寄稿


ここから「老い」を考える

中塚 千恵
東京ガス株式会社 広報部広告グループ マネージャー

新春提言

 「まさかの定年間近」「定年後も、この先働ければなんでもよい」「やっぱり、どんな職場でも働けるとは言わないほうがよい」など、様々な言葉がでてくる。
 定年まであと数年をむかえた同期との懇親会での会話である。記念撮影した写真を入社数年で会社を辞めた友人にLINEでおくったら、「みんな、小さくなったり、大きくなったりしている」と言う。
 大きくなることは多々あるが、ついに「小さくなった」人がでてきたことに驚いた。月日が流れたことを感じる。
 これから、バブル期に入社した人たちの多くが続々と定年を迎えていく。普段は自分の年齢には気づけないことが多いだろうなかで、定年は、年齢を、そして、老いを知らされるひとつの大きな節目である。これから自分はどうなっていくのだろうか。

 先人たちは、「まだ若いのに」「老人、高齢者とは失礼」と訴え、その結果、「アクティブシニア」と名付けられ、さまざまな商品やサービスが提供された。現在は、「どのように老いるか」がより強調されている。医療・医療関係費負担を考えると、高齢期において健康であることが最大の節約なのかもしれない。
 最近売れた本として、『70歳が老化の分れ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(和田秀樹著、詩想社 2022)がある。同書では、「70代」を人生における「最後の活動期」とし、この時期にどう過ごすかが、その後の暮らしを決めるとした。要介護になるのではなく、晩年をイキイキ暮らしたいと願い続けるのは当然のことだろう、そのためには、意図的に老いを遠ざける「努力が必要」だと、筆者は説く。
 老いを遅らせるためには、「一生仕事にたずさわる」「趣味を現役時代に作ること」「肉を食べる」「ダイエットしない」「医療との付き合い方」などが必要と語られる。活動的であること、そして、どう病気と向き合うかがポイントだ。
 「よく老いる」ためには何かしらの意図を持った生活が必要なのだ。最後の活動期に努力をしないと、望む生き方ができなくなる可能性が高まる。この本を読むと、「老い」に緊張する。
 その他にも和田氏には、『80歳の壁』(幻冬舎新書)というベストセラーがある。同書のなかでも、80歳を目前に寝たきりや要介護になる人が多いことを指摘し、その壁を乗り越えるには、嫌なことはやらずに好きなことだけをすることが大切だとした。
 好きなことだけをする。・・・本当にできるのだろうか。なんとなく難しいように感じる自分は既によい老い方を目指すのに失格のように思える。

 超高齢社会が進展するなかでは、よく老いるために努力をする人たちは益々増えるだろう。個人の努力に対し、世の中はどう変わっていくのか。
 老いという意味で「更年期」を例にとると、現在拡大中の市場である「フェムテック」がある。これは、ライフステージごとの女性の課題を解決する商品・サービスの総称であるが、更年期における課題が一般的になったことを感じる。筆者は、10年以上前に、入浴の効果に関する調査研究を行っていたが、更年期の問題を扱うことは、その当時はなんとなく闇で、自分自身がためらってしまった。今は異なる。
 理由もなく、やる気や元気がなくなった中高年の男性たち。その原因は「ストレス?ではなく、更年期?」と呼ぶ人たちもまわりに増えてきたように感じる。「老い」の受け容れが少しずつ始まっているといえるかもしれない。
 一方、生活の基盤にもなる「働くこと」はどうか。
 「年の離れた旦那はすでに第2の定年を迎えたんだよね、これから家に居続けるのならば親の介護をお願い!と言ったら、自分で必死に仕事を探してきた。よっぽど(介護が)嫌だったんだなー」と知人が話す。
 両親をすでに亡くし60歳になったばかりの女性は、「私は一人なんです。独身なので。次の定年を迎えたら、きっと働く場はないと思う。自分が社会の邪魔にならないようにしたい。その手を打ちたいので、いまは介護付きの安い老人ホームを探しているところ。そして身体が動くいまのうちは遊びたい」と話す。
 毎日行く場所があること、働く場所があることはありがたいことなのだ。それをヒシヒシと感じるのが老いの時期、定年後なのである。
 社会人になるときに、これからの仕事に不安を感じる人がいるように、仕事の終わりがみえてきたときに、不 安をまた感じていく。この話、過去に聞いたような気がする、悩みはまだまだ繰り返されている。
 労働人口が減るなかで望めば働き続けることができるのか。

 仕事で、「頑張っても報われないと感じる人へのメッセージ」を考えた。
 30代になりたての女性が考える20~30代へのメッセージは、「嫌なことあっても、将来いいことあるよ。いまの経験も無駄じゃないよ」。一方、50代以上へのメッセージは、「嫌なことあったら、まあ、おいしいごはん食べて、お風呂にでも入って日々頑張って」と。
 彼女に「あなたのお母さんには将来に向けたメッセージはないの?」と言ったら、黙ってしまった。
 30代の女性にとって、50代のお母さんの「老いる」とは、「将来に希望をもって生きること」ではなく、「日々を無事に生きること」だと映っているのである。
 多様性と包摂性の重要性が強く語られる状況下では「いまの若者は」という言葉を使うのは、禁じ手である。自己評価と他者からの評価が異なる今後の老人たちはどのように社会に受け容れられていくのか。わからない。
わからないことを紐解き暮らしていくのはこれまでとは変わらないが、「何とかなる、なるようになる」ではどうやら済まされない。謙虚で真摯に緊張して向き合っていかなくてはならないだろう。
 よい老い方はますます追求される。さまざまな情報が拡散されていく。やはり受け容れ、老いに抗っていくことになる。小さい声を世の中にあげたとしても無視されると思ってきたが、様々な人が生きやすい社会が、少しずつでも始まるよう、少しは貢献していきたい。

中塚 千恵
東京ガス株式会社 広報部広告グループ マネージャー

主に企業広告とCIを担当。現在放映中の「東京ガス がんばる 脱!炭素」、「子育てのプレイボール」などのCM企画統括。
東京ガス入社後は都市生活研究所で長く生活者研究を実施したのち、CSR・社会貢献、環境などのサスティビナリティに関わる部門に所属、さらに、現場でのロビー活動を行った。
現在、関東学院大学経済学大学院博士課程後期に在学し、『マーケティング ホライズン』誌でも発信してきた「超関与消費(特にスペクテイター・サービス)のメカニズムの研究」に取り組む。