1.花王における市場創造とは
花王において過去、新たな市場を創造してきた製品ブランドを問われると、代表的なものとして、「アタック」「ビオレ」「バブ」「クイックルワイパー」などが挙げられる。
過去の市場創造型製品には、花王のよきモノづくりの原点である「商品開発5原則」が脈々と流れており、今でも、その精神は受け継がれている。
【商品開発の5原則】
1. 社会的有用性の原則
2. 創造性の原則
3. パフォーマンス・バイ・コストの原則
4. 調査徹底の原則
5. 流通適合性の原則
この5原則は、生活者の行動や習慣、生活インフラ、経済情勢、社会課題など様々な変化に対して、オペレーションを適応させ変化させながら、商品開発の基本原則として受け継がれ、生活者のライフバリュー(生活価値)の創出に寄与している。商品開発5原則は、今日においても花王のパーパスの実現に向けた市場創造へのチャレンジスピリッツを支える要素のひとつになっている。
市場は生もの。絶えず変化してアメーバーのように動いている。そのような中で、生活者や外部環境の変化をリスクとして捉えるか、機会として捉えるか、この見方や考え方によってアプローチが大きく変わってくる。市場創造とは、変化に着目して、構想をまとめ、社内外のリソースを集積したマーケティングによって生活者や社会に対して価値創造をして、モノやコト、情報によって価値を提案していくことである。
2.「めぐりズム」によるヘルスケア価値の創造(事例)
「めぐりズム」が発売されたのは2005年10月。すでに19年もさかのぼるわけだが、2024年の現在でも、その提供価値は進化を続けている。
【第1幕】
モノからのアプローチ
最初は「蒸気温熱パワー」という蒸気を含んだ温熱で、体の深部まで心地よく温め、患部の血のめぐりを改善し、痛みや疲れを和らげる温熱シートとして発売された。薬事法の規定に基づく一般医療機器として厚生労働省に届け出をし、厳しい品質管理が義務づけられるが、承認された効果効能を明記できた。
生活者への着眼点は20代~60代女性の8割以上が腰痛、肩こり、胃腸の不調、足の疲労を訴えていたこと。既存市場には消炎作用をもったハップ剤があったが、薬剤のニオイなど使用場面における不満があった。そんな時、女子高生が生理痛を和らげるのに、カイロを使って温めていることに着目して、患部を温めることを考えた。
技術開発においてブレイクスルーは蒸気。なんと温熱シート開発の過程における配合ミスにより、シートから蒸気が発生。この蒸気が湿った熱気として体に広く深く伝わることが判明。既存のハップ剤と温熱効果において差別化することに成功した。
ところが発売してみると、これが予想を大きく下回る状況。エビデンスはあるものの、蒸気が肩こりや腰痛に効くことは直接訴求できず、さらには価格と売り場で苦戦。新規市場創造は新しい提案なだけに機能ベネフィットの伝達が難しく、また、新しい売場・新しい価格帯で、既存品と同じマーケティングでは生活者のトライアルを喚起するのに予想以上に苦戦することになった。
【第2幕】
「蒸気でホットアイマスク」による体験型マーケティングに変更
「蒸気温熱パワー」で低空飛行が続く中、低迷を打破したいマーケターは使用者を深堀りする中で一つの発見をした。痛みを取り除くための機能であったが、蒸気温熱に対して「癒される」「使っていて気持ちいい」という声が出ていたのだ。つまり製品開発・マーケティング的にペインポイント(顧客が抱えている障害や悩みを解消したい欲求)を狙ったスタートをしていたわけだが、ゲインポイント(顧客がプラスとして増やしたいと考えている価値)の糸口を発見したのだ。
このゲインポイントを徹底的に着目し、研究者は人が気持ちいいと感じるセンサーが反応するのは、風呂の温度と同じ40℃付近であることを発見。また、温かい蒸気は強制的に副交感神経の働きを高め、人をリラックスさせることを掴んだ。
この発見をもとに、蒸気温熱の気持ちよさを追求するためにアイマスク形状の商品を開発。プロトタイプを使用した人からの「心地よい、リラックスできる、ぐっすり寝られた」などの声を聞き、ペインポイントからゲインポイント起点のマーケティングに変革する決断をしたのである。
そして、2007年に「めぐりズム蒸気でホットアイマスク」を発売。
ゲインポイントを考えたUX型のマーケティングにチャレンジしたのは2009年~2012年。
① 徹底的なエビデンスの伝達とインフルエンサーの情報発信、蒸気温熱による「血めぐり」効果の学会での出展、産業衛生系、保健系、眼科系、看護系、スポーツ系の各学会での出展と来場者への使用体験提供
② 企業保健師(産業医)へのサンプリングによる従業員への啓発誘引
③ マスメディアではなくPR中心の活動
④ 蒸気温熱の体感モニターとサンプリング
⑤ 社内昼休憩促進活動(昼休みアイマスクで10分休憩)
めぐりズムは「蒸気でアイマスク」の成功により、ゲイン型の新市場を創造し、現在に至るまで、「気持ちいい」「リラックスできる」「ぐっすり眠れる」「目覚めがいい」などの生活者の声に支えられて、ゲインポイント(顧客がプラスとして増やしたいと考えている価値)をシャープにして価値創造を続けている。
【第3幕】 ブランドパーパスの実現に向けたマーケティング活動
めぐりズムは2012年以降、日本市場での急成長を遂げ、海外展開による市場拡大を継続しながら、現在はパーパスドリブンなブランドマーケティングにシフトしている。24時間大量な情報に追われる現代の生活において、めぐりズムはブランドパーパスを掲げて、社会課題に対して提案を続けている。
【めぐりズムのパーパス】
“質の高い休息” を通して、ストレス社会の中でも
自分らしいリズムで生活できる社会へ。
【2021年~2022年】
●「プロテクトJapan」プロジェクトでの医療従事者の支援活動
Covid19が日本中に蔓延した2020年、花王は感染症から暮らしのきれいを守る「プロテクトJapan」活動を開始し、新型コロナと闘う医療従事者の皆さんにめぐりズム アイマスクをお届けして休息による医療活動の負担を軽減。
【2022年~]
●職場の働き方改革にも寄与する「質の高い休息」を提案するマーケティング活動を実施。
◯「職場だってごきげんに! オフィスめぐりズム」
◯めぐりズムと一緒に#ごきげんをつくろう
「休息に、遊びゴコロを。」
3.花王の市場創造へ向けた新たなる動き
前述したが、市場創造とは、変化に着目して、構想をまとめ、社内外のリソースを集積したマーケティングによって生活者や社会に対して価値創造をして、モノやコト、情報によって価値を提案していくことである。そして、新たなる市場創造をめざして「花王サステナブル商品開発方針」を2023年8月に発表。花王の目指す「Kirei Lifestyle(キレイライフスタイル)の実現」へ向けた商品開発の方向性を明示した。
*2023年8月30日 花王News Releaseより
花王 サステナブル商品開発方針
今、地球規模で数多くの社会課題が存在するなか、より持続可能なライフスタイルが求められています。日々をこころ豊かに過ごし、社会のために思いやりのある選択をすることで、すこやかな地球を未来へとつなげていく。そんな暮らし方(Kirei Lifestyle)の実現に向けて、商品の開発を行います。
“Maximum with minimum”の新発想
◯部分最適ではなく、本質研究に基づく技術で、地球環境、生物多様性、人権への影響を真に最小化しながら、多様な顧客・社会・未来に向けて価値を最大化します。
原料から、製造、使用、廃棄まですべてに責任を持つ商品開発
◯ユニークな素材・処方・容器開発を持つ強みを生かし、製品のライフサイクル全体で本質的なサステナビリティを実現します。
◯廃棄物や二酸化炭素由来の原材料の利用と、再資源化しやすい商品の設計をめざします。
共にサステナブルな明日を実現するために
◯使い方も含めた無駄のない商品としくみをお届けし、ステークホルダーと共に循環型サステナブル社会をめざします。
◯生活者やお客さまにサステナブルな製品を広く普及させるためには、商品の使いやすさや快適さを追求することが重要です。
◯独自のサステナブル技術は、競合を含むパートナーと戦略的に組み、地球と社会のサステナビリティへ広く貢献します。
私たち花王は、パーパスである「豊かな共生世界の実現」(To realize a Kirei World in which all life lives in harmony)へ向けて、市場創造へのチャレンジを続けていく。
小泉 篤 氏
花王株式会社 特命フェロー
日本マーケティング協会 マイスター代表