『持たない時代」のマーケティング
―サブスクとシェアリング・サービス』
髙橋広行・財津涼子・大山翔平 著 同文舘出版
カーシェアリング、部屋のシェアリング・サービス、ファッションのレンタル・サブスクリプションなど、近年はモノを所有せずに消費を行う機会が増えつつあります。本書はこのようなモノを「持たない時代」の消費者行動を探究した書籍であり、特にデジタル・プラットフォームを介したサブスクやシェアリング・サービスに焦点を当てています。
筆頭著者の髙橋氏は優れた業績を持つ研究者ですが、マーケティング・リサーチの実務経験がある方です。また、共著者の財津氏と大山氏は現役の実務家リサーチャーとして活躍なさっておられます。そのため、研究と実務の両視点がバランスよく保たれながら、読みやすい文章で本書の議論は展開されています。
本書は3部構成です。第1部では消費者調査を基に「持たない消費」の実態を明らかにし、その背景にある価値観を究明しています。第2部では供給サイドに視点を移し、サブスクやシェアリング・サービスの事例分析を行っています。第3部では第1部と第2部から得られた知見を用いて、「持たない時代」にあるべきマーケティングの姿を提案しています。
シェアリング・サービスなどの研究は海外では比較的多く存在しますが、国内では包括的な考察はまだまだ不足しているのが現状です。先行研究では文化による影響が指摘されているため、日本国内の考察も必要となります。日本における「持たない時代の消費」を、多面的な調査に基づき、学術・実務の両視点から論じた本書は貴重であると言えるでしょう。また、調査から結論に至るまでの流れが非常に丁寧で、なおかつ整然としています。リサーチやその結果の報告に長けた方々が書かれていることもあり、難しい分析を用いずとも、分かりやすく説得力のある議論が展開されています。
サブスクやシェアリング・サービスに興味がある方はまず読んで損はないでしょう。また、マーケティング・リサーチを学び始めた方々にも大変おすすめです。様々なフレームワークや分析方法がありますが、これらをどのように結び付けて活用すれば良いのか参考になると思います。
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小樽商科大学 商学部 教授 鈴木 和宏
『農家はもっと減っていい
農業の「常識」はウソだらけ』
久松達央 著 光文社新書
「農家はもっと減っていい」「耕作放棄地が増えるのは必然」。こんな言説を聞くと、「とんでもない! 農家や農地が減ったら、ただでさえ低い日本の食料自給率は更に低下して、私たちが食べるものがなくなってしまう」と感じる人は極めて多いことだろう。しかし自身が農家である著者は、様々なデータを駆使して自説を丁寧に説明する。
日本の農家の8割は年商(決して「利益」ではない)が500万円以下であり、全農業産出額に占める割合はわずか13%に留まる。一方で、数の上では1割強にすぎない売上1,000万円以上の層が農業生産の8割弱を産み出している。これぞまさに典型的なパレートの法則だ。さらに、売上3,000万円以上の層だけは数としても増加している。
要するに農業の世界で今起きていることは、多くの業界が経てきた「古いプレーヤーの退出と、次世代プレーヤーへの集約化」という変化だ。ただし、日本では家族経営の零細農家は守るべき「清貧な弱者」として見られがちだ。反対に大規模にビジネスを展開する農業法人には、どことなくネガティブイメージがつきまとう不思議な風潮がある。こうした根拠のない情緒的なムードが、私たちの目を曇らせているのかもしれない。
著者は耕作放棄地についても鋭い指摘をする。「耕作が続けられないような条件の悪い圃場は、そもそも農業に向いていない場所を無理やり開発した土地だった、ということも珍しくない」。言われてみれば至極当たり前のことだが、先祖から受け継がれてきた土地が荒れ果ててしまったというように、これまた感情的に解釈されることで、農業生産における機能的な側面をすっ飛ばして、まるで脊髄反射のように「守らねば」と思ってしまいがちだ。
農業にはいくつもの重要なテーマが含まれている。食の安全、環境負荷、テクノロジー、地域コミュニティ、法制度や補助金制度改革、最近強まりつつある食料安全保障などなど。しかし、私を含めて多くの人々はいまだに情緒的かつ刷り込まれた固定観念で農業の世界を見続けている。農業を取り巻く状況を冷静に把握すべく、今こそ知識のアップデートが必要なはずだが、本書はそのための有力な補助線となるだろう。
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株式会社カゲン 代表取締役 子安 大輔