INTERVIEW


イノベーションを生み出す鍵は“強い共感で結ばれる仲間”


循環型社会を実現するBISTRO下水道

加藤 裕之 氏
東京大学大学院都市工学科・下水道システムイノベーション研究室 特任准教授

Introduction
 料理をする、お風呂に入る、トイレに行くなど、私たちの暮らしに必要不可欠な水。それを流すとあたかも無かったことの様に忘れ去られてしまうが、それは目に見えないところで「下水道」が支えてくれているからである。この下水道から出た汚泥を資源として有効活用し、農林水産業と食をつなぐ循環システム「BISTRO下水道」を立ち上げた加藤裕之先生に、イノベーションが生まれた背景と、これからの展望についてお話を伺った。

BISTRO下水道とは、下水道から出た資源(処理水、肥料、熱、CO2)を有効活用して食材を生産する取り組み。2013年に国土交通省と日本下水道協会が主導してスタートし、下水道資源を有効利用して作られた食材は「じゅんかん育ち」のブランド名で市場に流通している。循環型社会の構築に寄与しながら、安全で美味しい食材をつくる手法として世界から注目されている。

下水汚泥を活用し、循環型社会を実現する「BISTRO下水道」

───今回、地中にある下水道に目線を下げ、そして日本国内だけでなく世界に広がる循環システム「BISTRO下水道」についてお話を伺えたら幸いです。はじめに、加藤先生が着想を得た経緯をお聞かせいただけますか。

加藤 私は元々建設省(現・国土交通省)に入省し、下水道事業に長年従事していました。日本の下水道普及率は約80%ですが、その役目は汚れた水を下水処理場へ送り、綺麗にして川や海に返すことです。しかし「綺麗にする」ということは、実は下水処理過程で発生する下水汚泥の中に含まれた窒素やリンといった貴重な栄養分をも漉し取ってしまうということなのです。これまで下水汚泥はお金を払って埋めたてるか、コンクリートなどの建築資材の原料とされていましたが、循環型社会の貢献のために活用できないかという思いをずっと持っていました。
 そして2008年に日本の水インフラ技術を世界へ輸出する水ビジネス担当になったのですが、同じ様な高い技術力を持つ国は多かったため、改めて「日本の強み」は何かを考えました。そこで歴史を紐解き、江戸時代のし尿を肥料として農業に使う「下肥文化」に着目したのです。意外に思われるかもしれませんが、下水汚泥を肥料化する技術は「発酵技術」を利用したものです。日本はお味噌や日本酒をはじめとする発酵文化が根付いているので、この独自の技術を生かしたいと思いました。また、世界を見渡してみると綺麗な水がないだけでなく、食料不足で困っている国や地域がたくさんあるため、水ビジネスに「農業と食」を結びつけて世界に打ち出すことができないかと考え始めました。
 そういった背景から、下水汚泥の資源を活用して肥料をつくり、その肥料で農家さんが作物を育て、それを消費者のみなさんがどんな料理をつくって食べるのか。そこまで思いを馳せるイメージが湧く様に「BISTRO(食べること)」と下水道を掛け合わせたのです。さらには、発酵の過程でメタンガスが出るので、それをガス発電に活用して電気をつくることもできます。地域から出た資源で発電ができるので、地域の自立にも役立ちます。まさに、水と食とエネルギーの融合化です。
 2011年の東日本大震災で現地支援リーダーとして被災地に入った経験があるのですが、その時、本当に水も食料もエネルギーも足りていない状況を目の当たりにしました。震災をきっかけに、ますます地域が自立した循環システムをつくらねばという思いに傾倒してきましたね。そして10年以上前から、世界的に水・食料・エネルギー不足が予測されているため、「循環型社会の構築」はますます重要なキーワードになっています。日本の各地域の自立だけでなく、世界の問題にも貢献できるBISTRO下水道を実現したいと考えるようになりました。

“強い共感で結ばれる仲間”から生まれるイノベーション

───長年に渡って育まれた、本当に大きな構想なのですね。社会実装に入る際、何か起爆剤になったきっかけはありましたか。

加藤 正直に言うと、熱意と構想はあるものの、本当にこんなことができるのだろうかと思う部分はありました。しかし、人づてに佐賀県佐賀市でおもしろいことをやっている人がいると教えていただき、すぐに足を運んで会いに行ったことが大きな転機となりましたね。
 有明海では海苔の養殖が盛んなのですが、都市から排出された汚泥を肥料にして地域の水産業者に提供し、窒素などの栄養分を海に供給する循環型システムを先進的に取り組まれていたのです。本当に衝撃を受けました。そして、私は農業を想定していましたが、海苔養殖のような水産業にも活かせることを学びましたし、構想に対しての自信が深まりました。そしてなぜこのモデルが実現したのかをさらに調べながら、全国に普及させること想定して国土交通省の単独でなく、地方公共団体の中心となる日本下水道協会と組んで2013年にBISTRO下水道を始動しました。その取り組みは、『足元に眠る宝の山~知られざる下水エネルギー~』というタイトルでNHKクローズアップ現代やNHK ワールド Asia This Week等でも取り上げられました。

 いくら素晴らしい技術があっても、埋もれてしまってはイノベーションにならないので、エベレット・ロジャースの普及学をはじめとするマーケティング理論も勉強しました。例えば、100人いたとしたらそのほとんどの人は反対で、賛成するのは3〜4人だけれど、それがインフルエンザのように徐々に広がっていくプロセスなどです。
 BISTRO下水道の場合、はじめに「循環型社会をつくろう!」という強い共感で結ばれる仲間集めをしました。組織を超えての人探しには、徹底的に時間をかけましたし、最初の1人目を見つけることが一番のポイントだと思っています。逆に、最初に結ぶ人が金儲け主義だと駄目ですね。世の中をよくしたいと思う高いビジョンと、利他の心で結ばれている人とでスタートすると、自然と広まりますし、不思議と人寄せの法則で同じ思いを持った人たちが集まります。次にそれを見て共感したアーリーアダプターがいて、最後に懐疑的だった人も乗り遅れまいと100%に近づいていく。
 BISTO下水道で大成功した佐賀市での普及プロセスを学生と調べて、利他の心を持つ萌芽期のスーパーマン、準備期にはスーパーマンに共感する伝道師が重要な役割を担うことがわかり論文として発表しました。

 そして “変わった人とのつながり”もイノベーションのポイントですね。やはり新しい化学反応を起こして広げるには異質の人間との結びつきが大切です。私は大学で学生にイノベーションを教えるときは、一つの隠喩として「横浜家系ラーメン」を使います。なぜかというと、横浜家系ラーメンは豚骨と醤油という二つの異質な味を混ぜた「豚骨醤油」味なんですよね。1足す1で違う風味を出して3という、想像を超えた新たな価値を生み出しました。イノベーションを生み出す人は、前例にとらわれずに楽しいことを追求し続けられる感性が高い人ですね。あとは他の異分野であっても臆せずに、そして待たずに、自分からどんどんノックして異なる分野を融合させていくような人だと感じています。

目に見えない利他の精神

───加藤先生ご自身が異なる分野を融合されて、ビジョンに向かって取り組まれていることが伝わってきました。利他の精神についても教えていただけますでしょうか。

加藤 独学ですが、たくさんの先生方の本から学びました。利他とは「他の人のために尽くすこと」ですが、東日本大震災の被災地支援でも肌で感じましたが、どこへ行っても多くの方々がたいへんな環境の中でも「ありがとう」と感謝の言葉をかけてくれました。喜びには二つあって、人に何かをして喜んでもえらえる喜びと、感謝される喜びです。それがやはり自分自身のモチベーションの源泉になりますね。
 そして、ものの世界というのは、利他といった抽象的かつ定性的で目に見えない部分と、具体的で定量的な目に見える部分の両方で成り立っていますよね。もめたりするのは、大体価格をどうするかといった目に見える世界です。そうった時に立ち返らなければならないのは、目に見えない定性的なビジョンや目的で、どうしたら人に喜んでもらえるかといった部分です。そこがしっかりと組織内で認識共有されていればあまりトラブルも起きません。逆にトラブルやフリクションは悪いことでもなく、最終的な目的に向かったものであればある意味必要な通過点です。そんなふうに考えておくことが必要だと思っています。

───下水道由来の肥料については、使用した農家さんから「収量が増えた」、「病害がなくなった」、「栄養分や糖度があがった」などの声。そして化学肥料に比べるとコストが8割程度減った農家さん(佐賀市のアスパラ農家)もあるとのことで、BISTRO下水道は地域にも環境にも人にも嬉しい、本当に大きなイノベーションだと思います。

加藤 農家さんの笑顔を見たり、感謝されるのは本当に嬉しく思います。化学肥料の原料はほぼ100%海外に依存していますから、今後の水や食の安全保障を考えると、国としても自立性を高める必要があります。もちろん、化学肥料は大発明ですが、いろいろと障害が出てきています。BISTRO下水道の技術自体は新しくなっていますが、日本では江戸時代にもともとあったコンセプトですから、昔の考え方、思想に戻そうよというタイミングなのかもしれません。
 今後、BISTRO下水道をまずは全国に普及させ、そして世界にも展開して水・食料・エネルギーで困っている地域の解決策のモデルにしたいです。例えばインドネシアのジャカルタは人口1,000万人を超える大都市ですが、本格的な下水処理場が未整備なままです。下水道インフラを整備して暮らしやすい環境をつくるとともに、人口増に対応した食の世界をつくりたいです。そしてアジアを中心として、日本と同様の稲作文化を持つ国々へ発展させていきたいと考えています。もちろん、欧米諸国や中国など水ビジネスの競合相手は多いのですが、私たちは単なる下水道技術だけではなく、地域の循環システムそのものを構築しませんかというアプローチで貢献したいです。

───最後に、本号のテーマ「下目線」についてはどのように感じられましたか。

加藤 下水道の世界では「下を向いて歩こう」と言うくらいですから、まさにぴったりのテーマです。実はヒントというのは、現場に行って足元を見ることだと思っています。どうしても先ばかりを見てしまうことが多いのですが、そうではなくてフィールドに実際に足を運び、そこにあるものをよく観察し、その場の空気感や波動を五感で感じることが大切ですね。別の言い方をするならば、感性を育てる目線なのかもしれません。スピリチュアルな世界になってしまうかもしれませんが、やはり目に見えないものに大切なものが宿っていますから。そういった目に見えないけれどしっかりと強い共感で結ばれた仲間たちと共に、ビジョンに向かって取り組んでいきたいですね。

───目に見えないけれど自分の心で感じた波動が仲間に伝導し、社会に広がっていくのですね。本日は大変貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。

(Interviewer:蛭子 彩華 本誌編集委員)

加藤 裕之(かとう ひろゆき)氏
東京大学大学院都市工学科・下水道システムイノベーション研究室 特任准教授

博士(環境科学・東北大学)、東北大学特任教授(客員)、内閣府地域活性化伝道師、国土交通省で下水道行政に従事、東日本大震災の現地支援リーダー、その後㈱日水コンを経て2020年より現職。
専門分野は、上下水道政策、官民連携、下水道資源の農業利用、都市浸水、DXなど。
著書に、「上下水道事業PPP/PFIの制度と実務」(共同編著)、『フランスの上下水道経営』(代表執筆者・日本水道新聞社)、『新しい上下水道事業・再構築と産業化』(共著・中央経済社)、『3.11 東日本大震災を乗り越えろ:「想定外」に挑んだ下水道人の記録』 (共著・日本水道新聞社)など。