『「欲望」の生産性』
『ビジネストランスレーター』

「欲望」の生産性
──欲望と人間、そしてビジネス──
 上原 征彦 著 生産性出版

 「欲望」は「欲求」とともに、私たちマーケティングに携わる者にとって身近な用語の一つになっている。製品開発を進める際の重要な出発点となっているからだ。しかし本書では、マーケティングの枠組みをはるかに超えた視点から、この欲望を捉え直している。欲望は人間の特性を把握できる最適な変数であり、人間の生活や行動を駆動するエネルギーとして位置づけている。本書では、この欲望を出発点とすることによって、人間の独自性とそれが織りなす社会の仕組みの解明に迫っている。
 本書は三つの部で構成されている。まず筆者は、自身の主張を明確化するために、第Ⅰ部「欲望が駆動する人間とビジネス」で、欲望という視点から人間や社会の本質を浮き彫りにした。その上で、マーケティングやビジネスに欲望がどのように結びついているかを論じている。第Ⅱ部「人間(欲望の主体)を考察する科学:規範科学の正統性」では、欲望に関する直接的な議論とは距離を置き、学術的な主張が展開されている。一般的なビジネス書として本書を読み進めてきた読者は、第Ⅱ部にやや違和感を覚えるかもしれない。だが、半世紀にも及び研究者として温めてきた筆者の問題意識や思想を取りまとめた書であると理解すれば、納得のいく記述であると言える。第Ⅲ部「日本ビジネスの展望」では、社会の変化や歴史的背景を念頭に置きながら、個人や社会がそれぞれの欲望を達成するための知識や発想を取り上げている。そうして達成される多様な欲望によって、生産性は引き上げられるというのだ。第Ⅲ部では、ビジネスパーソンとして押さえておくべき要諦が整理されており、筆者による私たちへのエールが込められている。
 理論や枠組みを紹介するビジネス書は多い。だが本書では、そうした理論や枠組みを提示するのではなく、むしろビジネスの本質を「欲望」という視点から捉え直すことを主張している。ビジネスは「金欲」によって駆動されるが、その分、他の欲望を押さえる「禁欲」、つまり「刻苦精励」の必要性も見えてくる。

Recommended by
早稲田大学 商学学術院 教授 恩藏 直人


ビジネストランスレーター
データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術
木田 浩理 、石原 一志、佐藤 祐規他 著 日経BP

 世の中にはデータや分析に関する類書が数多く存在する。その中で本書が一線を画すのは、組織が成果を出すための「データ分析の使い方」を体系的に言語化している点にある。なぜそのような言語化が可能なのか。これは筆頭著者の経歴による所が大きい。文系営業マンからスタートして、現場の課題解決のために統計学を学び、まずは自分で成果を出す。次にそれを社内に展開してチームで成果を出す。さらに業種や商材を超えて、様々な課題に対するデータサイエンスの生かし方を試行錯誤し、成果につなげていく。そうした「言うは易く行うは難し」なデータ利活用を実際にやってきたから、言語化できるのである。
 その集大成が本書であり、その根幹をなすのが「5Dフレームワーク」と「ビジネストランスレーター」のスキルだ。5Dフレームワークとは、現場の要請(Demand)を起点として分析を設計・実行し、アウトプットを実務で使ってもらう(Deploy)までのプロセスを体系化したもので、特に分析前後におけるビジネスモデルやプレイヤーの理解、および実務への橋渡し(トランスレーション)を重視した構造になっている。そのフレームワークと両輪をなすソフトスキルが掲題の「ビジネストランスレーター」である。詳しくは手に取って頂きたいが、組織の文化や慣習、そこで働く人の“感情”と“勘定”まで計算に入れた「チームや組織で成果を出すためのデータ分析の使い方」が、豊富なケーススタディとナラティブを通して詳らかになる。
 私見だが、組織におけるデータ利活用で最も難しいのは、「データを使って分析する」という新習慣の定着であろう。つまり、データや分析に無関心な社員に興味を持ってもらい、自分も使ってみようという動機づけを行い、組織として中長期的な成果につなげていく部分だ。中にはアナログで泥臭い所もある。本書ではその辺りもアドレスされており、よくある落とし穴やぶつかりやすい壁、その打開策まで先回りしてくれる。その意味で本書は、「データ分析組織の人類学」とも呼べるだろう。

Recommended by
株式会社コレクシア マーケティングプランニング局長 芹澤 連