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ぼんやりしたり安静にしたりしている時は脳も休んでいると誰しも思うことでしょう。しかし実際には、意識的な思考や行動を行っている時よりも20倍ものエネルギーが使われています。そして、この時に活発になるのがデフォルトモード・ネットワーク(DMN:Default Mode Network)と呼ばれるものです。
DMNと活動量
人が一日に使う平均的な消費エネルギー量(男性)は2000kcalで、このうち脳が使うエネルギーは20%の約400kcalと言われます。その中で私たちが行う意識的な行動や思考に使われるのはわずか5%に過ぎません。残りの95%は、脳のメインテナンスに20%、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)に75%が使われていると言われています。
「頭をフル稼働して・・」などと言うことがありますが、一生懸命に頭を使って考えたりしてたくさんのエネルギーを使っているようにみえても、実はほんの少しのエネルギーしか使っていないということには驚かされます。さらに驚かされるのは、安静時などで休止していると考えられていた脳が活発に活動していることです。いわばスマホやPCで言えば、いつものアプリやSNSがすぐに使えるようにする待機状態のようなもので、いつでも瞬時に脳がシームレスに活動できる態勢を作っているとも言えます。
DMNと創造的思考
安静時やボーッとしている時に活動しているDMNは、このように意識ある時の思考活動とシームレスに繋がるような働きをしているばかりでなく、創造的思考においても重要な働きをしていることが近年注目されるようになってきました。
DMNと創造的思考との関係については、脳の中でも神経細胞が密集する灰白質(かいはくしつ)の大きさ(容積)と、創造力を示す作業成績との間に強い相関があることが明らかになっています。灰白質は情報の処理や選別など脳の複雑な働きを担う重要な部分です。ヒトは進化の過程でこの灰白質が大きく発達しており、その大きさが創造的思考と密接に関係していることが注目されています。
また、脳の覚醒下手術注1でも興味深い結果が報告されています。DMNと創造的思考との関係を調べるために行われた手術では、患者の脳のDMNの領域に電気信号を与えながら書類用クリップを提示して、そのクリップの独自な使い方を患者が解答するというものです。それに対する創造的度合いの高い解答は、DMNのノード(node:節、結び目)間の結びつきの強さと相関があることが報告されています。
このように医学、脳科学など関連する領域からさまざまなアプローチで、DMNと閃きが生まれる創造的思考との関係が明らかになってきました。
注1 覚醒下手術:脳の手術中に患者を麻酔から覚醒させて、該当する機能を確認しながら手術を進めるもの。
エジソンの閃き実験
生涯数多くの発明を成し遂げて発明王と呼ばれたトーマス・エジソンは、ボーッとしたり、まどろんだりしている時に閃きが生まれやすいことを経験的に知っていたと言われます。そして、その閃きに至るタイミングを得るために、彼独自の閃きを得るやり方を実践していました。それはボールを持ちながら軽いうたた寝をして、眠りに入り思わずボールを落としてしまうタイミングで閃きを得ようとしたものです。
この「エジソンの閃きタイミング」を模した実験が、フランスのソルボンヌ大学で2021年に行われました。難しい数学の課題が設定されて103名の参加者が、その問題に取り組みました。課題に取り組んだ後に休憩時間が設けられ、各自にペットボトルが配布されてそれを持ちながら各自がまどろみに入ります。そして、つい寝入ってしまってペットボトルを落としたタイミングの後に解答すると、多くの参加者は問題が解けたそうです。このまどろみ状態で15秒間過ごすと、難問と思われた課題に隠された正解へのルートを見つける機会が2.7倍に増えたそうです。
この閃きのタイミング実験の結果から、ボーッとしたりまどろんだりすることにより、DMNが活発になり、閃きのタイミングを生みだす切っ掛けになったことがわかります。つまり、ボーッとしたり、まどろんだりすることによって、課題に対する意識的な思考の休止=課題から離れる、ことを意味しています。そして、課題から一旦離れることにより、安静時に活動するDMNの思考モードが活発になるわけです。
DMNと閃き
現在ではDMNは睡眠状態の時と同じような働きをしていることが明らかになっています。このネットワークは新しい記憶を定着させる一方で、過去の記憶を呼び出して整理したり、不規則な繋がりや組み合わせを行ったりして、それらをまとめているものと考えられます。そして、この整理やまとめる機能によって、将来の展望も描いているとも言えます。ある時に突然閃きが生まれるというのも、DMNから生みだされる将来の展望の一つとみなすこともできます。
創造的思考における3大ネットワークであるDMNは、休養時や安静時に活発に活動しており、意識上の思考とは大きく異なる制約のない自由な、ある意味無秩序な組み合わせや新たな展望や閃きを生みだす可能性を大いに秘めています。課題に行き詰まったら、「一度離れろ」「寝かせろ」とは、このようなデフォルトモード・ネットワークが生みだす新たな力を実は物語っていたということをご理解頂けたでしょうか?
中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員
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DMN論②
─DMNと閃き─”
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