《2026年新春鼎談》
藤重 貞慶
公益社団法人日本マーケティング協会 会長
ライオン株式会社 特別顧問
(写真中央)
恩藏 直人
公益社団法人日本マーケティング協会 理事長
早稲田大学 商学学術院 教授
(写真左)
高石 一朝
公益社団法人日本マーケティング協会 専務理事
(写真右)
止まらない人口減少とAIの急速な進化が現代社会の大きな課題となる中、より豊かで快適な社会をつくるため、これからのマーケティングやマーケターが担うべき新たな役割や条件とは何かについてお話しいただきました。
本格的なAI時代を迎えて
高石 今年もさらに人口減少に拍車がかかるようです。2024年の出生数は68万人余りで過去最低でした。1980年には約160万人の子どもが生まれていたので、その差の大きさを実感します。
藤重 少子高齢化が進行する中、2040年には労働供給が約1,100万人不足する可能性があるようですね。一方で、AIが急速に進化してきていて、将来的には現在の職業の40%ほどがAIに取って代わられると予測されています。ただし、医療、介護、配送など、実際に体を動かす社会的に必要な仕事であるエッセンシャルワークはなくならない。むしろAIの支援によって、こうした仕事の価値がどんどん高まり、新しい中産階級を形成するだろうとも言われています。
第1次産業革命が人の動力、すなわち筋肉の代替を果たし、デジタル革命では人の記憶と伝達の役割を代替したのに続き、AIは脳全体の機能の代替を果たしているわけです。AI技術を活用しない理由はありません。AIが少子高齢化による人手不足を補うことで、生産性や付加価値の高い産業が生まれることも期待されます。日本は少子高齢化とAIの双方において先行しているため、世界のモデルケースとなる可能性があります。
恩藏 例えば消費者向けの商品開発の分野では、AIに過去の膨大な情報を学習させることで、商品コンセプトの開発からパッケージデザイン、広告表現まで、これまで数か月から半年以上もかかっていたプロジェクトが、今ではほんの1週間ほどで完了するようになっています。学習させるデータの質が高まれば、AIによって生み出されるアウトプットの質も高まっていく。現場での生産性が飛躍的に引き上げられています。
高石 先日、スリランカで開催されたワールドマーケティングサミットに出席してきましたが、取り上げられていたテーマの多くがAIに関するものでした。AIが社会にどのような影響を及ぼすのか、誰にとっても未経験ですから、誰にもわからない。自分たちも必要なくなるのではないかと、マーケターは恐怖におののいている印象ですね。
本当の豊かさとは何かを問う
高石 その会議では、バングラデシュの先生から「これからはSQ(Social Intelligence Quotient)が重要になる」という提案がありました。IQではなく、マーケターが社会に対していかにSocial goodなことを行っているかを数値化する指標をつくろうというものです。これは、企業が貧困の解消などの社会課題にどれだけ貢献したかを示す指標であり、消費者はその数値を参考に企業を判断するようになるため、社会にとって有用だと認められた企業しか生き残れないだろうとも述べていました。
恩藏 企業活動の評価にはさまざまな指標がありますね。役員に占める女性比率や環境配慮対応指標などに加えて、マーケティング活動そのものを評価し説明できる指標があったら面白いと思います。それを日本マーケティング協会が開発して、発信していってもいいかもしれません。マーケティングは、豊かな社会をつくることに貢献していかなければならないわけですから。
藤重 そこで大事なのは、これからどういう時代をつくろうとするか、でしょう。企業1社1社が考えることが大事だと思います。ここ100年ほど、企業は成長を目指し、いいものを豊富に提供するという考え方のもとで活動してきました。しかし、その結果として大量の資源が消費され、地球の生態系が有する持続可能な循環体系を破壊しつつあります。二酸化炭素が増え、気象が極めて不安定になり、温暖化が進むこともその表れです。
一方で現在、世界の多くの国で、そして日本でも、非常に多くの子どもが満足に食事できない状態になっています。子ども食堂はすでに全国で1万か所以上あり、全国の中学校数を超えています。今後は、小学校の数、約1万9,000校も超えると見込まれています。そこでは満足に食べられない子どもだけでなく、単身世帯の人やお年寄りなども集まって食事をしているのです。
今まで企業が追求してきた豊かさは、本来、人間が求める豊かさとは少し異なるものになってしまっているのではないか、それを皆が感じているように思います。今、多くの人がようやく 「本当の豊かさとは何か」と考え始めています。本当の豊かさとは、おそらく毎日の生活が快適であることです。その快適さは、地球の生態系のリズムと、人間の生活リズムがマッチングしているところにあるのではないでしょうか。これはまさに、マーケターが創造し提案していくべき豊かさだと考えています。

高石 確かに自然の中にいると気持ち良いですよね。
藤重 人類の進化の歴史からしても明らかなように、人間そのものは元来、いわゆる動態的な力という面では弱い動物でした。しかし、二足歩行となったことで脳が発達し、他者の気持ちを理解する「共感」が可能になりました。さらに、手が使えるようになり道具を活用できるようになったこと、独特の喉の構造により言葉が生まれたことで、集団コミュニケーションが可能となったことも大きな転換点です。また、産道が狭く短くなり、子どもが早く胎外に出て生まれるようになり、その未熟な赤ん坊を皆で育てるという文化が形成されました。
このように、もともと力の弱かった人間が、知性と道具を獲得し、皆で力を合わせて生活をしていたわけです。その中で培われた特徴が「共感」と「共助」、すなわち助け合うことです。なので、社会性を重んじなければ生きていけない。二つ目は「共食」「平等」。獲物を皆で平等に分け合って食べる。そして、皆で育児をしてきた。そのこともとても大事な点です。
しかし、現在は単身世帯が全世帯の3分の1を超えるなど、人間が本来営んできた暮らしとは異なる生活形態が広がっています。しかし、私はいずれ社会に揺り戻しが起こるような気がしています。
快適性をつくるマーケターの役割
藤重 先日、あらためてマーケターが提供してきた価値の変遷を調べてみました。1950年代は、モノ不足でしたから製品の供給力を増やすこと自体が豊かさにつながった時代でした。1960年代には、いわゆる三種の神器を持つことが豊かさの象徴となり、モノの供給を前提としながらより良い品質を求めるようになりました。市場が何を求めているかを考えるマーケット思考が初めて出てきた時期です。1980年代になると、モノや機能だけでは満足せず、ライフスタイルと結びついたブランドイメージが重視されるようになり、マーケターにはブランド価値を設計する役割が求められるようになりました。1990年代には、顧客との継続的な関係性の構築、いわゆるCRMも重要な戦略として台頭してきました。いわゆるモノの豊かさに加えて、顧客との絆を築く設計者として、体験やつながりを通じたブランド価値を高める役割をマーケターが担うようになってきました。2000年代に入ると、デジタル化が進みビッグデータやAIを活用して顧客ごとに最適化された体験の設計も担うようになり、マーケターの役割が大きく広がると同時に、難易度も上がりました。
高石 マーケターの役割が年々大きくなり、要求も増えてきたということですね。
藤重 その通りです。データと体験を結び付け、消費者の行動全体を設計する役割を担ってきました。2010年代には、商品や体験を提供するだけでは不十分となり、社会的な意味や個人にとっての価値を伝えるストーリーテラーとしての役割が求められました。ここで初めて、パーパスという言葉がもてはやされて、企業の哲学や社会的な姿勢がブランド価値の核となってきました。マーケターは社会的スタンスや企業哲学を前提に、共感をデザインする語り手としての役割を担いました。そして2020年代の現在は価値共創の時代に入りました。企業が一方的に価値を顧客に提示するのではなく、顧客やステークホルダーと一緒になって社会に役立つ価値を共創する。マーケターは、価値創造のパートナーとして生活者と向き合う役割を担うようになりました。
これからは、AIを活用して顧客とどのような新しい価値を創造するかという時代に入ります。誰でもAIを使える、生活の一部になる段階に達して初めて、新しい価値が創造されます。その新しい価値が何であるかを考えることこそ、これからのマーケターに求められる重要な視点になるだろうと思います。
恩藏 価値を創造する、という観点が、マーケティングにおける大きな転換点です。古くは交換概念があり、その後、長らく市場創造こそがマーケティングの中核であったわけですが、顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現する。それこそがマーケティングの役割だと委員会で議論をして、一昨年、定義を改めました。コトラー教授らによる2022年の『マーケティング・マネジメント』を見ると、7つのパート、21章で構成されています。そのうち、3つのパートでValue、つまり価値についての課題を取り上げています。具体的には、Designing Value、Communicating Value、Delivering Valueです。さらに、それぞれのパートが、4つの章、3つの章、そして2つの章に分かれていて、深く掘り下げられています。

高石 そういう意味では、先ほど話題にあがった、子ども食堂も価値創造の一例であり、社会への大きな問題提起になっていますね。
藤重 そうだと思います。子ども食堂は象徴的な例です。自然のリズムと一体となり調和する暮らしが豊かさにつながり、自分だけが豊かになるのではなく、集団が等しく分け前にあずかることができ、皆で豊かさを共有するという考え方こそ、人間が20万年も生き延びてきた原動力だと思います。
もう一つは、自然の資源を使い過ぎないという視点も欠かせません。地球の資源は有限です。これからのビジネスは、資源を循環的に活用し、地球の生態系を損なわない形で成り立つ必要があります。自然のリズムと一体となり調和した生活こそが人間にとって快適であり、これを提案していくことがマーケターの重要な役割になると考えています。
モノの豊富さや質の良さには限界があります。その限界を踏まえた上で、自然の恵みをうまく生かし、自然のリズムと一体となって暮らすことが快適であると提案することが、これからのマーケターに求められる姿勢だと思います。人間にとっての快適性とは何か、人間本来の生き方とは何かを追究するマーケティングが重要になってくるのではないでしょうか。
高石 先日のサミットでも話題になりましたが、米国のマーケティングの先生が、マーケターの数は人口減少以上のスピードで減るだろうと言っていました。商品特性や配色などの細部にしか目を向けないマーケターは、すぐにAIに取って代わられ必要なくなっていく、と指摘していました。
恩藏 その通りだと思います。過去の概念を座学で学ぶだけのマーケティングや、売上の拡大だけを目指すマーケティングは、すでに通用しなくなっています。単純な知識レベルであればAIで事足りてしまう。その意味では、教育のあり方から見直さなければならない時代に入っています。
藤重 そうなるでしょうね。やはりこれからは、豊かさとは何か、幸福とは何かを突き詰めていくことが、マーケティングにとって非常に重要になってくるのは間違いありません。
恩藏 従来のマーケティングでは、顧客ニーズが最も大事だと刷り込まれてきました。しかし今は、顧客ニーズだけでは不十分だと感じています。社会全体をしっかり見据えないとやっていけない。マーケティングの研究者も顧客ニーズに縛られがちですが、意識を大きく変えなければならないと感じています。
高石 コトラー教授は、今後5年間、今までと同じことしかやらない会社、あるいはサステナビリティに興味がない会社は必ず滅びると述べていました。

藤重 サステナビリティを重視せざるを得ない時代に入ったということでしょう。かつては地球環境にも余裕がありましたが、いよいよ対応できるレベルの限界に達しています。地球環境問題の本質は文化の問題でもあります。人間が衣・食・住において何を大切にするかによって、地球環境の様相はまったく変わってくるからです。例えばコンクリートの建物にいることが快適だとするか、木造の建物の中にいるのが快適なのか。食べるものも、肉をたくさん食べるのが快適なのか、野菜や果物とバランスよく食べるのが快適なのか。人間が生活する上で何を大切にするか、すなわち人間が選び取る文化の問題なのです。だからこそ、環境と調和したライフスタイルを提案することがマーケターの役割になります。
その流れの中で、コトラー教授は以前から「ディマーケティング」について論文を書いています。成長を抑制すべきだと言っていますね。
恩藏 意図的に需要を抑えるべきという提案ですね。コトラー教授とレビー教授によって発表された1971年の『ハーバードビジネスレビュー』の論文「Demarketing, yes, demarketing」が有名です。一時期は非常に話題になっていましたが、いつのまにか語られることが少なくなりました。マーケティングは需要を伸ばすだけではなく、必要に応じて抑制するという機能も本来備えているという解釈が背景にあったようです。しかし実際は、マーケティングはたくさん売って需要を伸ばすものだという認識が強かったですよね。冷静に考えると抑制することもマーケティングだと気づかせてくれたという意味では、ディマーケティングは大いに価値があります。
世界観、志、人間力……マーケターが備えるべき要素
藤重 これからのマーケターにとって重要な要素は三つあると考えています。一つは「世界観」です。人類が今後、生き延びていくためにはどのようなライフスタイルが望ましいのか、その前提となる世界観を持つことが大切です。二つ目は「志」で、その世界観の中で自分は何を担い、どのように貢献するのかを明確にする姿勢です。三つ目は「人間力」です。人の気持ちを理解し手を差し伸べる、相手の役に立とうとする姿勢こそが人間力の最大のポイントです。人間力が発揮できる人は人生を豊かに過ごすことができると思います。
そして、それらを一つにまとめたものがブランドになるのです。これからのマーケターに求められるのは、どのような世界観を持ち、どのような志で、どのような人間力を生かしてブランドをつくり上げていくかに尽きるのではないでしょうか。言い換えると、私はこういうことをやります、こういうことでお役に立ちますといった社会全体との約束や信頼が、そのままブランドとして社会に受け止められる時代だといえます。
恩藏 確かにマーケターに求められる要件は大きく変わってきています。そのようなマーケターをどう育成するかを考えると、少なくとも従来の教育システムでは不十分だと感じます。倫理観や道徳観、あるいは世界観や将来を見通す力などを養えるような教育が必要だと思います。
これまで我々が行ってきたマーケティングの授業は、正直なところAIでも十分対応できると思います。教科書や事例をAIに学習させれば、バーチャル先生が教えてくれる。人間の教員は要らないですよね。そういう授業は全部AIに任せ、もっと倫理観や道徳といった領域を強化する教育が求められていると感じています。
例えば現在、中学や高校では探究学習が取り入れられています。記憶中心の学習だけではなく、自ら課題を見つけて解決策を考え、プレゼンまでするといった学習が主流になりつつあります。大学ではその流れがさらに加速し、マーケティングに限らずさまざまな分野でこうした学び方が一般的になっていくと考えられます。
高石 本日は貴重なお話を誠にありがとうございました。
