大坪檀のマーケティング見・聞・録
日本は予期せぬ勢いで訪れる外国訪問客で溢れかえっている。 2030年には訪日観光客 6,000万人の目標は達成されそうな勢いで、オーバーツーリズムなどの言葉をもたらした。戦後駐留軍のアメリカ人が帰国して日本文化を紹介、日本に対するアメリカ人のイメージ形成に大きな影響を及ぼした。今回、大量の訪日客が日本文化、経済に対して抱いた印象が次なる時代の日本イメージ形成に大きく影響することになるのではないか。
いろいろな文化背景を持つ訪日客の日々の行動、関心、消費行動は日本のマーケターにとってまたとない異形の大マーケット、新調査対象が目の前に誕生したことにもなる。日本のマーケターはこの新市場を前に今後どのように挑戦するのか。腕の振るい方が問われる。おもてなしが日本のマーケティングの核になるような声が一時あったが、日本の人口の半分にもあたるこの観光客6,000万人を迎えて、この日本で“日本ならでは“の何か革新的なマーケティングの視点、手法、アイデアが生み出せるのではないか。世界が注目するような思いがけない観光マーケティングの新たな取り組み、展開も期待される。
これまで日本を訪れた観光客の評価は非常に良い。バラエティに富んだ伝統的な日本の食文化、秩序ある社会行動と治安の良さ、新幹線をはじめとする公共交通機関の発展、その正確な運行を評価するものなどさまざま。友人のアメリカの大学教授が新幹線はいつもおなじマークのところに停車するとびっくり。
失われた30年などと日本の経済状態を悲観的に見る人が多々いるが、こういった観光客のコメントから見てもこの数十年間に日本が成し遂げた素晴らしい改革は多々ある。日本はどこに行ってもきれい、清潔、美しい美観だという言葉もその一つ。日本の公共トイレがきれいだというだけではない。街並み、田園の美しさ、道にごみが落ちていない、ごみ箱がない、走行している自家用車はピカピカだと。道行く人の身だしなみもこざっぱり。観光客に日本はきれいだといわれても日本人にとっては言われてみればという感じ。目の前の美しい、きれいな街は当たり前になった。
戦後の日本の風景は空き缶、コーラなど飲料系の空瓶、それに一般ごみで無残なものだった。ボランティアグループや行政機関のブルドーザーが白砂青松の海岸を清掃する姿は珍しくなかった。大都会では屋外広告がこれでもかこれでもかと言われるくらいにはりめぐらされた。広告関係者は広告効果の高い地点を探しまわった。筆者も宣伝部長時代には広告代理店と広告の掲示場所を見て回った。アメリカで現地会社の経営に参加した際に真っ先に考えたのは、アメリカの高速道路の沿線に大型の看板を掲げ商品の認知度を高めることだった。
新幹線や高速道路の開発が始まった当初、沿線は屋外広告であふれ美観が損なわれると多くの人が懸念、心配したものだ。だがそうならなかった。屋外看板はどこに行ったのかと思うくらいに日本の風景は一新。都市の美観運動、環境汚染問題解消に国を挙げての取り組み、オリンピックをはじめとする国際行事、海外交流で触れ生まれたた都市や田園に対する美観意識や公共意識の向上、潜在的に存在する日本人の清潔感、美意識が根底で大きく働いたこともあろう。
かなり前に新たに登場した屋外広告規制も都市景観の美観向上に大きく作動した。改めて広告規制のガイドラインや関連条例を手にしてみると、それが旧来の屋外広告活動に大変容を求め、都市景観創造活動を活発化し、日本のマーケターに積極的に大変身させる原動力ともなった。多くの都市や町が都市景観賞や都市景観大賞を受賞。令和6年度には天童温泉街地区(山形)、汐留イタリア街地区(東京)、堀川納屋橋地区(愛知)、中之島公園公会堂周辺地区(大阪)、大名二丁目地区(福岡)が都市景観大賞を受賞した。政府は歴史的風致維持向上計画の認定制度を制定、令和6年度までには97都市が認定されるなど日本全体を通して美化活動が展開されてきた。これからは身近な広告媒体でもあり案内標識でもある電柱の地中化だという。
デジタルメディアの登場と広告制作の革新的変容と美しい均整の取れた広告作品の登場も広告の風景を大きく変化させている。訪日観光客は携帯で動きまわる。レストランで同席した観光客が携帯を出して北京から来たと自己紹介、歩く人の目は常に携帯にあり、伝統的な広告や媒体は姿を消すしかなかったのだ。デジタル化がマーケティング活動に革命的な変革をもたらし始めていることも再認識する次第だ。
Text 大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 特別教授