Text 塩崎 草太氏
特定非営利活動法人NPO 砂浜美術館 観光部 部長
Text 大迫 綾美 氏
同 観光部チーフ ホエールウォッチング担当
「砂浜美術館」という考え方
「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」
砂浜美術館は高知県黒潮町にある長さ4キロの砂浜を頭の中で美術館に見立て、様々なものを作品と捉えるという考え方からできた、建物のない美術館である。
「ものの見方を変えると、いろいろな発想がわいてくる。」
砂浜に隣接する美しい松原は巨大な作品であり、沖に見えるクジラ、砂浜に咲くラッキョウの花、卵を産みにくるウミガメ、 砂浜をはだしで走り貝殻を探す子どもたち、流れ着く漂流物、波と風が砂浜にデザインする模様、砂浜に残った小鳥の足跡も作品である。このような見かたをすることで、今まで見過ごしてきた当たり前の風景や自然が、かけがえのない大切なものとなり、地域の資源に新しい価値が生み出すことができる。
作品は 24 時間、365日展示され、時の流れるままに変化する。BGMは波の音。夜の照明は月の光。楽しみ方に際限はなく、人それぞれの「作品の楽しみ方」がここにはある。そしてなによりも砂浜美術館の数々の作品は、人が豊かにそして持続的に生きていくために大切なことを教えてくれ、心の中に無形の作品を創造させてくれる。
伝えたいのは考え方
しかしながら、建物がないことから、この考え方は時に伝わりにくく、うまく伝える手段が必要となる。その手段のひとつが、毎年5月に開催されるイベント「Tシャツアート展」である。Tシャツにプリントされるデザインを公募し、砂浜に杭を立て、ロープを張り、洗濯物を干すようにTシャツを「ひらひら」するイベントである。この風景を創ることで、ここに美術館があることを多くの人に伝えることができる。また、その風景を通じて、ありのままの自然の豊かさや壮大さはもちろん、生態系における人間社会が抱える大きな問題も感じることができる。このイベントは今年で36回目を迎え、現在は人口1万人を下回ったいわゆる田舎に、ゴールデンウィーク期間中に約3万人が来場する町の一大イベントとなっている。このようなイベントを開催していることから、よく町おこし団体、もしくは砂浜をひとつのフィールドにしているので、環境保全団体と言われることもあるが、前者後者ともに「NO」である。誤解を生まないように説明すると、結果的にそういった側面が見え隠れすることは間違いではない。
しかし砂浜美術館の目的は、「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」という“考え方”をより多くの人々に伝え、ともに楽しみながら共感することにある。昔、「砂浜しかない」と言われた町は、見かたを変えることで「砂浜がある」と言えるようになった。オリンピックのあり方も変わってきた近年、30数年前に『東京に東京ドームは造れても、長さ4キロの砂浜は国家予算を投じても造れないよね』と言い放った小さな町の考え方は、社会課題の多いこれからの世界に、課題解決の糸口となるメッセージを発信できるのではないかと考えている。
「ものの見方を変えると、いろいろな発想がわいてくる。」
ちなみに砂浜美術館の館長は、土佐湾に暮らすカツオクジラが務めている。
ものの見方を変え、新たな価値となった
大方ホエールウォッチング
砂浜美術館の館長であるカツオクジラに逢いに行く唯一の方法が大方ホエールウォッチングだ。大方ホエールウォッチングは、黒潮町(旧大方町)の漁師たちが集まり1989(平成元)年に大方遊漁船主会として始めた。
ホエールウォッチングのスタートは漁獲高の減少がきっかけだった。当時、ホエールウォッチングという言葉は日本であまり知られていなかったが、船を持っている人は、たまに親戚を連れてクジラを見に行っていた。これを漁師の新たな漁業として1989年8月、日本では2番目にホエールウォッチング事業をスタートさせた。
黒潮町に暮らす人からすると、当たり前すぎて、これが業になるのかという意見もあったそう。それもそのはず、学校や家の窓からクジラのしぶきが当たり前に毎日見え、漁師もクジラが潮を吹いている横で毎日のように漁を行っていたからだ。
1994年には、世界で初めて「~漁師が呼びかける~国際ホエールウォッチング会議」が開催され、国際交流と情報交換、今後のホエールウォッチングのあり方などが話し合われた。スタート当時は、ホエールウォッチングのルールはなく、“クジラを見に人を積んでいく”という認識が強かった。その後、国際会議でも話された持続可能なホエールウォッチングとしていくため、小笠原ですでに構築されていた自主ルールを参考にして大方ホエールウォッチングも自主ルールを定めた。今では、その自主ルールだけにとどまらず、個体識別をできるだけ行い、その日に出逢えたクジラの様子を観察し性格や感情を読み取り、クジラに合わせた操船を行っている。これはホエールウォッチングがない日も沖に行き、漁をしながらでも普段からクジラを気にかけている黒潮町の漁師だからこそできる技術。これは若手漁師にも引き継がれ、ガイドから乗船客へもホエールウォッチングのあり方を伝えている。人とクジラは直接会話ができない。だからこそ人間側から歩み寄り相手を知る必要がある。
クジラのうんこプロジェクト
「見る」から「知る」ホエールウォッチングへ
プロジェクト名がなかなかのパワーワードなおかげで年齢問わず面白がってくれる。「クジラのうんこプロジェクト」(2023年発足)とは、簡単に説明をするとクジラのうんこをすくい、解析、研究を行うことだ。きっかけは国立科学博物館(以下、科博)の方と知り合ったことからだ。土佐湾のクジラはずっとニタリクジラと呼ばれてきたが、カツオクジラなのでは?という噂がちらほらでていたため、真相を知るべく科博の先生方に勉強会を開いていただいた。そこでは現状はサンプルが少なく、クジラの種をはっきり断定できないためDNAを調べる必要があり、それには表皮(皮膚)が必要とのことだった。しかし今までホエールウォッチング中に剝離した表皮は見たことがなかった。唯一クジラの落とし物として見たことがあるのは「うんこ」だった。
その後、ホエールウォッチング中にクジラのうんこの採取に成功し、DNA解析を進めると、カツオクジラであることが判明した。サンプル数増に向け「クジラのうんこプロジェクト」は進めていくが、今後はDNA解析だけでなくクジラのうんこがもたらす海の生態系やクジラの体調、海洋環境汚染などにも着目し研究を行っていく。真剣にうんこに向き合うことで、そこからさらに想像もしなかったものの見方が広がっている。
プロジェクトが始まってからは調査船だけでなく、一般のお客さんが乗る定期便でもクジラのうんこを拾う。クジラのうんこのかたちは?くさい?拾ってどうする?クジラを見るだけで終わらないクジラを体感し、発想を広げるツアーとなった。
クジラやイルカといった鯨類は私たちと同じ哺乳類だが、海に暮らしている彼らは、陸上に暮らしている私たち人間にとってはとても遠い存在に感じるが、ホエールウォッチングは遠い存在の彼らを身近にする場所である。土佐湾に定住していると言われるカツオクジラは陸から近い場所(沿岸域)で暮らしているため、とても人間の生活の影響を受けやすいと考えられている。これまで「見る」ことが重要視されてきたが、今後は好奇心を持って「知る」ことを目的としてホエールウォッチングを行うことで、より深く学び、私たち人間が彼らに注目するきっかけを作り、クジラから考える自然環境の保護や研究につながるきっかけを、このクジラのうんこプロジェクトを通して作れればと考えている。見かたを変えると、今まで見過ごしてきた「うんこ」は、私たちに様々なことを教えてくれる大切な「作品」となる。
日々、私たちは新しい作品を創造していきたい。創造し、発信していくためにも新しい考え方・感性が必要である。そのために、いろんな人の新しい感性にも出会いながら、私たち自身が私たちの考え方と感性で作品を作っていきたいと思う。
塩崎 草太(しおざき そうた)氏
特定非営利活動法人NPO 砂浜美術館 観光部 部長
兵庫県出身。2016年に地域おこし協力隊として黒潮町へ。スポーツツーリズムの担当を経てNPO砂浜美術館に勤務。現在は観光部としてTシャツアート展などの砂浜美術館の考え方を伝えるイベント(シーサイドギャラリー)や大方ホエールウォッチングを担当。
大迫 綾美(おおさこ あやみ)氏
特定非営利活動法人NPO 砂浜美術館
観光部チーフ ホエールウォッチング担当
広島県出身。鯨類の勉強ができる専門学校卒業後、2014年よりNPO砂浜美術館へホエールウォッチングの担当として勤務。大方ホエールウォッチングでは、受け付け、ウォッチングガイド、出前授業、イベント企画、会計に至るまで、何でもこなすオールラウンドプレイヤー。日本クジライルカウォッチング協議会の事務局も務めている。