INTERVIEW


小田急電鉄 「世田谷代田駅」が聖地になった


地域経済発展に貢献する「推しの経済」

INTERVIEW

by 斉藤 庸介
小田急電鉄株式会社
生活事業推進部 課長代理

 東京・世田谷にある小田急線の小さな駅に今、多くの人が押し寄せている。各駅停車しか停まらない世田谷代田駅だ。
 フジテレビ系の木曜劇場枠で2022年10月期に放送されたテレビドラマ『silent』で登場したことをきっかけに注目が集まり、定期外乗降人員数が32%も増加するなど、いわゆる「聖地巡礼」を楽しむファンも多い。撮影協力を行った小田急電鉄は「想像以上の効果があった」と驚く。同社はドラマの舞台となった各地を登場シーンとともに振り返ることができる「silent ロケ地マップ」を制作。2023年4月1日から限定4万部で無料配布をした。
 世田谷代田駅が一躍人気スポットになった背景には、小田急電鉄の新サービスの存在がある。

トレンドの背景にあるもの

───例えばエシカル消費や推し活など、贈与的な消費活動が増えていると感じています。超低成長時代に、なぜこうした応援消費が定着し始めているのでしょうか。本日、お話を聞く『silent』関連の動きについても、極端な話、撮影場所を訪問しても本人に会えるわけではないのに、訪れる人があとを絶たないのでしょうか。
 本日は企業の立場から応援消費についてお話しいただけたらと思います。まず、「小田急ロケーションサービス」の概要や立ち上げの背景についてお聞きします。

斉藤 小田急ロケーションサービスは、映画やドラマ、CMなどの映像作品に有償で協力するサービスで、2022年の4月から開始しました。以前は、広報部が報道対応の一環として行っていましたが、あらためて事業部で窓口をつくり、積極的に受け入れていこうと始めたものになります。
 もともと当社は、沿線に都心から住宅地や観光地など多彩なロケーションを有しています。それだけでなく、駅の構造では都心の駅や郊外の自然豊かな環境の駅、地下駅や高架駅などがあるほか、鉄道車両もロマンスカーや通勤車両などバリエーションを用意できるため、さまざまな撮影ニーズに応えることが可能です。そんな我々の資産をもっと活用すれば映像制作関係者の役に立てるのではないか、さらに放送等を通じて地域の価値を高められるのではないかという考えからスタートしています。
 また、コロナ禍もあり、鉄道の利用者も減る中で、収益増をめざそうという機運もありました。撮影協力には鉄道部門の協力がないと難しいのですが、各部の連携体制もできやすい環境にあったことも大きかったです。

ドラマ『silent』の効果

───『silent』への協力経緯やその内容・反響などがありましたら教えてください。

斉藤 小田急電鉄が撮影を全面的に受けるというニュースリリースを出したことで、当社のロケーションサービスが認知され、問い合わせもかなりいただくようになりました。いろいろな案件に協力していく中で、『silent』という作品の話をいただきました。
制作側からご相談いただいた場面やシーンに対して、私たちもこのような駅はどうか、このような形で撮影できないか、といくつかの案をご提案しています。その中からドラマのプロデューサーや制作会社のイメージに合った駅ということで、登場人物の住む街の舞台として世田谷代田駅が選ばれました。
 第1話では、駅前の代田富士見橋が、象徴的なラストシーンとして大きく登場しました。また駅前のベンチやホームで、佐倉想さんと青羽紬さんとがすれ違うシーンなど、ドラマの印象的なシーンで当社の施設が多く取り上げられたことで大きな話題になりました。さらに『silent』がTwitterで世界ランキング1位になって注目を集めたことも人気に拍車をかけたと思います。加えて、TVerなどの見逃し配信の再生回数が民放で歴代最高であったことがニュースにもなり、回を追うごとに話題は高まっていきました。その中で、実名の駅が出てくることもあり、ドラマの世界を追体験したいという方々が訪れるようになってきました。

───具体的な変化はどのようなものだったでしょうか。

斉藤 10月に放送開始されてから、私は世田谷代田駅の状況を見ていましたが、10月に限ってみれば訪れる人がそれほど多くはありませんでした。そこから回を追うごとに訪れる方が増えてきたことから、私たちもせっかく訪れてくれたお客さまに、ロケ地巡りを少しでも楽しんでいただきたいと思い、駅BGMでの劇中音楽、主題歌の放送や番組ポスターの掲出などとともに、街歩きのためのマップの制作を検討しました。

───いつから配布になったのでしょうか。

斉藤 内容の充実したマップをつくるために制作時間がかかったので、配布はドラマ終了後の4月1日となりました。マップの配布についてニュースリリースしたところ、全国の方に興味を持ってもらいました。ドラマが終わっていても反響は大きく、4万部ほど作成したマップもおおよそ配布を終了しようとしています。

───マップ制作にあたって、特にどのような点に気を配りましたか。

斉藤 『silent』 を心に残してもらえるよう、ドラマの世界観を壊さないように、写真のトーンを合わせ、画角もドラマと同じアングルで撮るようにしました。また説明文で丁寧にそのシーンを紹介するなど、ドラマの世界観に浸りながら巡ってもらえるような形にしました。
また、マップをつくったもう一つの狙いがドラマのいろいろなシーンで、街中を歩く舞台として登場した下北線路街の紹介です。下北線路街は、東北沢から世田谷代田までの3駅が地下化し、その地上の線路跡地にできた新しい街です。ドラマで登場人物が歩いた下北線路街の魅力を感じていただきたいと考え、線路街の各施設の紹介も盛り込んだ内容としています。

線路跡につくられた新しい街・下北線路街の散策も

───具体的にどのような反響がありましたでしょうか。

斉藤 ドラマ放送後の反響として大きかったのが、世田谷代田駅に対する感想です。「いつの間にこのようなきれいな駅舎に生まれ変わったのか」というご意見が多くありました。世田谷代田駅は2013年に地下化していますが、ドラマをきっかけに今の駅舎を訪れ、かつてを振り返りながら、ドラマに登場した新しい街を追体験していただく貴重な体験になったのではないかと思います。また、現在の下北沢についても知ってもらうきっかけとなりました。
 2013年に地下化してからも、下北沢付近はずっと地上部の工事をしていました。2022年5月に下北線路街は全面開業し、秋にドラマが始まり、全面開業したきれいな施設が印象に残ったと思います。この下北沢エリアの変化は、当社発行の媒体をご覧になっている方や、小田急線をご利用の方はご存知ですが、昔、下北沢に住んでいて、現在は別の所に住んでいる方には知られていませんでした。大勢の方に再認知してもらい、新しくなった下北沢に行ってみたいという人も今回はかなりいたと思います。

───ロケ地を訪れる人は、やはりドラマのファンが多いのでしょうか。

斉藤 ドラマの推し活としてのファンもいますし、出演者のファンの若い女性も多いです。特に駅前のベンチは、ドラマの象徴的なシーンで使用されたこともあり、撮影場所として大人気でした。また、訪れる人がドラマの放送回を追うごとに増え、年齢層も拡大していきましたが、その理由としてSNSの反響は欠かせません。TwitterやInstagramでロケ地巡りの様子がアップされ、自分も行きたいと思い、それが波及し、また次のロケ地巡りにつながっていったと思います。特に土日の来訪者が多かったのですが、全国からファンが集まっていました。私が聞いた中では長崎から来た方も。特に年末年始の連休中は、東京の観光と併せて世田谷代田に来たという方も多かったです。

人気の秘密はドラマの追体験ができること

───長距離の移動をしてまでも、世田谷代田駅を訪れたい、ロケ地を巡りたい理由はどこにあるのでしょうか。

斉藤 まずドラマのストーリーがとても素晴らしかったことがあると思います。また、ドラマが等身大を表現しており、世田谷代田駅もそのまま映し出されています。訪れた人は、駅に降り立った瞬間にドラマと同じ光景が広がっていて、ドラマを追体験してそのままの世界だと感じるのではないかと思います。これが先ほどお話ししたようにSNSで拡散され、新たな追体験者を呼んだと思います。また、コロナ禍により外出機会が減る中で、あらためてロケ地巡りをすることが楽しさにつながったのではないかと思います。

───そのままの世界があるからこそいろいろな人がまた来ようと思うのですね。

斉藤 はい。それが一番大きいと思います。

───ファンの愛はとても深いと思います。東京ガスでは昨年度、『それSnow Manにやらせて下さい』の番組提供をしていましたがファンの方々から、提供したことに対して「ありがとうございます」という多くのコメントをいただきました。今回『silent』を支援したことで、小田急電鉄様への効果はどのようなものだったでしょうか。

斉藤 小田急線に普段から乗っている方からすると、自分が普段使いしている鉄道がドラマの舞台として出てきたことをとても好意的に感じていて、小田急線が出てきた、身近に感じるなどの声もあり、反響も大きかったです。今回のドラマの撮影規模は大きく、一時的に周辺の交通を止めたり、電車利用のお客さまにお待ちいただいたりと、地域やお客さまのご協力があって実現できました。地域と私たちが一体になり、ドラマを受け入れ、撮影に協力させてもらっている連帯感を印象的に感じました。

地域愛を高める施策

───沿線の地域への愛を高めることにつながったと感じていらっしゃいますか。

斉藤 はい。ロケ地周辺地域にお住まいの方が、友人などをお招きした時に、「『silent』の撮影地」だと案内しているのを聞くと、そう感じます。どうしても下北沢が有名で、その隣にある世田谷代田はなかなか認識されていませんでした。ドラマを通じて全国的に知名度が上がったことを地域の方は本当に喜んでいて、あらためてドラマの影響力は素晴らしいと思いました。先ほど申し上げたように、多様なパートナーとともに地域価値をつくり上げていきたいということは、私たちの経営ビジョンでも掲げていることです。それが一つの形になったと思います。

───そのほか、具体的な地域の経済効果についてはいかがでしょうか。

斉藤 経済効果として、わかりやすいところでは電車の利用者が増えました。世田谷代田駅の切符など定期券以外のご利用者数を見ると、放送前の9月と比較して、10月が13%の増加、11月が23%の増加、12月が32%の増加になりました。プラス分がすべてロケ地巡りに来た方とは言えませんが、見た目の感覚と数字が明らかに合っているので、月を経るごとに多くの方に来ていただいたと感じます。また、駅の自動販売機の売り上げを放送期間中で比較すると、対前年比で15%上がりました。その中でも、コーンポタージュの伸びが大きかったのですが、それはドラマの第2話でコーンポタージュが出てきたからです。飲料メーカーの方によると、対前年比で6倍になったとのことでした。
その他、近隣のカフェで週末に行列ができるようになったり、下北線路街の施設にも若い女性を中心にお客さまが増えたりしています。これは他社の事例ですが、世田谷代田の賃貸物件の検索数、PV数が1.2倍になったというプレスリリース(LIFULL HOME’S)もあり、住みたい街としても注目を集めているようです。若い人が就職したり、大学進学のために上京したりするときに、選択肢の一つとして世田谷代田が候補に上がってくれるとうれしいです。

今後の展望

───今後のロケーションビジネスの事業展開をどのように考えられていますか。

斉藤 都心から近郊に向かう小田急沿線には、大手の制作スタジオが多くあり、また、映画学校などもあることから、映像制作関係者も多く住んでいると聞きます。身近な路線として親しみを感じていただき、その目線でも撮影場所として候補に選んでいただいているケースもありますので、私たちも要望にお応えできるように、自治体や沿線の皆さまと協力しながら、これからもしっかりと体制づくりをしていきたいと思っています。ノウハウとしてはこれからの部分もありますが、小田急線には70駅あるので、各駅でいろいろなロケーション撮影に協力させてもらい、この駅ではこの作品というような皆さまの記憶に残る形で、一つずつ実績をつくっていけたらと思っています。
 また、ロケ地巡りにつながるような良い作品との出会いは、私たちがコントロールできるものではありませんが、まずは一つひとつの作品の作り手の話を伺い、私たちとしてのベストな提案を重ねていければと思います。撮影に協力したシーンが視聴者に届き、印象に残ることで沿線を知ってもらい、訪れてもらうきっかけになると思います。沿線の方はもちろん、普段、小田急線に乗らない方も作品を通じて、あの沿線はいいなと知っていただき、将来的に住みたい街の一つの選択肢にしてもらえるとうれしいです。

───最後に、なぜ、超低成長時代のなかでロケ地を巡るといった行動や消費が増えているのか、価値観の変化についてお考えがありましたら教えてください。

斉藤 言葉の問題かもしれませんが、いわゆるオタクではなく、「推し活」という言葉が定着したことがあるかもしれません。オタクというとどうしてもマニアというか専門的過ぎて、距離感を置かれることもあったのではと推察します。推し活をしていることは誰にでもあるライトな感覚で公言できるので、同じ推し活をする仲間とつながることもできます。例えば、『silent』のロケ地巡りで言えば、「一緒に推し活をしませんか」とTwitterでつながっていくのです。世田谷代田駅で初めて待ち合わせをし、一緒に推し活をしている方もいました。推し活を通じて、リアルな世界観を体験したり、リアルな仲間とつながったりすることは、コロナ禍の世の中の潜在的なニーズが顕在化した一つの形だったことも大きいのではと思います。
 先日、『ブラタモリ』で下北沢が特集されましたが、広場で『silent』のBGMが流れました。『ブラタモリ』で『silent』が出てきた、とTwitterで注目を集めていました。少しのきっかけで深く心に刻まれたドラマのシーンや体験が呼び起こされ、ファンの間で繰り返し話題としていただけます。

───ファンの愛は強く、それに真摯に企業として向き合うこと、考えていくことでビジネスにもつながっていくことがよくわかりました。本日はありがとうございました。

(Interviewer 中塚 千恵 本誌編集委員)

斉藤 庸介
小田急電鉄株式会社
生活事業推進部 課長代理