第11回
3つの思い込みと閃き

Something New

 何か新しいことを考えたりアイデアを出そうとしたりする時に、知らず知らずのうちに私たちの頭の中には「思い込み」が生まれていることに気づかれているでしょうか。これらの思い込みをよく理解した上でアイデア作りにのぞめば、新たな課題に一段とスムースに取り組めるのでは、ということを今回は考えてみましょう。

第一の思い込み

 私たちは何か新しい‟Something New”なものを生みだそうとする時、一生懸命に課題となるテーマについて考えたり調べたりすれば、閃きやアイデアが出てくるものと考えがちです。たしかに数学や物理学のような自然科学の分野での解法は、このような論理的で収束的な思考法で多くの解を導き出すことができます。実際にこの方法で‟Something New”なものを考えつく場合もあるかもしれません。
 しかし現実には、いくら考えても何も出てこない、ぐるぐると考えが回って行き詰まってしまう状況――インパス(行き詰まった状態)――に陥りやすくなります。そして今までとは違う何かを生みだすことは、思っているよりも大変なんだと気づきます。それでも一般的な思考法になじんでいる私たちは、考えに考え抜けば「何かいいアイデアが生まれるのでは」という思い込みや期待を抱きがちであるため、アイデア作りで行き詰まることはむしろ自然なことだとも言えるのです。

第二の思い込み

 考え抜いてインパスに突き当たると結果的にその思考から離れざるをえなくなり、思考の連続性が途切れることになります。この時に陥りやすい思い込みが、課題となるテーマについての思考から離れたのだから、当然思考はこの時点で停止したと思ってしまうことです。考えることを止めたのだから、思考は停止していると思うことは至極当然な思い込みとも言えます。
 しかし「創造的思考法」においては、まさにこの思い込みが覆されるものと分かってきました。第6回(アイデアは寝かせろ)でも触れたように、実は意識面での思考が停止した状態でも無意識の中では思考に近い活動が行われていると言われています。つまり見方を変えれば、バックヤードでは絶え間なく動いていることになります。一旦考えることから離れるということは、形を変えて無意識下で継続した思考の営みが行われていることを意味します。
 課題に対する思考から離れた時、自分の意識のあずかり知らぬ意識下でも、継続して思考の営みが行われているという考え方を持つことは、現実にはなかなか難しいことかもしれません。

第三の思い込み

 最後の第三の思い込みは、思考してない時――つまりボーッとしたり、(課題とは)異なることを考えていたり、休んでいたりする時などには、思考が停止しているのだから、当然意味ある活動は行われていないのではという思い込みです。
 意識下での営みは、夢を見ている時と同じように記憶されたさまざまな知識や情報のピースをランダムにつなげたり整理していると言われています。その意味では、通常の思考とクオリティの大きく異なる思考プロセスが継続しているとも言えます。
 これら無意識あるいは意識下での思考は、まるで原子が空間を無秩序に自由に飛び回るように、さまざまな制約から解き放たれた断片的な知識や情報がアトランダムに結びついたり、自由自在なイメージが生まれたりする可能性を秘めています。ある日突然閃く、アイデアが生まれるというのは、現実のさまざまな縛りやルールから解き放たれた意識下での思考プロセスが関係していることが考えられます。
 思考を停止している、離れている時は、意識下も同様に停止しているという思い込みはごく自然な見方とも言えます。それゆえ思考していない時の意識下の思考プロセスが、結果的に閃きやアイデア創出に繋がる営みに関係しているという見方は、とても意外なことかもしれません。
 アイデアに窮した時に休息したり、散歩したりと、一旦その課題から離れてみた時にふと閃きが生まれることは、皆さんも経験したことがあるでしょう。これはすでに見てきたように、課題に対する通常の思考の停止→バックヤードの意識下の営みへと引き継がれ→やがて閃きのチャンスが生まれるというプロセスと見なすことができます。
 このような意識下で行われている思考プロセスについては、多くの思想家、発明・発見を成し遂げた人たちを始めさまざまな領域の先達の体験談やエピソードなどから、私たちが経験的に学んでいる知見でもあります。前回までに見てきたように、ワラスの4段階説やヤングの5段階説における「あたため期」や「孵化期」あるいは文学者で思考論研究者の外山滋比古の言う「醗酵」など、意識下の思考プロセスはメタファー(例え)でわかりやすく表現されています。

科学的な視点と閃き

 長年この意識下の活動と閃きやアイデア誕生との関係については、経験的には漠然と理解されながらも科学的にはブラックボックスの未知の分野と言われてきました。ところが近年のさまざま科学技術の進化で、従来は見ることのできなかった思考する時の脳内のさまざまな活動を正確に計測し映像化できるようになってきました。
 そこで次回からは脳科学や認知科学等の最新の知見を通して、今回述べてきたいくつかの思い込みを念頭に置きながら、創造的思考と閃きについてみていきたいと思います。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員