそも商品の広告を今の学生たちは目にする機会がかなり少ないので、「この商品はどこの会社?」と聞いても「どこだ?」といった反応が実は多いのです。
 今は、企業の価値観などを広くイメージとして伝えることによって、そこから興味を持って、その会社の製品にたどり着くといった感じで、順番が変わってきているのではないでしょうか。そのような変化が、広告の役割や企業における広告の位置づけを少しずつ変わってきていると感じています。

中島 松風さんはいかがですか。

松風 企業広告は、以前はリクルーティング・ツールの1つであると位置づけられていましたが、最近は確かに変化してきています。企業が社会と向き合う中で、社会や資本市場にどう企業の考えていることを伝えていくのかなど、リクルーティングの他にもさまざまな企業広告の役割があります。究極的には、さまざまな市場に企業の考えを伝えることによって企業がやろうとしている企業価値向上策をよりわかりやすく伝えるという方向に企業広告が働くといい、働くべきだと思っています。
 すなわち企業広告は、企業の資本のアロケーション(配分)の考え方であり、社会的価値の向上や人的価値の向上、企業価値の向上といった点に結びついていくという大きい役割を持っていると思っています。

資本のアロケーションと広告

中島 今、「資本のアロケーション」というお話がありましたが、まさにコミュニケーションや広告を1つの資本と捉えた場合に、これから先どのようなアロケーションが行われていくのか、また、今回の定義がそこに対してどのような働きをするのかという点は興味深いですね。
 この点について、見山先生はいかがお考えですか。

見山 先ほども話に出ましたが、広告が商品をPRしたり、サービスを伝えたりという手段としての役割から、次第に事業戦略、経営戦略といった上位概念につながっていくという傾向は間違いありません。それはすなわち、マーケティング自身が経営戦略にどう直結していくかということですし、広告が社会課題とどう向き合っていくかにも関連づけられる部分だと思います。
 従いまして、広告の社会的な役割や企業の中における役割は、これからどんどん重くなってくると思います。そして、社会に与える影響度合いも次第に変わっていくでしょう。広告が変わる、企業戦略が変わる、さらにはより本質的な課題に取り組んでいるといったメッセージが発信されることによって、結果として社会が変わっていくきっかけをつくるくらいの力は企業にあると思います。そのような方向に変わっていくことを期待しているところです。

中島 松風さんはいかがですか。

松風 投資のアロケーションという点で言うと、さまざまな企業でオーガニック成長というところにかじを切り直していると感じています。世界の企業においても、オーガニック成長をどうしていくかというウエイトがとても増えてきています。オーガニック成長の議論は、自社の今ある商材、事業、サービスに関するマーケティング投資をどう強化していくのか、広告投資をどう強化していくのかという点に直結すると思っています。

中島 オーガニック成長へのシフトといった流れはこれから先の重要なファクターであるという意味合いを、今回の定義に提示できているようにも思います。

松風 そうだと感じます。やはり経営の資本アロケーションの1つの大きな手段としてオーガニック成長の重要性が再注目をされていますから、その流れの中で、企業がどう市場やお客さまに向き合っていくのかという部分の再定義をさせていただいたのかなと思っています。

中島 それでは、中塚さんにお願いします。

中塚 一企業の広告担当者として考えますと、やはり広告の価値をどう表現していくのかは非常に難しくなっていると思っています。今回の定義は、広告に携わっている人たちの味方になっているように感じていて、広告の価値について、一広告担当者では言えないところを代弁してくれていると頼もしく思っています。

そもそもの語義から広告の定義を考える

中島 今回の策定に当たっては、さまざまなアプローチをしました。例えば、日本語、英語、ドイツ語、フランス語における広告の語義や背景などをリサーチし、広告の目的を絞り込んでいきました。その点に関して、飯島さんから説明していただきます。

飯島 今回、広告の定義を行う上で、広告という言葉やその基になった外来語ではどのような語源的な意味があるのかを一旦調べてみて、それを定義の出発点としようとしていました。
 まず、我々が普段使っている「広告」の基は、「廣ク告グ」ということで、アドバタイジング、アドバタイズメントの翻訳として明治5年から使用されていたという説があります(図1)。
 その基になった英語(advertise、advertisement)は、ラテン語の接頭語ad(to)とvertere(回す)という言葉から作られています。要するに、指し示されているポイントを見てくださいということで、人々の注目を集める、キュリアス(好奇心)にするという意味合いがあるようです(図2)。
 次に、フランス語では、la publicitéと言うのですが、これは英語で言うpublicです。ラテン語のpublicus(人民の、公共の、みんなの)から来ています。要するに、公に関わるものであるということでしょう(図3)。
 さらに、近代日本にとって大きな意味があったドイツ語です。die Werbungと言いますが、これは基になったwerbenという動詞が「宣伝をする」「売り込む」、さらには何「かを得ようとして努める」といった言葉のようです。すなわち、ある獲得すべき目的があって、それに向けて進んでいく、努力していくというような意味合いが入っているようです(図4)。
 以上のように、「広告」の意味合いとしては、まずは日本語の広告のように広くかつ人々の関心を引きつけるもので、その上で公のもので、そして、獲得目標に向かっていく動き、こういったものが広告の語義であることを確認して、そこから議論を開始したという流れになりました。

■「広告」の語源的探索

*頂戴したPPT図版を加工しています。

中島 飯島さん、ありがとうございます。
 今の説明を聞いていてあらためて思うのですが、広告は公益性を持たなくてはいけないという考え方は、フランス語の語源から来ているのかもしれませんね。
 その点、松風さんはどのようにお考えでしょうか。

松風 定義の議論の中でも、公益性をどう捉えるのかという議論がありました。最終的には、情報の出し手、受け手、双方のベネフィットにつながるような活動というところに落ち着いたと思います。
 その意味では、広く告げるだけではなく、その結果として、どういうベネフィットが出し手、受け手にあるのかという議論ができたのは非常に有意義だったと思っています。ドイツの広告の定義はおそらく情報の出し手が得たい果実を得るという意味合いが強いと思いますが、もちろんそれもあるけれども、やはり情報の受け手が社会であれば社会、消費者であれば消費者にとってもベネフィットがある、そういう公益性についての議論ができたと考えています。

中島 見山先生はいかがですか。

見山 やはりこれまでは、1方向性の広告が強かったと感じます。あまり双方向性という面はマス広告の場合は前提としていなかったです。
 それに対して、今はSNS等の浸透によって、受信者が発信者になるという形がどんどん起こっていますし、企業広告のフィードバックがすぐ消費者から戻ってきますからタイムラグがなくなってきています。私は、やはり双方向であったり、広告の関係性が循環したりというところをすごく意識していました。
 広告の定義の第二文の最後に、「われわれアドバタイザーは、広告によって生じる影響や効果を通じて生活者との間に好ましい循環を生み出し」と「循環」という言葉が入っていいます。これは以前の定義と大きく変化したポイントだと思います。

中島 中塚さんからお願いします。

中塚 私も、「循環」という考えは大切だと感じました。広告を出す側は「獲得」をメインにする場合が多いと思うのですが、その場合も必ず「お客さま視点に立って受け手のことを考えなさい」と言われます。しかし、お客さま視点というワードは、ある意味思考停止ワードです。さまざまなお客さま視点が登場してしまって収束しないのです。お客さまのためになっていないと言われたら、もう何も言えなくなるわけです。そういう意味で、広告にとって見る人の視点とは何なのだろうかと考えさせられる部分が定義の対象になったことは素晴らしいと思っています。

広告と社会、消費者との新たな関係性を

中島 それでは最後に、皆さんから広告の定義策定に当たっての思いを一言ずつお願いします。
 まず、見山先生からお願いできますか。

見山 広告の公益性も非常に重要なポイントですが、定義の第二文の最後に「社会と文化の持続的発展に貢献する」という文言を入れました点にも注目していただきたいです。この一文が入ったことで、現在の広告の課題を踏まえながら、未来に向けて一緒に走らそうという力強いメッセージ、宣言になっています。これは非常に良かったと思います。

中島 中塚さんはいかがです。

中塚 今回の広告の定義が、何よりも広まっていくこと、使われていくことが大切だと思っています。この考え方に沿って行動していくことが、広告主にとっても非常に幸せになることです。ただ、やはり一企業で考えるとすごく難しいです。社会という言葉を使わず、もう少しかみ砕いていかないと、その行動が難しくなっている感じもしますので、もっとブラッシュアップされていくことが必要だと感じています。

中島 松風さんからお願いします。

*定義中に「対価を伴う」という意味合いが見当たらないのですが

松風 この定義の中では、公益性、共益性、対価を伴うという、経済活動の中での企業としての重要な存在意義が明確にできたと思います。今は対価を伴わないコミュニケーション手段もたくさんあるわけですが、きちんと経済活動の中で新しい経済をつくっていくという意味合いを含めた定義にできたことは有意義でした。

中島 今回の広告の定義がさらなる議論を呼び、発展することを祈っておりますし、引き続き、皆さんのお力をお借りできればと思います。
 本日は長時間、どうもありがとうございました。

飯島 直己(いいじま なおみ)氏
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 事務局

*プロフィールをお願いします

松風 里栄子(しょうふう りえこ)氏
サッポロホールディングス株式会社 常務取締役
株式会社センシングアジア 代表取締役

見山 謙一郎(みやま けんいちろう)氏
昭和女子大学 人間社会学部現代教養学科 教授
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス 代表取締役 CEO

中塚 千恵(なかつか ちえ)氏
東京ガス株式会社 広報部

中島 聡(なかじま さとし)氏
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事

BOOKS

『GPUクラスタ×生成AI 
13のポイントで実現する次世代基盤とビジュアライゼーション実践ガイド』

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13のポイントで実現する次世代基盤とビジュアライゼーション実践ガイド』
大野 泰弘、力石 誠也、NTTPCコミュニケーションズ 著 NTT出版

 近年のChatGPTをはじめとする生成AIの急速な普及に伴い、AIを “使う” ことは誰にでも可能な時代になった。だが、それを“使える状態にする”ための基盤づくりには、依然として高い専門性が求められる。そんな生成AIを裏から支えるGPUクラスタ基盤の構築と実運用に焦点を当てた実務書が本書である。
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 2人は「高性能なGPUクラスタを作っただけでは意味がない。それを業務の中で『当たり前に使える』ようにするには、どれほどの配慮と調整が必要か」と語る。そのために、いかにフルスタックエンジニアリングが重要性であるのか、現場のリアルな意見が展開されている点も印象深い。
 生成AIの社会実装を「研究開発」から「事業化」へとシフトさせる際に問われるのが、「社会インフラとしての設計力」である。多くの企業がクラウドや大規模計算リソースを導入しながらも、その先の持続的な運用・拡張・可視化に苦戦している現状に、本書は大きな示唆を与えるだろう。
 AI時代に不可欠な“GPUクラスタ”技術をどのようにビジネスに展開していくかに関心を持つ人に、ぜひ手に取ってほしい。

Recommended by 植草 健次郎
エヌ・ティ・ティ出版株式会社