INTERVIEW


流行言葉の裏に潜む変化を読む


生活者の意識や行動を言語化する

長田 麻衣 氏
SHIBUYA109 lab.所長

 「〇〇界隈」「〇〇推し」「エモい」など、生活者発のさまざまなトレンドワード。そのような言葉が広まっていく背景には、どのような生活者の意識や価値観の変化があるのでしょう。若者の行動や意識の変化に日々アンテナを張られている長田麻衣さんに、これらの言葉が拡散する理由をはじめ、若者トレンド分析の勘どころなどについてお話を伺いました。

心地よいコミュニティサイズが「界隈」

───まず、長田さんが現在取り組まれている研究内容やお仕事についてお話しいただけますか。

長田 私たちは、「SHIBUYA109 lab.」という若者マーケティング機関を運営しています。SHIBUYA109のターゲット層である15歳から24歳の若者のトレンドや消費の価値観の実態を調査し、その結果をSHIBUYA109のマーケティングに活用しています。また、外部企業さまのマーケティングサポート事業も行っています。主な活動内容としては、毎月200人の若者に直接会って生の声を聞かせてもらったり、様々なテーマでグループインタビューを実施したりしています。

SHIBUYA109 lab.とは
2018年に設立された、15歳-24歳の若者に特化したマーケティング機関。普段はSHIBUYA109を活動拠点に、様々なテーマでヒアリングやグループインタビューなどの調査、イベントを実施。毎月およそ200人のaround20(15~24歳)の男女と接することを通じ、“若者と企業・社会をつなぐ架け橋”として、多くの企業のマーケティングサポートを行っている。

SHIBUYA109 lab.

───今回は、生活者が発信した言葉の価値について考察しようと思っています。現在「界隈」という言葉が生活者の間で盛んに使われていますが、この言葉について、どのような位置付けなのか、なぜこれほど使われるようになったのかお聞かせいただけますでしょうか。

長田 「界隈」という言葉が出てきたのは2022年頃で、その年のSHIBUYA109 lab.トレンド大賞2022にて「界隈消費」を提唱しました。ただ、界隈については私たちが名付けたというより、若者の間で自然に使われ始めた言葉から気づきを得たというほうが正しいかもしれません。当時、若者にヒアリングを行う中で、界隈という言葉が日常的に使われる頻度が増えてきたことを発見しました。例えば、K-POPが好きな子たちからに話を聞くと、「K-POP界隈では~」と話し始める、といった感じで自然に会話の中で頻繁に見られるようになったのです。その現象を深掘りしていった結果、トレンドとして注目されるようになりました。

 界隈という言葉が若者に広く使われる理由は、“心地よいコミュニティサイズとの連動”という側面があるように分析しています。コロナ禍を経て、浅く広いコミュニティよりも“深く狭いコミュニティを大事にする”意識が強まったのです。この流れはコロナ禍が明けてからも続いています。いろいろな不特定多数の人たちと共感できることを探すよりも、本当に自分が好きなことや好きな文化、コンテンツを軸に共感できる人たちだけで楽しんで熱量を共有し合うほうが、若者にとって心地よいと感じられているのでしょう。炎上したり、傷つけたり傷つけられるリスクも減りますから、そういう深いコミュニティの中で楽しんでいきたいという意識につながっているように思えます。ですから、界隈という言葉で表現されるコミュニティは、はっきりとした輪郭がなく、出入り自由で、強制力や所属している感じもないのが特徴です。それぞれが自分の心地よい距離感でそれぞれの界隈と接することができる点が、今の若者のコミュニケーションスタイルやコミュニティのサイズ感とフィットしていると思います。
 その背景として、コロナ禍が明けて再びコミュニケーション量が増えた結果、多くの人が疲れているように感じますね。そのため今年は、自然界隈、自然に赴くトレンドやデジタルデトックスのような行動が増えています。自分たちにとってちょうどいいコミュニケーションと行動量とデジタルの情報量はどのようなものか、心地よさやウェルビーイングを模索する動きを広がっています。

───人間関係に疲れてしまった中高年っぽい意識になっているのでしょうか。若者の老人化といったことは感じますか。

長田 大人になっていくと仕事・結婚・育児などで次第にライフスタイルが分岐し、友だちと呼べる人数が絞られていくことはあると思うのですが、それがコロナ禍によって、若者の中で早めに訪れてしまったのでしょうか。また、今の若者は、大学生でも高校生のときのカルチャーを懐かしむといったように自分たちの青春を懐かしむ行動もありますから、人生で経験することが前倒しに起きてしまっている感じはありますので大人びた印象のある若者は多いかもしれません。

界隈の中での実感に基づいた発信力

───若者はコミュニティにあまり深入りしないという一方で、発信力が高いという特徴もあります。それにはどういう背景があるのでしょう。

長田 基本的に若者たちは、デジタル上でのコミュニケーションをごく当たり前に行ってきた世代です。写真加工や動画編集は無料アプリで誰でも簡単にできるため、ビジュアル面における表現スキルが非常に高いという土台があります。しかし、不特定多数に影響力を持っているわけでもなくて、自分たちの界隈の中で共感を得られることに特化しているのが特徴です。共感できるポイントを実感しているからこそ、みんなが「わかる!」と楽しんでもらえる表現で発信できるのです。

───界隈という言葉が話題になるにつれて、もう少し上の大人たちも使うようになっているのでしょうか。

長田 今の推し活と呼ばれている消費行動は、従来では「オタク趣味」といった少しネガティブな論調で語られることも多かったと思います。界隈という言葉が広まったことで、これまで言いづらかったことを大っぴらに表現できるようになったと感じているのではないでしょうか。今まではこうあるべきだとか、こういうことはちょっとダサいよね、キモイよねといったネガティブな空気があって言えなかったことが堂々と言えるような風土が醸成されていくのではないでしょうか。
 界隈は、共感できることでつながっていますから、そもそも否定せずいろいろな正解があって当たり前といった価値観が尊重されやすいです。Z世代が行っていることが世の中に知れ渡ることで、上の世代の人たちも生きやすくなっているのだと思います。

───確かにおっしゃるとおり、誰かがよりいい意味に変換してくれると、行動しやすくなりますよね。

「気まずい」に敏感な大人しい若者たち

───界隈以外にもなにか若者が発信した言葉で広まっているという例はありますか。

長田 推しもそうですよね。あとは、エモい、チルい・チルするなどでしょうか。
 最近では「気まずい」という言葉に注目しています。最近、若い人たちが頻繁に使うのです。みんな、調和を乱さない、コミュニティの調和を乱したくないという意識が非常に強いため、自分だけ目立つと“気まずい”とのこと。自分だけみんなの前で褒められることさえも気まずく感じるそうです。これから社会の中で課題になっていく言葉だと思います。

───確かに今の若者はおとなしいですね。

長田 みんな少しいい子ぶる傾向もあると思います。真面目ですし、何か言われたらしっかりやるのですが、なるべく同期から目立ちたくない、注目されることを非常に怖がっています。同期からどう見られているかと周りの目をとても意識します。だんだんZ世代も社会に出てきていますから、今後は、職場マネジメントや採用、育成の方法、さらにマーケティング自体にも大きな影響を与えるだろうと感じています。

言葉の裏の変化の兆しにアンテナを張る

───受け入れられて広まっていく言葉というのは、ある種の共感や価値観に合うことが非常に重要になるのでしょうか。

長田 そうですね。界隈という言葉も、結局心地よいコミュニティのあり方と言葉がリンクしているからこそ使われていると思います。言葉から先に生まれるのではく、そのような気持ちや心地よく、こうありたいといった意識が言葉として表現されるのだと思います。その意識の変化や行動の変化をしっかり見ていくことで、言葉の変化の兆しやそれに伴う消費の変化、コミュニケーションの変化などが見えてくるのだと感じます。唐突に出てきた言葉の裏にどういう変化があるのかを分析することが重要です。

───なるほど。毎月のインタビューなどで得られる言葉について、どのような視点で分析していらっしゃるのでしょうか。

長田 一番注目しているのは矛盾点を探すことでしょうか。例えば、最近は人を引っ張っていくことや、自分の軸を持って生きるといったエネルギッシュでパワフルなマインドに注目が高まってきているのですが、反面、そのような何かを頑張っている人を見ると、ちょっとイタいと思う冷笑系な反応を見せる子もいます。なぜ冷笑してしまうのかを分析した結果、その裏にあるものは、おそらく一人で頑張っている姿が他の人にとっては気まずい・恥ずかしいと感じてしまうことにあります。今の世代にとって“頑張る”というのは、仲間内で一つのことを頑張るということが前提になっているため、味方がいない状態で単独で頑張る姿勢に対して少しネガティブな気持ちを抱くのだろうと推測します。
 こうして分析を進めると、一口にエネルギッシュなマインドといっても、独りよがりに単独行動することが求められているのではなく、熱量を共有しあえる仲間内でエネルギッシュにアクションをしていくことが支持されているということがわかってきます。パワフルな気持ちや動きがあるなかで、発言された言葉のギャップを見つけていく。さらにそのギャップに今の世代に特有の動きがないか、どのように変化していくかをイメージしていくことを心がけています。

───確かに、会議など、みんなで顔を合わせることも目的の一つと考えることも多いように感じます。みんなで頑張るというのが、重要なんですね。

長田 そうなんです。若い人たちの消費行動もそのような流れにあります。例えば、美容の話題でも、一人で自分のメイクスキルを高めていくのではなくて、いろいろなSNSで、これよかった、あれよかったとお勧めし合い、共有し合って、それぞれがどんどん美容やメイクに詳しくなっていくという行動が当たり前になっています。おそらく何をするにも、共有しながらみんなで一緒に取り組むというスタンスが基本になっているのだと思います。

センシティブな意識を最適に言語化する

───さまざまな企業が界隈消費に注目していると感じていますか。

長田 最近すごく感じています。界隈の取材も多いですね。顧客を理解するには、デモグラフィックではなくて、各界隈に合わせたやり方が適しているので、マーケティングの中ではますます重要になってくるでしょう。ただし、コミュニケーションの中で使う際は慎重であるべきだと思います。使い方のトーンがとても難しいので、トーンなどを知らずに、流行っているからと短絡的に使用してしまうと、逆に炎上のリスクもあります。非常にセンシティブに扱うべきでしょう。

───生活者から発信された言葉の持つ価値を把握するのはすごく難しいですよね。言葉の価値をまとめる・伝えるという役割は必要だと感じますか。

長田 そうですね、SHIBUYA109 lab.はその役割を担っていると感じます。生活者側の実態を理解している企業がいなければ、生活者側もしあわせになれないですよね。そのきっかけになるような言葉や消費の実態を正確に伝えていくことがわたしたちの役目だと思っています。そのためにも、できるだけ正しく読み解き適切に言語化することがとても重要です。

───最後に、本誌の読者に、若者の動向や言葉が持つ力をどのように活用すればよいかなどアドバイスをお願いします。

中塚 いろいろな若者のトレンドに企業が乗っかることもありますが、デジタルネイティブの若者たちのSNSに対する感性は、正直私たちにも想像できないことも多く含まれます。そのセンシティブさを前提に理解しないと、企業側は受け入れられずハレーションを起こしてしまうこともあるでしょう。単なるトレンドとして見るのではなく、生活者の実態に寄り添い、深く理解をするために向き合う姿勢が欠かせません。
 消費やトレンドなどは、そもそも消費者のほうが主導権を持っています。一方的に企業が推し進める形では成功は難しいですね。界隈などは消費者の世界に企業が参加していくというスタンスで接しないと、そもそもの接点が作りにくくなってしまいます。一緒に同じ目線で楽しんでいくといった姿勢が大切だと思います。

───本日はいろいろなお話ができて、本当によかったです。ありがとうございました。

(Interviewer:中塚 千恵 本誌編集委員)

長田 麻衣(おさだ まい)氏
SHIBUYA109 lab.所長

総合マーケティング会社にて、主に化粧品・食品・玩具メーカーの商品開発・ブランディング・ターゲット設定のための調査やPR サポートを経て、2017年にSHIBUYA109エンタテイメントに入社。
SHIBUYA109エンタテイメント マーケティング担当としてマーケティング部の立ち上げを行い、18 年5月に若者マーケティング機関「SHIBUYA109 lab.」を設立。
現在は毎月200人のaround 20(15歳~24 歳の男女)と接する毎日を過ごしている。宣伝会議等でのセミナー登壇・TBS『ひるおび!』コメンテーター。
著書『若者の「生の声」から創る SHIBUYA109式 Z世代マーケティング(プレジデント社)』、その他メディア寄稿・掲載多数。