小島 鉄平 氏
株式会社松葉屋 創業者/代表取締役社長
世界中のクリエイターやセレブリティ、有名経営者からZ世代まで幅広く魅了する株式会社松葉屋のBONSAI。Instagramのフォロワー数12万人の小島鉄平氏に、盆栽の魅力、日本や世界への目線、様々な世代へ届けるコミュニケーションのコツ、盆栽業界を始めとした職人の未来展望についてお話を伺いました。
盆栽って格好良い
───小島さんはこれまで盆栽に興味を持たなかった若い世代や国外へその魅力を発信していますが、その魅力とはどういった部分でしょうか。また、職人の世界である盆栽業界は閉鎖的な印象があります。上海から活動を始められたのも、そういったことが影響しているのでしょうか。
小島 僕は、盆栽はシンプルに格好良いと思っています。はじめは、今ほど盆栽への解像度が高くないというか、深さみたいなものは知りませんでした。でも、格好良いと感じていて、それはきっと若い人たちに伝わると思いました。
盆栽業界に関わる方の多くは、60〜80歳。新しいものを受け入れることが難しい業界で、正直、最初は受け入れてもらえませんでした。盆栽を新たに広めていくという概念がなかったですし、発信しようと考えている人もいなかった。だからこそ、僕の目線だとブルーオーシャン。既存の業界が見ていないところを攻めていこうと思いましたが、業界に受け入れてもらうのは難しかったので、まず海外でやろうと考えました。日本では逆輸入のほうが受け入れられやすいこともあるので。
当時、僕の仲間が上海にいて何かとやりやすい時期だったのもあり、手伝ってもらいました。まずは盆栽市場みたいなところを紹介してもらい、原石みたいな木を探してきて、友人宅やホテルで作り込む、すると、周りの協力もあってたくさん売れました。ある日、友人のショップ前で、盆栽をつくっていたら、友人がヒップホップを巨大なスピーカーから流し始めて、あっという間に人だかりができ、出来上がったというと買い手がつくという現象が起きて全部売れました。当時すでにSNSも始まっていたので、かなり話題になり、多少、知名度も上がり、自信がついたので、日本に戻ろうと決めました。
───日本に戻られてから、どのような活動をされましたか。
小島 まずは日本の若い人たちに見てもらう、盆栽って格好良いものだと知ってもらえることを最優先しました。日本で盆栽をやり始めた当初に、ニューヨークmoma 表参道店から連絡をいただいて、ポップアップショップをやることになりました。その縁が元になり、代々木体育館で行われていたファッションの合同展示会であるroomsの空間づくりを手伝うことになり、ファッション業界の方々との繋がりができ、セレクトショップでのディスプレイなどいろいろなことが始まっていくきっかけになりました。
もう一つはやはりSNSの存在が大きいですね。マスメディアに頼らなくても、それぞれが発信できる時代です。これにより、盆栽の「表面」は見せることが可能になりました。これはとても大事で、Instagramがなかったら間違いなく今の僕らはなかったと思っています。今はまず「表面」が伝わる時代、その次は「本質」が注目される時代が来る。まず表面的なことから入っても本質的な部分に気がつける、若い世代がとても増えているように感じます。
自分たちで発信するうえで、僕は常に「違和感」を大事にしてきました。もちろん、いい意味での違和感です。盆栽をただInstagramに出しても、普通は目に留まらず、流れていく情報の一つになってしまう。そこに違和感があることで、人は立ち止まる、何だ、これ?と。まず立ち止まる、そして、文章を読んでもらうために、何かしらのフックが必要になります。
僕がその違和感を出すために考えたのが「ストリート盆栽」でした。何かというと、街中で盆栽を手に持ち、写真を撮る。盆栽を持って歌舞伎町で、銀座の通りで、そういった背景も印象に残る場所で撮ることによって、手を留めるフックになると考えました。SNSを活用するにあたり、まず見てもらい、知ってもらうことが戦略として常に頭にありました。
意外性を演出して
注目してもらう
“ストリート盆栽“
盆栽の奥深さと魅力
長い歴史と共に受け継がれる「伝承」と「気」
───盆栽というと、少し前まで一般の人にとっては日本料亭や旅館など限られた場所で飾られるもの、一部マニアだけの世界といった印象でした。まず、盆栽の魅力からお話を伺いたいと思います。
小島 盆栽の魅力は正直多過ぎて、語り尽くせません。もともと盆栽は中国から来ていますが、当時は盆景や盆山と言われていて、鉢には埋まっておらず、もう少しジオラマ的なものでした。これが800年から1,200年ほど前に日本に伝わり、日本人が鉢の上にもっとシンプルに自然美をつくろうとしたのが始まりと言われています。
盆栽の魅力は、神社仏閣に感じるような「気」だと思っています。「気」って何かというと、気分がいいとか気分が悪いとか、なぜかはわからないけど、自然と感じるものがみなさんあると思います。僕は無宗教ですし、神社に行ってお参りをすることは別にそれで何かがあるわけじゃないですが、「気」をもらう、エネルギーチャージだと思っています。自然の中に身を置いても「気」の流れがいいなと感じることもありますよね。盆栽は、神社のご神木に似ていると思っています。御神木は、樹齢何百年~千年を超える大木が多く、自然とエネルギーを感じる、それと同じだと思います。数百年を生きている盆栽は、神社に植えられていたら大木になっているはずで、今に至るまでいろいろな歴史を経ていて、きっと僕らが想像もつかないものをたくさん見てきています。風に吹かれ、雨もあり、いろんな環境の中を今こうやって一生懸命生きている。そんな何かとんでもないものが盆栽には詰まっていると思っています。
一方で、人間が手を加えることが盆栽なので、多くの盆栽にはたくさんの針金が掛けられています。形を整えるだけではなくて、3年、10年、50年、未来のことを考えてこの木がどんなふうになっていくのか、どんなふうにしたいのかということを想像しながら仕立てていきます。樹齢80年の盆栽があるとして、これは僕がずっと育てているわけじゃないですよね。過去の作家さんがいらっしゃって、皆さんが同じように毎日管理して初めて今があります。受け取ったときに針金の掛け方や全体の空間ぶりを見ると、過去の方々は何となくこういうことをしたかったんだなというのが理解できるんです。皆が受け取ったときに少しずつ手を加えながら、ずっとその繰り返しで今がある。どうしても僕のほうが先に死んでしまうので完成形は見れないけれども、次の時代に受け継がれていき、自分の死後も誰かの手によって大切に繰り返されていくことも魅力だと思います。
日本の伝統文化として盆栽の未来をつくる
───日本国内にこだわって活動を始めていたら、今のスピード感ではブレークしなかったのではないでしょうか。
小島 間違いなくそうだと思います。そして、海外に行けば行くほど日本の良さを知ります。実は、日本人よりも海外の方のほうが盆栽や歴史を詳しく知っていたりします。僕は、盆栽を知ることで日本の歴史に詳しくなり、そこから日本の美徳などを自分なりに解釈して今があります。盆栽を通じて知った、本当に大切なものがたくさんあるこの日本をどうにかしたいと思うし、日本人として誇りを持つべきだと感じています。そういったことを伝えていきたいと思い発信しています。
───次世代にむけた盆栽業界の未来についての展望を伺えますか。
小島 盆栽業界では、貴重な木が海外に流出している状況があります。今の代のことだけを考えるとそれでもいいかもしれませんが、自分たちの子供や孫の世代、ひいては日本のことを考えると、再現することのできない木が日本から減っていくのは大問題です。樹齢100年以上、300年といった盆栽を今すぐつくることは当然できませんし、本当に希少になっています。
日本国内に貴重な木を残すための試みとして、海外の顧客には、樹齢100年以下の盆栽は販売し、国外への持ち出しも可能にしていますが、それ以上の樹齢のものは国内で僕たちに管理させてほしいと伝えています。所有権は彼らに渡して、来日した際には宿泊するホテルに持っていくなどして楽しんでもらって、顧客が帰国すると回収・管理するという手法ですね。やはり資本力には勝てませんし、何もせずにこれまでのまま流出していくと日本の伝統文化として貴重な盆栽は日本より他国のほうが多く所有する状況になってしまうかもしれませんので、より貴重なものは国内の方に所有していただいています。
今、将来的な構想を考えていて、その構想が実現すれば、全国の盆栽園は十分にやっていける環境が作れますし、子どもたち、孫たち、ひ孫やその先の子孫の代まで、日本の伝統文化としての盆栽を守ることができます。そういったシステムの実現に向けて動いています。
盆栽「愛」を伝えるスピーカーとして
───盆栽業界の未来を担う構想は楽しみです。今後の小島さんご本人の活動についてはどのようにお考えですか。
小島 今後やりたいことは100個ほどありますが、その一つは海外に支店をつくることです。ロサンゼルスやニューヨークが候補地ですね。国内では、京都に店舗を構えたい。海外店舗があることで、国外でも僕らが直接、管理ができるようになります。樹齢100年以下だったら、ハリウッドセレブなどの海外にも売りますが、定期的に管理しに行く。昨年、ヨーロッパで盆栽の輸出が解禁になりましたし、アメリカもこれから解禁される予定です。それに合わせて、これから仕掛けていく予定です。
僕自身の役割で言うと、盆栽や日本の伝統文化を伝える「スピーカー」として活動し続けたいですね。スピーカーに向いている人、苦手な人がそれぞれいるので、自分ができなくても、人に伝えられる人を仲間にするのが大切だと思います。そのためには、自分自身が、自分がこれをやるんだ、これは絶対いいものなんだ、だから、絶対に人に伝わるという思いを、まず信じないと始まりません。誰よりも熱い気持ちがないと、伝わらないし全く響きません。僕は盆栽というものに人生を救われたし、盆栽があるから今があると思っているから、その思いを伝えることができます。これは盆栽「愛」でしかなくて、これがないと絶対人には伝わりません。
日本には盆栽の他にも様々な素晴らしい伝統文化がありますし、職人がいますから、僕は盆栽を通じて彼らと積極的にコラボレーションして、「愛」を抱く人たちをどんどん前に出していければいいなと思っています。日本の伝統技術者たちの力を借りて、一緒に盛り上げていき、スピーカーとして発信するために、青山にある松葉屋茶寮を立ち上げています。これは盆栽や伝統文化に限った話ではなく、他のどんな商品にも通じることだと思います。
───今後の展開もとても楽しみですし、新たな活動に期待しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(Interviewer:吉田 けえな 本誌編集委員)
小島 鉄平(こじま てっぺい)氏
株式会社松葉屋 創業者/代表取締役社長
Matsubaya, Inc. Founder/CEO
千葉県柏市松葉町にて幼少期を過ごし柏市立松葉中学校を卒業。音楽、ファッション、タトゥーなどストリートカルチャーの虜となった学生時代を経て、バイヤーとしてアパレル業界にて活躍。海外へ買付けに行くうちに、日本文化の素晴らしさに改めて気づき、『盆栽』の歴史の深さや美しさに魅了される。「日本の伝統文化である盆栽を世界へ伝えたい」と一念発起し、2015年、TRADMAN’S BONSAIを結成。(2016年(株)松葉屋を設立)。以後、唯一無二の世界観で『盆栽』のある空間を演出し「shu uemura」「NIKE」「Dior」「RIMOWA」など様々なブランドやアーティストと共演。「伝統とは革新の連続」を胸に、日本の格好良さを盆栽を通して、老若男女、そして世界へと発信している。
2023年、Land Roverディーラーアンバサダー就任、現職。
TRADMAN’S BONSAIについて
日本の伝統文化である盆栽を世界に伝えるというミッションのもと、2015年TRADMAN’S BONSAIを結成(のち2016年に株式会社松葉屋設立) 。これまでアパレルセレクトショップ・ハイブランド・カーディーラー等とのコラボレーションも行い、伝統を守りつつ既成概念を超えた、これまでにない盆栽の世界を、若者を含む幅広い世代に日々届けている。
One thought on “BONSAIを通し、国内外に日本文化を伝える”
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