年末年始号 編集スタート!

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対談

人間中心の豊かな社会を築く
マーケティングの哲学を/前編

《大坪先生・藤重会長対談》

大坪 檀 氏 
静岡産業大学総合研究所 特別教授

藤重 貞慶 
公益社団法人日本マーケティング協会
会長、
ライオン株式会社 特別顧問

大坪氏(左)と藤重会長
10月3日、日本マーケティング協会東京本部にて

実践から学んだマーケティング

藤重 本日、大坪先生のお話を伺うにあたり、少しご経歴を拝見いたしました。
 先生が東京大学経済学部をご卒業になったのが1953年で、1957年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院修了、MBA学位を取得されています。それから現在の2025年に至るまで実に68年間にわたり、先生はマーケティングとともに歩んでこられたことになります。先生は現在96歳ですから、かのフィリップ・コトラー氏の94歳よりも長寿でいらっしゃるわけです。

大坪 振り返ってみると、不思議な人生でしたね。私の生まれは京都ですが、生まれてすぐに東京へ移りましたので、それ以降は完全な江戸っ子です。家は代々徳川の旗本だったようです。父親は国文学の教師でした。
 私は、戦後まもなくの時期に大学を卒業して、翌年、ビザが下りてアメリカへ留学しました。当時としては非常に珍しい留学生だったことになります。

藤重 そこでマーケティングに出会われたわけですか。

大坪 私は、UCLAでMBAを取った最初の日本人ということですが、ただし、専門はマーケティングではなく、IE(Industrial Engineering)=生産工学です。もっとも、アメリカの生産工学は日本でのそれとは若干異なり、行動経済学や行動科学、人間工学、システムエンジニアリングなどを基盤としたIE分野でした。
 私がマーケティングに出会ったのは、ブリヂストン時代になります。当時の日本の課題は、いかに良い品質のものをつくるかでした。生産工学が専門の私は引っ張りだこで、アメリカの理論や手法を次々と紹介していました。1968年にブリヂストンがデミング賞を受賞した際も、私が旗振り役を務めました。その後、アメリカ進出のために現地赴任を命じられて、そこでマーケティングに遭遇しました。というのも、アメリカに行っても当然ながら商品はまったく売れません。そこで改めて、マーケティングを実践から学び直したわけです。私の場合は学問よりも、実践から入った形になりますね。

藤重 最初は何から手を付けられたのですか。

大坪 私のマーケティングの師は、当時の日産自動車アメリカ法人の片山豊社長でした。フェアレディZを生み出した方で、アメリカの自動車殿堂入りもされています。私は研究者でIEの専門家でしたから、経営戦略などには携わっていましたが、マーケティングの実務経験がなかったので、その旨を伝えると、片山氏が取引先のマーケティング会社を紹介してくれました。
 不思議な縁なのですが、その会社の社長がUCLAのMBAスクールの同級生だったのです。彼に「マーケティングを教えてほしい」と頼むと、「初めからきちんと学ばない人間とは取引しない」と言われました。彼は大量の書籍を持ってきて、「すべて読んで理解したらテストをする。合格したら取引しよう」と言うのです。日本とはまったく逆の発想で面白いですよね。私は、そこから無我夢中で勉強しました。MBAスクールでもマーケティングはかじりましたが、当時はシアーズ・ローバックなどを取り上げる広告論が多かったですね。また、ショッピングセンターが増え始めた時期でもあり、そうした様子と併せコトラーの理論も非常に参考になりました。当時のアメリカで、実践と学問を同時に勉強できたことは幸いでしたね。

藤重 実践をしながら考えをまとめていくという作業ですね。

大坪 その通りです。実践というのは実に大事なことです。皆さんも、もっと実践をやってからマーケティングの学者をやる、マーケティングの学者をやりながら実践をやるほうがいいのではないかと思いますね。

マーケティング黎明期を生きる

藤重 その後、アメリカから戻られたのですね。

大坪 そうです。日本に戻ってからは宣伝部長を任されました。世界中を見てくれと言われ、広告宣伝全般を担当していました。     

藤重 それはまたずいぶん畑違いの部署ですね。
 宣伝と言えば、ちょうど先生がUCLAを卒業された頃、1956年に電通が『マーケティングと広告』を創刊し、広告の専門性と重要性を高める動きが始まった時期と記憶しています。

大坪 その通りです。私はまず“近代的な電通”を念頭に置いていたので、「契約をきちんと結ばなければならない」と申し上げました。
 アメリカの会社は、広告取引やマーケティングを担当するということは、実は“あなたの会社は私たちがお預かりする”ということを意味するのです。したがって、“正式に契約を結んで私たちも責任を持ちます”となる。“その代わり、正当な対価を支払ってください”と、契約書を実に細かく作成するわけです。
 私は、それに加えて、“一業種一社”の重要性も申し上げました。現在の日本の広告会社各社は、営業局ごとに一業種一社の体制をとることで同業の複数企業を担当していますね。

藤重 日本マーケティング協会の設立も1957年です。

大坪 そうでしたね。創立期には、ライオン、花王、資生堂、サントリーなど皆さんが大変熱心に取り組んでおられましたね。初代会長は味の素の道面豊信氏、初代理事長は電通の島崎千里氏でしたね。第2代会長が明治製菓の細井徳次郎氏、第3代会長がサントリーの鳥井道夫氏と、錚々たる顔ぶれでした。企業間の敵対関係などもあまりなく、皆で一生懸命に産業界を盛り上げようという時代でしたね。

藤重 皆で議論を重ね、知恵を出し合いながらマーケットを大きくしていこう、その結果として自分たちも成長していくという時代でした。

大坪 1974年にはJARO(日本広告審査機構)も設立されました。当時は、誤表示や誤解を招く広告が相次ぎ、消費者からの苦情が絶えませんでした。そこでこのままではいけないと、日立やトヨタの宣伝担当を中心に審査機構をつくろうとなったのです。日本マーケティング協会やJAROの誕生によって、日本のマーケティング業界はようやく体系的に確立したのだと思います。
 もう一つ、当時は国際化の時代でもあり、海外との関係が活発でしたね。外国人講師を招いて講演会や勉強会を朝から晩まで行っていました。そうした活気ある時代に私は参加させていただきました。

藤重 当時の日本のエネルギーは本当にすごかったですね。世界をリードしていましたから。アメリカの文化やマーケティングに憧れて、それを積極的に取り入れながら、日本人ならではの理解と発展を遂げた。そこに日本人の教養や下地があったのではないでしょうか。

大坪 今でもそうですね。近江商人に代表される日本の商人道の精神が大きく影響していますね。

藤重 昔の儒教教育や寺子屋教育から始まって、日本人の知恵や教養として綿々と積み重なっているのですね。アメリカから工夫のヒントが出てきて、それを何倍にも進化させたことこそ、日本のマーケティングや経営の大きな強みだと感じます。

名創業者に共通する社会的理念

大坪 ライオン、花王、ブリヂストンなどの創業者はいずれも素晴らしい理念を持っていました。理念をしっかり掲げた産業人、企業家がいたからこそ、今日の日本が確かなマーケティングの基盤を築くことができたのだと思います。
 理念がなければ結局うまくいきません。JAROを設立したときも、皆さんすぐに賛同されました。やはり、商人がこんな不正をしてはいけないという強い信念があったからです。

藤重 そのような理念の一例を紹介します。明治時代の日本の人口は約5,000万人ほどでしたが、小学児童の虫歯の罹患率は96%に達していたそうです。しかも重度の虫歯が多かった。ライオンの創業者は、このままだと日本は虫歯によって滅びてしまうと危惧して、いかにお口を清潔にすることが大事なのか、全国で何度も講演会を開きました。延べ5700万人、当時の日本の総人口5130万人を上回る人たちに向けて地道に公衆衛生普及活動を続けたのです。ライオンに限らず、同じような理念を持って社会を良くしようとする企業がいくつもありました。「日本を良くしよう、幸せにしよう」という信念があったからこそですね。
 豊かにしようという理念があって、それに基づいて、各社が自分の得意分野を生かし、本気で社会の課題に取り組んだのだと思います。そうした非常に腹の据わった情熱的な活動が、日本を豊かにしていったのだと思います。

大坪 まさにおっしゃる通りです。私は日本の企業家の歴史を研究していますが、彼らの共通項は「社会的な理念が非常に高い」ことです。特に創業期には顕著でした。金儲けのためではなく、困っている人を助けたい、日本を良くしたい、地域社会を支えたいといった理念を持つ企業家が非常に多いのです。
 今まさに、もう一度そのような理念を見つめ直す時期が来ていると感じますね。

藤重 イギリスやアメリカの歴史を見ても、“会社は売り物である” という考え方も見られるようです。つまり、高く売るために会社の価値を高め、金融効率や資本効率を上げて収益性を高める。株価を金科玉条のごとくの指標とみなす傾向も強い。私はそうした発想が人間本来の姿から離れていっているように思います。
 だからこそ今、人間中心の社会・会社に立ち返る必要がある。まさに大きな転換点に来ていると感じます。

大坪 今、産業人に求められているのは、新しい意識改革と使命感だと思います。政治家が国を良くすると言いますが、実際に国を良くするには産業が良くなくてはならないのです。産業が健全であってこそ、国も豊かになります。産業人は税金を納めて国を支えている、と胸を張ってよいと思いますね。しかし同時に、間違いを犯さず、社会のために貢献することが求められている。ではどうすればいいか。その基盤をつくり方向性を示す先導役が、まさにマーケティングの役割なのです。

マーケティングの本質は“人間中心の社会づくり”

大坪 静岡県庁にマーケティング課があるのですが、私は県の行政改革に関わる中でマーケティングを教えました。マーケティング主導で行政改革を進めようというもので、当時、行政改革委員長だった私は「首切りは駄目だ」と言いました。職員一人ひとりが県民のために力を発揮できる仕組みに変えればいいと。まさにマーケティングです。県民のために働く、県民が豊かになるために全員で取り組む、この発想が静岡県のファルマバレー構想(「富士山麓先端健康産業集積プロジェクト」の通称)にも生きています。
 やろうと思えば実現できた。それは、日本人は社会への危機意識を強く持ち、社会のために尽くそうとする人が非常に多いからです。社会貢献を掲げると、皆が一生懸命に取り組み、その成果が最終的に自分たちに戻ってくることに気づいたのです。
 したがって、これからのマーケティングの基本課題は、藤重さんがおっしゃる人間中心の社会にどう貢献するかにあります。日本ではCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)はまだ多くありませんが、実のところ、日本の経営者には同じ発想を持つ人が多い。だからこそ、CMOという役職自体は必ずしも必要ではないのかもしれません。その上で、産業が主体となって社会を導くという認識を明確に打ち出していくことが、日本の繁栄の道だと思います。

藤重 その通りですね。大切なのはやはり世界観、これからどんな世界をつくっていくかという視点です。その世界観を皆で真剣に議論し、それに向かってマーケティングを展開していくことがとても重要だと思います。
 その世界観はおそらく、エネルギーや資源を無視して便利さばかりを追い求め、経済成長だけを重視するものではありません。そうした発想が今日の自然災害など多くの問題を生んできたとも言えます。そうではなく、いかに人間一人ひとりが幸せになるか、また、社会という集団の中で互いに理解し助け合う、そうした人間中心の社会を目指す世界が望まれます。そのために産業人が、自らの技術やサービスを生かして社会貢献をリードしていく。これこそが、これからのマーケティングの核心だと思います。

大坪 まさに、そうした最も難しいマーケティングが、これから本当に重要になってきますね。

藤重 結局これまでのやり方は経済成長一辺倒でした。近年は金融資本主義が広がり、人間本来の生き方からどんどん離れていっているように感じます。社会全体の仕組みそのものを、もう一度、人間中心の姿に戻す必要がありますね。

大坪 今こそ日本が手本となる最大の好機です。健康長寿社会は、日本が世界で初めて経験しているものです。それも単なる長寿ではなく健康に長生きする社会です。加えて、人口減少も進んでいます。この二つの大きな要素は、これからのマーケティングに深く関わってきます。逆に言えば、マーケティングの力なしに、健康長寿と人口減少の時代に豊かな生活を実現することは難しいでしょう。

藤重 まさにそうした社会をつくること自体がマーケティングですよね。

大坪 その重要性に気がついたのは医療産業に関わっていたからです。静岡がんセンターが人気を集め発展した理由は、今までの病院のような“診てあげる”ではなく、“患者様のための病院”へと発想を転換したからです。考え方を全て変えたのです。すると、働く人の意識も変わり、患者様も増え、医師も頑張るわけです。結果として、新しい医療事業が生まれてくる。これはマーケティングの基本ですね。
 ブリヂストンにいた頃、創業者である石橋正二郎さんの考えに深く感銘を受けました。それは、“産業は何のためにあるか、人を豊かにして幸福にするためだ、そうすれば産業は発展する”という発想です。根本はマーケティングです。今まさに産業界がその原点を問われているのではないでしょうか。経営者の役割とは、人を豊かにして幸福にすることだという理念を、日本マーケティング協会も改めて発信していくべきですね。

藤重 やはりいかに人を幸せにするかがマーケティングの本質ですね。
 日本は豊かな国と言われていますが、実際には子どもの7人に1人が満足に食事を摂れていないそうです。7人に1人が最低限の食事もできないような国は真の意味で豊かだとは言えませんよね。

大坪 知恵を働かせばマーケティングで多くの課題を解決できると思います。今日までのマーケティング界の歴史を見ると、戦後、世界がびっくりするような国になりましたからね。これからの時代も、同じように創意と理念で新しい社会を築けるはずです。

見聞録

第47回(最終回)
日はまた昇る
──日本のマーケティングの新たな挑戦を期待して

大坪檀のマーケティング見・聞・録

 『マーケティング ホライズン』は、日本マーケティング協会の会員向け情報小誌として、1980年に創刊。皆様のご支援で、小生は本誌に毎号寄稿してきた。当初はアメリカ・マーケティング協会の機関誌からアメリカのマーケティング事情を紹介するものが中心だったが、次元を越えた“見聞録”ものに転換。そして47回目。小生本年96歳、次の新時代に思いを込めて、この寄稿から降りることにした。

読者、編集者の皆さん有難うございました。

 誰でも実感していることだが、日本の産業、マーケターを取り巻く環境はここにきてまさに激変。一番は健康長寿化社会と人口減少がもたらす社会変化、生活変化。トランプ政権が打ち出した関税政策がもたらす国際市場の変化、世界各地の紛争、ウクライナ戦争後の大復興市場。IT・AIの登場。我々日本人が経験したことのない環境変化が展開、何やら戦後の日本の大発展期に匹敵するチャンスが再び到来し始めた感がある。産業人が奮い立ちこの環境にチャレンジすれば21世紀はまさに日本の世紀となるのではないか。
 識者は失われた30年と嘆くが、今年は2人もノーベル賞受賞者を出した。“いのち輝く未来社会のデザイン”を掲げた大阪・関西万博は2,500万人超の入場者で230億~280億円の利益を予想して閉会。内なる国際化も目に見えて進行、小生が利用する小田原駅の新幹線ホームは大きな旅行鞄を引きずる観光客でいつもあふれている。外国人労働者のいない職場の方が珍しい時代が到来。小生の大学には今年、秋入学制度で厦門大学から50人近くの留学生がやってくる。ベトナム、韓国、モンゴルなどの諸外国からも日本の質の高い教育環境にひかれて留学生が続々やってくる。
 アメリカの財界人が“アメリカの伝統的な自動車産業も鉄鋼業も日本にやられた。とうとう野球もだ”とつぶやいたのが耳に残る。アニメは言うに及ばず、文化芸術の世界での発展にも目にみはるものがある。
 戦後80年、日本の産業の発展とともにマーケティングの世界も目覚ましい発展を遂げた。日本の経営、マーケティングの手法が世界の経済界で注目されてきた。目の前に展開する新環境に日本の産業人が、そしてマーケターが挑戦するのに何が必要か、経営学者、産業人としての経験・観察から、これを述べて本稿を閉じたい。
 まずは目標の再設定だ。経営者が将来に向けて設定する目標がその企業の将来を決める。どのような分野で、どの市場で、どのような貢献をし、どのような業績を上げるのか。そして、これまでのマーケイング手法の徹底的な見直しと手法の創造、挑戦が今不可欠だ。
 人口減少と長寿化現象を見据えて国際市場に乗り出す企業は続出する。どの国際市場にどのような形で乗り出すのか。マーケターの新戦略と新戦術が求められる。国際市場はまさに腕の振るいどころだ。ウクライナやガザなど戦後の復興に日本産業は何をどのような役割を果たすのか。どのように貢献するのか腕と心、視点、哲学がまず問われるのではないか。
 健康長寿、人口減少の日本の豊かさを支えるには 高付加価値、革新的な新規産業の創出、展開が不可欠。筆者は医療健康産業のシリコンバレーを静岡県東部一帯に展開する一大プロジェクトの推進に関わっているが、未知、未経験の市場でのマーケティングに苦闘している産業人を多数目にしている。画期的な新製品には画期的なマーケティングの誕生が必要と痛感している。   
 お茶の生産で日本一を誇った静岡が、今苦闘している。作ることに力を入れ、市場の変化を読み違えた。売れるお茶→売り方の視点が弱かった、誤った。人口減少と高齢化の市場で、お茶産業には高度な市場創造型の取り組みが必要だ。伊藤園は大谷選手を起用、飲料としてのお茶製品→ペットボトルでコカコーラに代わる飲料創造を目論み、国際市場に進出しようとしているようだ。
 国際市場は広く、大きく、多様な異文化にあふれる。今までにない革新的で創造的な企業の目標設定と革新的なマーケティング努力が求められる。マーケターの活躍無しには新時代の日本の産業人が腕を振るうことはおぼつかない。
 世界企業になった会社のブランドは世界の人が口にする。産地名や国よりもその製品、提供企業に対する信頼、イメージが大きな力を振るう。新時代に向けた企業目標の再設定にこの新しいブランド創造、再構築がかせない。日本のマーケターが日本の未来に大きな夢を抱き、未来創造を心にAIなど新兵器を駆使して、21世紀は日本の世紀、日はまた昇ると世界が評価する活躍を望みたい。

Text 大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 特別教授

鼎談

「豊かさ」の再定義が始まる New

マーケターは何を創造するのか

《2026年新春鼎談》

藤重 貞慶 
公益社団法人日本マーケティング協会 会長 
ライオン株式会社 特別顧問

(写真中央)


恩藏 直人 
公益社団法人日本マーケティング協会 理事長 
早稲田大学 商学学術院 教授

(写真左)


髙石 一朝 
公益社団法人日本マーケティング協会 専務理事

(写真右)

 止まらない人口減少とAIの急速な進化が現代社会の大きな課題となる中、より豊かで快適な社会をつくるため、これからのマーケティングやマーケターが担うべき新たな役割や条件とは何かについてお話しいただきました。

本格的なAI時代を迎えて

髙石 今年もさらに人口減少に拍車がかかるようです。2024年の出生数は68万人余りで過去最低でした。1980年には約160万人の子どもが生まれていたので、その差の大きさを実感します。

藤重 少子高齢化が進行する中、2040年には労働供給が約1,100万人不足する可能性があるようですね。一方で、AIが急速に進化してきていて、将来的には現在の職業の40%ほどがAIに取って代わられると予測されています。ただし、医療、介護、配送など、実際に体を動かす社会的に必要な仕事であるエッセンシャルワークはなくならない。むしろAIの支援によって、こうした仕事の価値がどんどん高まり、新しい中産階級を形成するだろうとも言われています。
 第1次産業革命が人の動力、すなわち筋肉の代替を果たし、デジタル革命では人の記憶と伝達の役割を代替したのに続き、AIは脳全体の機能の代替を果たしているわけです。AI技術を活用しない理由はありません。AIが少子高齢化による人手不足を補うことで、生産性や付加価値の高い産業が生まれることも期待されます。日本は少子高齢化とAIの双方において先行しているため、世界のモデルケースとなる可能性があります。

恩藏 例えば消費者向けの商品開発の分野では、AIに過去の膨大な情報を学習させることで、商品コンセプトの開発からパッケージデザイン、広告表現まで、これまで数か月から半年以上もかかっていたプロジェクトが、今ではほんの1週間ほどで完了するようになっています。学習させるデータの質が高まれば、AIによって生み出されるアウトプットの質も高まっていく。現場での生産性が飛躍的に引き上げられています。

髙石 先日、スリランカで開催されたワールドマーケティングサミットに出席してきましたが、取り上げられていたテーマの多くがAIに関するものでした。AIが社会にどのような影響を及ぼすのか、誰にとっても未経験ですから、誰にもわからない。自分たちも必要なくなるのではないかと、マーケターは恐怖におののいている印象ですね。

本当の豊かさとは何かを問う

髙石 その会議では、バングラデシュの先生から「これからはSQ(Social Intelligence Quotient)が重要になる」という提案がありました。IQではなく、マーケターが社会に対していかにSocial goodなことを行っているかを数値化する指標をつくろうというものです。これは、企業が貧困の解消などの社会課題にどれだけ貢献したかを示す指標であり、消費者はその数値を参考に企業を判断するようになるため、社会にとって有用だと認められた企業しか生き残れないだろうとも述べていました。

恩藏 企業活動の評価にはさまざまな指標がありますね。役員に占める女性比率や環境配慮対応指標などに加えて、マーケティング活動そのものを評価し説明できる指標があったら面白いと思います。それを日本マーケティング協会が開発して、発信していってもいいかもしれません。マーケティングは、豊かな社会をつくることに貢献していかなければならないわけですから。

藤重 そこで大事なのは、これからどういう時代をつくろうとするか、でしょう。企業1社1社が考えることが大事だと思います。ここ100年ほど、企業は成長を目指し、いいものを豊富に提供するという考え方のもとで活動してきました。しかし、その結果として大量の資源が消費され、地球の生態系が有する持続可能な循環体系を破壊しつつあります。二酸化炭素が増え、気象が極めて不安定になり、温暖化が進むこともその表れです。
 一方で現在、世界の多くの国で、そして日本でも、非常に多くの子どもが満足に食事できない状態になっています。子ども食堂はすでに全国で1万か所以上あり、全国の中学校数を超えています。今後は、小学校の数、約1万9,000校も超えると見込まれています。そこでは満足に食べられない子どもだけでなく、単身世帯の人やお年寄りなども集まって食事をしているのです。
 今まで企業が追求してきた豊かさは、本来、人間が求める豊かさとは少し異なるものになってしまっているのではないか、それを皆が感じているように思います。今、多くの人がようやく 「本当の豊かさとは何か」と考え始めています。本当の豊かさとは、おそらく毎日の生活が快適であることです。その快適さは、地球の生態系のリズムと、人間の生活リズムがマッチングしているところにあるのではないでしょうか。これはまさに、マーケターが創造し提案していくべき豊かさだと考えています。

藤重会長

髙石 確かに自然の中にいると気持ち良いですよね。

藤重 人類の進化の歴史からしても明らかなように、人間そのものは元来、いわゆる動態的な力という面では弱い動物でした。しかし、二足歩行となったことで脳が発達し、他者の気持ちを理解する「共感」が可能になりました。さらに、手が使えるようになり道具を活用できるようになったこと、独特の喉の構造により言葉が生まれたことで、集団コミュニケーションが可能となったことも大きな転換点です。また、産道が狭く短くなり、子どもが早く胎外に出て生まれるようになり、その未熟な赤ん坊を皆で育てるという文化が形成されました。
 このように、もともと力の弱かった人間が、知性と道具を獲得し、皆で力を合わせて生活をしていたわけです。その中で培われた特徴が「共感」と「共助」、すなわち助け合うことです。なので、社会性を重んじなければ生きていけない。二つ目は「共食」「平等」。獲物を皆で平等に分け合って食べる。そして、皆で育児をしてきた。そのこともとても大事な点です。
 しかし、現在は単身世帯が全世帯の3分の1を超えるなど、人間が本来営んできた暮らしとは異なる生活形態が広がっています。しかし、私はいずれ社会に揺り戻しが起こるような気がしています。

快適性をつくるマーケターの役割

藤重 先日、あらためてマーケターが提供してきた価値の変遷を調べてみました。1950年代は、モノ不足でしたから製品の供給力を増やすこと自体が豊かさにつながった時代でした。1960年代には、いわゆる三種の神器を持つことが豊かさの象徴となり、モノの供給を前提としながらより良い品質を求めるようになりました。市場が何を求めているかを考えるマーケット思考が初めて出てきた時期です。1980年代になると、モノや機能だけでは満足せず、ライフスタイルと結びついたブランドイメージが重視されるようになり、マーケターにはブランド価値を設計する役割が求められるようになりました。1990年代には、顧客との継続的な関係性の構築、いわゆるCRMも重要な戦略として台頭してきました。いわゆるモノの豊かさに加えて、顧客との絆を築く設計者として、体験やつながりを通じたブランド価値を高める役割をマーケターが担うようになってきました。2000年代に入ると、デジタル化が進みビッグデータやAIを活用して顧客ごとに最適化された体験の設計も担うようになり、マーケターの役割が大きく広がると同時に、難易度も上がりました。

髙石 マーケターの役割が年々大きくなり、要求も増えてきたということですね。

藤重 その通りです。データと体験を結び付け、消費者の行動全体を設計する役割を担ってきました。2010年代には、商品や体験を提供するだけでは不十分となり、社会的な意味や個人にとっての価値を伝えるストーリーテラーとしての役割が求められました。ここで初めて、パーパスという言葉がもてはやされて、企業の哲学や社会的な姿勢がブランド価値の核となってきました。マーケターは社会的スタンスや企業哲学を前提に、共感をデザインする語り手としての役割を担いました。そして2020年代の現在は価値共創の時代に入りました。企業が一方的に価値を顧客に提示するのではなく、顧客やステークホルダーと一緒になって社会に役立つ価値を共創する。マーケターは、価値創造のパートナーとして生活者と向き合う役割を担うようになりました。
 これからは、AIを活用して顧客とどのような新しい価値を創造するかという時代に入ります。誰でもAIを使える、生活の一部になる段階に達して初めて、新しい価値が創造されます。その新しい価値が何であるかを考えることこそ、これからのマーケターに求められる重要な視点になるだろうと思います。

恩藏 価値を創造する、という観点が、マーケティングにおける大きな転換点です。古くは交換概念があり、その後、長らく市場創造こそがマーケティングの中核であったわけですが、顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現する。それこそがマーケティングの役割だと委員会で議論をして、一昨年、定義を改めました。コトラー教授らによる2022年の『マーケティング・マネジメント』を見ると、7つのパート、21章で構成されています。そのうち、3つのパートでValue、つまり価値についての課題を取り上げています。具体的には、Designing Value、Communicating Value、Delivering Valueです。さらに、それぞれのパートが、4つの章、3つの章、そして2つの章に分かれていて、深く掘り下げられています。

恩藏理事長

髙石 そういう意味では、先ほど話題にあがった、子ども食堂も価値創造の一例であり、社会への大きな問題提起になっていますね。

藤重 そうだと思います。子ども食堂は象徴的な例です。自然のリズムと一体となり調和する暮らしが豊かさにつながり、自分だけが豊かになるのではなく、集団が等しく分け前にあずかることができ、皆で豊かさを共有するという考え方こそ、人間が20万年も生き延びてきた原動力だと思います。
 もう一つは、自然の資源を使い過ぎないという視点も欠かせません。地球の資源は有限です。これからのビジネスは、資源を循環的に活用し、地球の生態系を損なわない形で成り立つ必要があります。自然のリズムと一体となり調和した生活こそが人間にとって快適であり、これを提案していくことがマーケターの重要な役割になると考えています。
 モノの豊富さや質の良さには限界があります。その限界を踏まえた上で、自然の恵みをうまく生かし、自然のリズムと一体となって暮らすことが快適であると提案することが、これからのマーケターに求められる姿勢だと思います。人間にとっての快適性とは何か、人間本来の生き方とは何かを追究するマーケティングが重要になってくるのではないでしょうか。

髙石 先日のサミットでも話題になりましたが、米国のマーケティングの先生が、マーケターの数は人口減少以上のスピードで減るだろうと言っていました。商品特性や配色などの細部にしか目を向けないマーケターは、すぐにAIに取って代わられ必要なくなっていく、と指摘していました。

恩藏 その通りだと思います。過去の概念を座学で学ぶだけのマーケティングや、売上の拡大だけを目指すマーケティングは、すでに通用しなくなっています。単純な知識レベルであればAIで事足りてしまう。その意味では、教育のあり方から見直さなければならない時代に入っています。

藤重 そうなるでしょうね。やはりこれからは、豊かさとは何か、幸福とは何かを突き詰めていくことが、マーケティングにとって非常に重要になってくるのは間違いありません。

恩藏 従来のマーケティングでは、顧客ニーズが最も大事だと刷り込まれてきました。しかし今は、顧客ニーズだけでは不十分だと感じています。社会全体をしっかり見据えないとやっていけない。マーケティングの研究者も顧客ニーズに縛られがちですが、意識を大きく変えなければならないと感じています。

髙石 コトラー教授は、今後5年間、今までと同じことしかやらない会社、あるいはサステナビリティに興味がない会社は必ず滅びると述べていました。

髙石専務理事

藤重 サステナビリティを重視せざるを得ない時代に入ったということでしょう。かつては地球環境にも余裕がありましたが、いよいよ対応できるレベルの限界に達しています。地球環境問題の本質は文化の問題でもあります。人間が衣・食・住において何を大切にするかによって、地球環境の様相はまったく変わってくるからです。例えばコンクリートの建物にいることが快適だとするか、木造の建物の中にいるのが快適なのか。食べるものも、肉をたくさん食べるのが快適なのか、野菜や果物とバランスよく食べるのが快適なのか。人間が生活する上で何を大切にするか、すなわち人間が選び取る文化の問題なのです。だからこそ、環境と調和したライフスタイルを提案することがマーケターの役割になります。
 その流れの中で、コトラー教授は以前から「ディマーケティング」について論文を書いています。成長を抑制すべきだと言っていますね。

恩藏 意図的に需要を抑えるべきという提案ですね。コトラー教授とレビー教授によって発表された1971年の『ハーバードビジネスレビュー』の論文「Demarketing, yes, demarketing」が有名です。一時期は非常に話題になっていましたが、いつのまにか語られることが少なくなりました。マーケティングは需要を伸ばすだけではなく、必要に応じて抑制するという機能も本来備えているという解釈が背景にあったようです。しかし実際は、マーケティングはたくさん売って需要を伸ばすものだという認識が強かったですよね。冷静に考えると抑制することもマーケティングだと気づかせてくれたという意味では、ディマーケティングは大いに価値があります。

世界観、志、人間力……マーケターが備えるべき要素

藤重 これからのマーケターにとって重要な要素は三つあると考えています。一つは「世界観」です。人類が今後、生き延びていくためにはどのようなライフスタイルが望ましいのか、その前提となる世界観を持つことが大切です。二つ目は「志」で、その世界観の中で自分は何を担い、どのように貢献するのかを明確にする姿勢です。三つ目は「人間力」です。人の気持ちを理解し手を差し伸べる、相手の役に立とうとする姿勢こそが人間力の最大のポイントです。人間力が発揮できる人は人生を豊かに過ごすことができると思います。
 そして、それらを一つにまとめたものがブランドになるのです。これからのマーケターに求められるのは、どのような世界観を持ち、どのような志で、どのような人間力を生かしてブランドをつくり上げていくかに尽きるのではないでしょうか。言い換えると、私はこういうことをやります、こういうことでお役に立ちますといった社会全体との約束や信頼が、そのままブランドとして社会に受け止められる時代だといえます。

恩藏 確かにマーケターに求められる要件は大きく変わってきています。そのようなマーケターをどう育成するかを考えると、少なくとも従来の教育システムでは不十分だと感じます。倫理観や道徳観、あるいは世界観や将来を見通す力などを養えるような教育が必要だと思います。
 これまで我々が行ってきたマーケティングの授業は、正直なところAIでも十分対応できると思います。教科書や事例をAIに学習させれば、バーチャル先生が教えてくれる。人間の教員は要らないですよね。そういう授業は全部AIに任せ、もっと倫理観や道徳といった領域を強化する教育が求められていると感じています。
 例えば現在、中学や高校では探究学習が取り入れられています。記憶中心の学習だけではなく、自ら課題を見つけて解決策を考え、プレゼンまでするといった学習が主流になりつつあります。大学ではその流れがさらに加速し、マーケティングに限らずさまざまな分野でこうした学び方が一般的になっていくと考えられます。

髙石 本日は貴重なお話を誠にありがとうございました。

撮影協力:赤坂浅田

対談

人間中心の豊かな社会を築く
マーケティングの哲学を/後編
New

《大坪先生・藤重会長対談》

大坪 檀 氏 
静岡産業大学総合研究所 特別教授

藤重 貞慶 
公益社団法人日本マーケティング協会
会長、
ライオン株式会社 特別顧問

大坪氏(左)と藤重会長
10月3日、日本マーケティング協会東京本部にて

ブランド再構築の時代

大坪 もう一つお話ししたいのは、ブランドの問題です。これからの時代、ブランドの価値はますます大きな意味を持つでしょう。ブランドづくりはある意味でマーケティングの中核的な役割の一つだと思っています。

藤重 おっしゃる通りだと思います。ブランドは企業の価値そのものを体現し、同時に品質を保証するものでもあります。どのような世界観をもってブランドを築くのかが非常に重要ですよね。ブランドをつくりあげるには相当なエネルギーと時間と努力が必要ですが、築き上げた信用を失うのは一瞬です。

大坪 ブランドの中には、価値観や世界観、さらには今日お話ししてきた理念が凝縮されています。私はこれこそが次の時代の大きなテーマになると思っています。
 現代は、あまりにも情報が氾濫しています。その中で人々が確信を持って間違いないと判断できる基準が必要です。その役割を果たすのがブランドです。ところが今は、ブランドという言葉があまりにも軽々しく使われているように感じます。

藤重 確かに、ブランドという言葉が軽い扱い方をされていますね。ネーミングやロゴ程度にしか捉えられていない場合も多く、企業側も簡単にブランドを変えてしまう傾向もあります。

大坪 意味や理念を持たないものまでブランドと呼ばれることもありますよね。しかし、これからの社会は、ますますグローバル化し、情報が氾濫し、文化的背景が複雑になります。そうした時代にこそ、ブランドを根本から再構築する必要があると感じています。

藤重 ブランドを日本語で言うと“信用”という言葉に置き換えられると思います。ブランドは信用の塊だと思います。あのブランドの商品だったら大丈夫だということです。あるいは、あのブランドを持てば幸せになれる、豊かにしてくれるという心理的価値でもあります。

大坪 藤重会長も、ライオンというブランドを体験されていますね。やはり大変でしたでしょうか。

藤重 例えば、私がライオンの社長を務めていたとき、「今日を愛する。」というブランドロゴを選びました。“大事なのは過去でもない、未来でもない、今を本当に大切に生きることであって、その結果が未来であり、その結果が過去であり”といった感覚でした。今を大切にというのは、例えば結婚記念日などの記念日など、決して特別な日ではなくて、日常の一瞬一瞬を大切に生きることですね。そしてそのことが、ほかの人の生活も大切に思うことにつながることかと思い、「今日を愛する。」としたわけです。

職業としてのマーケターを育てる

大坪 ところで、アメリカのマーケティング協会は、日本マーケティング協会と違って、会員はほぼすべてが個人会員なんですよ。そもそもアメリカでは、このような“協会”というのは、職業別の組合として、自分が専門技能を高めるために勉強する団体という位置づけになっています。ですから、次の段階として、「私の職業はマーケティングです」という時代が来るのだと思っています。
 これは日本の大きなテーマです。近年、企業の人事制度に、ジョブ型の導入も見られるようになってきました。これからは、入社してからマーケティングの人材を育てるのではなく、マーケティングのプロを雇う、そういうジョブ型の時代になってくるのでは、と考えています。

藤重 マーケティング協会も、職業としてのマーケティングパーソンの総本山になっていく、といったビジョンもありえますかね。

大坪 会社にとっても“職業としてのマーケティング”を考える時代になってきましたね。
 日本では、大学卒業後、会社で一括採用され、各部署に配属されてから、マーケティングを学ぶ形ですね。そのため、日本では「ご職業は?」と聞かれたら「〇〇社の社員です」と答えます。一方で、アメリカでは「私は会計士です」、「CEOです」と職業で答えます。これからはスキルも高度化していきますから、専門職としてのマーケターが次々と生まれてくるでしょう。そして、プロフェッショナルも常に学び直しを続けるリカレント教育の時代が本格的に訪れると思います。

藤重 おっしゃる通り、以前の日本企業の中には、組織の中にマーケターを囲い込みたいという考えが強かったですね。マーケターも囲い込まないと、自社の特別な特許や新しい考え方が流出すると危惧していたのだと思います。しかし最近では、より転職を推奨している会社が増えていますし、囲い込むよりも流動させて新しいマーケターを雇い入れたほうが最終的には効果が高いと判断する気運も生まれてきているようです。

大坪 日本マーケティング協会の会員は企業のみ、ということは、会費も会社負担ですよね。例えば弁護士会や税理士会のような職業団体では、個人が会費を払うのが原則です。マーケティングを職業として担う個人が確立しない限り、マーケティング自体の発展も限られるように思います。
 アメリカのマーケティング協会には職業と人をつなぐ仕組みがあります。マーケティング協会に入っていると、良い職業に良いポジションで紹介を受けられる。例えばコダックがマーケティングのこういう分野の人を探しているがどうですか、と言ってくれるわけです。

藤重 これは大事なヒントをいただきました。

大坪 日本の産業界が次第にジョブ型に変わろうとしているのでは、と私は思います。ただしAIの導入が進めば構造は大きく変わると思います。アメリカでは大卒でも仕事に就けない人が増えています。なぜなら、企業は育てるより即戦力を求める。そもそも日本と違って育てるという感覚ではありませんから、AIが代替できる程度の仕事なら、人を雇う理由がありません。日本でも同じ流れが来るでしょう。例えば会計という業務はいずれAIが完全に担う可能性すらあります。

藤重 そうですね。実際、会計事務所は強い危機感を持っています。決算処理などはAIが一瞬で終わらせますから、公認会計士の役割も変わらざるを得ません。

大坪 私は以前、日本マーケティング協会と静岡県でマーケティング大学院大学を設立しようと動いたことがありました。協会のマスターコースを大学院の一つのカリキュラムとして位置づける計画でした。予算も確保し土地も決まっていたのですが、バブル崩壊で予算措置ができなくなったため実現できなかったのです。
 この構想は、今日お話しした考え方を先取りしていたのですが、しかしこれからはそういう時代が来るのだと思いますね。今も、マーケティングの新しいコースを大学に設けてほしいと言っています。これからは、マーケターをどうやって育成するか、職業として確立するかということが大きなテーマになってきます。

藤重 以前のマーケティングは4P(製品・価格・流通・販促)が明確でした。ところが近年は、企業全体の活動といった曖昧な定義になり、かえって分かりにくくなっているのが現状です。改めてマーケティングとは何かをはっきりさせたいですね。

大坪 4Pこそ基本だと思います。今あやふやになった原因は、景気自体がぐらついたことが大きいですが、皆が本質をぼかしたからです。マーケティングとは何かと言われて一番わかりやすい答えは「いくらモノをつくっても売れなくては意味がない」ということ。この売れるという言葉にはすごく深みがありますが、いつのまにか“売る”こと自体を軽視する風潮が出てきた。

藤重 売れるということは価値を認めてもらっているということですね。

大坪 そう、価値を認めてもらっているということです。それと同時に、価値あるものを提供して、それに対する対価をもらっている。この4Pという原理は非常に大切です。私がアメリカで経営者をやっているときに痛感したのは、結局、きちんと信頼される価格でなければ売れないということです。この価格の裏にある信頼をどう築くかは企業にとっても大問題でしょう。

藤重 価格は信用の表れですからね。その意味では、マーケティングの基本構造は4Pから本質的にはあまり変わっていない印象ですよね。