西村 健 氏
株式会社マンダム
代表取締役 社長執行役員
わが国における男性化粧品市場を切り拓いてきた株式会社マンダム。その独特の存在感を支えたユニークな企業理念やインパクトを生むマーケティング、クリエイティブにかかわる考え方について、代表取締役の西村健さんにお話を伺いました。
生活者を見つめ、タブーラインを引き下げていく
───御社は、唯一無二の強みを持った化粧品会社でありたいと「VISION2027」にも掲げられているわけですが、唯一無二とは、すなわち市場創造ということです。ともすると多くの経営者は、市場創造をむしろ恐れて既存市場でのシェア奪取ということに向かいがちな傾向があります。まず、新しい市場を創っていくことに対しての西村さんのお考えをお聞かせいただけますか。
西村 実は来たる2027年がマンダムにとって創業100年になる年です。現在では多少なりとも名を知られる会社となりましたが、ここまでずっと順風満帆に経営をしてきたわけではありません。大阪大空襲で工場が焼けてしまうといった危機もありました。
創業後しばらくたった1933年になりますが「丹頂チック」というスティック状のスタイリング剤を発売し、これもたいへんなご支持を受け、今の会社の基盤を築いた商品でした。植物由来の原料で国産、クオリティ面もしっかり担保して、それを手に取りやすい値段で提供しました。この丹頂ブランドが、日本でまだ男性化粧品の競合商品がない中で、市場自体を先駆者的に創っていったわけです。ちょうど戦前から戦後、60年代くらいまでの時代です。
その後、欧米から液状の整髪料などの新しいタイプの化粧品が入ってきて、競合他社からも様々なブランドが登場しました。そんな状況の中、1970年に「マンダムシリーズ」を発売しました。広告モデルには日本で初めてハリウッドスターのチャールズ・ブロンソン氏を起用し、一世を風靡しました。マンダムは、いわゆる清潔感のある二枚目を起用する化粧品業界の路線に対して、あえて男臭いブロンソンの起用に象徴される「反逆のマーケティング」を仕掛けたわけです。武骨、男らしさへの憧れに対してきっちりと、ためらうこともなく堂々と思い切ってやっていこうというマーケティングをしていきました。世の中の流れに迎合するというよりは、世の中をしっかりと直視して、今の生活者の深層心理をちゃんと突き詰め、そこに対してプロダクトやコミュニケーション、宣伝販促を築いていくという生活者発・生活者着の姿勢が、これまでの危機をなんとか乗り越えてこれた要因なのかなと思っています。
1933年発売の「丹頂チック」は2023年で生誕90周年を迎えたロングセラー商品。
画像は90年を経て2023年に海外専用品として開発した「さくらの香り」
「人間系」企業として、奔放に、大胆に
西村 マンダムには、理念の中に要素として入っているもので、他社さんにないものが多いのです。例えば「奔放に、大胆に」という言葉です。マンダムの大事にしたいスタイルを表現しています。普通のやり方ではなく、生活者や社会を見つめ常識や既成概念を飛び越える自由な心を持ってチャレンジしていこうと言っているのです。それはクリエイティブでも新しい商品を出すときでも当てはまります。例えば、既存市場に新商品を出すならば、生活者にとって新しいお役立ちをするという姿勢が、会社の中のキーワードとして根づいている部分です。また、「人間系」企業という考え方ですが、人と人とのつながりや人間というものに対して誠実に真摯に向き合っていたい、人間という存在を誰よりも理解した上で人間ならではの感性・感情・想像力を生かしてお役立ちを創造していきたいと考えています。
今までに発売してきた商品の中には、世の中に受け入れ切れなかったけれども、一部の人にはものすごい支持を得たような商品があります。例えば、まだ日焼けをする文化が流行る前でしたが、塗るとセルフタンニングできる商品や、手先のおしゃれ志向を捉えたネイルポリッシュなども、時代の先を行き過ぎて、「男たる者がそんなことをするな」とオフサイドぎみで笛を吹かれて市場から消えてしまった。
一方で、そういうことっておしゃれとしてやってもいいじゃないのと、世の中も少しずつ許容度を広げ、おしゃれを楽しめるタブーラインを下げていきました。例えば、セルフのヘアカラーでみんな髪を染め出すようになり、外出先にあって洗顔ペーパーで汗汚れをこまめに拭けるなど、男性としてタブーとされていたラインを下げて新たな化粧行動を生み出すことにも繋がっています。
新しいもの、新しいチャレンジ、「Something New, Something Different」的な風土が会社の中で求められ続けてきていますし、そういう先輩たちの成功・失敗の繰り返しの結果、世の中からも期待されるような会社になってきたのだと思っています。
マンダム社の理念体系
───西村さんのお話を聞いていると、市場を見ているのではなく、お客さまを見ているような気がしました。その姿勢がチャレンジを良しとする社風を生んでいるのでしょうね。
ただ、経営者としては怖くはないですか。今、見えていない市場に出たいと言われたときに。ちょっと先行きのわからない市場には二の足を踏むのが普通だと思いますが、マンダムさんではそのバランスが少し他社さんと違うのかなと感じました。
西村 もちろん怖いですね。ただ、常に既存のマーケットを含めて数字は見ています。会社の売上げの割合で言うと、半分以上は間違いなく既存市場から来ているものですから、当然、既存商品のリニューアルもすれば、既存のマーケットに新製品を追加することもあるわけです。
しかしやはり、常にいくつかのカテゴリやテーマにおいては、新しいチャレンジというのが起こっています。そもそも男性化粧品市場は、外出先で顔を拭いたり髪を染め長髪にしたりする男性は殆どいない、マーケットも小さいところからスタートし、そこで生きていこうとすると自分たちでカテゴリやマーケットを大きくしていかなければ、世の中もマーケットも拡大していかないわけです。そういう点で自然とチャレンジできる環境にあったのは、ある意味、運が良かったのかもしれません。加えて、最近ではこの市場にも新しいプレーヤーがどんどん増えてきましたので、より活性化してきています。こっちも負けてられないぞというのがあるので、やはり自分たちが先にマーケットを創っていきたいという志を持った社員が多いのではないでしょうか。
マンダムは、常にアクティブな会社でありたいと思っています。この会社は、図体で言うと超一流の大企業に比べればまだまだ小さいですけれども、今はそれなりの規模になってきました。それでもやはり、機敏に、アクティブに動き続けていたい。「奔放に、大胆に」です。常にどれだけ会社の規模が大きくなっても、時代が変わっても、自由に走り続け、アクティブであり続けたいという想いがありますし、そこがないとマンダムじゃないと常に思っているところです。
「クリエイティブ・ファースト」でインパクト訴求
───実はほとんどの大企業も創業時は市場創造して、自分たちで会社を大きくしてきたわけです。しかし、その社風や考え方をずっと維持していくことは大変難しい。マンダムさんは、今まで非常に効率よく市場を創造されてこられたという感覚を持っているのですが、そのための秘訣や方法論というものがおありなんでしょうか。
西村 効率ということで言えば、最近では明らかに新製品のヒット率は下がっていると思います。コミュニケーションもツール、メディアもあふれている現在ですから、以前のように強いメッセージが、限られたメディアでどーんと流れて、皆がそこに流れていくといった時代ではなくなりましたから、かなり難しくなってきています。
マンダムの中で、昔から大事にしている言葉の一つで、「クリエイティブ・ファースト」というものがあります。超大手さんに比べるとマーケティグコストも開発コストも限られています。人財の数もそうです。その中でいかに効率よくマーケティングするかということを考えるわけです。せっかく生活者の皆さんに見てもらうんだから印象に残り、クスっと笑ってもらったり、幸せな気持ちになってもらったりしていただきたい。マンダムの情報に触れるときに少しでも前向きな気持ちになってもらいたいという気持ちは強いです。もちろん、化粧品なので当然洗練されたものでなければなりませんから、化粧品らしいセンスに対するこだわりは強く持っています。マンダムシリーズのCMは意外と皆さんの記憶に残っているじゃないですか。実はCMの投下量は大したことはないのです。やはりクリエイティブのインパクト勝負が大きいなあと思います。
それと、営業面における流通への取り組みのパワーもかなり強いものが昔からあります。例えば、この商品をやると決めた場合には、商品コンセプトから店頭展開のところまで、チームワークとパワーを駆使して一気通貫で巻き込んで局所的にすごい力でやっていくというのは得意なのです。
さらに言えば、‟これって世の中に広がっていくよね”という「目利き」に関しては、今は1だがこれは5や10になるんじゃないかと世の中に広げていくことも得意なのです。例えば、メンズの中で一大カテゴリになっているフェイシャルペーパーは、マンダムがファーストワンで出したものではないのです。当時、他社さんで出された商品が少しあったのですが、当然我々も何かできないかというのを考えている中で、これって「外出先の洗顔代わり、洗顔ペーパー」という切り口にポテンシャルあるよねと目利きして、一挙に日本、さらにアジアへと広げていったわけです。
先ほど申し上げたように、インパクトのあるクリエイティブと、局所的にすごい店頭をつくるパワーをずっと強みとして持っていましたから、そういったものが一気通貫していた時代的には良かった。今は、流通もメディアも多様化してきて難しくなっています。本当に届けたい人だけに届けることは可能なのでしょうが、我々マスブランドのマスメーカーにとっては、届けたいメッセージや届けたい人が浅く広くになってしまうと、なかなかやりにくくなってきているのは事実です。
市場創造はささやかな進歩の積み重ね
───日本経済が30年くらい成長しないわけですが、統計を取ってみると、市場創造の比率が非常に下がっていたことがわかったのです。つまり、この間の日本経済の停滞も、実はマーケティングや経営に原因があったのでは、と私自身は思っています。多くの経営者は新市場とか市場創造ということにコンサバティブになり、リスクを取らないケースが多いんじゃないかと思うのです。
最後に、西村さんから日本のマーケティング界、経営者の皆さんにおっしゃりたいことがありましたらお聞かせください。
西村 私はよく言うのですが、日常生活のありふれた場面のささやかな幸せや笑顔などに対して“お役立ち”を続けていきたいと思っています。自分たちは、日常のささやかな、日進月歩というか、毎日毎日の、ポジティブに前向きに生きていける、成長できる、そういった世の中に貢献をしていきたいという思いで私自身は生きていますし、そういうメッセージが社員にも伝わっていると思うのです。
皆さんは、チャレンジもイノベーションも、ものすごく大それたものだと思ってらっしゃると思うのですが、実はそうではなくて、日常のささやかな改善や次の一歩のようなものです。「これって今までのものをベースにちょっと変えただけだよね、だから、これってチャレンジじゃないし、イノベーションじゃないよね」とおっしゃる人がいるのですが、実はそうじゃなくて、ほとんどの大きな挑戦やイノベーションは、そのようなささやかな積み重ねで、最終的に化けてきているものだと思うのです。
例えば、新商品の開発の際に私が社内に対して言っていることは、「ゼロベースで物事を考えよう」ということです。人間は、どこまで行っても今までの経験などが邪魔をしてくる。もちろん、過去の経験がベースとなってプラスに働いている部分もあるとは思うのですが、やはりそれでは、なかなか過去の延長線上でしかものを描けない。頭を真っ白にしてもらって、この仕事に素人になった気持ちで考えてみようと。そうでないと、例えばギャツビーのプロダクトの開発チームに配属になった若い社員は、無条件で現在のギャツビーで新しいものを出そうとするわけです。そうなってくると、会社は一つの方向性でずっと凝り固まって、同じようなものしか出てこなくなる。自分たちがお役立ちしたい先を見て、生活者を見て、彼らが本当に求めているものは何なのか、何に悩んでいるのか、どうありたいのか、そういったことに対して考えた上で出てきたものが新しい市場を創っていけるのだと思います。
今はグローバル時代、ボーダーレス時代になってきています。何がグローバルスタンダードかということを見極めて、そこに追いついていかなければいけない。日本経済や企業が再び成長を図るためには、もっと自信を持って、もっともっと世界に出ていくべきです。世の中を見て動くのではなくて、自分がその先を読んで動いていくということに対してもっと称賛できる世の中になってほしいし、そういうことをフォローする体制であってほしい。これはマーケターだけじゃなく、国全体に言えることだと思います。
───本当にいいお話をたくさん聞かせていただきました。ありがとうございます。
(Interviewer:福島 常浩 本誌編集委員)
西村 健(にしむら けん)氏
株式会社マンダム
代表取締役 社長執行役員
1982年生まれ。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業、広告代理店を経て、マンダム入社。IESE Business School卒業(MBA)。
シンガポール駐在や経営戦略部長、取締役常務執行役員マーケティング統括を歴任後、2021年4月、父の元延氏(現会長)に代わり社長就任。