《大坪先生・藤重会長対談》
大坪 檀 氏
静岡産業大学総合研究所 特別教授
藤重 貞慶
公益社団法人日本マーケティング協会
会長、
ライオン株式会社 特別顧問

10月3日、日本マーケティング協会東京本部にて
ブランド再構築の時代
大坪 もう一つお話ししたいのは、ブランドの問題です。これからの時代、ブランドの価値はますます大きな意味を持つでしょう。ブランドづくりはある意味でマーケティングの中核的な役割の一つだと思っています。
藤重 おっしゃる通りだと思います。ブランドは企業の価値そのものを体現し、同時に品質を保証するものでもあります。どのような世界観をもってブランドを築くのかが非常に重要ですよね。ブランドをつくりあげるには相当なエネルギーと時間と努力が必要ですが、築き上げた信用を失うのは一瞬です。
大坪 ブランドの中には、価値観や世界観、さらには今日お話ししてきた理念が凝縮されています。私はこれこそが次の時代の大きなテーマになると思っています。
現代は、あまりにも情報が氾濫しています。その中で人々が確信を持って間違いないと判断できる基準が必要です。その役割を果たすのがブランドです。ところが今は、ブランドという言葉があまりにも軽々しく使われているように感じます。
藤重 確かに、ブランドという言葉が軽い扱い方をされていますね。ネーミングやロゴ程度にしか捉えられていない場合も多く、企業側も簡単にブランドを変えてしまう傾向もあります。
大坪 意味や理念を持たないものまでブランドと呼ばれることもありますよね。しかし、これからの社会は、ますますグローバル化し、情報が氾濫し、文化的背景が複雑になります。そうした時代にこそ、ブランドを根本から再構築する必要があると感じています。
藤重 ブランドを日本語で言うと“信用”という言葉に置き換えられると思います。ブランドは信用の塊だと思います。あのブランドの商品だったら大丈夫だということです。あるいは、あのブランドを持てば幸せになれる、豊かにしてくれるという心理的価値でもあります。
大坪 藤重会長も、ライオンというブランドを体験されていますね。やはり大変でしたでしょうか。
藤重 例えば、私がライオンの社長を務めていたとき、「今日を愛する。」というブランドロゴを選びました。“大事なのは過去でもない、未来でもない、今を本当に大切に生きることであって、その結果が未来であり、その結果が過去であり”といった感覚でした。今を大切にというのは、例えば結婚記念日などの記念日など、決して特別な日ではなくて、日常の一瞬一瞬を大切に生きることですね。そしてそのことが、ほかの人の生活も大切に思うことにつながることかと思い、「今日を愛する。」としたわけです。
職業としてのマーケターを育てる
大坪 ところで、アメリカのマーケティング協会は、日本マーケティング協会と違って、会員はほぼすべてが個人会員なんですよ。そもそもアメリカでは、このような“協会”というのは、職業別の組合として、自分が専門技能を高めるために勉強する団体という位置づけになっています。ですから、次の段階として、「私の職業はマーケティングです」という時代が来るのだと思っています。
これは日本の大きなテーマです。近年、企業の人事制度に、ジョブ型の導入も見られるようになってきました。これからは、入社してからマーケティングの人材を育てるのではなく、マーケティングのプロを雇う、そういうジョブ型の時代になってくるのでは、と考えています。
藤重 マーケティング協会も、職業としてのマーケティングパーソンの総本山になっていく、といったビジョンもありえますかね。
大坪 会社にとっても“職業としてのマーケティング”を考える時代になってきましたね。
日本では、大学卒業後、会社で一括採用され、各部署に配属されてから、マーケティングを学ぶ形ですね。そのため、日本では「ご職業は?」と聞かれたら「〇〇社の社員です」と答えます。一方で、アメリカでは「私は会計士です」、「CEOです」と職業で答えます。これからはスキルも高度化していきますから、専門職としてのマーケターが次々と生まれてくるでしょう。そして、プロフェッショナルも常に学び直しを続けるリカレント教育の時代が本格的に訪れると思います。

藤重 おっしゃる通り、以前の日本企業の中には、組織の中にマーケターを囲い込みたいという考えが強かったですね。マーケターも囲い込まないと、自社の特別な特許や新しい考え方が流出すると危惧していたのだと思います。しかし最近では、より転職を推奨している会社が増えていますし、囲い込むよりも流動させて新しいマーケターを雇い入れたほうが最終的には効果が高いと判断する気運も生まれてきているようです。
大坪 日本マーケティング協会の会員は企業のみ、ということは、会費も会社負担ですよね。例えば弁護士会や税理士会のような職業団体では、個人が会費を払うのが原則です。マーケティングを職業として担う個人が確立しない限り、マーケティング自体の発展も限られるように思います。
アメリカのマーケティング協会には職業と人をつなぐ仕組みがあります。マーケティング協会に入っていると、良い職業に良いポジションで紹介を受けられる。例えばコダックがマーケティングのこういう分野の人を探しているがどうですか、と言ってくれるわけです。
藤重 これは大事なヒントをいただきました。
大坪 日本の産業界が次第にジョブ型に変わろうとしているのでは、と私は思います。ただしAIの導入が進めば構造は大きく変わると思います。アメリカでは大卒でも仕事に就けない人が増えています。なぜなら、企業は育てるより即戦力を求める。そもそも日本と違って育てるという感覚ではありませんから、AIが代替できる程度の仕事なら、人を雇う理由がありません。日本でも同じ流れが来るでしょう。例えば会計という業務はいずれAIが完全に担う可能性すらあります。
藤重 そうですね。実際、会計事務所は強い危機感を持っています。決算処理などはAIが一瞬で終わらせますから、公認会計士の役割も変わらざるを得ません。
大坪 私は以前、日本マーケティング協会と静岡県でマーケティング大学院大学を設立しようと動いたことがありました。協会のマスターコースを大学院の一つのカリキュラムとして位置づける計画でした。予算も確保し土地も決まっていたのですが、バブル崩壊で予算措置ができなくなったため実現できなかったのです。
この構想は、今日お話しした考え方を先取りしていたのですが、しかしこれからはそういう時代が来るのだと思いますね。今も、マーケティングの新しいコースを大学に設けてほしいと言っています。これからは、マーケターをどうやって育成するか、職業として確立するかということが大きなテーマになってきます。
藤重 以前のマーケティングは4P(製品・価格・流通・販促)が明確でした。ところが近年は、企業全体の活動といった曖昧な定義になり、かえって分かりにくくなっているのが現状です。改めてマーケティングとは何かをはっきりさせたいですね。
大坪 4Pこそ基本だと思います。今あやふやになった原因は、景気自体がぐらついたことが大きいですが、皆が本質をぼかしたからです。マーケティングとは何かと言われて一番わかりやすい答えは「いくらモノをつくっても売れなくては意味がない」ということ。この売れるという言葉にはすごく深みがありますが、いつのまにか“売る”こと自体を軽視する風潮が出てきた。
藤重 売れるということは価値を認めてもらっているということですね。
大坪 そう、価値を認めてもらっているということです。それと同時に、価値あるものを提供して、それに対する対価をもらっている。この4Pという原理は非常に大切です。私がアメリカで経営者をやっているときに痛感したのは、結局、きちんと信頼される価格でなければ売れないということです。この価格の裏にある信頼をどう築くかは企業にとっても大問題でしょう。
藤重 価格は信用の表れですからね。その意味では、マーケティングの基本構造は4Pから本質的にはあまり変わっていない印象ですよね。

One thought on “人間中心の豊かな社会を築く
マーケティングの哲学を/後編”
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