第14回
セレンディピティと閃き①

Something New

 前回はデフォルトモードネットワーク(DMN)が、閃きに重要な役割を果たしていることをみてきました。意識している時よりも無意識の時が脳内で20倍もの血流が見られるという現象の発見は驚きをもたらしましたが、実はこのDMNという予想外の発見は‟セレンディピティ”と呼ばれているものです。

セレンディピティとは何か

 DMNの発見は神経学者マーカス・D・レイクル教授らによってたまたま発見されたものです。注意力が求められる課題に取り組む際の脳内の変化を調査していた彼らは、意外にも休息時の方で脳活動が活発であることを発見しました。本来の目的となる対象(注意力の課題)での発見ではなく、それまで注目されていなかった目的外の対象(休息時)における活発な反応が偶然発見されたわけです。これがセレンディピティと言われるものです。
 セレンディピティとは、このように「探していたものとは異なる価値あるものを偶然発見すること」を指します。DMNの発見は、まさにこの定義に該当します。
 このセレンディピティという言葉は、今から270年前の18世紀にイギリスの小説家ホレス・ウォルポールによって生み出されたものです。この造語の元になったのは、『セレンディップの三人の王子』というセレンディップ(今のスリランカ)に伝わる童話です。3人の王子たちが、あるものを目的とした旅の途中で思わぬ偶然に次々と遭遇して幸運を得ながら成長していくというストーリーをヒントに生まれた言葉です。
 みなさんも何か探しものをしていた時に、偶然別の貴重なものを見つけて喜んだ経験がありませんか?“偶然”という言葉の響きが何となく夢をもたせることや、語源となった童話の“幸運”のイメージから、セレンディピティという言葉は今では本来の意味から「幸運な偶然」「偶然の幸運な出会い」「偶然から生まれる幸せ」というニュアンスで使用されるようになっています。
 その中でもよく用いられる「幸運な偶然」のニュアンスで使われているのが、ノーベル賞にまつわる発明発見でしょう。第1回ノーベル物理学賞を受賞したレントゲン博士は、研究室で放電管を用いて「陰極線」の研究をしている時に、近くに置いてあった蛍光物質が反応し発光していることを偶然に見つけて、そこから現在も広く利用されているX線を発見しました。
 このようなノーベル賞級の大きな発明発見には、当初は失敗と思われていた研究から新たな発見をしたり、実験手順を間違ったりしたことが結果的に大きな発見に繋がるという「幸運な偶然」がよく見られます。これらノーベル賞を代表とする科学面での「偶然見つけた幸運」は、典型的な意味での「セレンディピティ」ともいえます。

クランボルツの計画的偶発性理論

 Something Newという視点からセレンディピティを見ると、思いもよらなかった閃きを得たり、新鮮な見方を与えてくれたりする、とても魅力的なものといえます。そもそも“偶然”という要素そのものが、「予期できない」、「考えてもなかった」といった想定外で不確実ゆえに新鮮なものです。
 みなさんも自身の人生を振り返った時に、いかに偶然という要素によっていろいろなシーンで影響を受けてきたか思い起こされることでしょう。心理学者のジョン・D・クランボルツは、ビジネスパーソンとして成功した人のキャリアの調査結果から、仕事上のターニングポイントの8割は想定外の偶然の出来事によるものであるという「計画的偶発性理論」を発表しています。偶然がもたらす予期せぬ出来事は、それまでの価値観や考え方にはなかった新たな見方や考え方を見いだすきっかけとなり、大きなエネルギーとなって進路の方向転換すら導いてくれるのです。

偶然がもたらすフレーミング効果

 2000年ノーベル賞化学賞を受賞した白川英樹博士のエピソードを見てみましょう。プラスチックなのに金属のように電気をよく通す導電性分子は、実験中に誤って必要な量の1000倍もの触媒を加えたことがきっかけで偶然発見されました。白川博士は実験手順のミスによって生まれたこの新たな化合物を見逃すことなく研究を続け、世紀の発見へとつながりました。
 このように専門的な研究レベルから私たちの日常の出来事に至るまで、当初の目的どおりに達成できず、むしろ失敗や思い込み、勘違いといったヒューマンエラーと思われているものは数多く存在することでしょう。しかし実はそれらが、思わぬ幸運をもたらすセレンディピティに転じる可能性もあります。
 失敗などヒューマンエラーの多くは、通常はマイナスの出来事として捉えられます。ところが見方を変えると、成功や問題解決に向けて望ましいと思われていた解法とは全く異なるものを示してくれます。つまり、想定内の見方を超えた思いもよらなかった新しい視点、新しい”解”への切っ掛けともなりうるのです。
 白川博士の課題に対する“解”は、実は想定外のところにありました。これは同じ対象をその見方のフレームを変化させて捉えたところに(失敗による副産物→未知の可能性を秘めたもの)、想定外の発見を見い出す閃きがあったと理解されます。このような認知行動はフレーミング効果と呼ばれます。これは同じ対象に対してそのどこに注目するか(焦点を当てるか)により、異なる見方や価値基準が生じて異なる意思決定が行われる認知バイアスの一種です。
 そして重要な点は、この正しい“解”が存在した想定外の見方を導くきっかけとなったものが偶然であり、セレンディピティであったということです。失敗により偶然見つかった出来事が、実は求めているものだったのです。
みなさんも失敗だったと思っていた出来事を、いつものフレームから例えば反対側の立場のフレームから考えてみるとか、子ども目線のフレームで見てみるなど、いろいろ試してみてリフレーミング(フレームを変えてみる)してみたらいかがでしょうか?それによって「新しい何か」が見えるかもしれません。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員