大坪檀のマーケティング見・聞・録
今世紀の始まり前後に日本の産業界で未来学が大きな注目を浴びた。米国の未来学者ハーマン・カーンがいろいろな角度から未来を予測し、その姿を描いた。アルビン・トフラー、ダニエル・ベルなどの名前を思い出す人が多いのではないか。
日本でも多くの先端的な学者や三菱総合研究所など多くのシンクタンクが日本の未来を描いた。筆者の研究室の書架には未来を予測した書籍が一杯。21世紀の日本社会に到来する技術革新、社会革新、政治革新などいろいろな面で予測し、未来の日本の姿を描いて見せている。
未来予測は難しい。なかなか的中しないという議論が多い。当たるのは人口予測だけだという声もある。的確な予測は難しいが、人類はこうありたい、こうしたものが欲しい、こうしたことを成し遂げたいと夢見て未来を展望し、実現してきているものがたくさんある。宇宙産業や日本が誇る新幹線は未来予測の中で生まれたものだ。
明治34年1月2・3日付けの報知新聞は20世紀の予想という記事を掲載。“19世紀はすでに去り、人も世も20世紀の新舞台は現れることなりぬ”と宣言し、いろいろな予言をしている。その中で、“19世紀末に発明せられし巻煙草型の機関車は大成せられ列車は小家屋大にあらゆる便利を備え乗客をして旅中にあらゆる心配なからしむベく冬期室内を温むるのみならず、暑中にはこれに冷気を催す装置あるべく……速力は一分間に2哩急行ならば東京・神戸は二時間半を要し……”と予想している。このほかに電話、医術、自動車の普及と驚異的な発展を予測、展望している。中には滑稽で未実現のものもあるが、見事実現したものの一つがこの新幹線ではないか。今や日本は世界の先端を行く鉄道王国となった。こんなものが欲しい、こんなものがあれば助かる、人々の生活、文化を向上させようと思って実現したのが世界に誇る新幹線だ。
今、我々の前には想像しもしなかった技術革新がいろいろな新世界を生み出している。インターネットの世界、携帯電話の普及、情報化社会が出現、先端科学技術がどのような未来を生み出すのか。AIの出現、普及で我々の社会はどう変わるのか。産業人は何をすべきか、マーケターは未来に向け何に挑戦するのか。日々目先の仕事、問題処理に追われている向きが多いが、何をすべきなのかを未来を夢見てその実現に向けた努力が、今再び基本から問われていると言ってよい。この際ここで立ちどまり、産業人、マーケターが独自に未来予測をしてみる、未来から今何をすべきか論じてみると新しいマーケティングの視点、手法、新しい市場、新しい腕の振るいどころが生まれてくるのではないか。
文部科学省は令和2年版科学技術白書で“2040年の未来予測−科学技術が広げる未来社会−”と題した科学技術予測調査を発表し、2040年の社会イメージと注目される先端科学技術の数々を報告している。人間が人間としてどういう生活を送れるようになるとよいのか、そのためにどのような先端科学技術が活用されうるのか、有用な情報がたくさんあり、先端技術の開発によって創造されうる異次元の新しい経済活動、社会活動をイメージすることができる。詳細はそのレポートを読んでいただきたいが、筆者が注目した一部を紹介すると、“あらゆる言語をリアルタイムで翻訳・通訳できるシステム”、“血液分析によるガンや認知症の早期診断”、“収穫した作物をドローンで集荷場所等に自動運搬するシステム”、“場所を限定せずに操作できる自動運転システム”、“移植が可能な臓器の3Dプリント”、“都市部で人を運べるドローン”、“経年劣化・損傷を自己修復できる構造材料”など様々な分野に及ぶもので、このテーマからいろいろな未来に創造できるものをイメージできる。
先日、タクシーの運転手が“こんなものができて外人客が増加しても何とか会話できます”と見せてくれたのが自動翻訳機。語学教育はどうなるのかと思わせるような便利な翻訳機だった。すでに実現しているものもある。
地元の静岡銀行関連の静岡経済研究所は今年の4月号の調査月報で創立60周年記念特別企画調査として、“先端科学技術を生かして静岡県産業の近未来を切り拓く”と題する特集を行い、県内産業に未来への挑戦を大々的に呼び掛けている。
これらの先端技術の活用でどのような新型の生活提案をマーケターはすればよいのか。いろいろなヒントを得ることができる。この文部科学省レポートの一読をマーケターに勧めたい。
Text 大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 所長