第15回
セレンディピティと閃き②

Something New

 私たちは日常的にさまざまな偶然に出会います。まれにある驚くような偶然から、気づかないような小さな偶然まで千差万別です。でもそれらの中には、“幸運な偶然”と呼ばれるセレンディピティに至るものもきっとあることでしょう。今回はSomething Newという視点から、「閃き」とセレンディピティについて考えてみましょう。

セレンディピティのタイプ

 前回取り上げたDMNの発見とセレンディピティでは、もともとめざしていた課題(研究テーマ)とは異なる想定外の現象の発見でした。メインテーマに対して、視点を変えた本来の目的とは異なるところで偶然に発見されたものです。
 セレンディピティについて、この言葉を生み出したH・ウォルポールは「偶然と才気によって探していないものを発見すること」と述べています。つまり「ある目的の中で思いもかけない偶然に出会い、聡明さをもって異なる新たな価値を発見する」という考え方です。ここで重要なことは「探していないものを」という表現です。「探していない」=「想定外」=「まったく考えてなかったこと」の偶然による発見は、ある程度予測できる想定内の発見とは比較にならないくらいにインパクトの大きいものです。想定外の事柄の発見とそれを導く“偶然”という不確実な要素の結びつきの絶妙さに、セレンディピティの特徴があります。
 このような「課題となる目的とは異なるものの価値を偶然発見すること」がセレンディピティの基本形といえましょう。これらの思考の流れを見た時に、課題に向かうベクトルが途中から横道にそれることで広がりを持たせる「拡散的思考法」とみることができます。
 目的に対して道草的に寄り道で出会った偶然の発見が、実はもともとの課題に対し求められていた“解”になることもありえます。レントゲン博士が課題の実験で試行錯誤する中で、ふと実験室を見回した時にたまたま目にした光る物質の発見は、課題であるX線の発見に至りました。つまり想定していなかった新たな発見が、実は本来の課題の“解”となるものであったということになります。このように偶然による異なる新たな価値の発見が、結果的には本来の課題の解決に繋がるものもあり、セレンディピティの変化形ともいえます。この思考の流れは途中で横に広がることもありますが、結果的に本来の課題に収束する合目的的という点から、収束的思考法の変化形とみることもできます。
 ここまで見てきたようにセレンディピティは、大きく2つのタイプ-基本形の拡散的思考法と収束的思考法の変化形-に分けられます。ウォルポールが提唱した本来の意味でのセレンディピティは、社会学者のR・K・マートンが「科学の進歩はセレンディピティの貢献が大きい」と述べているように、基本形の拡散的思考法あるいは収束的思考法の変化形を問わず、ノーベル賞クラスの発明発見に代表される科学分野に顕著にみられます。

日常的なセレンディピティ

 これらに対して日常レベルで用いる広義の意味でのセレンディピティは、本来の定義にある「探してないものを~」という部分のニュアンスが小さくなり、偶然による思いもかけない発見とその結果としての幸福感に重きが置かれています。すなわち「偶然」→「思いもかけない発見」→「幸福感に至る」となります。さらにこのような思わぬものを偶然に発見する能力、偶然がもたらす幸運を見つける力のように、いわば“セレンディピティ力”のような能力をもつ人を表す言葉としても用いられています。
 この幸福感を伴う発見やそれらを見いだす能力としての意味合いは、語源のヒントとなった物語を貫く幸福に至る考え方や、次々と登場する難問を見事に解いていく聡明な主人公たちの能力に注目したものとも言えます。このことは代表的な英語辞典、日本語辞典などの“辞書(辞典)”にも反映されており、多くの場合に「~を見つけ出す能力」とか「幸運」という説明がみられます。つまり人々に広く啓蒙する“辞書(辞典)”という媒体が、セレンディピティの意味合いをより身近なものとして分かりやすく捉えているということになります。「幸運な偶然」「思わぬものを偶然発見する能力」という親しみやすくかつ夢を持てるような意味合いゆえに、一般的な意味として広がったのでしょう。

創造的思考とセレンディピティ

 創造的思考法の閃きとの関係について考えてみましょう。代表的なワラスの4段階説の第3段階の“閃き”には、頭の中で突然閃く「発想」と外部からの刺激がトリガーとなって閃く「着想」とがあります。周りや人を見て、人の話を聞いて、何か体験をしてといったように日常の小さな偶然がきっかけで閃くという着想は、多くの場合にセレンディピティと重なります。
 一般に創造的思考は課題に向かう直線的な思考法であり、その意味で着想を閃きの一つの要素(他には発想もあります)とする4段階説と、収束的思考法の変化形としてのセレンディピティとはかなり共通点も多くみられます。
 何か新しいことを思いついたり、同じモノでも新鮮な見方を見つけたりと、私たちの日常には、ふとした小さな出来事や小さな偶然をきっかけに閃きを得るシーンに溢れています。それら無数にある小さな偶然の中から、思いもかけない幸運へと繋がるセレンディピティに巡り会う、見つけ出すための方策を次回は考えてみましょう。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員

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