ひうら さとる 氏
漫画家
少女コミック誌『なかよし』で高校生作家としてデビューし、今年で40周年を迎えた漫画家・ひうらさとる氏。ドラマ化され、作中に登場する「干物女」が流行語にもノミネートされた『ホタルノヒカリ』や『西園寺さんは家事をしない』など国内外で親しまれるヒット作品を世に送り出してきた。漫画にとどまらない活動で、noteやVoicy、YouTubeなどに活動分野を広げている理由や、多くの共感を呼ぶ、リアリティのある表現など、AI時代を迎え、今後、より重視されるだろう感情ののる伝え方、伝わるための秘訣についてお話を伺いました。
自分が“伝えたいこと”を伝える
───漫画は今の日本を代表する一大コンテンツですが、ひうらさんが漫画を書き始められた時代は、今とはまた違ったと思います。漫画というツールで表現されるに至った理由からお聞かせいただけますか。
ひうら 漫画を初めて描いたのは小学低学年の頃でした、絵を描くこと、話を考えることが好きでした。自分が漫画を読んでいたこともあり、絵だけではなく、コマを割って描くのが好きで、自分に合っているなと思いました。考えていることが一番表現できるなと感じて中学生まで続けていましたが、美術系の高校に入り、ちょっと漫画はダサいなと思い、1年くらい描きませんでした。その間に、遊んだり音楽をやったりしましたが、高2の頃、一番続けられたことはやっぱり漫画だなと気付きました。すごく好きとか憧れるというよりも、自分にとって一番無理がない、嫌いじゃない、続けられる、表現できるものが漫画でした。
それに気がついて、デビューしようと考えた時に、話も絵もすごく上手いわけではないので、当時、高校生作家が流行っていたのもあり、“若さ”を売りにしようと。そこで、色々な漫画雑誌を調べて、『なかよし』は高校生作家が一番少なく、さらに、デビューした人が本誌連載まで行く確率が高いだろうと予測し、1年かけて計画的に投稿しました。
───そして、『なかよし』で、高校生作家として見事デビューしました。
ひうら はい。デビューは『なかよし』です。最初は、サブカル系や音楽系など自分の趣味全開の話を描いていたのですが、連載が決まり、わかりやすく描く、付録になるようなキャラクターを描く、その考え方を物理的に叩き込まれました。私は、ただただかわいいとか、いい話とかじゃなくて、自分が好きなものを伝えたい思いが強かったので、その考えは頭にありつつも何とかかいくぐって、自分なりにアレンジしていましたね。例えば、アイドルが自分の好きな音楽を、アイドルの様式に則って歌う、そういったことです。その頃に、自分の伝えたいことを伝えつつも、共感してもらえるような部分を盛り込むことを勉強したんだろうなと思います。たぶん今は、そういったことが自然にできるようになったのかなと。
───自分の推しを伝えるのが役割だから、という想いがあったわけですね。
ひうら そうですね。自分の好きなものじゃないと伝わらない、ということだと感じています。
女性のリアリティを捉え、わかりやすく伝える
───ひうらさんの作品は、作品内の言葉が流行語になったように、多くの女性読者が「あぁ!」と共感するようなリアリティが特徴です。何か意識されていることはありますか。
ひうら 『ホタルノヒカリ』や『西園寺さんは家事をしない』では、30代の女性を描いていますが、自分が40代、50代と歳を重ね、その上で30代の読者の方に届く作品を描く。自分がやってきたことや思うことも当然あるのですが、話のヒントというか入口は、やはり30代の人の今の生活についてよく話を聞いて、あ、そういうふうに考えるんだと興味を感じてキャラクターをつくっていきます。そこが女性の共感度が高くなっているポイントかなと思います。
───『ホタルノヒカリ』で話題になった「干物女」もそうですが、リアルにいる人たちがネーミングされたことによって、他にもいるんだ、それでいいんだと認められたことで楽になった人が多かったように思います。
*干物女・・・漫画『ホタルノヒカリ』の主人公・雨宮蛍の生活ぶりを指した作中用語。平日は会社から帰ると漫画を読んで一人手酌で酒を飲み、休日は布団の中でうだうだ過ごす、だらけて恋愛から遠ざかっている女子。
ひうら 今回の『西園寺さんは家事をしない』でも、「偽家族」というワードが出てきますが、干物女もそうですが、話の流れ上そういうセリフが出てきたという感じなんです。あまりそこを考えていない。締切りぎりぎりになって、「あ、このセリフ、思いついた」といった感じで書くだけで、漫画を描いているうちに何となくフィットするワードが出てくる。
───今回の登場人物たちは個性的ですが、でも、どこか自分たちの身近にいる人と重なる部分があるのが、感情移入しやすい理由だと思います。共感されるようなキャラクターを描かれる秘訣を教えてください。
ひうら 登場人物にはモデルがいることが多いですね。例えば、『西園寺さんは家事をしない』も、取材先の会社の広報の女性がモデルです。広報ですから、会社ではとても明るい方ですが、一旦会社を出るとずっと下を向いて、コンビニに寄って、缶チューハイを買って、LINEを見ながら飲んで寝るみたいな感じですと言っていて。また、西園寺さんは一軒家に住んでいますが、「あんな一軒家に住めるわけない」とよく言われますが、実はあれもモデルとなった女性がいて。30代前半で小型犬を飼っていたので、ペット可のマンションを転々としていたのですが、家賃を払うのも大変だから、投資だと思って一軒家を買ったと。何かおもしろいなと思ったので、そのまま使わせてもらいました。
───事実は小説より奇なりですね。その観察力、取材力が多くの人から支持を集め、愛されるキャラクターが生まれるポイントだと思います。発信をしている人はたくさんいても、伝えるのは難しいと感じる中で、ひうらさんの「伝える力、共感される力」は、そういったありのままを観察し、受け入れて伝えているからだと感じます。
生涯変わらぬ「伝えたい気質」
───最近では、漫画だけでなく、Voicy(ボイシー)を始められたとか。しかも、年間ランキングで本業のアナウンサーの方などと並んで、年間ランキング入りされてましたよね。
ひうら Voicyは友人が先に始めていて、こういうメディアがあるんだと思って聞いてみて、おもしろいなと思って始めました。私が喋っているだけなのに、なぜか、それがいいと言ってくれるリスナーがいて。私がとちったり、笑っちゃったりしても、それがいいって。だから、喋ったものを編集せずにそのまま出せる、すごく優しい世界なんです。それで調子に乗っているうちにどんどん続けているという感じです。これまで漫画やnoteもやってきましたが、これが一番簡単です。本当に10分しゃべるだけですから。
*Voicy・・・さまざまな音声コンテンツを無料で“ながら聴き”できる音声プラットフォーム。情報や想いを伝えたい配信者とリスナーとのコミュニティが形成されやすい。
───ひうらさんの自然体な感じがすごくいいなと感じます。完璧に編集されすぎていない、肩の力が抜けている感じが癒される。漫画の枠に捉われず、常に発信し続けていますが、そこには何か理由がありますか。
ひうら 最近、ある人に、あなたは感動したことを伝える気質なんですと言われました。自分の好きなモノコトや想いをシェアしたくなる素質、癖みたいなのがあるそうです。自分でも確かにそうだなと思いました。
先日、作家デビュー40周年のイベントをやったのですが、それにあたって、昔の作品などを探していたのですが、小学校のときに今のブログみたいなノートを書いていて、「お気に入りの喫茶店は」や「梅田の阪神の地下のお好み焼きがおいしい」といった話が書いてあって、あぁ、子どもの頃からそういうのを人に伝えたい人だったのか、と思いました。
───自分がいいと思うものを、その表現形態や媒体が変わっても伝えていく、誰かに伝えるのが気質というか、役割なんでしょうね。
ひうら そうですね。その勢いで最近はYouTubeも始めました。実は、最初は40周年記念でDVDを作って販売しようと話していたら、娘からそれならYouTubeでいいじゃん、と言われて。YouTubeは、きれいに、おしゃれに作ってもあまりおもしろくないなと思って、好きな友達に会いに行って気楽に楽しくお喋りする、できるだけナチュラルにやっています。
巻き込み巻き込まれつつ、想いを伝え続ける
───YouTubeもやり、40周年パーティと原画展をやるというのは結構大変だったのではないですか。
ひうら 実は、夫がすごく企画が上手くて、テキパキできるんですね。私はぼやっとしていて、「あ、そういうの、いいね」と言うだけなんです。最初は正直、大ごとになってきたなとドキドキしていたんですが、やって良かったですね。私は終始、巻き込まれていくといった感じでしたけど。
───自分で率先して、というよりも、巻き込み上手で巻き込まれ上手、その両方がバランスよく備わっているという感じですね。漫画を描くときも、YouTubeやイベントをやる時も、周りの人の意見を取り入れる姿が印象的です。
ひうら 40周年パーティには、昔からファンでいてれくる方、Voicyのリスナーの方たちも招待しました。デビューして以来、ついてきてくれている読者の方々は、ずっと同じ道を歩んでいる同志のような気持ちで、並走してくれたという感謝の気落ちがとてもあって、本当にありがとうございますと伝えたい気持ちでいっぱいでした。
───ひうらさんの想いはきっと皆さんに伝わっていると思います。特別な想いがあるから伝えられるのだろうなと感じました。
漫画家としてデビューすることももちろんですが、ずっと続けていくことは、おそらく他の仕事以上に難しいような気がします。諦めずに続けてこれた秘訣のようなものは何かありますか。
ひうら 私の中に常に“危機感”があったからだと思います。高校生のときもそうでしたが、自分にすごい才能があるとは思っていなくて、常にヤバい、ヤバいと思っています。漫画家に限らず他の人気商売や商品もそうだと思いますが、支持がないとすぐに仕事が終わります。感覚的に、大体今上がってるな、今ちょっとヤバいなというのがわかります、だいたい直前ですが。その、ヤバいと思ったときに次の手を打つというのを細かく研究検討している。その結果として、40年間ずっと仕事が続いていると思います。
───たいへんなお仕事ですよね。今後もひうらさんらしく、自然体で想いを発信されるのを楽しみにしています。本日は本当にありがとうございました。
(Interviewer:吉田 けえな 本誌編集委員)
ひうら さとる 氏
漫画家
1966年大阪府生まれ。高校生の時から「なかよし」に投稿を開始。1984年「なかよしDX」から『あなたと朝まで』でデビュー。初連載は、1986年、同誌での『ぽーきゅぱいん』。1989年に連載した『月下美人』はミュージカルになった。2004年「Kiss」に連載した恋愛コメディ『ホタルノヒカリ』は大ヒットとなり、作中の「干物女」という言葉は、流行語にもなった。テレビドラマ化され、続編や劇場版も制作された。2024年には、家事をしない家事アプリ社員の恋愛コメディ『西園寺さんは家事をしない』がテレビドラマ化。
One thought on ““伝えたい”が止まらない
自分の想いを自然体で伝え続ける”
Comments are closed.