山本 裕介
グーグル合同会社 ブランドマーケティング 統括部長
新春提言
最近、つくづく思うことがあります。2020年からのコロナの3年間は、いったい「自分にとって」どういう時代・時期だったのだろうかと。
一般的には、自由に移動できず、人に会えず、行動が制限され、景気が悪くなり、政治や行政の混乱が可視化され、というふうに負の側面が強調された時代だと思いますし、それには自分も同意します。
一方で、「自分にとって」本当にどういう時代だったのか、ということを考えてみた時には、もしかして違うのではないかと思うのです。
個人的なことになりますが、自分は家族とともにコロナと関係なくたまたまタイミングが重なり、2020年3月に東京から長野の山に囲まれたエリアに引っ越しました。確かに人には会いにくかったですし、田舎ならではの「都会から来た人=ウイルスを持ってくる人」という偏見も多少はありましたし、実際にスーパーに行く時も車のナンバープレートを気にしたりした時期もありました。
一方で、違う視点から見れば、自然に囲まれた環境で、家族だけで家の周りだけでも十分に楽しく、家の中で二人の子どもとともにゆっくり話し合ったり、遊んだり、料理をつくったり、そういったことを完全フルリモート勤務の合間に楽しめて、家族の絆を深めることができました。
また、2022年に家族全員でコロナにかかったのですが、その時も田舎ならではの距離感の近さにより、周囲の方が玄関前に食べ物などを差し入れしてくれたりして、本当にコミュニティのありがたさを感じた時期でもありました。
妻は飲食業と医療系に従事しているため、家族としては収入減や行動の大幅な制限など、よくいわれている現実的な部分にももちろん苦しめられましたが、それでもふと今思うのです。あの時代は自分たち家族にとって本当に悲惨な時代だったのかと。
時代の空気というものはいかんともしがたくあり、誰もがその影響を受けます。特にコロナのような「正体がわからないもの」については、誰もがあとから振り返れば滑稽、あるいは的外れなほどに恐れ、あるいは逆にあえて非科学的なほどに気にしない(そんなものがないかのように振る舞う)というような極端な態度にたどりつきがちです。
しかしマーケターである我々にとって、「いまは悲惨な時代です」という一般的に共有されていることを繰り返して、更に時代を暗くして、本当に意味があったのだろうかと、今振り返って反省しています。
本当はポジティブなこと、豊かなこと、幸せなこともあったのではないかと。そしてそれは、メディアを通じて流布される「悲惨な時代」に圧倒されるのではなく、あくまで自分個人の身体感覚・人間関係・コミュニティ・長期的で強靭な思考から、自分の力で導き出すべきことではなかったかと。
実は萌芽はいくつもありました。例えば、学校の授業がオンラインになったことは、一般的には学校・教師や家庭の負担増として語られがちです。一方で、それまで不登校だった子がオンラインの授業になら参加できたり、教室で発言するのが苦手だった子がテキストのチャットだと発言できたりと、「本当にインクルーシブな教育とは何か」を考え直す契機だったというポジティブな側面もあったはずです。
また、これまでオフィスにがんじがらめにされてきた働く人たちが在宅勤務で「働く場所=オフィス街」ではなく「住む場所=地元の町」にいたことは、ローカル経済の売上増(都心部でそれまで使われてきたお金が町の小さなお店に落ちる)やコミュニティ活動の活発化にいくばくかは貢献したと思われます。
さらに、個人的にはリモート勤務や会議の合間に掃除などの家事をしたことは、「考えてやらないといけないけど単調な繰り返し作業でもある家事」がマインドフルネスに非常に向いていると感じました。単調な作業を繰り返しているうちに心が落ち着き、リモート勤務に戻った時に頭も心もスッキリしている自分を発見しました。「男性も家事をやるべき」という「べき論」ではなく、「家事をやるとビジネスのパフォーマンスも上がる」という新しいナラティブが開発できそうな予感がしています。
他にも改善すべき点=これから可能性がある領域はたくさんあると思います。例えば家族全員がコロナにかかった時に、保健所の方からたくさんの健康観察のお電話をいただきました。大変な中で一生懸命働かれている保健所や医療関係者の皆様には感謝しかありません。一方で、タイミングや担当者によって聞かれる項目が違っていたりして、明らかに統一的なデータベースが構築されておらず、「電話による手書きのメモ」=「構造化されていないデータ」になっている状況が見受けられました。これらはデジタル化することで、大幅な効率化と負担減ができると思います。
こういったことすべては、自分の捉え方次第です。「いろんな人と会えないつらい時期」ととるか、「家族との絆を深める豊かな時期」ととるか。「オフィスや学校に行けない効率の悪い時期」ととるか、「新たなアプローチでより多くのそして多様な人にとって本当にインクルーシブな方法を試せる時期」ととるか。
自分が住む長野エリアでは、それまで都市部に住んでいた人たちが続々と移住してきていて、新たなビジネスや社会貢献プロジェクトをどんどん進めています。マクロではこれまではありえなかった「社会的リソースの巨大な再配分」が進んでいると感じますし、ミクロの個人レベルでは様々な場所やコミュニティに関わることで、自分の中の多様性が増し、より豊かな人生を送れるようになるという可能性を感じています。
2023年を迎えて今強く思うこと。それは、マーケターである自分にとっての社会的な仕事は「ポジティブなフレーミングをきちんと提示すること」。そのためには、まさに今回のテーマである「自分の足できちんと立ち」「自分だけの体験と感覚をきちんと味わい」「それを他者や社会と共有可能な形に落とし込んで広く発信すること」が大切だと強く思います。
かつては「時代の空気を鋭く捉えてそれにうまく乗っていく、重ねていく」のがマーケターの仕事だといわれていたと思いますが、今後は「時代をポジティブにフレーミングし、時代の定義そのものに対して新たな視座を提供する」「不安や不満や非効率や不幸を、挑戦すべき課題と伸びしろ、そして達成した時の喜びに変えていく」のがマーケターの仕事になると思いますし、一個人として、それに向けて活動していきたいという決意を胸にしております。今年も何卒よろしくお願いいたします。
山本 裕介
グーグル合同会社 ブランドマーケティング 統括部長
大手広告代理店で経験を積んだ後、Twitter日本上陸時のマーケティング・広報を担当。現在はグーグルの日本市場でのコーポレートブランディングと、テクノロジーを活用してより良い社会を実現するための各種プロジェクトを担当。