INTERVIEW


ママも子どもも栄養不足の日本


危機にさらされる赤ちゃん

吉川 健太郎
京都大学医学研究科予防医療学教室 医師、Famileaf 共同創業者

 小児科の医師として活動するとともに、誰もが安心して出産できる社会を目指して、妊産婦の栄養状態の新規評価指標の開発、それに関連する企業との共同研究・開発に取り組む吉川健太郎先生に、日本の妊婦と子どもの栄養問題と健康への影響についてお話をうかがいました。

妊婦の栄養指導が大転換

───ママの栄養不足は赤ちゃんの健康に直結しますが、日本は大きな課題に直面しているそうですね。

吉川 日本では、かつて妊娠中に体重を増やしすぎず、小さく産んで大きく育てましょうという方針が一般的で、妊婦に対して体重増加を抑えるよう指導されることが多くありました。体重が増え過ぎですよと注意された方が多かったと思いますが、2021年に指針が改訂され、妊娠中の適切な体重増加を推奨する方針へと転換されました。

───これは、世界的な転換ですか、それとも日本だけですか。

吉川 日本だけです。妊娠高血圧腎症(昔の妊娠中毒症)という病気が、妊娠中体重を増やすと発症リスクが上がると示す研究があり、当初は妊娠高血圧症の人だけ体重を抑えましょうという話が、1990年代から妊婦さん全般に体重を抑えましょうという指針になりました。産科婦人科学会と厚生労働省が、別々にですが両方とも妊娠中の体重を抑える指針を出していましたが、2021年に統一した新たな指針を出しました。

───実に最近の話ですね。

吉川 「妊婦の体重管理数値」の見直しを後押したのは、海外の「サイエンス」という権威ある学術誌で、日本の政策が不適切であると名指しで指摘されたということです。
 胎内での栄養環境は、出生時の体重のみならず成人後の健康リスクにまで影響するというDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)学説が注目されています。胎内の低栄養により生じる出生体重の低下は、胎児が成長後に心筋梗塞、2型糖尿病、本態性高血圧といった生活習慣病や肥満など将来の様々な疾病リスクを高めることが分かっています。また、妊娠中の低栄養状態が子どもの脳の発達にも影響を与えるという報告があります。低栄養だと、胎児の脳のシナプス形成がきちんとできないまま生まれてしまう可能性も指摘されています。

やせ型で低カロリー、胎児は飢餓状態

吉川 先進国では日本が圧倒的にやせ型の女性が多い。韓国や中国もやせ型の人が多い印象ですが、日本は韓国の2倍に近いですし、日本の女性の20代・30代の約2割がやせ型です。

  • 成人女性の「やせ(BMI 18.5未満)」の割合・国際比較(2016年):日本9.3%、韓国5.2%、仏2.8%、米独豪1.7%、英1.6%(肥満研究:24,16-21,2018)。

 厚労省による日本人の食事摂取基準で、妊娠中には1日2,100~2,500キロカロリーを採ることと言われています。にもかかわらず、浜松市で行われた調査では妊婦さんの平均摂取カロリーは1,600キロカロリーで、必要量の7割程度となっています。妊娠中の体重増加量が基準に達していても、もともと妊娠前にやせ型だった人は8割近くが適切な体重には達していない。従来のガイドラインだとオーケーですが、今のガイドラインだと足りていないことになります。

───妊娠する以前の食事や生活習慣が影響して、さらに妊娠中の食事が影響するわけですね。スリムな芸能人ママを見て、産後すぐに元の体型に戻りたいと、妊娠中に体重を増やしたくない人もいるのではないでしょうか。

吉川 そのような姿勢を「努力」ととらえる向きもありますが、実は胎児の負担はものすごく大きい可能性があります。母体の栄養が制限されていると、子どもも低栄養状態に置かれて飢餓状態に陥っているわけです。すると、低栄養でハングリーな環境下でも生きていけるように、子どもに変化が起こる。インスリン抵抗性や腎臓のネフロン数などに変化が生じて、肥満や高血圧、糖尿病になりやすくなります。栄養という視点をあらためて大切にしたいものです。

<コラム>危機にさらされる日本の胎児

「妊娠前のやせ」と「妊娠中の体重増加不良」は、低出生体重児や早産児のリスクを高めます。

  • 日本人妊婦の妊娠中の摂取カロリーは慢性的に不足しており、妊娠後期では推奨摂取カロリーより33%低い。(日本人の食事摂取基準2020年版)
  • 妊娠前やせ型だった妊婦の体重増加が基準未満(12.5kg未満)の割合は76.3%、全体では63.8%。(Enomoto K et al. PLoS One. 2016 Jun 9;11(6))

胎児期の低栄養・出生体重の低下は将来の健康に影響することが分かっています。

  • 低栄養環境下で胎児が成長すると、出生後にエネルギー消費を抑える「省エネルギー体質」を獲得し、後の2型糖尿病や冠動脈疾患リスクが上昇する。(倹約型体質:thrifty phenotype仮説)
  • 脳の発達は蛋白質やカロリーに依存しており、その不足は小脳・海馬・大脳皮質など一部の領域に深刻な影響をもたらし、記憶・注意の障害につながるa)。胎児期の栄養不足・ストレスは海馬におけるシナプス形成に影響し、空間的な学習や記憶の障害につながるb)。これらの障害が発達障害・ADHD・学習障害をもたらすc)。また運動能力も低くなるd)

a) Nishijima M et al. J Perinat Med. 1986;14(3):163-169.
b) Yang J et al. Hippocampus. 2006;16(5):431-436.
c) Low JA et al. Am J Obstet Gynecol. 1992;167(6):1499-1505
d) Crispi F et al. JAMA Cardiol. 2021;6(11):1308‐1316.

(吉川氏からの情報提供・協力により本荘が作成)

時間がかかる妊婦指導のアップデート

吉川 2021年から指針が変わりましたが、現場レベルだとまだ浸透が足りないかもしれません。お医者さん、助産師さんは更新制度がないので、学会に出向くなどしなければ、なかなか知識のアップデートがされません。

 最近まで、体重は増やしてはいけないということが正しいとされ、そういう教育をされた方々がお母さんになって、娘さんが妊娠してちょっと体重を増やしたら注意してしまう。助産師さんの中にもそのように指導される方もいるでしょう。次の外来までにこれだけに抑えてくださいと言われたりが、一部ではまだ続いています。

───そもそも妊娠すると体重が増える理由はいろいろあるため、実質的には体をやせさせていたのではないですか。

吉川 妊娠中の体重増加量は胎児の影響もあり、むくみや血液量も増え、様々な影響で体重が増えます。ですから、体重増への注意によって、脂肪などは減っていたかもしれない。そもそも全然食べられていないからむくみすら起きない、脱水のよう状態になっているケースもあるでしょう。

───妊娠前の女性とカップルを対象に、将来の妊娠に向けて健康管理を促すプレコンセプションケアをWHOが推奨していますが、日本で普及していますか。

吉川 妊娠中だけでなく、妊娠前の低栄養が悪影響だと、最近になって言われてきました。数年前に、成育医療等基本方針でようやくプレコンセプションケアが大事ですと言われ始めました。医療界では注目されていますが、浸透は始まったばかりで、広く知識の普及と実践の啓蒙が望まれます。

<コラム>プレコンセプションケア

 日本では、成育医療等基本方針(改定)(令和5年3月22日閣議決定)で、「成育医療等の提供に関する施策に関する基本的な事項: 思春期、妊娠、出産等のライフステージに応じた性と健康の相談支援等を行う「性と健康の相談センター事業」の推進等により、男女を問わず、性や妊娠に関する正しい知識の普及を図り、健康管理を促すプレコンセプションケアを推進する。特に、若年女性の痩せは骨量減少、低出生体重児出産のリスク等との関連があることを踏まえ、妊娠前からの望ましい食生活の実践等、適切な健康管理に向けて、各種指針等により普及啓発を行う。」としています。
 また、成育医療研究センターは次のように示しています。「プレコンセプションケアは、妊娠を計画している女性だけではなく、すべての妊娠可能年齢の女性にとって大切なケアです。自分を管理して健康な生活習慣を身につけること、それは単に健康を維持するだけではなく、よりすてきな人生をおくることにつながるでしょう」。
 なお、思春期前の9歳くらいから話をするとよい、18歳以上はプレコンノートをつける、かかりつけ婦人科医を持つ、社会全体で科学的な知識をもって話せる場をつくることが大切という指摘もあります。

(吉川氏からの情報提供・協力により本荘が作成)

体重から一歩進んだ評価とアドバイスへ

───個人差が大きいのに、これまで一律・平均値的な指導をされてきた印象があります。

吉川 もちろん妊娠前のBMIが18.5未満の人と肥満の人が同じ体重増加指針でよいわけはない。やせの大食いはアジア人に多いのですが、同じやせ型の人でも、1日に2,000~3,000キロカロリー食べているけど体質的にやせている方がいます。そういった方に、体重が増えないのに太らせようとすると、逆に脂質過多とか不健康になってしまう。やせ型を区別する研究にいま取り組んでいまして、国立成育医療研究センターさんをはじめとする全国の周産期センターと一緒に、実証実験しています。

───やせていることよりも、栄養が足りないことが基本的な問題ですね。

吉川 低栄養かどうかでの判断が大事ですが、その評価が難しかった。できないから、今までは体重でしか判断できず、BMIなどに頼らざるを得ませんでした。
 しかし、特にアジア人の場合、妊娠中は体重だけの評価では不十分なので、ソリューションを提案しようと準備しています。同じやせ型でも低栄養かどうかをまず判断する。低栄養となったらすぐに介入する。病的な状態だと認識してもらうことが、低栄養による赤ちゃんへの悪影響を防ぐために必要です。

───体重の増減もですが、量ではなく栄養バランスがよい食事を取ったほうがいいですよね。

吉川 SNSを見ると、例えば低炭水化物ダイエットを一般の方がやられているようですが、極端な糖質制限など流行りの食事法には注意した方がよいでしょう。そもそも食事管理は簡単ではありません。同じケーキ1個を食べて太る方と、そんなに太らない方とがいると思います。同じ体重でも、筋肉量が多い人はその分エネルギーを使うので多く食べますが、筋肉量が少ない人はそれほど必要ない。体質による違いを織り込む必要があります。

欧米とは全く異なる日本

───やせと低栄養の問題の一方、太っている、栄養過多はいかがでしょう。男女ともに糖尿病、高血圧、それに絡んで不妊にもなりやすく、女性には妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群もあります。

吉川 世界的にはそちらの方が問題で、妊婦さんに限らず肥満の方は一般的に糖尿病や高血圧などの生活習慣病のリスクが高くなる。脂質や炭水化物を取り過ぎている人が多いアメリカやヨーロッパ、オーストラリアでは、その分野の研究はたくさん行われています。

───日本でも肥満対策に関心が集まっていますね。

吉川 日日本でも肥満が注目されて、みなが体重を増やさないでというメッセージを受け取っています。欧米の製薬会社の肥満症薬が脚光を浴び、10兆円市場とも言われているので、研究も盛んですし、そちらに引っ張られて低体重・低栄養が見過ごされています。

<コラム>日本肥満学会が女性の低体重・低栄養に警鐘

 日本肥満学会が、肥満でなく、低体重・低栄養に警鐘を鳴らしました。2025年4月に同学会が発表したレポート「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題 ―新たな症候群の確立について―」は、女性の低体重/低栄養症候群を提唱しています。
 同レポートは、次のように指摘します。「従来の医療制度や公衆衛生施策においては、肥満への対策が重視されており、低体重や低栄養に対する系統的アプローチは不十分であった。」「様々な研究から、日本人女性における肥満認知や理想体重の設定が過度に低く、実際にやせ願望を強くもつ傾向があることが明らかになっている。」「若年期における過度の低体重や低栄養は、骨の成長や生殖機能の発達といった重要な身体機能に加え、その後のライフコース全体に影響を及ぼす可能性がある」。
 また、同レポートは、以下の問題をあげています。
○低体重及び低栄養による健康リスクや症状

骨量低下および骨粗鬆症;月経周期異常、妊孕性および児の健康リスク;微量元素やビタミン不足による健康障害;代謝異常;サルコペニア様状態(筋量や筋力低下);摂食障害;精神・神経・全身症状

○現行制度の課題

肥満症対策として特定保健指導が推進される一方で、低体重に対する介入の枠組みは未だ確立されていない。健診で低体重が判明しても、骨密度や生殖機能への評価といった関連疾患のスクリーニングが実施されることは少ない。また、教育現場においても思春期の子どもたちに対する適切な食育やボディイメージ啓発が十分に行われているとは言い難い。

(吉川氏からの情報提供・協力により本荘が作成)

日本にとってのビジネス勝機

───やせ型の女性が多い日本で、研究を進め対処法を考えておくと、アフリカなど栄養事情が悪い国でも役立ちそうですね。

吉川 そうです。日本発の技術やプロダクトに期待します。アフリカや東南アジアの、いわゆる低栄養で妊婦健診体制も整っていない環境の国で、体重計のような機器に乗るだけで、どんな状態なのか分かる、というのが目指しているビジョンです。

───低コストでバランスのいいフードを提供することも考えられますね。

吉川 そこも今、妊婦さんや生まれた子どもの栄養を改善するものを、食品メーカーさんが海外で実証実験しています。これもどんな状態か診断するシステムと合わせて、オールジャパンで取り組めるとよいと思います。

───このテーマは欧米より日本に分がありますね。

吉川 アメリカやオーストラリアでは、妊婦さんのやせの研究は、治験者が集まらなくて実施困難になっています。日本だと8割弱の方が妊娠中の体重増加基準を満たしてないので、ふんだんにデータを集められます。WHOの指針もそうですが、妊娠中の体重増加不良をどう解決するかというのが世界的な課題になっていて、日本が世界で戦える数少ない分野の一つです。

メディアの間違い、必要なアップデート

───テレビで、健康にいいよということで「納豆がいい」、「ココアがいい」と言われたら、店頭から商品が消えてしまう。知識がない消費者は振り回されるのが現実です。いくら厚労省が正しい情報を出しても、一般人はなかなか見ないですよね。

吉川 見ないです。TikTokやインスタは見ますが。インフルエンサーさんも、小さく産んで体重を増やさないで、と発信している。我々医療界は、どうすればよいのでしょうね。
 また、育児に関しては、低炭水化物ダイエットをしても子どもは立派に成長したとか、我々からすると問題のある食事や事例が紹介されています。ウチはこう育てたから大丈夫と、みなさん個人が発信されることもあります。

───単独よりも、企業さんや既にたくさんの活動をされている組織と連携するというのも一つの手かと思いますがいかがでしょう。

吉川 企業の力は大きいです。例えば、企業努力のおかげで、様々な減塩の商品が売れていて、日本人の食塩摂取量はかなりの勢いで減っています。企業さんのプロダクトで妊婦さんの行動が変容するような仕組みになったらいいなと思っています。

───そして、プロの現場もアップデートしたいですね。

吉川 妊娠中、体重を減らすと、赤ちゃんの生涯にわたる健康に莫大な影響を及ぼしてしまうことは意外と知られていない本当の話です。周囲の人々から、体重を増やさないでねと妊婦さんが言われてしまうのをなんとかしたいです。産科婦人科学会、小児科学会が論文を発表しても伝わらないかもしれませんが、どう社会実装していくかについて、学会内でも議論されています。

───専門のメディアは大丈夫でしょうか。

吉川 医学では数年前に常識だったことが180度変わることがあります。これは利権とは関係なく、科学的に更新される。最新の医学を常にフォローし、アップデートする必要がある。これはまた難しいことですが、きちんと最新のデータを発信し続けられるプラットフォームが重要だと思います。
 著名な妊娠出産メディアですら間違った発信をしばしばしていて、こうしたメディアは影響力が大きいですが、学会がすべてをチェックすることはできません。私たちができることをしっかりやっていくしかありません。

───ご指摘の医学的なアップデートは不可欠ですね。また、スリムになりたいという意識のあおりや「ダイエット=ヘルシー」の刷り込みなど、社会的なメディア環境も問題です。その中で、一人ひとり、そして各企業がどう考え、どう生きるか、問われているのかもしれません。貴重なお話をありがとうございました。

インタビュー後記

 3つの大きな健康のアナの一つ、食事についてショッキングな現実を目の当たりにしました。豊かでフードロスが問われる日本で、栄養不足による危機を招いている、それも胎児の頃から。
 これは栄養指導の方針転換だけの問題ではなく、そもそも過度なスリム志向を醸成している社会の問題でもあります。先進国で日本女性が突出したやせ型比率であることの背景・理由を考えたいものです。
 また、起業家でもある吉川医師と、共にこの大問題に挑む京大研究室や、成育その他研究機関・研究者の方々、企業や支援組織に敬意を表します。一人ひとりが、栄養と食生活について真剣に見つめ直し、自ら考えて行動しないと、健康は危うい、と感じました。

(Interviewer:本荘 修二 本誌編集委員)

吉川 健太郎(よしかわ けんたろう)氏
京都大学医学研究科予防医療学教室 医師
Famileaf 共同創業者

2015年京都大学医学部医学科入学。2016年に日本企業とアジアの学生を結ぶ訪日プロジェクトを立ち上げ、京大生チャレンジコンテスト受賞。2018年にはスイス・ジュネーブのWHO本部でインターンとして勤務し、国連の宣言文書の策定に携わる。医学部在学中の2020年には、妊産婦への個別支援を目指すFamileafを共同で設立。現在は京都大学大学院医学研究科予防医療学教室に所属し、複数の企業、大学・国立研究所、行政と連携しながら、周産期・小児期の低栄養に早期介入する予防モデルの構築に取り組んでいる。