INTERVIEW


成功率を100倍にする「市場創造」の取り組み


市場創造学会が示唆する成功への道程

重光 宏之 
一般社団法人市場創造学会 会長

 日本社会や企業が急速な少子高齢化や温暖化、長引く低成長など厳しい環境にあえいでいる中、志ある実務家やアカデミアが結集し、日本経済リボーンのカギとなるであろう「市場創造」についての研究・議論を進めている「市場創造学会」に注目が集まりつつあります。その会長を務められている重光宏之氏に、学会の理念や意義、具体的な活動などについてお伺いしました。

市場創造学会の目指すものとは

───まず、市場創造学会について、そもそもの設立の経緯や目的などアウトラインをご紹介いただけますか。

重光 市場創造学会は、2010年に設立準備のための組織になりますが、「日本市場創造学会設立準備研究会」として発足しました。翌2011年には社団法人化(一般社団法人日本市場創造研究会)し、さっそく研究発表会や講演会などの活動をスタートさせています。以後、毎年研究活動を継続しており、コロナ禍にあってもリモート開催で研究発表会を継続してきました。最近の話になりますが、2022年12月には、日本国内だけでなくグローバル化の時代を踏まえ、日本という文字を取って「市場創造学会」と改称いたしました。
 現代はまさに、VUCA注1と言われる時代に突入しておりますが、設立当時から、日本社会はグローバル化や少子高齢化など多くの課題を抱えていましたが、そのような社会状況の中で、企業としては「成功率の向上」というものが第一義的な命題であったと考えておりました。わが国の経済的活力を押し上げるためには、日本の事業会社の成功率を飛躍的に上げる必要があるということです。この考えを梅澤伸嘉博士注2が提唱され、発起人として設立をされたというのが経緯でございます。

───なるほど。日本経済の活力向上を下支えする研究をめざしたわけですね。会としての活動の性格や特徴はなにかございますか。

重光 当会は、‟学会”と称していますけれども、アカデミアが学術的な議論をするだけの場とは認識しておりません。むしろ会員の多くは実務家であり、実務家としてどのようにしたら成功率が向上するのか、市場創造を実践することができるのか、といった事例や理論的な検討を持ち寄って議論しているという会になります。アカデミアの先生方や理事長である上原征彦先生をはじめとして、大変立派な先生方にお手伝いをいただいておりますが、あくまでも実務において市場創造や企業の繁栄に直結することを目的として活動をしているとご認識いただければと思います。

───市場創造学会の理念やビジョンについて聞かせていただけますか。

重光 当会の理念としましては、「商品の成功率向上が企業、消費者、社会、地球環境に貢献するものと信じ、それのみを目指す」としております。また、このような理念に基づくビジョンとしましては、「成功率向上を目指したコンセプト開発、商品開発を通じて新市場を創造することで企業力を強化し、より豊かで幸せな社会創生を目指す」ということを掲げております。
 少し具体的に申しますと、企業の成功率を飛躍的に向上させるために何がもっとも重要な問題になるか。米国のPIMS(Profit Impact of Market Strategies:市場戦略の利益効果)研究によると、高い収益性を維持するためには1位か2位という高いシェアを保持する必要があるということがわかっています。そして、この1位か2位になることが、すなわち成功率に合致するということになるわけです。この成功率を大きく左右するのは、実はその市場を創造した企業であるか、あるいは後発で参入していったかという点です。つまり、企業が収益を維持していくためには市場での1位のシェアになることが重要であり、そして、1位のシェアになるためには市場を創造することがもっとも重要だということです。
 従って、当会としましては、企業の成功率向上を企図するためには、すなわち市場創造をめざしていこうとなったわけです。

───具体的にはどのような活動をされているのでしょうか。

重光 当会のもっとも大きな活動としては、毎年10月か11月に論文発表会を開催しております。先ほど申し上げましたように、実務家の集まりですから、形式的な精密さをきちっと担保することは難しいと考えています。それぞれが手弁当で自分たちのやったこと、そして、その結果をまとめたものを持ち寄って議論するという場になっております。きちんとした論文の投稿をいただいて、査読を通ったものについて査読付きの論文として発表、さらに、それらの論文の中で2~3年に一度、設立発起人の名を冠した梅澤賞を選定し顕彰もしています。論文発表会の他に、約2か月に1回程度になりますが、市場創造に関する研究会をはじめ、年数回の講演会も開催しております。講演会は非会員の方にもご参加いただけるものとなっております。
 さらに、問題意識を持った会員が集まって、分科会という形で研究をしているグループもございます。これまでも分科会の中では成功率の実態研究やパッケージデザインが成功率に与える内容、独創性の研究など、実務家ならではの非常にユニークな研究が行われてまいりました。

新市場創造を実践した商品やキャンペーン

───重光さんご自身としては、市場創造に関連してどのような経験をされてきましたか。また、印象に残る商品やブランドはございましたか。

重光 私は、1990年代にUSAロッテに勤務しており、マーケティングが経営に及ぼす重要性を強く感じておりました。特に、菓子メーカーにおいて、ブランドが経営の中核であることは日本の他のメーカーより少し前に気づき、日本ロッテでもブランド経営を実践してまいりました。
 その経験の中で、市場創造に関しまして、印象深いお菓子ブランドが3つございました。
 一つ目が「キシリトールガム」です。1997年に発売したキシリトールガムは、この時制定された特定保健用食品(トクホ)初のチューイングガムというだけでなく、消費者にとっても、ガムという菓子の価値を大きく向上させ、新市場を創造した商品と言えると思います。キシリトールの発売により、ガムのイメージが「美味しいけれど虫歯になる菓子」から「国が虫歯防止のために勧める菓子」に変わったことは大変大きな社会現象だったと思います。
 二つ目は、「クーリッシュ」です。2004年にロッテから発売されたアイスクリームですが、アイスクリームのカテゴリーに新たな「飲むアイス」という新市場を創造した商品でした。クーリッシュは2年に1度フランスで開催される世界最大の食品新商品コンテストであるシアルドールにおいて、2004年にグローバル・シアルドールという最高の賞をアジアで初めていただくことができました。2年間に発売された数十万の食品新製品のトップに輝いたわけです。またこの賞は、「その商品が発売する前と後で市場に与えたインパクト」を評価の基準にしており、まさしくクーリッシュの新市場創造が評価されたと思っています。この最高賞は今でも日本ではクーリッシュだけが受賞した賞となります。
 三つ目は、商品そのものではありませんが、「ガーナミルクチョコレート」の「母の日ガーナ」キャンペーンです。ガーナミルクは、ロッテが1964年にチョコレート事業を始めた時の創業ブランドですが、1995年頃には40億円を切る売り上げに落ち込んでおりました。理由としては、創業当時はチョコカテゴリーの主流だった板チョコレートが、焼き菓子との組み合わせで新しい美味しさを訴求した「パイの実」「コアラのマーチ」などのチョコ菓子のヒットにより、低迷を強いられていたからです。ですがこの頃、北海道の女性の営業社員が、ガーナチョコに「母の日にガーナチョコレートを贈りましょう」のPOPを付けたところ、とてもよく売れたとの報告がありました。この報告を本社で調べたところ、「ガーナチョコのパッケージの赤がカーネーションの赤と同じで100円のお小遣いで買えるから」と小学生が買っている事がわかり、2001年からCM等を含め毎年母の日には「母の日ガーナ」のキャンペーンを行い大きな反響をいただきました。うれしいことに、2023年に実施した大ヒットアニメとのコラボキャンペーンでは過去最高の実施率を達成したと聞いております。これも「食べて美味しい」という価値から、「贈ってうれしい」という価値がブランド価値として醸成され、新市場創造が成されたと思っております。
 いずれの事例も私にとっての思い出深い新市場創造のエピソードでございます。

市場創造学会の今後について

───市場創造学会としての今後の活動の方向性などをお聞かせいただけますか。

重光 当会はこれまで、成功率向上を目指して市場創造を志すために運営がなされてきました。正式に学会になってから1年以上が経った現在、今後の方向性としましては、1つは「市場創造学」とも言える分野の研究をさらに活発化していきたいと考えております。また、梅澤賞受賞論文も非常に内容の濃いものが毎回選出されておりますので、上原理事長をはじめとしたアカデミアの方々にさらに広くご参加いただき、活発な研究、論文投稿などを促していきたいと思っております。
 もう1つは、まだまだ会としては規模の小さな学会でございます。この学会を日本の多くのマーケティングの関係者の方々に知っていただき、そして、参加していただきたいというのが我々の思いであります。そのためには、先ほども紹介いたしました非会員も参加可能な講演会、それから、コロナ禍で中断となっております勉強会も今後活発に実施していきたいと思っております。
 さらには、市場創造に関連する他の学会との連携も図っていきたいと思っております。当会員から収集される事例研究や、他の会で構築された理論的なフレームワークなどを当会で議論させていただくなど、活発に対外的な交流活動を図ってまいりたいと考えております。

───最後に、日本マーケティング協会も実務家の方々が中心になっているわけですけれども、それら実務家の方々に向けて市場創造学会からお伝えしたいことがあればお願いいたします。

重光 わが国において市場創造の重要性ということについては、まだまだ認識が浅いと考えております。米国においては1970年代から80年代に活発な研究がなされ、市場創造への認識は周知されていると思っておりますが、わが国においてはむしろ不安定な時代であればあるほど、既存市場で確実な成果を刈り取っていきたいというような経営者の方が多く見受けられることもございます。
 しかしながら、市場創造をするのは成功率を高めるということが趣旨であり、市場創造による参入と後発参入では成功率が100倍違うということが既に検証されております。このような事実を広くお伝えし、そして、市場創造を通じて成功率を高め、そして企業、ひいては日本全体の経済を活性化すべく、多くの実務家、アカデミアの皆さんと活発に議論をしていきたいと考えております。

───本日はありがとうございました。

(Interviewer:河野 安彦 JMA国際部長)

《参照》
注1 VUCA(ブーカ):Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の略語。目まぐるしく変転する予測困難な状況を指す。
注2 梅澤伸嘉:経営学博士。数々の著名企業のマーケティング部門を経たのち独立、商品企画エンジン株式会社代表取締役会長、梅澤マーケティングスクール塾長、MIP経営塾塾長、一般社団法人日本市場創造研究会代表理事(のちに研究特別顧問)を歴任。2021年没。

重光 宏之(しげみつ ひろゆき)氏
一般社団法人市場創造学会 会長

1954年1月 東京生まれ
1972~6年青山学院大学理工学部経営工学科
1976~8年青山学院大学大学院理工学研究科経営工学専攻修士課程
1978~87年三菱商事
1987年ロッテ商事入社
1989~95年Lotte USA Executive Vice President
2001年ロッテ取締役副社長
2009年ロッテホールディングス取締役副会長 兼 ロッテ取締役副会長
2011年ロッテ商事社長兼副会長兼務
2011~2013年日本市場創造研究会 初代会長
2014~5年ロッテ商事・ロッテホールディングス・ロッテ退任
2015年光潤社代表取締役社長
2024年マーケットヴィジョン代表取締役