第42回 
日本の美術品、工芸品にフィーチャーした
マーケティングを

大坪檀のマーケティング見・聞・録

 能登半島地震で脚光を浴びたのが輪島塗。輪島塗のコーヒーカップが岸田総理からバイデン大統領に贈られたことで注文が殺到したという。日本各地には独創性の高い絵画、彫刻、建築物、陶芸品、祭り、庭園、数々の伝統ある無形文化財も存在。日本は芸術文化大国だ。何気なく日常生活で使用している生活用品には家具をはじめ日本人が長年作りあげてきた芸術的な品が多々あり、民芸品と呼ばれているものもある。

 観光で来日したアメリカ人が日本の民芸品を買いたいという。静岡市立芹沢銈介美術館を案内、ミュージアムショップで民芸品をあれこれ買い込んでいた。東京・駒場の日本民藝館をはじめ日本各地には公設の民芸館が幾つもある。ミュージアムショップにはその地の民芸品が取り揃えられていて誰でも民芸品を手に入れることができる。マーケティングのアイデアを手に入れることができる宝庫でもある。
 東京・銀座で民芸品を取り扱う店「銀座たくみ」は古くから愛好家に親しまれている。外国人来館者も最近では増えているというが日本食や旅館、温泉、神社仏閣、祭りほどにまだこの民芸品は観光客の話題になっていないようだ。戦後、この日本から大量の美術品が流出した。海外から美術商が日本に足しげく通って日本の美術品を買い込んだ。ニューヨークやボストンをはじめ世界の著名な美術館には、日本の美術品が多数所蔵されており、日本の国宝級のものを目にすることがある。
 日本には美術愛好家が設立した美術館が数多くある。倉敷の大原美術館や東京・京橋のブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)をはじめ、資生堂、サントリー、出光、山種など企業名を付した美術館が多数ある。資生堂の元社長・福原義春氏(故人)は企業メセナを提唱し、企業が収益の一部を提供し、芸術文化の発展に貢献する運動を起こした。日本の企業には文化芸術支援に力を入れているところが多数ある。美術館はないが本店や研究所、主力工場に絵画や工芸品、彫刻を展示しているところも数多い。役員応接室には美術品、工芸品の展示室がある会社もある。スルガ銀行の岡野喜一郎氏はベルナール・ビュフェ美術館を創設している。ブリヂストンの創業者・石橋正二郎氏は子どもの頃、画家・坂本繁二郎に絵を習った。のちに青木繁の世話を頼まれ絵画の収集を始め、ブリヂストン美術館が誕生した。
 美術品・工芸品などのアートには不思議な力があるようだ。ブリヂストン美術館のコレクションを観て、「石橋正二郎はただ者ではない、アートのわかる教養高い経営者に違いない」と石橋さんを訪ねてきた外国人実業家が何人もいたのを思い出す。はごろもフ-ズの後藤康雄会長は、日本の茶文化研究の第一人者である熊倉功夫氏との対談で、「美しいものを見ると脳の血流がよくなる、気分がよくなる、非常に頭がすっきりする」といった趣旨の発言をし、根津美術館や五島美術館などの誕生の経緯について説明、大実業家には美術品収集家が多いと語っている。
 アメリカで生活していた時、実業家、弁護士、医者などのホームパーティに招かれたことがしばしばあったが、パーティ主催の趣旨は最近手に入れた絵画のお披露目。美術館や図書館のホールでお茶会や音楽会を開催し交流の場とすることもある。アートは人を引き付ける、交流の機会を作り、お互いに知り合う役割を担っていることも痛感した。弁護士の友人は、年一回パリの版画オークションに休暇を兼ねて出かけるのだという。親しくなった経営者仲間から日本の桐たんすや壺、絵画を譲ってほしいと頼まれたこともある。住宅やオフィスをアートで自己演出しているのだ。
 アートは強力なイメージメーカーである。資生堂の福原さんは企業の品格を説いた。企業のイメージの核となる品格づくりにアートは大きな力を発揮する。製品デザインの裏には経営者の美意識と品格が働いているのだ。
 日本文化というと、食文化や温泉・旅館、祭りがすぐ登場しがちだが、芸術、美術品、工芸品などにもっと高次元に、力を入れた国際広報を展開する必要がある。国際観光の誘致に日本の美術館を組み込めないか。「モナリザの微笑」を鑑賞に多数の観光客がパリを訪れる。山梨県立美術館のミレーの「落穂拾い、夏」は全国から鑑賞者を集める。アートは日本の好感度、イメージを構築する上でも大きな力を発揮する。美術品は高付加価値製品でもある。美術品が日本の輸出品の中で注目される位置を占めるべく、日本の美術品、工芸品に力を入れたマーケティング活動が今一段強く望まれる。

Text  大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 特別教授