INTERVIEW


自らを救うには? ブランドを高めるには?


見過ごす健康と未来

中島 聡 氏
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事、本誌編集委員

 歩行、排泄、食事という健康の基本を深堀りする特集テーマ「健康のアナ ~見過ごされる大問題~」にまつわるさまざまな側面──生活者の健康意識や行動、医療の抱える問題、健康マーケティングなど──での現状と課題について、本誌編集委員で公益社団法人日本アドバタイザーズ協会専務理事の中島聡氏にお話をうかがいました。

足で分かる、便で分かる、あなたの健康

中島 今回のテーマ「歩行、排泄、食べる」、これは基本的な大原則でしょう。静岡の寸又峡のある有名な旅館では、チェックインすると、ご主人が桶で足を洗ってくれます。すると、「お客さん、ちょっとこれ気をつけられたほうがいいですよ」などと言ってくれる。私はその旅館でお話をうかがったことがありますが、江戸時代はみなさん、宿場町へ行くと足を洗ってくれて、体調についてあれこれ助言してくれたそうです。

───足からその人の健康状態が分かるという昔からの知恵ですね。

中島 足というのは大事だし、足が弱って歩かなくなれば全身の筋肉が衰えます。唾液が肺の中に入ったりして起こる高齢者の誤嚥性肺炎は筋肉の衰えが一因です。ですから、とにもかくにも「老人よ、街へ出よう」というわけです。1万歩でなくても千歩でも2千歩でもいいと思います。歩いただけの効果は出ますから。
 また別の話になりますが、うつ病の患者さんは軒並みまず便秘になります。そこでいろいろな薬を飲むようになると、今度は下痢になって、一層おかしくなったりしますね。

───排泄の異常からうつ病が発見されることが多いと、日本うんこ学会会長・石井洋介先生が指摘されています。日本では約2千万人がストレス性の過敏性腸症候群です。ですから、消化器と精神科は密接な関係なんでしょうね。

中島 統合失調症の患者さんが精神科にかかっても改善しなかったが、血液観察を続けていると統合失調症ではなく臓器の病気、あるいはホルモンの異常だということが見えてくることがあるそうです。それで治療法を変えれば良くなります。精神科では多くの場合、血液検査をしないそうです。日本の医療は専門性ばかりに特化して、総合医療ができていません。

───下北沢病院・久道勝也理事長も横断的なチーム医療の大切さを説かれています。

中島 マーケティングの世界も細分化されています。どんどん縦割りになっています。すると、部分最適であっても全体最適ではない。それが医療の現場でも起こっている。症状だけを見るのでなく、総合的に人を人として見ることが大事です。

もっと自分自身を大切にしよう

中島 “You are what you eat.”と言いますが、昨日の食事が今日のあなたをつくっています。これはとても大事なことです。食べるということは、何か1つのサプリを摂るということではない。食生活と言うように、あなたの生活が今のあなたをつくっています。昨日あなたが何をやったか、おととい何をしたかの積み重ねでできているわけですから、問題を一挙に解決するような魔法はありません。

───プレミアムを志向して特別な食生活をするのでなく、ベーシックなところで何をどう食べればいいのかに興味を持つ、それに適度な運動をすることですね。

中島 理想を追求してプレミアムを志向している人が多いようです。石井先生がご指摘のように、人によってヨーグルトが効く、効かないということがあります。さまざまな食品があり、企業は美辞麗句で宣伝しますが、お客様が試す中でこれは調子が良かったという、自分に合ったものを選ぶと良いでしょう。もっと自分の体調というか、自分自身を大事にするということです。

───日本の皆保険制度は世界でナンバーワンの仕組みです。欧米では、調子が悪い、診てもらおうと思ってもひと月ふた月先の予約になるし、費用も高いからハードルが高い。日本は医療へのアクセスが良く保険でカバーされる。しかし、個人がそれに頼りすぎという面もあるかと思います。

中島 アメリカは金持ちでないと治療できない。がんなど病気を宣告された瞬間に破産が確定するといいます。

───だから米国では日本よりも大腸がん検診の受診率がかなり高い。歯の定期検診を受けている人の割合は、スウェーデン9割、米国8割、英国7割なのに、日本はたったの6%です。日本では、調子が悪くなってから医者に行くのが当たり前になっていますね。

中島 しかし、これは決して悪い制度ではない。時代が変わったということでしょう。この制度ができた頃は必死で余裕はなかったが、今こうして考える余裕が出てきたのは国民皆保険制度のおかげだと思います。

情報は鵜呑みにせず、アップデートする

中島 どんどん新しい研究や学説が出てきます。食品企業にしても、ドクターにしても、栄養士にしても、それをどうキャッチアップしていくかが大きな課題です。

───サイエンスは発展し続けるので仕方がないかもしれません。ただ、そのときにベストと思われることを実行したい。しかし、個人は立ち遅れていて、振り回されている。一般的に、周りや親の世代が言うことはアップデートされておらず間違っていることが多いですね。

中島 周りから言われることや情報が間違っているのはその通りでしょう。それに、ネットで調べれば何でも出てきますが、それが正しくないことが多いのが現実です。

───マスメディアだろうが、ソーシャルメディアだろうが、メディアの限界を理解しなければなりませんね。

中島 生命力の根源を燃え立たせるのは足、歩くこと、軽い運動。それと食べること、寝ること、排泄すること。それができればみんなハッピーということだと思います。

───睡眠の話が出ましたが、世界的な睡眠研究のリーダーである筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構・機構長の柳沢正史博士は、睡眠分野で「なんの科学的根拠もないことを謳っている商品が残念ながらたくさんあります」と述べておられます(テレビ東京『ブレイクスルー』)。健康関係はそういうものだと消費者も理解する必要がありますね。

中島 まず言いたいのは、性悪説であれということですね。叩いてホコリの出ないものはないともいいくらいです。情報を鵜呑みにせず、自分で試して咀嚼しなさい、あるいはかかりつけ医に相談しなさいと。
 それから、過剰摂取も問題です。例えば、ビタミンCが取れるからとグレープフルーツを食べすぎると良くない。納豆もそうです。もちろんサプリメントも要注意です。

───そういう意味では、白米は毎日食べても大丈夫な食品の1つですね。

中島 異論がある方もおられると思いますが、伝統的な食生活に残っているものというのは、人類が長い間経験して、これはいいとなっているもの。それをもう一度見直したほうがいいでしょう。近頃出てきたものは、いいと思っても、まだまだ長い間、実験してきたものではない。伝統的な食生活にもっと自信を持っていいと思います。

不健康なマーケティングとスマホの影響

───健康関連のマーケティングがいかがなものかという例が少なからずあります。それもあってか、がんなどの患者にいろいろな人がエセ情報で効果はないのに、これを飲め、あれを食べろなど勧めるということもあります。

中島 藁にもすがりたいという気持ちがありますからね。
 ところで私はJAROの理事ですが、毎月、薬機法に抵触するものを含む厳重勧告があります。

───欧米の多くの国で規制する法律がありますが、日本にはないんですよね。

中島 同様にソーシャルメディアでも、デジタル広告詐欺などの問題がありますので、例えば16歳以下の利用を制限する国がありますが、日本は甘い。規制する法律がないんです。総務省が、気をつけましょうと広告主へのガイダンスを出すパブリックコメントを準備中ですが、日本人がこういうことに対して関心を強く持つ必要があります。

───テレビでも、やや怪しげなコマーシャルが増えたように感じます。

中島 そうですね。もともと広告というのは公益性と共益性が重要です。ところが、いつの間にかそれが忘れられているのでしょう。また、日本のマスコミュニケーションの問題であると同時に、それをわきまえていない生活者の問題でもあるでしょう。今後、どう抑制を効かせていけるかが注目されます。

───アメリカにも問題のある会社はありますが、かつてのラルフ・ネーダー氏のように消費者保護を唱え、「大企業マーケティングけしからん」と叫ぶカウンターパーティがいましたから、何らかの抑制が効くわけですが、日本にはそれも乏しいです。

中島 私はデジタルマーケティング研究機構の理事長も務めていますが、日本がいろいろな点で悪い方向へ進み出したのは2006年ですね。
 それはスマホの出現です。大きな問題の1つが発達障害です。情報が過多で考えが分散してしまう。考える力が世界的に低下し始めているという調査結果もある。考えるということをせずに、依存しがちになっているんですね。実際、いくつかの病院の外来で一番増えているのがスマホ依存症です。

───ゲーム依存が疑われる男性は、ハイティーンの12%、ローティーンの9%(久里浜医療センター調査、2019年)にも上り、ゲームとSNSなどスマホの複合依存がどんどん増えているそうですが、複合ゆえ治療が難しい。精神を病むことからしても、スマホ上での行動がおかしくなるという例は増えていくでしょう。

中島 ゲーム依存症と同様に、増えているのが買物依存症です。ネットショッピングで若い女性が月間で何十万円も買い過ぎる例も耳にします。

───ゲームよりも経済的な問題に直結しますね。

中島 フリマアプリの使い過ぎによる破産者が、若年層だけでなく年金受給者にも増えています。デジタルメディアの影響がとても大きいですね。

───スマホとアプリが不幸な人を増やしているという報告もあります。ソーシャルメディアのおかげでティーンエイジャーの拒食症が増えたといって、アメリカの一部で問題になっています。これらを知った上で、デジタルメディアと付き合うことが重要ですね。

疑わない、豊かさで麻痺した日本人

───情報シャワーの急増の中で、教育と文化の影響もあるのか、日本人はあまり疑いを持たないですね。抵抗なく信じて実行してしまう傾向が強いです。

中島 情報やメディアに振り回される土台は根深いところにあると思います。性善説は結構だけれども、世界を見渡しても基本的に性善説を信じているのは日本人くらいではないですか。

───新しい医療方針や最新知識を、知らない、アップデートが追いつかないという方々が少なくないのが現実です。親や友人など素人はもちろん、企業や専門メディア、そして一部の医療関係者も含めての話です。みなさん、真摯に懸命に仕事されていますが、あまり疑わずに信じて従ってしまいやすいのかもしれません。

中島 病院も個別のドクターも、医療については全体として「信頼」がキーワードとなり、試されるようになってきていると思います。

───世の中を知り、鵜呑みにせず、現実を見て、相談をして、正しい道を見つけましょう。かかりつけ医あるいはコミュニティはその力になるということですね。
中島 日本人は、真面目だけれども自分を大切にしていない。例えば足が何だか変形している、痛い場合でも何年もほったらかし。大腸の検査も受けない。基本となる適切な食事、良い排泄、適度な運動ということはみな知っているが、やっていない人が多い。これはなぜなのかという疑問が湧きます。

中島 豊かさで麻痺しているのでしょう。もっとプリミティブな生命の根幹に関わるような状況であれば、何か食べたい、眠りたいとなるはずです。だから生命力が弱っているのですよ。

───ある健康系アプリのユーザーは、ほとんどの人がスリム志向・やせたい人たちだそうです。土台の健康でなく、きれいにやせたいというプレミアム、つまり無くても済むことにフォーカスしているわけです。

中島 おっしゃる通り、それらはプラスアルファでしかない。食事を写真で送るとアドバイスが来るアプリがありますが、長続きしません。もともとは根源的な生命力の部分に注目したはずですが、そういう意図で使われてはいません。
 もう1つ、デジタル業界に対する提言でもありますが、このようなアプリをもっとも必要としているのはシニアだと思いますが、お年寄りには使いやすくない。現場では、シニアに勧めても1週間でみなやめてしまうそうです。

───おもしろくもないですし。結局この疑問は、人の業を含め、人間社会とは何だろうといった深い問いとつながっているような気がします。例えば、京都大学医学研究科・吉川健太郎先生がご指摘のように、親がダイエットをして素敵なママを目指して努力すると胎児が飢餓状態になり、将来太りやすくなったり、健康上の影響を受けたりすることがあるという問題があります。

中島 本当に人の業です。なぜプレミアムのほうに行きたいか、これは自己実現でなく承認欲求だと思います。本来は自己実現が基本ですから、それよりレベルが1つ下です。承認欲求をメインにすること自体が間違っているのですが、これと同様なことが広告の世界でも起きている気がします。

かかりつけ医と地域コミュニティの役割

───健康の問題は、よく平均値や一般論で言われますが、個人差が大きいので個人に合わせて考えないと逆効果になりかねないですよね。

中島 このところサプリメントや乳酸菌も個人に合ったものを提示する商品が出てきました。これは個体差が大きいからです。それぞれに最適なワン・ツー・ワンの形に持っていくには、デジタル技術が大きな役割を担うでしょう。

───技術革新とその応用への期待が高まっていますね。それから、総合的に人として見る、という中島さんのご指摘ですね。

中島 そうです。小児科、内科など各専門科から受診は始まるわけですが、そうでなく総合的に診るということになると、大学病院となって、予約はずっと先まで待つなどハードルが上がります。
 私には主治医が3人いて長年通っていますから、かなりのことが分かります。この症状ならこうだろうけども、もし心配なら、この先生のところへという形になります。小さいときからのかかりつけが大事だと思います。

───継続的に診ているということですね。

中島 日本では、もともとプライマリ・ケアが遅れています。継続性がない一見の医療が多いような気がします。ここが大きな問題だと思います。いくつも病院に通い、大学病院で調べたら原因が分かったが、赤ちゃんのときからのホームドクターが一番正しかったという例もあります。
 相手の年齢、状況を考えて、治療法や薬を選ぶ等できますし、信頼関係を築くことができる、本当の意味でのかかりつけを大事にしたいと思います。

───悩ましいのが、例えば専門性が不十分でも馴染みのお医者さんに、とにかくこの先生にすべてお願いします、と頼りすぎるお年寄りもいます。お医者さんはスーパーマンではないですし、自分でお医者さんとの付き合い方を考えて実行しましょうということですね。

中島 消費者というか、良い被保険者はドクターの選び方・付き合い方を学ぶ必要があると思います。選ぶ権利があるなら、選ぶ目を持つことです。

───個人がみな選ぶ眼力を持てと言うと、それも現実的ではないので、やはり相談相手が必要かと思います。ネットの口コミは要注意ですが、お医者さんに関してはさらに信用できませんし。

中島 ネットは一番信用できません。信頼できるのは地域のコミュニティだと思います。地域コミュニティの中で、どこの医者が良いかという話題はいつも耳にします。

───幼稚園ママが集まったら、あそこの小児科はどうか、などとよくしゃべっています。

中島 そうですよね。スポーツクラブでもそんな話ばかりです。地域コミュニティは半分崩壊しているとも言われますが、今一度、そういうコミュニティを大事にすることが必要だと思います。

───テレビやネットで見かけた情報ではなく、コミュニティで話して実例を知ったほうがいいです。そして、かかりつけ医か良いお医者さんを見つけるのが大切でしょう。

中島 地域のコミュニティ、そして信頼できるかかりつけ医ですね。それがあればと思います。

信頼される企業ブランドに

───昔に比べれば医療は発達し、食べる物も飽食の時代と言われます。しかし、基本をおろそかにしている印象です。

中島 健康を謳う食品などの商品やサービスにはエビデンスが無く、薬機法にも触れるようなものがたくさんあります。きれいになりたい、長生きしたいという思いが強いから、そこで商売したいのでしょう。

───健康・長生きというツボがあるから、高齢者をねらう商売で金もうけしようとするのでしょうね。

中島 合法的ですが、私の家族もスポーツクラブで勧められて、数万円の美顔器を買って4~5回使ったきりです。弱いところを突いて、あるいは危機感をあおってお金を儲けようとするマーケティングが続いているわけです。浅ましいですね。

───そういう商売は無くならないでしょう。消費者にどこまで自覚させるかはありますが、ブランドを大切にしようという企業に対してのメッセージもあると思います。健康についての戦略は「脅し」か「信頼」か。永続的な企業ブランドのためなら、「信頼」を選んだほうがいいでしょう。

中島 ブランド=信頼です。今回の本荘さんのお話は、ブランド戦略の根幹に触れることですね。

───私はスタートアップ振興に取り組んでいますが、この分野は他と違いとても長い時間軸でコミットしますし、多くが人を救うことを使命としています。それがカルチャーとしてあります。

中島 それは志が高いということです。一方で、志が低い連中がいる。今回のテーマは、人間が生きる上で必須の部分です。企業も今一度、原点を見つめ直すときなのでしょうね。

───私たち生活者や企業が、本テーマにどう向き合うかを考えさせられました。どうもありがとうございました。

インタビュー後記

 本特集テーマには、生まれ方、生き方、死に方について、自分事として問題を突きつけられました。同時に、自分への興味が薄い人が多いという現実を感じます。無意識に流されている、他人の目を気にしすぎる、何かに依存しすぎているなど、いろいろな面があるかと思いますが、いったん立ち止まって見つめ直すことも大切な気がします。簡単ではありませんが、自分はもちろん、人とのつながりもよりよいものに進化するかもしれません。

(Interviewer:本荘 修二 本誌編集委員)

中島 聡(なかしまさとし)
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事、
本誌編集委員