Something New
今ではすっかり日常的に接する機会が増えたSNS。現在では1日2時間以上スマホで動画視聴を行う人が全世代の4割超にも達しています*1。そこまで私たちを惹きつけるその面白さ・魅力の一つとして、今までになかった斬新なテーマや見たこともないユニークな映像など、キラキラ光る“新しさ”が挙げられます。デジタル空間では今日も新しい何かが次々と生まれています。
本稿では「ひらめき」や「アイデア」から生まれる“新しい考え方”や“新しい見方”に至るプロセスをさまざまな視点から見てきました。しかしながら、従来は見られなかったデジタル的な新しさが日常的に生まれている現状を踏まえた上で、当たり前のように使用されているこの“新しさ”という表現について、今一度その本来の意味を振り返りSomething Newとは何かを考えてみたいと思います。
“新しさ”の一般的意味は?
“ 新しさ” とは 何かについて、その一般的な意味を探るために 国語辞書を 紐解いて みま しょう*2。わたしたちは漠然と古いものに対置する言葉として“新しさ”を考えがちです。
辞書的な意味を見てみると、大まかに次の5つのタイプが出てきます。
1)初めてである、初めて現れるという「初出性」
2)できて間もない、日が経っていないという「時間性」
3)今までとは違う、以前のモノとは異なるという「異質性」
4)未知なるものという「未来性」
5)変わった、奇抜なという「特殊性」
これらは全般に時間軸を基準としたものであることがわかります。3つ目と5つ目のように、現状との比較となる異質性、特殊性も特徴です。他にも注目すべきは、進歩的である、面白い、生き生きとしている、新鮮である、斬新である、現代的であるといったプラスイメージの表現も出てくることです。
英英辞書*3で“新しい”に対応する“NEW”を引いてみると、大半は国語辞書と重なる意味が出てきます。その中でもわが国の国語辞書類にはあまり見られない英語圏ならではの特徴として、「再発見したもの」という意味もあります。同じ対象を異なる視点から捉えるリフレーミングの見方に通じる相対的視点ともいえます。また再び始まる周期的なもの、例えば新月、新年など自然界の新しさなども例として挙げられます。
このように、“新しさ”の意味は非常に幅広く、大きく基本となるものは時間軸をメインとして過去にはなかった初出のものであり、同時に未来性も含むレンジの広い概念となっています。さらに周期性、リフレーミングに加えて面白い、斬新であるといったプラスイメージは、実はこれらを重要な要素とする「流行現象」との密接な繋がりもうかがえます。
“新しさ”の歴史的変遷
“新しさ”とはもともとはどのようなニュアンスで用いられていたのかを、今度は歴史的な視点から見てみましょう。日本史研究者の西田知巳*4によると、“新しさ”とは、古代や中世では単に「現在」を表す言葉であったといいます。これは情報通信が未発達で新しいモノへの注目度が低かったためと考えられます。近世に入ってからは単に「現在」を表すのみばかりではなく、「進歩的」「新鮮」という意味も包含されるようになります。産業革命期の新しい機械の出現や社会体制の変革などによる新たなシステムが拡がってきたことなどが影響してきたと考えられます。
不易流行(ふえきりゅうこう)にみる新しさの構図
特に江戸期の日本では、“新しさ”は「改善」や「更新」といった現在の状況を少しずつ変化させていくマイナーチェンジを意味するようになります。つまり現状を起点とした一歩先んじた近未来的な意味合いをもつようになってきます。木版印刷を始めとした瓦版の普及、各分野の産業の発達に伴うさまざまな技術水準の向上により、例えば庶民になじみのあった「そろばんの教本」には従来版に対して“新しい”とされる新編や新版といったタイトルが冠されるようになり、新刊ラッシュが一躍ブームとなりました。
ブームとなったモノの中でも異色ともいえる速いサイクルで「新しさ」の展開が実現したのが当時人々に人気のあった俳諧の世界です。「新み(あたらしみ)は俳諧の花なり」と表現されたように、次々と新しい手法やスタイルが生まれました。これらの背景として、芭蕉が唱えた有名な「不易流行」という思想があります。これは俳諧理念の一つですが、時代を超えても変わらないものの<不易>と、時代の変化とともに変わっていくもの<流行>との関係性について述べたものです。社会体制が長く安定した時期であった江戸期において、変わらぬ「不易」なるものと常に変化していく「流行」との対置関係は、静と動との相対的関係を表す弁証法的関係とも類似しています。このような相対的かつ動的な視点の登場は、多くの場合に「変わらぬもの=不易」と「変化するもの=流行=新しさ」を対比的に捉える構図によって、近代的な見方を提示してくれます。

揺らぐ新しさの意味
現在とシンクロ的な意味で用いられていた“新しさ”は、社会構造の変化、技術革新の進展に伴い「相対的」「進歩的」「新鮮さ」のようなニュアンスを含む近未来的な意味合いを持つようになりました。さらに近年では生成AIなどのデジタル技術の進化に伴い過去には想定されえなかった“新しさ”が登場しています。現在では、生成AIがもたらすこれまでにないほどの利便性・有益性・高速性などにより、ビジネスの現場でもあらゆるものを素早く、かつシンプルに創り出せるようになっています。
その典型例が、生成AIが生みだす新たな“新しさ”の出現です。例えば生成AIが生みだす絵画を考えてみましょう。いくつかの指示を出すだけで、生成AIはオリジナルな絵画を瞬時に創り出してしまいます。膨大なビッグデータとディープラーニング、独自のアルゴリズムにより、人智を遙かに超える情報量や無数の組み合わせを通して、高速に見たこともないような絵画を創り出してしまいます。これは一見“新しい”絵画のように見えます。しかしながら限られているネット上のデータをメインとしている偏りや、AI本来の持つ目的指向的で問題解決的な方向性から生まれる“新しさ”は、人の持つ直感的、感覚的な創造性が生みだす“新しさ”とは本質的に異なるものです。
生成AIはビジネスシーンにおいてはとても便利な反面、常に問いかけに対する最適解が模索されるゆえに、同じような回答が出現しやすいと考えられます。先のAIによる絵画も、最初こそ物珍しいものの繰り返すうちに予定調和的に同じようなものが出現する可能性があります。
この生成AIの生みだす“新しさ”が、わたしたちが長い歴史の中で育んできた”新しさ”と同様に認知されるかどうかについては、黎明期である現状においては未知数となっています。とはいえ進化の著しい生成AIから生まれる“新しさ”が、やがて人の生みだす”新しさ”と対等に扱われる日もそう遠くないかもしれません。
次回からはこの生成AIの創り出す“新しさ”についてさらに見ていきたいと思います。
<参照文献>
*1.「2024年一般向けモバイル動向調査」 NTTドコモモバイル社会研究所 2024
*2.広辞苑 第5版 2004 岩波書店
大辞林 第4版 2019 三省堂
日本語学大辞典 2018 東京堂出版
新明解国語辞典 2021 三省堂
*3.Longman dictionary of contemporary English, 2014 Pearson Education
The Cambridge handbook of the dictionary, 2024 Cambridge University Press
Collions COBUILD English language dictionary, 1987 Collins
Oxford Advanced Learner’s Dictionary of current English, 2020 Oxford University Press
*4.『「新しさ」の日本思想史』 西田知巳 2022 筑摩書房
中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員