上野 万里 氏
マーケティング・ライター
はじめに
生活者発の言葉を生み出すその主体は10~20代と言われています。10~20代の若者は、新たに生まれた言葉をどのように使い、その言葉についてどのように考えているのでしょうか。若者の一人として座談会を通じて考えてみました。
座談会の概要
参加者:20代
・男性/大学生
・女性/社会人(入社2年目)
・女性/社会人(産休育休中)
質問項目:
Q. 界隈という言葉を使っているか
Q. 生活者発の流行っている言葉をどのように探しているか。使っているか
Q. 生活者発の言葉が定着していく理由をどう考えるか
言語化の意味
今回の座談会の内容を受けて、若者言葉を使っている当事者・同世代者として、若者言葉について言葉を見つめる立場から思うところを述べていこうと思います。私は言葉を専攻していたわけでも、言葉に関する仕事についているわけでもないので、あくまで若者言葉を実際に使用している若者の一人としての一見解だと思って読んでいただけると幸いです。
座談会参加者は、「界隈」という言葉を2020年頃から会話の中で見聞きするようになったようです。実際には、2019年あたりから、原義を離れた「意識上の空間」のような意味で使われ始めていました。特に最近になって、「風呂キャンセル界隈」のような言葉が話題となり、広く知られてきたのでは?という話がありました。
界隈使用例
2019 私立男子校界隈
2020 バズ界隈:X(旧Twitter)上で同じものを好きなオタク同士が集まる場所
私自身も、「風呂キャンセル界隈」という言葉が使われた投稿がXでバズったときを鮮明に覚えています。「界隈」という、SNSでよく使われていた言葉に、「風呂キャンセル」というキャッチーな言葉が組み合わさり、私を含め多くの人にとってとても印象深い投稿になったのだろうと思っています。
“ガチの風呂キャンセル界隈でしか通じない話だろうが、数日間連続で頭を洗ってなくていざ洗おうとすると、皮脂等でシャンプーが泡立たないため1回目は軽く馴染ませて流すだけ、2回目に泡立てて洗うとなる” (2024/04/30 10:51 @maatan_223220)
座談会では、この投稿は一般的にはあまり受け入れられないようなこと(風呂キャンセル)に共感できる仲間たちのことを「界隈」という言葉で表していて、これは「界隈」という言葉が再定義されているという意見がありました。
「風呂キャンセル」をしてしまう人が人々の想定より多く存在していて、その共感・驚きから拡散されたことで大バズりし、「界隈」という言葉の使い方を再定義するに至ったという経緯ではないかと予想しています。私はこのことから、いわゆる若者言葉とされるものはベースにキャッチーさ・仲間意識があり、その中で何かを再定義するような言葉が全世代に使われるような新語になるのではないかと考えています。
自分のなかで感覚としてはあったものの、言語化したくなかったものを言語化してくれて、その結果、「ああ、わかるわかる」「そういうのあるよね」が広まっていったのではないでしょうか。
キャッチーさと仲間意識にささる
座談会では、若者の中で流行しているものとして「クリマン語」「~ゆ」、再定義している言葉として「推し」が出されたので、これらの言葉を例に進めていきます。
まず、「クリマン語」というのは、整形男子アレン様とそのファンが使っている構文です。
具体的には、
~だけど→~だ㌔
正直、ぶっちゃけ→正直問題
私→「ァ🚕」「ヮ🚕」(アタクシー、ワタクシー)
というようなもので、パッと見ただけでは意味がわからないものも多く、個人的にはギャル文字のようだなと感じています。
次に「~ゆ」というのは、パキちゃん(@pkpk_pa)というアカウントが使い始めたもので、全ての語尾に「~ゆ」をつけるSNS上での話し言葉です。
具体的には
~なのかもしれないね→~なのかもしれないゆ
~できるよ→~できるゆ
というようなものです。
「推し」に関しては皆さんご存じの通り、応援していること・ファンであることをいう言葉ですが、座談会では、「推し」ている人はファンではなく、オタクであるというような話もありました。
この三つには共通して「キャッチーさ」「仲間意識」があると思います。
キャッチーさに関しては見ての通りで、クリマン語に関しては絵文字や特殊文字を多用していて見た目にも賑やかですし、「~ゆ」に関しても記憶に残る語尾です。「推し」に関しては、強く何かアクションを起こすほど好きな人物を「推し」という一言で説明できる短さにキャッチーさがあると思います。
仲間意識に関しては、「クリマン語」「~ゆ」に関しては同じコンテンツを見ているという仲間意識です。特に、アレン様は整形男子、パキちゃんは風俗嬢という属性で、人口に膾炙しているとは考えにくいコンテンツなので、正面から好きであることをアピールして仲間を探すのではなく、知らない人には意味が検討もつかない、ちょっとした言葉や語尾を介して仲間であることを確認するというふうに使用されているのではないでしょうか。ちょっと特殊な共感があるのかもしれません。
また、「推し」に関する仲間意識については、昔は好きなアイドルがいるということはあまり良しとされていなかったようで、それが「推し」という言葉が流行ったことによって「風呂キャンセル界隈」のように、少数ではなく仲間がたくさんいることがわかり、何かに熱狂している仲間としての意識があるように思いました。
実際に、「これ!」という言葉に出会ったときには、みんなにそれを発信するのではなく、通じるだろう人に使っていく。その輪が大きくなることで、言葉が拡大していくのだと思います。
残っていく言葉とは
「推し」にあって「クリマン語」「~ゆ」にないものは、再定義です。「クリマン語」「~ゆ」は、仲間内での面白い表現であって、特に意味などはありません。それ故に世代を越えた広がりというものが生まれないのだと思います。
これまでの議論から、現在「界隈」という言葉が世代を越えて広がっているのは、「界隈」に「一般的にはあまり受け入れられないようなことを共感できる仲間たち」を表す意味を付与し、「推し」と同じように少数だとされてきた者たちの仲間意識が共有されたからだと言えると思います。
言葉というものは移り変わっていくもので、数々の言葉が毎年生み出され、流行しては消えていきますが、何かを定義しなおしたり、新たな意味を付与したりする言葉が残っていく言葉なのではないでしょうか。
座談会・上野様の寄稿をうけて(中塚コメント)
今回、座談会に参加したメンバーは「界隈」という言葉について、その利用方法や背景を理解し、面白いとも感じていましたが、自らが積極的には使っていませんでした。流行している言葉であっても、自分が使いたいと思う言葉のみを共感してくれるだろう仲間に伝えていく。それが若者の流儀でした。若者のコミュニティづくりの基盤として言葉が独自に機能していることもわかります。ただし、SNS(X(旧Twitter)、TikTok)などでの発信も主流となるなかでは、本人が思っている範囲よりも広い人達に伝わり、拡大するともいえるようです。
座談会では、ビジネス用語の変化にも話が発展しました。例えば、「承知です」という言葉をきくたびに、何だか違和感があると伝えたところ、座談会メンバーは「インターンでもずっと使っていた」とのこと。若者の間では一般的になっているともいえます。Webで「承知です」を調べると、私のように違和感を覚える一定の割合がいることがわかりました。「“承知です”ではなくて、“承知いたしました”と表現すべき」とのアドバイスの記載もある状況です。
一方、座談会参加者からは、「働く世代が変わっていくなかで、ビジネスで使う言葉にも、世代交代が起きるのではないか」という指摘があり、それにも思わず頷いてしまいました。
特に在宅勤務など働き方が自由になる状況下では、ビジネス用語に触れる可能性が減少するともいえます。その影響から、これまでにない新たなビジネス用語の使い方がうまれ、自然と定着することも増えるのではないでしょうか。あらためて、言葉は世の中を映す鏡とも感じました。

上野 万里(うえの まり)氏
マーケティング・ライター
福岡県出身。東京大学経済学部経営学科卒業。
学生時代は片平ゼミにてブランドマーケティングを学ぶ。
現在は会社員で育休中。